第10話 思い通りにできない王女


「まあ……男爵令嬢など役に立たないわねぇ……」


 私は思わずため息とともにこぼした。

 ある目的のために手駒になりそうな女を見つけたので使ってみたけど、ひと目で呪いに失敗したのだとわかった。まるで役に立たないなら、もう必要ない。


 興味をなくしたので、そのまま生徒会室へと向かう。あの男爵令嬢に渡した古代の魔道具を回収するためだ。ローザとテオフィルが先に到着してそれぞれ役目をこなしていた。


 テオフィルは男爵令嬢に付き添って治療院へ行き、モロン男爵に接触を図り原因不明の病だと吹き込む。ローザは魔道具の回収だ。私が王城の宝物庫から持ち出したの隠すために、別の魔道具を仕込むように伝えてあった。


「ローザ、もう準備は整ったかしら?」

「はい、マリアン様。この魔道具でしたら怪しまれません。それでは先生を呼んでまいります」

「ええ、お願いね」


 ひとり生徒会室に残り窓から通学路を見下ろすと、私の想い人であるライオネル様が忌々しい婚約者をエスコートして校舎に入るところだった。


 侯爵家の嫡男で眉目秀麗上、学業は常にトップ。公明正大な人柄は多くの生徒の信頼を集めている。魔法はすでにプロの域に達していて、魔法連盟からスカウトも来ていると聞く。剣術は苦手らしいけど、それでも平均より上だ。

 第三王女の私にこそふさわしい、完璧な男はライオネル様しかいない。


「伯爵家の娘が嫁げる相手ではないのよ。身のほどを弁えなさい……!」


 私はハーミリア・マルグレンを排除すべく各方面から手を回していた。王族として評判を下げるわけにはいかないから、私が直接手を下すことはない。どうしても私が動かざるをえない時は、慈悲深く見えるように十分に配慮している。


 学園では他の女生徒たちをけしかけて嫌がらせをさせ、わざと生徒会室に会の役員に任命してさまざまな雑用も言いつけた。でも、図太いハーミリアには陰口や嫌がらせは効果がないし、生徒会の雑用もなんなくこなしてしまう。


 伯爵家にも圧力をかけて領地経営がうまくいかないようにしているけど、実家の方もなぜか潰れない。むしろ最近は領地経営も勢いを増しているくらいだ。


 お父様にもライオネル様を婚約者にしたいと伝えたけど、曖昧に微笑むだけでなにもしてくれない。仕方がないので、直接的な方法を取るしかなかった。


「ライオネル様は第三王女である私の夫になるのよ——」


 校舎に消えていくハーミリア・マルグレンを睨みつけた。




 でも、思ったよりいい仕事をした男爵令嬢は、ハーミリアを病気療養に追い込んだ。

 笑いが込み上げて仕方ないけど、嬉しさを隠して魔法学の教室へ移動中のライオネル様に近づく。


「ライオネル様、婚約者様がお休みですと心配ですわね」

「……マリアン様、ええ、そうなんです。本当は今すぐにでも駆けつけたいのですが、やはり早退してまで向かうのは婚約者としてダメかと思うと身動きが取れなくてどうにもならないんです」


 憔悴した様子にいつもの覇気を感じなくて驚いたけど、このチャンスをものにするために意識を切り替えた。


「よろしければ症状に合う薬を王城の薬草園で見繕うこともできますから、ランチをご一緒しませんこと?」

「本当ですか!? それでは、今日ハーミリアに会って確認してきますので、ランチは明日でもよろしいですか?」


 ライオネル様の言葉に私は驚いた。第三王女である私が今日のランチに誘っているのに、断るなんて思ってもみなかった。こんな真面目なところも素敵だけれど、貴重なタイミングを無駄にしたくない。


「え、明日?」

「はい、今日は体調がすぐれないので学院を休むとしか聞いておりませんので、お話しできることがないのです」

「それでは今日のランチでは私がライオネル様の憂いを払ってさしあげますわ」

「声をかけていただいたのに申し訳ないですが、本当に今日は食欲がないので……」


 いつもとまったく違うライオネル様だったけれど、落ち込んでいるところを慰めればあっという間に私になびくはずだ。私が心優しい王女であることを印象付けて、距離を縮めるきっかけを作ろうとした。


「かまいませんけど、せめて野菜ジュースだけでも召し上がった方がよろしいですわ」

「野菜ジュース……っ!」


 ますます落ち込んでいくライオネル様に、どうしていいのかわからずに躊躇していると「失礼します……」と言ってライオネル様は教室へ入った。結局ランチの話はうやむやになり、この後フライング気味で帰ったライオネル様に声をかけるタイミングがなかった。




 その後もライオネル様に声はかけるけれど、どこか上の空でふたりきりのランチの時間を作れない。そうこうしているうちに一週間が過ぎた。


「なんですって! それは本当なの!?」

「はい、明日にはハーミリアさんが登校するとライオネル様から聞きました」

「まったくしぶといんだから、どこまでも邪魔な存在ね、伯爵令嬢の分際で……!!」


 あまりの悔しさに、手に持っていたサンドイッチを思わず握りつぶしてしまった。


 やはりあの生意気な女を排除しないとダメらしい。さまざまな方法を考えていく。

 あの女を排除するついでに、私の評判も上げられるよう手を回そう。そうだわ、最後にもう一度だけあの男爵令嬢にチャンスをあげましょう。


「ローザ、テオフィル、いいことを思いついたわ。これからモロン男爵家に行くわよ」

「モロン男爵家ですか?」

「ええ、テオフィルは面識があるわね? あの役に立たなかった女に会えるように話を通してちょうだい。ハーミリアにけしかけて排除できれば、私が王族としてその場を収めて男爵令嬢に慈悲を与えるわ」


 賭けの要素があるけれど、もし失敗しても私に害はないから問題ない。


「ですが、ライオネル様が黙っておられないのでは?」

「それなら私が気を逸らして引き止めるわ」


 この学院で王族である私や王太子おにいさまから声をかけられて、無視できる貴族の人間などいない。必ず立ち止まり真摯に対応するのだ。


 そう思っていたのに、翌朝、ライオネル様の変貌ぶりに私は激しく混乱した。




「ハーミリア、さあ、僕が教室まで送っていこう。ほら、余所見してはダメだろう? 僕だけ見つめていて」

「はっ、はい……!」


 目の前にいるのは、本当にあのライオネル様だろうか?

 いつも怜悧で隙のない笑顔を浮かべて、ハーミリアには視線すら向けなかったのに。


 目の前にいるライオネル様は、今まで見たこともないようなとろける笑顔を浮かべてハーミリアしか瞳に映していない。


「ライオネル様、学院では今までと同じようになさってもかまいませんわよ?」

「それは無理だ。逆にもう抑えがきかない」


 しかも続いた言葉にどう意味かと頭をかしげる。


 もう抑えがきかない? それでは今まで我慢していたというの?

 ハーミリアには、まるで宝物のように優しく触れて、他の者には決して見せない表情を?

 こんな切望するように熱く求める気持ちを?


 ——どういうことなの!?


 私が動けないでいると、地獄のような痛みで半ば正気を失いかけている男爵令嬢がふたりの前に姿を現した。


 呆然としている間にライオネル様が男爵令嬢を氷漬けにして、あっという間に事件を解決してしまう。私の出番はなくなり、その場に取り残されても動くことができなかった。


 どうして、どうしてこうなるの! 私の計画は完璧だったはずなのに!!

 どうしてうまくいかないの!? ライオネル様は私の夫になるのよっ!!


 やってきたローザとテオフィルを無視して、私は策を巡らすために生徒会室に向かった。

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