第12話 ライオネル様のラブラブバカップル作戦が強烈ですわ!!


 その日もいつものように教室に入り、席についてライオネル様から甘い視線を向けられていた。

 ところが、いつもは遠巻きに見ていた女生徒が三人で近づいてきて、顔を真っ赤にしながら声をかけてきたのだ。


「ライオネル様、少しハーミリア様とお話をさせていただけませんか?」

「ハーミリアと? いったいどのような用件だ?」

「そ、それは、女子同士でいろいろと聞きたいことがございますので……」

「まあ! 嬉しいわ! ぜひお願いいたします!」


 親しい友人のいないわたくしに声をかけてもらえたのが嬉しくて、食い気味で返事をしてしまった。前のクラスでは唯一シルビア様が声をかけてくれたけど、とても和やかとは言い難い空気だったからわたくしは初めて友人ができるかもと期待した。


 場所を変えたいというので、始業まで時間があるし教室を出ようと立ち上がると、袖口をクイッと引かれる。


「ハーミリア、僕のそばから離れてほしくない」


 ライオネル様のアイスブルーの瞳が不安げに揺れていた。今まではクラスも違ったのに、愛しい婚約者様はすがるような視線を向けてくる。


「ふふっ、ライオネル様のお気持ちは本当に嬉しいですわ。でもクラスメイトとほんの少しお話ししてくるだけですわ」

「……そう、だな。すまない。ハーミリアを独り占めしすぎたみたいだ」

「そのかわり、ランチタイムはふたりっきりになれる場所にいきましょう」


 こっそりと囁いたわたくしの言葉にふわりと微笑んだライオネル様は、クラス中を陶然とうぜんとさせた。




 わたくしはクラスメイトの女生徒たちと、階段の踊り場までやってきた。なにか他の人たちに訊かれたくない話なのだろうか?

 わたくしを取り囲むように立って、三人が次々と口を開く。


「ねえ、貴女いつまでライオネル様の婚約者でいるつもりなの?」

「そうよ、わざわざクラスまで変えて、ずっとライオネル様にべったりじゃない」

「ライオネル様にはマリアン王女様くらいのお方でないと釣り合わないのよ、わからないの?」


 な……なんてこと! このクラスにもこんな逸材がいたのね!

 あんな大勢の前で声をかけてきて、わたくし本人に直接意見を言ってくる強者はなかなかいらっしゃらないわ!


「あの、皆さまはライオネル様のファンクラブの会員なのですか?」

「はあ?」

「なによ、そんなの入ってないわよ」

「ねえ、ライオネル様のファンクラブってなによ?」


 なんと、ファンクラブの会員でもないのにこの熱い行動ですの!? これは、家門の事情を調べて問題なければライオネル様にご紹介しなければっ!


「かしこまりましたわ、わたくしが責任持ってご案内いたします。こちらですわ」


 そうしてわたくしはつい先日まで在籍していた教室までやってきた。目的の人物は美しい水色の巻き髪の女生徒である。


「え? ハーミリアさん? 貴女、クラスが変わったのではなくて?」

「シルビア様。実はご紹介したいご令嬢たちがいらっしゃいますの」


 そうしてわたくしはシルビア様に心強い味方になるであろうご令嬢たちの、ライオネル様ファンクラブ入会の案内を託したのだ。




 午前中はそのまま平和に授業を受けて、いよいよランチタイムがやってきた。

 今日はライオネル様とふたりきりになれる場所へ移動しなければならない。広大な学院ではあるが生徒数も多いため、移動にはそれなりに時間がかかる。


「ハーミリア、ふたりきりになれる場所って、どこまで行くんだ?」

「わたくしが発見したのは、こちらですわ」


 前に生徒会の役員の仕事で言いつけられた用事をこなすために、学園中を歩き回ったことがある。その時見つけた穴場だ。


「ここは……魔法練習場の裏か」

「ええ、ここはランチタイムに来る場所ではありませんから穴場なのです」


 魔法練習場は特殊な結界を張った建物で、その裏手は休憩できるようにベンチなどが置かれている。でも校舎からは距離があるので、時間の限られたランチタイムに来る生徒はいなかった。


「ここならふたりきりですわ」

「そうか、では遠慮はならないな」

「え?」


 そういうとライオネル様はわたくしを膝の上に乗せて、わたくしのランチボックスからプチトマトを取り出した。


「ほら、口を開けて。ハーミリア」

「えっ! ちょっと待ってくださいませ、これでは自分で食べられませんわ!」

「そうだね、だから僕が食べさせてあげる」

「いえいえいえいえ! そうではなくて、これではライオネル様がお食事できませんでしょう!?」


 一瞬なにかを考えたライオネル様は、うっとりするほど美しい笑顔で衝撃の発言をする。


「それじゃあ、お互いに食べさせれば問題ないな」

「なんでそうなるのですか……!?」

「ほら、ハーミリアも食べさせて」


 そう言って無防備に口を開いているライオネル様のかわいさは、わたくしの心を鷲掴みにして激しく揺さぶってくる。もう羞恥心などかなぐり捨てて、ライオネル様の言葉に従った。


「はい……」


 フォークに差したチキンの香草焼きをライオネル様の口へそっと運ぶと、パクリと食いついてくる。人に物を食べさせるのなんて初めての経験で、しかもそれがライオネル様なのでわたくしは夢中になった。


「ほら、今度はハーミリアだよ」


 そうやって順番に食事を口に運んでいった。もちろんライオネル様の膝の上でだ。途中で今はふたりきりだから、ラブラブバカップルを装うのは必要ないのではと思ったけれど、ライオネル様の嬉しそうな笑顔を前にその考えは霧散した。


 息も絶え絶えになりながら、なんとか食事を食べ終わり片付けをしていた時だ。

 突然ライオネル様に「ハーミリア!」と鋭く名前を呼ばれ、次の瞬間に頭上から降ってきた泥水は氷の粒へと変っていた。


「ハーミリア、大丈夫か? どこか怪我や汚れてはいないか?」


 ライオネル様は、パラパラと落ちてきた泥水の氷粒を優しく払いながら、心配そうにわたくしを覗き込む。


「はい、ライオネル様が守ってくださったので、どこも怪我しておりませんし汚れてもおりませんわ」

「そうか、よかった……でもどうしてこんなところに泥水が降ってきたんだ?」


 上を見上げてみても、魔法練習場の明かりとりの窓が僅かに空いていたけど、人の気配はなかった。


「それよりライオネル様、そろそろランチタイムが終わってしまいますわ。教室に戻りませんと」

「そうだけど、本当に大丈夫か?」

「はい、なんでもありませんわ。魔法の練習をしていた生徒がいたのかもしれませんわ。さあ、行きましょう」


 本当にこの程度の嫌がらせなどなんてことない。いつものことだろうと、わたくしは特に深く考えていなかった。




     * * *




「マリアン様、今回も失敗しました」

「また失敗したの!?」

「申し訳ございません。ご指示の通りにしたのですがライオネル様に阻まれました」

「はあ、もう、うまくいかないわねっ!!」


 バンッと力任せに握り拳で机を叩いた。


 この一週間、ローザやテオフィルを使ってクラスメイトたちがハーミリアを排除するように誘導していた。ある者は直接苦言を呈し、ある者は恥をかかせようと頭から泥水を浴びせた。


 しかしどれもこれも、ハーミリア自身がうまく取り込んで味方にしたり、ライオネル様が守りを固めているので失敗の連続だった。

 それにやり方が生ぬるい。学生の考えっる嫌がらせなど、その程度なのだがこれではあの女にダメージを与えられない。


 あまり直接的に関わっては王族としてよろしくないけれど、これ以上はもう我慢できない。


 ハーミリア・マルグレンが私のクラスに来てから、毎日毎日ライオネル様との仲の良さをこれでもかと見せつけてくるのだ。登校してから下校するまでずっと寄り添って甘い空気を周りに振りまき、どれ程私が煮え湯を飲まされる思いをしたか。


「いいわ、もう他の者には任せられないわね。貴方たちもこれ以上失敗を重ねるなら、いくら公爵令嬢や辺境伯令息であってもただではおかないわ」

「申し訳ございません」

「わかりました」


 こうなったら、使える者はすべて使ってでもライオネル様を私のものにするわ——!!

 今に見ていなさい、ハーミリア・マルグレン!!

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