第11話 ライオネル様の本気がハンパないですわ!!


「ライオネル様、あのっ、自分で降りますわっ!」

「ダメだ、昨日はステップでつまづきそうになっただろう? 僕だってハーミリアを抱き抱えるくらいはできるから、安心して」

「ひぇぇぇっ!」


 ライオネル様の爽やかな柑橘系の香りが、ふわりとわたくしを包み込む。スラッとして見えるのに、意外と逞しい腕に抱えられて、馬車の前に優しく降ろされた。


 誰か助けて欲しい。

 ライオネル様の本気がハンパなくて、わたくしの心臓が持ちそうにない。これは確実に十年は寿命が縮まっているに違いない。


 だって! あのライオネル様に! お姫様抱っこされて! 馬車から降ろされたのよ——!!


「ふふっ、照れているハーミリアもかわいらしいな」

「ライオネル様、お願いですからそんなこと言わないでぇ……」


 このわたくしが動揺しまくって、まともに顔を上げられない。

 ここは天国なのかと思うほど毎日が満たされ幸せなのだけれども、今までとのギャップが激しくてわたくしのオリハルコン並のメンタルでも衝撃が大きいのだ。


 ドリカさんの件があってから一週間経つが、日々甘さを増していくライオネル様に、登校中の生徒はざわめいている。


「ライオネル様、こ、今日のは少しやりすぎではありませんか?」

「そんなことない。これでもまだ牽制が足りないくらいだ。本当にハーミリアは自分の魅力がわかっていないんだね」

「わたくしのことを想ってくださるのは、ライオネル様くらいですから安心してくださいませ」

「……まあ、これくらいの方が余計な心配がなくていいか」

「え?」

「なんでもない。では教室へ行こう」



 ライオネル様の本気は、登校中だけではなかった。

 授業中もわたくしと何度も何度も目が合うし、隣の席でピッタリ寄り添ってくる。なんなら着替えとトイレ以外はほんの数分も離れることはない。


 わたくしがクラスを変わっても、先生も周りの生徒もなにも言わない。というか、ライオネル様以外とまだ口も聞いていない。


 チラチラと視線は感じている。でもペアを組むような授業の時は相手は当然ライオネル様だし、わたくしたちの学年では男女別の授業もないので、話す機会がないのだ。


 だけど、ライオネル様はふたつ上の学年にいらっしゃる王太子殿下の側近としての役割もあるはずだ。今まで本当にずっと一緒にいるけれど、そちらは問題ないのかとランチの時間に尋ねた。


「ライオネル様、王太子殿下のそばにいなくてもよろしいのですか?」

「ああ、問題ない。イヤーカフ型の通信機を用意したから、それで必要に応じてやり取りしている」


 イヤーカフ型と聞いて、なにか引っかかった。

 そうだ、わたくしのお見舞いに来てくれた時につけていたアクセサリーだ。怒涛の展開が続いていて聞きそびれていた。


「もしかして、わたくしのお見舞いの時につけていたのは通信機でしたの!?」

「ああ、これがどうかしたのか?」

「わたくしてっきり他の女生徒からのプレゼントのアクセサリーだと思っていましたわ」


 すっかりライオネル様に忍び寄る女生徒の影に、醜く嫉妬したのだ。


「えっ……それはない! 断じてない! 僕がハーミリア以外の女性からアクセサリーをもらって、しかもそれを堂々とつけるなんてありえないっ!!」


 ライオネル様は青くなりながらも、必死に誤解だと弁解している。その様子はわたくしが一番だと言われているみたいで、嬉しくなってしまう。


「そうですの? では、もうヤキモチを焼いたりしませんわ」

「待ってくれ、ヤキモチとはなんだ?」

「……わたくしがそばにいないと、すぐにライオネル様は女性に言い寄られるのではと嫉妬したのですわ」

「そっ……! それとこれは別ではないか!?」


 今度は頬を染めながら、ライオネル様が食いさがってくる。


「なにが別なのですか?」

「他の女性からプレゼントをもらったりはしないが、ヤキモチは焼いてほしい……」


 ライオネル様のかわいい申し出に、わたくしが驚いた。ヤキモチなんて焼かれたら嫌なのかと思っていたのだ。


「まあ、ヤキモチを焼いてもわたくしを嫌いになりませんの?」

「嫌いになどなるわけがない。ヤキモチを焼いてくれるほど、ハーミリアが僕のことを想ってくれているのだと思うと、嬉しい……」

「それでは、これから遠慮なくヤキモチを焼きますわっ!!」


 そうして今日も平和にランチタイムが終ろうとしていたが、ふと気付いたことがあった。


「……お待ちください、それではお見舞いの時はどなたとお話しされてましたの?」

「いや、それは——」


 途端に口ごもるライオネル様に、わたくしは詰め寄る。つい先ほどライオネル様はヤキモチを焼いてほしいと希望したばかりだ。


「ライオネル様、わたくし今かつてないほどヤキモチを焼いておりますわ。お相手はどなたですの?」

「うっ、だから、別にやましいことはないんだが……」

「それでしたら、はっきりとおっしゃってくださいませ!」


 グッと詰まったライオネル様は、小さくため息をついて観念したとばかりに口を開いた。


「……ジ、ジークだ……」

「乳母兄弟のジークですか?」

「うん、僕がハーミリアの前だと気持ちが昂ってなにも話せなくなるから、ジークに通信機でこっそり助けてもらっていたんだ」

「…………」


 なるほど、ライオネル様がスラスラとお話ししていたバックにはジークがいたのなら納得だ。するとライオネル様が、あの時を思い出したのか瞳を潤ませて縋ってきた。


「すまないっ! どうしてもハーミリアに捨てられたくなくて、あの時は必死だったんだ!」

「もう、そんなことしなくてもわたくしの気持ちは変わりませんのよ。でも……ふふっ、嬉しいですわ」

「ああ、ハーミリアはなんて心が広いんだ! さすが僕の女神だっ!!」


 こうして平和にランチの時間が終わった。周りの視線が生温かったのはきっと気のせいだと思う。




 そして帰りの馬車の中もライオネル様はラブラブバカップルを目指すべく、努力を惜しまなかった。


「ライオネル様、帰りの馬車の中はもうよろしいのではないかしら?」

「なにがだ?」

「その、ラブラブバカップルに向けての努力は、学院の中だけで十分ではございませんか?」


 わたくしは今、ライオネル様の膝の上に横向きで座らされている。ガッチリと腰を掴まれて、身動きが取れない。


「……足りない」

「え?」

「今まで我慢しすぎたから、これでも足りない」

「ええっ!?」


 ライオネル様はわたくしをきつく抱きしめて、その熱い想いをこぼした。


「本当は侯爵家の屋敷に連れ込んで、朝から晩まで、いや、もう二十四時間ずっと一緒にいたいんだ。そして他の奴らなんて瞳に入らないように、僕だけ見ていてほしい」

「わたくしはライオネル様しか見てませんわ」


 そんなにわたくしを想っていてくれたのかと、歓喜に包まれた。




     * * *




 その頃、学院にある王族しか使えない貴賓室で、王太子と側近たちが全校生徒が参加するキャンピングスクールの準備を進めていた。


 王太子の眉間には深いシワが刻まれ、なにかに必死に耐えているようだった。


《ハーミリア、僕には君だけだ》

《わたくしもですわ、ライオネル様》


 耳元から聞こえてくるのはライオネルから渡された、イヤーカフ型の通信機だ。婚約者の命が狙われたからしばらくは王太子のそばを離れると用意してきたのだ。

 そういうことならと、王太子は通信機を受け取り、この一週間は学院にいる間ずっとつけていた。


「……なあ、しばらくライオネルに側近としての休みをやってもいいか?」

「殿下、突然どうされたのですか?」

「先日の事件から私のそばにいれなくなると、ライオネルから通信機を渡されたんだが、胸焼けしそうなんだ」

「はあ、胸焼けですか?」


 朝から下校まで、ずっとライオネルが婚約者に囁く甘い言葉を有無を言わさず聞かされてきて、限界だった。

 ライオネルが幸せになるのはいいのだ。王太子として臣下を祝福する気持ちはある。


 しかしあれ程クールだったライオネルが想い人に向ける甘い様子を、ずっと聞かされ続けるのは無理だ。


「まさかこんな風に変わるとは思わなかった……」

「ああ、ハーミリア嬢に対しては相当拗らせてましたからね。やっと素直になってよかったじゃないですか」

「それが、素直すぎてつらいんだ……」

「……わかりました。ではその間はみんなでフォローしましょう」

「頼む、私のためだと思ってくれ」


 そっと通信機を外して、しばらく側近としての休暇を与えると書いた手紙をつけ、タックス侯爵家へ送った。


 ハーミリアとライオネルは、ラブラブバカップル認定に向けて順調に成果を積んでいた。

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