第7話 まさかの相思相愛でしたわ!!!!


 ライオネル様が、わたくしに縋るようにして泣いている。

 アクアマリンのような瞳に涙を浮かべて、必死にわたくしを求めてくれている。


 これは現実なのかしら? 都合のいい夢ではないのかしら?

 わたくしがこんなにも愛してやまないお方から、ここまで激しく求められるなんて想像もしていなかった。だってむしろ嫌われていると思っていたから。


 ずっとずっと願っていた。

 わたくしに優しく微笑んでほしいと。

 そのアイスブルーの瞳でわたくしだけを見てほしいと。

 ライオネル様の心をわたくしにだけ向けてほしいと。


 そっと慰めるようにサラサラの青みがかった銀髪を撫でる。大丈夫だと、安心してと気持ちを込めて。


「ハーミリア……?」


 わたくしの行動の意図が読めないライオネル様が顔を上げた。


 いつもはキリッとしている怜悧な瞳は真っ赤になっていて不安げに揺れて、鼻まで赤く染めて頼りなく見える。

 でもそんなライオネル様を知るのはわたくしだけだと思うと、どうしようもなかった独占欲が満たされていった。


 歯が痛いのなんて忘れて、ライオネル様に微笑む。

 あふれるほどの愛を隠さずに、わたくしにもあなたが必要なのだと今すぐ伝えたい。


 わたくしは精一杯の愛を言葉にした。


「ライ……ネル、さ……す……き」


「っ! ハーミリア、それは……本当に?」


 もうそれ以上は話せなくて、こくりと頷くと感極まったライオネル様がきつく抱きしめてくれる。


「ハーミリア! ハーミリア! ああ、僕の女神!」


 今度は嬉し涙を流して、震えている。

 そんなライオネル様が愛しくてたまらなくて、わたくしもそっと背中に手を回した。

 わたくしにだけ見せてくれるライオネル様の泣き顔も、笑顔も、真剣な横顔も、情けない顔も、すべて包み込んで愛したい。


 ずっと嫌われていると思っていたけど、それは間違いだったのだ。


 今のライオネル様の様子が演技なら、もういっそ一生騙されてもかまわないと思う。

 もしかしてライオネル様は、気持ちをうまく表現できなかっただけなのかもしれない。


 本当はライオネル様がとても不器用な方だと知っているから。


 どんなことでも、できるようになるまであきらめずに挑戦し続けてた。

 何度も何度も失敗してやっと自分のものにして、そうやって血のにじむような努力を続けてきたのだ。だからこそ学業は常にトップだし、魔法にしても世界最高峰の認定魔道士の資格を取るのも夢じゃない。


 悔しいことも悲しいこともたくさんあったのに、その瞳はいつも前を見ていた。

 そんなライオネル様をずっとそばで見てきて、努力を惜しまないその姿にわたくしは愛を深めていったのだ。


「ハーミリア、こんな情けない男で本当にすまない。でも、君のためにもっとちゃんとするよ。僕は君なしでは生きていけないんだ」


 歯が痛くて本当につらかったけれど、この日を迎えるためだったと思えばなんてことない。

 ふわりと微笑めば、ライオネル様の涙がようやく止まった。

 まだ赤みが残るアイスブルーの瞳で真っ直ぐにわたくしを見つめて、拾い上げた指先に艶やかな唇をそっと落とす。


「ハーミリア、これからは君に捨てられないように、惜しみなく愛を伝えるよ」


 シャラリと手首につけていたブレスレットが滑り落ちた。これはライオネル様に初めてもらった誕生日プレゼントだ。


 三連のアクアマリンがついたもので、チェーンだけ変えて十年間ずっと身につけている。わたくしの宝物のひとつだ。ライオネル様の瞳と同じ色のブレスレットが嬉しくて、寝る時ですら着けていた。


 つい先日宝石が壊れていることに気が付いたけれど、ライオネル様からもらったプレゼントを外したくなくかったのだ。


 あ、いけない。壊れてもつけているなんて、わたくしの愛が重すぎると引かれてしまうわ。


「え、これ……! ハーミリア、この石が壊れたのはいつだ!?」


 いつになく真剣な様子のライオネル様に、驚きつつも記憶を漁っていく。


 ブレスレットが壊れていると思ったのは、確か歯の痛みに倒れた後のことだ。お医者様の診断を受けた時に、ブレスレットの宝石がふたつも壊れているのに気が付いたのだ。一瞬気が遠くなって、お医者様の存在すら忘れてしまった程だ。


 でも確かにその前の日の夜は、キラキラと透き通る宝石がブレスレットの台座に輝いていた。思い出したところでサラサラとペンを走らせる。


【ハッキリとわかりませんけど、わたくしが静養する前までは無事でしたわ】

「……そうか! やっとハーミリアの治療方法がわかった。すぐに手配する」


 ライオネル様の笑顔が麗しいのはかわらないけれど、その瞳の奥に見たことのない闇を感じた。




 その翌朝、早速ライオネル様が手配した女性魔道士がやってきた。


 魔道士とは魔法を生業とする人たちで、魔法連盟が認定しているプロの魔法使いだ。身分は関係なく実力のみを問われるので、数は少ないが腕に間違いはない。その最高峰とも言われる『マジックエンペラー』の認定を受ければ、国王でも頭を下げるほどの存在になる。

 その代わり依頼するとなると高額な料金が発生するから、滅多なことでは頼まない。


 ああ、費用なんて気にせず、すぐに治せというのね。こんなところでもライオネル様の愛を感じますわっ!


 自分に都合よく捉えて魔道士に言われた通り、ソファーに腰かけてリラックスする。魔道士は簡単に挨拶だけ済ませると、すぐにわたくしの痛みの原因を探った。


「うわっ、よくこんな呪いをかけられて無事でしたね!? どんな恨みを買ったんですか?」


 呪い? わたくしのこの症状は呪いでしたの!?


 わたくしが驚いていると、呪いを解きながら魔道士が説明してくれる。


「呪いには治癒魔法が効かないから、今までつらかったでしょう。幸い守護の魔法が働いてるからすぐに解呪できますよ」


 そう言って、わたくしに手をかざしてたったひと言呪文を唱える。


解呪ディスペル


 それだけで、わたくしの歯の痛みは綺麗さっぱりなくなった。


「えっ! もう痛くないですわ!」

「うん、よかった。もう大丈夫ですよ。ああ、呪いについては本人にちゃんと返しておいたので心配いりません」

「まあ、本当にありがとうございます! あの、よかったらお茶に付き合っていただけませんか? 少し聞きたいこともございますの」


 女性魔道士はひと仕事終えて、反対側のソファーに腰を下ろした。メイドが用意したお茶に口をつけて微笑む。


「あの、呪いですとか守護の魔法ですとか……どういうことですの?」

「そうですね。私がわかるのは強烈な恨みをもとに、放置すれば死に至る呪いがかけられていました。やり方が古臭かったので、おそらく古代魔道具を使ったものでしょう」

「そうでしたの……恨みというか、嫉妬や妬みなら心当たりがありますわ」


 わたくしがライオネル様の婚約者だと気に入らない人たちならたくさんいるのだ。お陰でライオネル様本心が聞けてラッキーでしたけれど。


「では、守護の魔法というのはどういうことですの?」

「そのブレスレットについているのは魔石です。緊急時に何者からも守る守護の魔法……マジックバリアみたいなものが発動する仕組みになっています。少なくとも二度は呪いをかけられていますね」

「そういうことでしたの」


 ライオネル様の慧眼と優しさに、心がぽかぽかと温かくなる。どうしましょう、わたくしはこんなに幸せでいいのかしら?


「ふふっ、婚約者様に深く愛されてるのですね。羨ましいです」

「い、いえ、そんな愛されてるだなんて……」


 そんな風に言葉にされると、急に恥ずかしくなってしまう。なにせ自覚たのは昨日のことだ。


「今回の依頼も女性の魔道士でご指定されてたし、なによりそのブレスレット守護の魔法はハンパなく強力ですよ」

「え? ライオネル様は女性で指定されたのですか? それにそんなに強い魔法が込められてますの?」

「ええ、なんでも愛しの婚約者様に他の男が触れるのは許せないって、倍額払うから女性にしろと言ってたんですよ。それにそのブレスレットに国宝レベルの守護の魔法が込められています」


 思ってもいない情報に頭がついていかない。

 そんな嫉妬をするくらいライオネル様は思ってくれていましたの!? しかもこのブレスレットの守護の魔法は国宝級でしたの!?


「よほど大切な方でなければ、ここまでできませんよ」

「そ、そうでしたの……」


 つまりだ。ライオネル様はこのプレゼントを用意してくれた時から、大切にしてくれていたのだ。

 このプレゼントは七歳の誕生日にもらったものだ。ということは、本当に昔からわたくしを想ってくれていた?


 わたくしの頭の中を、過去の記憶が走り抜けていく。

 確かに態度はそっけないけれど、その行動はまるでわたくしが宝物だと言わんばかりでしたわね?


 どんな遅くても馬車で送ってくれたし、茶会や夜会のために贈ってくれたドレスは必ずアクアマリン宝石が飾られていたり薄いブルーやシルバーのお色でしたわ。

 ほかの男子生徒と話していると、いつの間にか後ろにいていつもより機嫌が悪そうでしたわ。


 なんてことっ! なんてもったいない勘違いをしていたのかしら!!

 一生の不覚ですわ——!!!!


 その後もライオネル様の言動を思い返し、喜んでは後悔して全然眠れなかった。

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