第9話 ライオネル様が溺愛モード全開ですわ!!


 ライオネル様と想いが通じた二日後、わたくしはいつものように迎えにやってくるライオネル様の馬車に乗り込んだ。


「ライオネル様、おはようございます」

「ハーミリア、おはよう。ああ、今日も麗しいな」

「っ! ラ、ライオネル様には敵いませんわ」

「なにを言っている? 君ほど可愛らしくて美しくて天使のような女性はいない」

「そ、そうですか! は、は、早く行きませんと、遅れてしまいますわ!!」


 ライオネル様が溺愛モード全開で朝から攻めてくる。


 今までが嘘みたいに、甘く柔らかく愛しくてたまらないと言わんばかりに見つめられて、神々しいほどの笑顔を浮かべている。


 ただでさえ早鐘を打つように動く心臓は、壊れそうなほど激しく鼓動していた。


「それよりも、魔道士を手配してくださって本当にありがとうございました。お陰様ですっかり元通りですわ」

「本当に元気になってよかった……」


 そう言って切なそうにアイスブルーの瞳を細める。


 ライオネル様が贈ってくださったブレスレットが、わたくしの身代わりとなって砕けたのは残念だけれどその愛の深さを知ることができた。

 本当に出会った時から大切にされていたのだと、魔道士が帰った後ひとりで嬉し泣きしてしまった。


 その後もライオネル様の行動を振り返ってみて、その愛の深さにベッドでのたうち回っていた。

 やっと眠れたのは空が白み始めてからだ。


「でもいったい誰がこんなことをしたのかしら?」

「それは僕がちゃんと処分しておいたから、ハーミリアは気にしなくていい」

「え? 昨日の今日ですわよ?」

「ふっ、ハーミリアに敵意を向ける存在を放置などできるわけないだろう?」


 どういうことかと聞こうとしたタイミングで、馬車は学院に着いてしまった。



 ライオネル様にエスコートされて馬車から降りると、生徒たちの注目が集まる。

 ライオネル様はもともと人気のあるお方だし、普段休むことのないわたくしが一週間にわたって学院を休んでいたからだろう。


「ハーミリア、さあ、僕が教室まで送っていこう。ほら、余所見してはダメだろう? 僕だけ見つめていて」

「はっ、はい……!」


 ライオネル様の見たことがないようなとろけきった表情に、登校中の学生たちがざわめいた。

 だが、なにより一番衝撃を受けているのは、このわたくしだ。


「ライオネル様、学院では今までと同じようになさってもかまいませんわよ?」

「それは無理だ。逆にもう抑えが利かない」


 ええええええ! それはちょっと極端すぎませんか? いえ、嬉しいのだけれども!!


 ざわめきは校舎まで広がっていて、いたたまれなくて教室へと急ごうとした。


「ああ、そうだ。今日からハーミリアは僕と同じクラスにしてもらった。今後はずっとそばにいて守るから」

「へ? そ、そんなことできますの?」


 怜悧な微笑みを浮かべたライオネル様に背中がゾクリとするけれど、それがまたたまらない。ライオネル様の新たな一面を見られたわ! と喜んでいるわたくしも大概なので、もしかしたら似た者カップルなのではないか。


「ハーミリアは僕の隣の席と決まっているから、そのつもりでいて」 

「まあ、それでは授業に身が入りませんわ」

「どうして?」

「だってライオネル様ばかり見てしまいますもの」

「ハーミリア……それなら放課後は一緒に復習しよう。僕はもう学業を修めているから教えてあげるよ」

「さすがライオネル様です! わたくしにはすぎた婚約者ですわ」


 周囲の空気が若干おかしい気がしたけれど、そんなことは気にならない。ざわつきはどんどん大きくなり、やがて数人の生徒たちが短い悲鳴をあげる。

 ライオネル様の甘い魅力に浮かれていたわたくしは、ある女生徒が近づいてきているのに気が付かなかった。


「亜w瀬drftgyふじこ!!!!!!」


 声の方へ振り返るとわたくしが目をつけていたドリカさんが、ギラギラとした瞳で睨みつけていた。

 髪は振り乱れやつれた様子なのに、瞳だけは爛々としている。


「貴様、なぜここにいる?」


 絶対零度の声音にビクリと身体が震えた。ライオネル様がこんなにも、敵意を剥き出しにするのは初めてだ。

 わたくしを背中に隠して、ドリカさんと対峙する。


「モロン男爵には沙汰が決まるまで屋敷から出すなと言ったはずだが……貴様がハーミリアに呪いをかけた犯人だと調べもついている。その腫れ上がった顔は呪い返しを受けたからだろう?」

「っ!! あw瀬drftgyふじkぉp;ー!!!!」

「はっ、なにが真実の愛はここにあるだ。ふざけるな! 僕が心から愛しているのはハーミリアだけだ!!」


 なんですって!! どうしてドリカさんの言っていることが理解できるのか気になるけど、それよりも、わたくしを、あ、あ、あ、愛してるですって——!!!!

 ああ、神様、わたくしもう死んでもいいです。なんなら天国へでもどこへでも自力で行けそうですわ……!!


「亜w瀬drふぁせdrふぁせdr——」


 その時、なにか言いかけたドリカさんの口から、前歯が丸ごとぽろんと落ちた。

 それはもう見事にぽろんと綺麗に並んだ状態で、地面に転がった。


 それを見たドリカさんはショックで錯乱したのか、もう声にならない奇声を上げながら突進してきた。手元にはキラリと光るショートダガーが握られている。


「僕のハーミリアに近づくなっ!!」


 ライオネル様は一瞬でドリカさんを氷漬けにした。

 青みがかった透明の美しい氷の柱に閉ざされ、ドリカさんはやっと動きを止めた。


 パンパンに腫れ上がった顔がとても痛ましい。こんなになるまで痛んだのなら、それは地獄のようだろうと想像できた。

 駆けつけた学院専属の護衛騎士たちに、ライオネル様が氷の柱ごと引き渡して事態は収束する。


「ハーミリア、大丈夫か? 怖い思いをさせてすまなかった」

「いえ、大丈夫ですわ。ドリカ様が本当に犯人ですの?」

「ああ、僕が無理やり婚約をさせられていると勘違いした挙句、ハーミリアの命を狙って呪いをかけたんだ。まったく、事実は逆だというのに、なぜあのように思い込めるのかわからない」


 なにかサラッと重大な事実をこぼされたようですけど、わたくしが聞き返す前にライオネル様が言葉を続ける。


「牢獄に入れようとしたのに、モロン男爵が屋敷で監視すると言うので任せたのが間違いだった。まあ、でもこれで一族ごと追い込めるか。それにしても、どうやって屋敷から抜け出してきたのか……まともに動けない様子だったのだが」


 ライオネル様に感じた黒いものが、とめどなくあふれ出している。それも素敵なのだけど、もうひとつ気になることがあるのだ。


「でもよくドリカさんのお話ししていることがわかりましたわね?」

「ああ、読唇術ができるんだ。顔が腫れていて少々わかりにくかったが」


 そんなことまで努力で身につけられたというの!?

 さすがライオネル様ですわ!


「それでは、ハーミリア。行こうか」

「はい!」


 何事もなかったかのように、ライオネル様は足を進める。

 これほど沈着冷静で心を動かさないライオネル様が、わたくしにだけ見せてくれるとろける笑顔は最高のご褒美のようだった。




 そして、その日の帰りの馬車でライオネル様がとんでもないことを言い出した。


「ハーミリア、学園一のラブラブバカップルになろう」

「はい……?」


 ライオネル様の斜め上すぎる発言に、さすがのわたくしも目が点になった。


「いや、今回のことを踏まえて考えたんだ。僕がハーミリアを心から愛していると周知すれば、少なくともこんな勘違いをされないだろう」

「それは、そうかもしれませんけれど。それがどうしてラブラブバカップルなのですか?」

「うん、僕の目的はみんなが呆れるほど、ハーミリアに惚れ込んでいると理解してもらい何者も僕達の間に入ってこられないようにしたいんだ」


 まるで決戦前夜のような真剣な表情のライオネル様を、しっかりと心に焼き付けてから返事をする。


「もうわたくしたちの間に入ることなどできませんわ」

「そんなことはない! 僕がエスコートしているのに恥ずかしがるハーミリアに秋波を送る男子生徒のなんて多かったことか!!」


 グッと握った拳はぶるぶると震えている。ライオネル様は大袈裟だ。


「わたくしにそんな視線を向けてくる男子生徒なんておりませんわ」

「……今日だけでも五人に牽制したんだ、間違いない」

「むしろ、ライオネル様の方が女性との視線を釘付けにしていましたわ」

「僕はハーミリアにしか興味がないから問題ない」


 いえ、それはそれで嬉しいのですけれど。

 ライオネル様からもれ出す甘い空気に引き寄せられる女生徒が多すぎるし、ラブラブバカップルというのがどういうものかちょっと気になりますわ。


「わかりましたわ。ここはラブラブバカップルを目指すしかないようですわね」

「ああ、ハーミリア、明日からさらに遠慮なく愛を注ぐよ」


 え?

 今日のでもまだ遠慮されてましたの?


 なんて思っても、ライオネル様の激情を秘めたアイスブルーの瞳から視線を逸らせなかった。

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