第2幕第10話 孤独なる戦い

 気が付くとメリエルは質素だが清潔なベッドに寝かされていた。

 枕元ではアラウネが船を漕いでいた。

(綺麗な人だね、メロウ)

(そうね。私たちもこんな風に年を重ねたいわね)

 おそらくはそうはならない。

 自業自得の運命が現在のアラウネの年になるまでメリエルを生かしておかないだろう。

 少し前までディーンは一人で二人分の人生を歩んでいたが、メリエルは二人で一人の仮初めの人生を歩いている。

 そして、そんなに長生きは出来ると思っていない。

「ごめんなさい、アタシ」と意を決してメリエルが起き上がったので、アラウネはうたた寝を醒まされてもニッコリと微笑んだ。

「疲れていたのでしょう、とても。トリエルたちにも心を開いていなかったから尚更に」

 メリエルは答えに窮した。

 おそらくはメリエルが疲労困憊で寝ている間にアラウネとトリエルは現状の問題について話し合っていた。

「私は生きながら死人になった。その方が楽だったわ。ここじゃ誰も私が昔は皇国の摂政皇女だったことなんて知らない。暢気で留守がちのサンドラとのんびりした生活をしていて、パルムで送っていた生活の方が生き急ぐ生き方なんだったと改めて思い返したわ」

「事件のあったときには?」

「勿論、ここにいたわ。子供達がまだ幼かったし、母親が必要な時期だったから。エリーヌと交替で此処に来ては出産と子育てをしていたわ、あの頃は本当に目まぐるしかった。だから思うのよ。もし、あのときあの場に居たのが私だったら、とっくにこの世に居なかった。親娘二代のデュランの騎士たちのお陰で私は今も生きている」

「それはつまり?」

「ええ、《タッスル事件》で父を庇おうとしてバートラム卿が戦死された。《アラウネ事件》ではエリーヌが身代わりになった。マグワイアとエルビスには詫びても詫びきれないわ」

 メリエルには真相が飲み込めてきた。

「それじゃ、エリーヌさんはエルビス公王の最初の奥さん?」

「ええ、アリアを。いえ、貴方には隠し事はしないわ。アリアドネ様を蘇生させてエルビスの後妻にしたの」

「どうして?」

「エリーヌの死によるエルビスの深い孤独を埋め合わせるためでもあり、アリアドネ様を人として遇し、人としての天寿を全うさせるためよ。それが私たち新女皇家の総意。人としてのそれぞれの天寿を全うさせれば今度はまた違った人生を歩める。皆がそうであるようにアリアドネ様にもそうして欲しかったから、再封印時にアリアドネ様をナノ・マシン内燃操作で赤子に戻したエセルもそう望んでいたのよ」

「エセルってそんなマサカ・・・」

 『剣皇エセル』は約200年前の人物だ。

「エセル・メイヨールは現世にいます。つまり、天寿を全うしたのでこの時代にも現れた。妹のアリョーネとは《対の怪物》と呼ばれています。それは今度の龍虫戦争が《女皇戦争》と呼ばれる戦いになるためです。メロウ、貴方がいて、アリアドネ様がいて、エセルがいて、母がいて、私がいて、アリョーネがいて、シーナがいて、アンナがいて、そしてメリエル。貴方がいるのですから」

 神話時代の女皇たちと新女皇家の女皇家直系連枝たちがこれだけ揃っている。

「それじゃ、ホテルシンクレアにいるあの品の良いお婆さんがやはり」

「そうです。私の母メロウィン。孫達と娘たちの戦いを見届けるため、狂死を装いましたが本当はハルファでずっと父の介護を」

「ではあの隣に立っていらっしゃるとてもハンサムなお爺さんがロレイン・サイフィール侯爵?」

「そうです。しかし、父は前半生の記憶を喪いました。私たちの父親としての記憶は《タッスル事件》で負った重傷がもとで喪失しました。もともと死にかけていたのをアランハスが無理に蘇生させたのです。ですから、代償に記憶を。そしてナカリアのタッスルからロード・ストーンでパルムの女皇宮殿に移送され、母と再会した後、母を母だと認知せず、ただ乱暴に陵辱して産まれたのがトリエルです」

 またしてもメリエルは言葉に詰まった。

 まだ処女であるメリエルには愛する実の夫に陵辱される気持ちは想像もつかない。

(メロウ、アタシにもわかんないよ。フィンツの記憶を失ったフィンツに手荒く犯されるなんて)

 女性として愛する男に乱暴に犯される程の屈辱はあるまい。

「私が摂政皇女として母に替わって政務を執ったのはそれが理由です。私も父の姿をしながら父でない人をとても案じました。それに父は紛れもなく旧女皇家の希少な血統持つ騎士でしたが真戦兵に意思伝達する騎士能力も喪失しました。かわりに《剣鬼》と呼ばれるもっと呪われた“業”に目覚めてしまった。《傀儡回し》と呼ばれるラシール家の隠密機動たちが禁断の“業”として受け継ぐ能力が《剣鬼》にはあります」

 実の父、ロレイン・サイフィールを《剣鬼》と吐き捨てる。

 アラウネ自身も《剣鬼》が変わり果てた父だとは認めたくないのだ。

「それで自責の念からアランハスさまは本来の名を棄てて亜羅叛と?」

「ええ、父と同じ力を有し理性で抑えられる父の師アランハスだけが抑止力となれます。元の記憶は戻りませんでしたが理性だけは取り戻して母を自分の妻だとは認識しています。でも、私たち子供たちのことはなにも。それに今の父をアリョーネやトリエルには父として見せられません。まだ幼かったアリョーネや赤子のトリエルは父の顔を覚えていません。ですから、ハルファで怪物という《剣鬼》に鍛えられたことはあっても、それが自分の父親だとは知らなかった」

「他にその事実を知っているのは誰です?」

「生きている人間は息子と夫、義弟の3人です。夫の事は今は申しません。ただ、貴方もよくご存じの筈です。ディーンは皇室吟味役のトワントから公爵家相続に際して聞いている筈です。そして、一度も勝てなかった《剣鬼》が実の祖父であると。更に残酷な事実が祖父を罠にかけたのが、あの子のもう一人の祖父と『オーギュスト・スターム』。いえ、貴方が信号波でサンドラから聞いた事実と付き合わせてください。つまり、警護役のカイル・スタームが剣豪バートラム・デュラン少佐を騙し討ちして刺客たちを援護したのです。そうでもなければアランハスを師とする剣豪で天技である《陽炎》を使う父を殺すことなど到底出来ない。《剣鬼》の実力は記憶を喪う前も後も変わっていません。むしろ、《傀儡回し》が使える今の方がより強力でしょう。だからこそ、アリョーネにも勝つことが難しかった」

 アラウネは酷く沈痛な面持ちで視線を落とした。

 女皇家の家族たちを覆った悲劇の真相。

 これからアルマスに向かえば必然的に《剣鬼》との再会を果たす。

 だが、アラウネの息子や妹も蹂躙する鬼と化した父親との再会は決して喜ばしいことではない。

「カイルがグエンを唆して裏切り者になったのも、義父がルーマー教団に籠絡されたのも、もとをただせば父と母の事が許せなかったのです。新旧の女皇家が血を一つにする。そうなれば《虫使い》たちに勝ち目などないし、私たちゼダはまた他のエウロペアの民たちの流した血の上に新たな繁栄の歴史を重ねることになる。なによりメロウ、貴方が始めたこの戦いと貴方の与えた『呪い』について、相通じていたカイルと義父は一番よく知っていました。私たちの本当の信仰を奪い、私たちを《エウロペア大監獄》に入れ、汲々と足掻く様を『傍観者』として見ている」

 メリエルには返す言葉が見つからなかった。

 実際、その通りだ。

「私は《真史》知る立場でした。何故、貴方がそうしたかだって分かるし、私はあの子の母親です。あの人を心から愛して身を委ねた女です。だから私には分かるっ。貴方の怒りと憎しみと虚無感とが私たちに向けられた本当の理由も女の私にはよく分かります。だから、貴方のことは幾ら恨もうとしても恨めなかった。それに貴方は自分だけ幸せになるつもりなんて最初からない。御自分のことを『ただの人形』だと思っているのでしょう?無関係なのに巻き添えにされたメルのことを可哀想な子だと思っているのでしょう?そのメルが心から一番愛する甥っ子のフィンツと戦うことになった不条理に憤っているのでしょう?だから私は、私は・・・」

 その後を言葉に出来ずにアラウネは泣き崩れた。

「それでも私たちの苦境のために貴方は此処を発たれ、私たちとトレドで戦ってくれるというのですね?」

「ええ、サンドラと共に征きます。そのためにこのセスタで騎士としての訓練を受けました。トリエルからルイスに使わせる予定だったスカーレット・ダーイン先行1番機があると聞いています。そしてサンドラには昔から使っていたアドバンスドダーイン試作機のアモン・ダーインがあります。そのスカーレット・ダーインとは妹タリアの形見です」

「それじゃ、紫苑さんのお母さんというのはアラウネ様とアリョーネ陛下の実の妹?」

「そうです。もともとタリアは皇位継承の妨げにせぬため、父の公的死後空席となっていたサイフィール家に入れました。そして、誠実な技術者たる耀犀辰に嫁がせました。耀家の倣いに従って多里亜と改称し、天才ドールマイスターとしての才覚を発揮していたのですが、《アイラスの悲劇》で命絶たれました。私には紫苑にもリリアンにも合わせる顔がありません。本当なら貴方とだって・・・セシリアによく似た貴方とだって会うのは本当に辛かった」

 母セシリアの名を出されたことでメルの意識がメリエルの主人格となっていた。

「アラウネ様はお母さんを知っていたのですか?」

「勿論です。セシリア・リーナは貴族学校に通っていたときの友人でしたからね。それにセシリアだけじゃない。ローレンツの妹だったウルザのことも・・・皆わたしよりも早く逝ってしまった」

 事情を知りながら生きる辛さ、どれだけ自分を責めたか分からないアラウネの煩悶。

 この女性が一番良く、運命に生かされたメリエルのこころと責任の重さを知っていた。

 そして、「メリエル」として生きていられるのも、メル・リーナというもう一人の自分がいつでも替わってくれるからだった。

 メロウだけならとっくに折れていたし、信用すら出来ない誰とも向き合えない。

 人を吟味するメルという無二のパートナーがいたことで、メロウは事を誤らずにいられた。

 アローラも「アラウネ」と「アローラ」という二人の自分を自覚しているから生きていられた。

 同時にエリーヌ・デュランをはじめ他人の犠牲の上に成り立つ自分を自覚しているからこそ、生きるのが苦しかったのだろう。

 アラウネであろうがアローラであろうが、ディーンとセリーナの母親だという事実が彼女を支えてきたのだ。

 アラウネは聡明だが人として強くはない。

 人はそんなに強くなれない。

 この母親の子たるディーンとて本当はそれほど強くはないのだ。

 自分の「弱さ」を自覚しているから、傍目には強く振る舞えるし、厳しい鍛錬で心を揺らさないようにしている。

 父親としてのパトリック・リーナをよく知っているメルは「鉄の睾丸」と称される父親の本当の素顔を知っていた。

 パトリックは自分を鎧うことで、頑なな態度で、意地と信念とで強く見せるコツを知っていただけで、自分を強く見せていた。

 けれど、本当のパトリックはどこにでもいるただの人だ。

 愛する妻と子の死に心が折れ、自ら命絶とうとした。

 たまたま近くにトワントやドライデン枢機卿がいたことや、ローレンツの提案により、娘だけは喪わずに済む方法に賭けた。

(メロウ、お願いよ。アラウネさまが誰より深く貴方のこころを理解している)

 メルはメロウがかつてどんな扱いをされたのか知っていた。

 その名を二つに割った事情も、人に絶望したことも。

(わかってる、メル。やっぱりこの人は「才女」であり、私が本当に望んでいたことをちゃんと理解してくれていた)

 メリエルは居住まいを正し、悲嘆に暮れるアラウネに向き直った。

「貴方は女皇家のことを一番よくご存じのようです。その上で、アリアドネ姉様の未来のことまで考えてくださった。けれどもう後戻りは出来ません」

「ええ、ですから私はこの命にかえても貴方を《真の女皇》にします。そのための後見役になります」

「《真の女皇》?」

「そうです。つまりは《エウロペア女皇》。アリョーネも、ディーンもそのつもりです。そのために私は《アークスの巫女》としての責を果たす。母メロウィンの巫女能力は《未来視》。つまり母はこうなると前もって知っていた。それでも何一つ防ぐこと、変えることなど出来なかった。そしてアリョーネの巫女能力は《読心術》。あの子は子供の頃からずっと人の本音の持つ悪意に晒され続けてきた。だから、サンドラとローレンツしか愛せなかったし、まごころのある人としかきちんと接することが出来なかった。レオポルトのことも苦悩も絶望の苦しみも理解して、それでも伴侶として二人の子らの母親となった。夫や子らの苦しみを受け止め、それでも毅然とした女皇として立派に君臨してきたのです。タリアの巫女能力は《構造理解》。あの子にはナノ・マシンが構築する世界の本当の姿が視覚化していました。つまりあの子以上のドールマイスターはどの周期にもいなかった。だからトワントに願い出て耀犀辰に委ねたのです。その上でクレシェンスもスカーレットもトリケロスもあの子が設計した。その娘たる紫苑にもまた似たような巫女能力がある筈です。そして私の巫女能力とは・・・」

 メリエルはその内容に驚愕した。

 才知に長けたアラウネの巫女能力はメロウに簡単で安易な決断をさせないための能力だった。

 つまり、メリエルが巫女能力を使ったその先どうなるかを暗示させ、それをもってメリエルに巫女能力を生涯使わせないためのものだ。

 メリエルが巫女能力を使えば少なからずアラウネと同じ軌跡を辿ることになる。

 それを本当に愛する息子や娘、夫にまで及ばせないために、アラウネもまた心を鬼にし、冷徹であろうとしていた。

 メロウもメルもそれをよく理解した。

 だが、メロウィン同様にそれでも防げず、何一つとして変えられなかったことが本当の悲劇に繋がるのだ。

 それでもアラウネ、またはアローラの悲壮なまでの覚悟と決意とが奇跡と新たな可能性を産むことになる。

 ただの才女でなどない。

 アローラは中原世界の全ての言語に精通し、極めて高い論理的知性を持っていた。

 やがてそのことの齎す「福音」について《観測者》メロウでさえ、今はまだ全く理解はしていなかった。

「アラウネさま、私をエウロペア女皇にするという意味は?」

 アラウネはメリエルの瞳をじっと見据えた。

「“其処に存在する筈のない強大な帝国”を仮初めに産み出し、其処に大陸中の全戦力を集結させるということ。サーティーンズこと《対龍虫戦争国土強靱化計画遂行委員会》の目的とは“その帝国”をゼダとは完全に切り離すこと。ゼダ女皇国はあくまでも“後方拠点”であり兵站と戦費とを担う。既にアリョーネとエルビスは絶対防衛戦線を維持する戦費を貴方の養父パトリック・リーナに託している。つまり、ゼダの国益とあなたの帝国のそれは別物」

 つまり女皇家の個人資産とヴェローム銀行の資産こそが絶対防衛戦線の軍資金であり、それで賄えという事になっていた。

 大陸横断鉄道はエウロペア各地の騎士たち戦力と兵站物資の輸送手段。

 最高司令官を《剣皇機関》として各方面に複数用意することや、傷病兵たちの移送先としての旧都ハルファと其処に陣取る国家騎士団南部方面軍。

 つまり南部方面軍統括のランスロー・ドレファス大佐も絶対防衛戦戦幹部の一人であり、彼等の目的はガラ空き同然のミロア法皇国の守備隊。

 事前に周到に計画されていた計画案により、ナカリア、メルヒン、オラトリエスの各王族たちは敬虔な信徒たちに守られて法都ミロアに集まっている。

 だが、裏切り者によりその計画の一部が漏れ、ナカリアのセリアン国王夫妻やメルヒンの王族たちは待ち伏せに遭っておそらくは消された。

 法都ミロアをバチカンに見立てた計画・・・。

「まさか・・・貴方がたは仮初めのローマ帝国を作り出して、私をその皇帝に据えようというのですか?」

 カエサルや「ローマ帝国」のことなどエウロペアの人々は知らない。

 《筺》の禁忌情報だからだ。

 「ルーマー教団」の信じているものこそ、衰退し落ちぶれたローマ帝国の末路だった。

 支配域が広大となりすぎ、オリエント由来の多神教を捨て、新たなローマ市民のため「わかりやすい教え」を改造して、巨大な帝国の軸にするしかなくなり、やがては二つの大国と二つの教えに分裂した。

 それこそが最悪の選択だったとメロウは理解していた。

 “西”は自分たちこそが正統だと主張し、オリエント文明の培ってきた叡智を理解しようとせず、理解するその能力もなく、「再発見」の時まで頑なな檻として人々の叡智と世界の真実を問い質す「科学」を禁忌として「魔女」と「異端者」を量産した。

 馬鹿げた「共食い」を繰り返してはジャンヌのような純心な犠牲者まで産みだし続けた。

 国民たちを「市民」と「奴隷」とに分け隔てるのはローマ隆盛以前からの「慣習」だった。

 神の独占のために国を喪った本来の「聖典の民」を迫害し続け、彼等が財を成すと激しく嫉んだ。

 そして、やがては「愛国者」として祖国再興を掲げたアドルフに過去に行われた迫害の数々の全ての罪を“ホロコースト”としてなすりつけた。

 アドルフは祖国の勤勉実直な民衆が「聖典の民」たちに「資本」という力で属国化、奴隷化されることを怖れて弾圧した。

 そして、悪意の根源が異教徒の帝国を二度と再集結出来ぬまでに引き裂いた英国にあると信じて執拗に攻撃した。

 でもそれらの行為は過去に連綿と築きあげられた差別と迫害の歴史と、やはり「異端」と「異分子」に過ぎなかった奢る二つの島国への懲罰だった。

 列強として名を連ねた二つの島国を中心とする東西二つの帝国はアドルフが引き金を引いた戦争の結果として共に凋落した。

 片や敗残して叡智の炎で焼かれ、片や帝国の栄華の象徴だった属国群をかつての盟友の扇動により解放されて落ちぶれた。

 かわって二つの超大国が世界を二分し睨み合う時代に突入し、軍備に国費を割かずにかつての仇敵を体の良い傭兵にした敗残の島国が敵に一発の銃弾も撃つことなく、身の丈に合わぬ経済大国化して、恨み骨髄の二つの超大国を資本や思想で蹂躙して復讐した。

 和の思想はやがて世界に理解され、人々を信奉者にして世界を覆い、過去の歴史を再認知させた。

 西側と呼ばれる陣営は和の思想に知らずのうちに感化されていった。

 国土を巡る人同士の殺し合いなど愚かな行為だ。

 過去と未来に渡り、私たちは自然災害という神の試練と暴挙に立ち向かい奇跡の復活を遂げてきた。

 それでもまだ死者がいずれ復活するという世迷い言を信じ、災厄を神の試練だと自分たちを欺き続けるのか?

 復活するのは人でなく、人の和の象徴たる国だ。

 私たちは人の反省と過去の教訓を信じ、災厄を乗り越えて何度でも立ち上がり、培い続けた人の叡智と技術とで蘇る。

 陽はまた昇る。

 神の子の復活劇はあるいは虚構かも知れないが、その国の復活劇は歴史という物語において二度、三度と見せつけられた。

 この世の東の果てにある理想郷の現実とは何度でも再生するその逞しき生命力と、その裏にあるしたたかさな強さ、卑怯なまでの狡賢さ、一蓮托生たる同胞との結束ではないのか?

 それが幾星霜を紡ぎ続けてきた国体を保ち続ける秘訣ではないのか、と。

 だから、メロウは試して早々に実感した。

 やはりなにかが根本的に違っている。

 先進的な社会実験と思想検証を繰り返す隣大国を巨大な実験場に見立てたこの小さく閉ざされた世界は、紛い物のセカイでも変わらぬ強靱さを保ち続けている。

 隣国に説く勃興の歴史とは別に醜悪な裏切りと談合の裏面史を持った恐るべき国で英雄殺しの国。

 英雄とは危機的事態を凌ぐ道具に過ぎない。

 勝利を手にし、勝利の美酒に酔いしれた英雄たちをあらゆる手段で抹殺し続けた国。

 カエサルをその手にかけたブルータスの行為を、師を売った13番目の門徒に理解を示した国。

 和を乱す厄介者だから敢えて讃え祭り上げるがその命脈は絶つ。

 それを無自覚に模倣したエウロペア。

 《真史》、《偽典史》、《黒髪の冥王》の呪いと加護。

 それが最大の皮肉にしてディーンに集約された。

 マスラオは敵に勝つ為に手段を選ばない。

 だから、その行動も心理も予測出来ない。

 だからこそカムイの暴走を怖れていた。

 そして、自分たちだけさっさとゴールし、不要になった英雄の魂を平然と西方セカイに送り込んできた。

 最初は姉に、次に父に、お上に、その次は兄に・・・とそのマスラオは姿形と名と宿命を変えながら、真の支配者に異を唱え続けてきた。

 尊き存在の源に由来するかの国のもう一人の支配者たる対。

 だから邪魔になったのか、あるいはかの世界で伝道者を送り込まれたことへの復讐なのか、それとも足掻き迷う者たちへの慈悲なのか?

 一方、いちど国土を喪失した亡国の民は憐れだった。

 「聖典の民」でさえそうと信じ、もとより選民思想持つ彼等はアドルフにかけられた呪いと罪を盾に、悲願だった聖地奪還と自分たちの国を持つなり力無き民を迫害する側となった。

 その唾棄すべき矛盾を衝いたのも「聖典の民」の末裔だった。

 アドルフを倒したと嘯く「彼等」の侵攻で窮地に立たされた「その道化役」は愛国者として“国と民をもって守ること以外の正義など何処にもない”のだと世界に発信した。

 それがメロウの知る終わりの始まりだ。

 ひとつの疫病が一つに纏まりかけた世界を壊し、無残に崩壊し、資本に蹂躙された母国を建て直した「愛国の独裁者」を疑心暗鬼にし、皮肉にして倒したと嘯くアドルフと同様に「悪意の根源」が世界の何処かにあるのだと信じ、正常な理性を奪った。

 なにも彼一人の誤解や罪でなく、ステイツの大統領さえ荒唐無稽な陰謀論を信じた。

 その過程こそが「聖典」における「バベルの災厄」だった。

 言葉は翻訳されるのに、人々の心がバラバラになり、なにを信じるべきかの明確な指針を喪失し、無政府主義者、陰謀論者の言説が真実味を帯びた。

 そうした歴史的事実の結果として、演算にバグを混入することで無力化する「人工頭脳」にかわる存在として「人造頭脳」の研究を始めた国家があり、戦争に勝利するための「生体演算器」を産み出した。

 「人の造りし紛い物」より「人本来の頭脳を異常強化させたもの」の方が乱されず、間違えないと信じた。

 その完成形がメロウだ。

 そのメロウが自分たちを見限り裏切ったことさえ知らない。

 メロウの理解ではむしろ「改革者」たる“彼”本来の思想は東方の「仏教」に近いものだった。

 だからファーバ僧たちは誰も特別ではない。

 「唯一神」も「神の子」も「原罪」も「絶対権力持つ聖職者」もいないセカイの創造こそが、メロウのたった一つの人類救済のための希望だった。

 「邪悪」「極悪人」とされた存在でさえ、人の生が何度も繰り返されれば何処で間違ったかに気づく実験セカイ。

 「仏教」だって国家権力と結びつくと腐敗した。

 ファーバ法皇は有史以来、支配域を持たなかった。

 ミロア法皇国が成立したのは「龍虫大戦」の惨禍からエウロペアの人々が立ち直るためには、「誰もがそれと知覚する聖域」が必要だと『剣皇ファーン』が判断しての事だと考えられる。

 タイミングとしてはそれ以外になく、場所も適切だった。

 宗教国家としての国力と神殿騎士団という軍事力。

 それが各国の暴走と逸脱を許さない抑止力として、本当の国際協調体制の中心となる組織発足までの仮初めの中心として位置する。

 メロウの知る世界では国際協調体制の中心組織に常設軍がなかった。

 神殿騎士団はあくまでも防衛戦力であり、平時は抑止力で、有事ではネームド人類存亡の戦いの中心となる剣皇騎士団だった。

 あちらでは抑止力の欠如が時に大国の暴走と逸脱を生んでいた。

 歴代のファーバ法皇は「第一の市民」でなければならず、特別な存在でもなければ、畏敬の対象ではあっても崇拝の対象とさせなかったし、定住地を持たせなかった。

 「聖人」たちは一人の例外もなく、イスルギ以来ずっと、黒衣にカナリアイエローのショールを纏うセカイのための犠牲者「イケニエ」だった。

 そして他の誰よりも「聖」のジャンヌと「邪」のアドルフこそが「セカイのイケニエ」だったのだ。

「ええ、それこそが我が夫の導き出した最大の奇策です。あのひとはキエーフでの痛み分けで“かの地”を作り出した張本人です。だから、どうしても手控えてしまう。アドルフ、ジャンヌと同じように彼等を『可哀想な人々』だと同情している。『エルミタージュ』がなにに由来した名かなど、二人の呪いを解いた聡明な《砦の男》にはわかっている。あるいは私の愛する息子もまた」

 それこそが今そこにある対立軸だった。

 メロウの用意した「仮想敵」たちは悉く鞍替えし、男兄弟たち最後の一人だった“彼”でさえ、いまやメロウの最側近だ。

 《龍皇》が《英雄》アルフレッドとともに封印され、龍虫を指揮統括する元々の《龍皇子》など群体性人類の何処にもいない。

 ミトラ、エドナ、アリアスは何処までも業に呪われた「ネームド」たちを改革しようとして「仮初めの裏切り」にその存在のすべてを賭けていた。

 だとしたらいまの自分たちの「敵」とはなんなのだ?

「ハイブリッド種?」

「でしょうね、カイルがそうせざるを得なかったように。そして剣皇を期待されていたフィンツが心ならずもカイルの志を継いでしまった。メロウの定めた真理への反逆者として同志を募ってセカイに新たな対立軸を作り出した」

 だから第27周回はこんなにも荒れている。

 誰が「敵」で誰が「味方」かすらよく分からない。

 メロウも戸惑いを隠せなかった。

 メロウは純粋なフィンツが伴侶であり、嘘つきの「ディーン」や「トリエル」こそが最悪の敵だと初め思っていた。

 彼等こそ元々は「力と叡智による人間支配の象徴」たるカエサルだったというのにだ。

 だが、メルの指摘により、「ディーン」も「トリエル」も「敵」ではないと考えを改めざるを得なかった。

 むしろ「大切な味方」であって、腹を割って話し合わなければ現状認識が怪しくなる。

「革命戦争という矛盾に満ちた現状変更の戦いを龍虫戦争という人類存亡の戦いに置き換えて其処にいる全ての民を強制的に参加させる?」

「そして『圧勝』しなければなりません。その後に訪れる共生大国の歴史的登壇によるセカイの構造変化に対抗するためにはです。ですから、わたしたちははじめから『敵』が龍虫と《虫使い》たちだとは考えてなどいません。むしろ、過ぎた能力を持ってしまったハイブリッド種とそれを強制的に産み出すシステムとの対決。その上で成立過程の異なる先兵たる“こちら側”のハイブリッド種を『調停者』として上手く立ち回らせる」

 メリエルの中に嫌な想像が渦巻いていた。

 ハイブリッド種を強制的に産み出すシステムとは、極めて単純であり、メロウにも思い当たる節がある。

 「人間兵器」。

 つまりネームドとネームレスが女たちを交換し、男が異種族の女を陵辱して子を産ませる。

 そして産まれてきた子供たちを「人間兵器」として洗脳教育する。

 自分たちもそうだったメロウにはそれがよくわかった。

 ヒトが「道具」として産み出されることの悲劇。

 成立過程が異なるとは少なくともスターム三兄弟の父アルベオ・スタームと仮称マヘリアはそうではなかったのだ。

 其処に「愛」が芽生えるまで、通じ合わない者同士で辛抱強く時を待ってその結晶として産まれるに任せた。

 子供たちは真実に動揺した長兄カイルを反面教師とし、誇りと尊厳を備えた優秀な戦士として不毛な戦いを決着させようとする。

 そのためのハイブリッド種第一世代としての対話手段こそが最大の武器なのだ。

「その先兵というのがオーギュスト・・・いえ、サンドラ卿とエルビス公王なのですか?」

「そうです。カイルは道を違えてしまいましたが二人は自身をよく理解しています。本来ならハイブリッド種第二世代のフィンツも、同じイセリア、シャナムと同様にこちら側の先兵でなければならなかった。けれども、フィンツは先にルーマー思想に汚染されたハイブリッド種たちに接触され、籠絡されてしまった。あの子は妹アリョーネと我が子ディーンを『敵』とし、あなたを奪おうと考えている」

 メリエルには事の深刻さとアリョーネ、ディーンの苦悩の正体とが分かってきた。

 そして、余人の理解の遙か先で歴史と物事を俯瞰しているアラウネの正体に気づいてしまった。

 だが、このことだけは誰にも知られてはならない。

 アラウネ本人は知らないかも知れないが、あるいは彼女の夫は知っている。

 だが、アラウネの子たるディーンとセリーナにだけは絶対に知られてはならない。

 真に理解すべきはスレイことアリアスだ。

 結果的に「真実の番人」たるディーン・エクセイルは母親の正体については終生「非業の死を遂げた摂政皇女」だったと信じ、真相はなにも知らなかった。

 対してアリアス・レンセンは知り、知った上であくまでも人同士として通じ合い「叡智の女神」の協力を得て最終決戦とネームド浄化への道筋を立てたのだ。


「改革者アラウネ殿下は女皇メロウィンの第一皇女ではなかった?」

 ティルト・リムストンの指摘にケヴィン・レイノルズ教授は青ざめていた。

「ええ、事の真相を知っていたのは両親たちを含めてごく少数でしょうね」

 ティルトはその事実を把握していた顔触れにも心当たりがあった。

 そして、彼女の息子ディーン・エクセイルまで含めて誰もがそうとは思わなかった。

 言葉にするとたった一言で事足りる。

 だが、それのもつ重大な事実には今のケヴィンと同様に誰もが戦慄するだろう。

 だが、そうであるならば説明のつかない事柄にも説明がつく。

 どんなに優秀な家庭教師が側にいようとも、エルシニエ大学への最年少合格など普通に考えたら出来ない。

 現在の教育課程で言えば高校一年生にして最難関大学への進学を果たしたという。

 それこそ人智を超え、一を聞いて十を知る人間演算器でもなければ不可能だ。

 なにしろエルシニエ大学の入学試験は多岐にわたり、あらゆる学術と知識なくしては合格を認められない。

 当時まさにそうであり、賢い者で10代後半、おおむね20代半ばあるいは30代でようやく身につくものだった。

 学力が最優先される現在の方がむしろ簡単かも知れない。

「だとしたら本当の第一皇女とは?」

「エリーヌ・デュラン・・・いえエリーヌ・メイデン・ゼダ。あるいは公妃アリア」

 ケヴィン・レイノルズは絶句した。

「『アラウネ事件』でもその実は誰も死ななかった。皇女アラウネの身代わりだったエリーヌ毒殺・・・でも殺されてなどいなかった。ロレイン・サイフィール侯爵と同じことが起きたのです」

 そう言ってティルトは「証拠」を見せた。

 肝心なのは「死亡診断書」の内容でなくそれを誰が書き残したかだった。

 マグワイア・デュラン。

 つまり妹が姉の死亡診断所見をした。

 正確には義姉の死亡診断所見を義妹がした。

 そしてマグワイアを教えた年配教授医師たちが意見書を添付して「皇女の死亡診断書」は完成したのだ。

 「タッスル事件」で横死したバートラム・デュラン卿の二人の娘たち。

 いずれ劣らぬ文武両道の才女たちで、女官騎士時代にマグワイアは医学博士でもあった。

 その上で更に薬学博士号も得る。

 姉の失踪による正騎士任官以来、マグワイアは騎士としてはエンプレスガードであり、女皇家の御典医で主治医だった。

 女皇家連枝の死亡診断など御典医でもなければ下せる筈がなく、まして犯人不明の毒殺絡みだ。

「しかし、どういうことだティルト。なぜ死んでいないのだと?」

「現代の医学に精通する聖ルイス医科大学病院の教授先生にこの死亡診断書を鑑定して頂きました。その結果として、所見は正確極まりないがこれでは『死亡』と決めつけられる根拠に乏しいと」

「どういうことだ?」

「つまり心停止状態だとしたら、経過時間に対して体温が高すぎたのです。つまりは仮死状態。そして死亡診断に欠かせない要素が欠けていた。それが脈拍の記録です。心停止して脈拍が止まっているなら死亡したと現代医学でも認められます。ですが、解剖記録所見まであるのに脈拍停止の記載はなかった。すなわち、エリーヌ・デュランは“生きたまま”解剖されていたということです」

「なん、だと・・・」

「つまりはマグワイア・デュランは義姉の身体にメスまで入れて各臓器の状態まで確認したが、本当の目的は心肺蘇生だった。つまり、直接心臓に触れて心肺蘇生措置を施した。そして蘇生させた」

「蘇生したというなら・・・」

 ケヴィンは話の確信に到った。

 つまり、「二度殺される」ことを避けるために敢えて「死亡した」と嘘をついた。

 そして、エルビスは月の半分を妻の介護にあてる二重生活者となり、マグワイアは夫と共に戦後ずっと義姉を側で見守り続けた。

「そして、エリーヌはその父ロレイン・サイフィールと同じ状態になっていた。仮死に陥る強いアナフィラキシーショック状態による記憶のリセット現象です。残念ながらこのセカイでは『復活の奇跡』は起きない。命を喪わないかわりに前半生の全てを持って行かれる」

 それが《剣鬼》と《公妃》の辿った本当の軌跡だった。

 つまり『公妃アリア』とは別の存在になった彼女を生かし続けるために夫エルビスと義妹マグワイアがとれた唯一の措置だった。

「そんなことを隠しながらエルビス・レオハート・ヴェロームとイセリア、シャナム英雄王は・・・そしてマグワイア・“ファルケン”も」

「それがおそらくは真相でしょうね」

「それではもう一つの真相もわかってしまった。エウロペア女皇メリエル・メイヨールもまた・・・」

 ロレイン・サイフィールは凶刃に斃れ、エリーヌ・メイデン・ゼダはナノ粒子の塊を体内に放り込まれた。

 そしてメル・リーナもまた・・・。

 なにより「アラウネ事件」の予行演習はあった。

 それはスパイ疑惑で投獄されたアリアス・レンセン中尉の父ダリオ・レンセン男爵中尉と、リチャード・アイゼン中尉の父だったカルロス・アイゼン大尉。

 過酷な尋問で廃人にされたのでなく、ナノ粒子を体内に放り込まれた後に記憶をリセットされた。

 だからアランハス・ラシールが二人を救出して蘇生させても手遅れだったのだろう。

 「事故死」と「自殺」という形になる前に、彼等から鬼謀を、家族から希望を奪った者たちがいた。

「メル・リーナ・・・彼女の蘇生の場合だけ、自分の中に自分の記憶を蘇えらせてくれるもう一人の自分が入り込んだ。メル・リーナの半生は喪われたのに《観測者》メロウがその都度メル・リーナの記憶をそれとなく伝え続けた。でも喪ったものは喪われた。少年フィンツ・スタームを虜にした音楽の才能と、思春期に抱いていた最愛の男性への想い。そして、同じ事をされながらショック状態にならず、長患いの末に亡くなったトワント・エクセイル公爵。彼の体内には既にマリア・ハファスに摂らされたナノ粒子が堆積していた。それでショック状態には到らなかった」

 「死病」に到るか、「記憶の作り出すそれぞれの物語」を破壊されるか。

「既にあった『敵』の侵攻による犠牲者達・・・」

「だからですよ。失踪したフィンツが必ずパルム市内にいると確信して探す過程でメリエル・リーナは『惑いの回廊』という仕掛けを施していた。『記憶どころか存在そのものを消す装置』による復讐と予防線。なによりフィンツ・スタームはそれ以上に犠牲者を増やさないために敢えて悪魔に魂を売った。次に狙われるのは間違いなく最愛の母アリョーネか最愛の義兄ディーンになる。だったら、悪魔的な計画を奪取して二人を『別の方法』で殺す側になるしかない」

 愛する者を守れなかったフィンツ・スタームの悔恨と、最愛のフィンツを守れなかったアリョーネ女皇と剣皇ディーンの敗北。

 フィンツ・スタームの復讐の対象はもともと敗北した二人ではなかった。

 復讐する如何なる動機も理由もなく、敢えてアリョーネに落ち度があったというなら、フィンツを手許であるパルムに置き続けたことと、息子自身が選んだメル・リーナとの婚約を認めていたこと。

 フィンツ・スタームをナダル・ラシール、マーニャ・スレイマン、耀紫苑ら幼馴染みたちと共に学びの場アエリアに送っていたならば?

 それでもメル・リーナは犠牲になり、フィンツが復讐鬼になることは止められなかった。

 軍警察の誤報による逮捕命令の対象は財界の名士パトリック・リーナだったし、「ルーマー教団」による本当の排除対象もまた女皇戦争の金庫番たる予定だったパトリック・リーナ抹殺・・・。

 既に一度あったことでメリエル・リーナには時が来たなら必ずそうなると前もって覚悟し、憔悴した風を装って最高の魔法使いスレイ・シェリフィスと契約した。

「最強の人形遣いたちを殺すもう一つの方法というのが『アイラスの悲劇』の再現・・・」

「そうです。他人の顔や記憶まで奪える同志ハイブリッド種という魔物たちにフィンツは囁いたのです。公的存在としての現役女皇や剣皇を『物量戦術』で潰した方がエウロペアネームド殲滅には効果的だと。そして、いずれはメリエルも奪還して黒衣の花嫁にする」

 「物量戦術」の正体は最も恐ろしい方法だった。

 現に女皇アリョーネはその方法で潰されかけた。

 そして、ケヴィン教授はティルトの正体についても察しがつきかけていた。

 現代でも戦略家として通用する頭脳もつがリチャード・アイゼンではない。

 その実、彼は既にティルトの身内だった。

 一向にティルトが語らないのでケヴィンは探偵調査会社を使い、リムストン家というティルトの親族たちを調査していた。

 双子の姉の夫でティルトに軍人になるよう薦めた人物こそが現代のリチャード・アイゼン。

 アリアス・レンセンでもない。

 ケヴィンの予想が正しければアリアス・レンセンの魂は血の集大成としていずれこの世に出てくるがまだ早い。

 トリエル・シェンバッハ?

 それも違う。

 革命戦争期に剣皇、紋章騎士と共に封じられていたもう一人の男こそが「大陸皇帝」だった。

 革命戦争期にその三人にも匹敵する戦略家であり、ティルトの人物像と合致する人物。

 華がないが愛嬌はあり、聡明だがそれを鼻にかけたりしない。

 控え目で奥ゆかしく、自身に対して誰よりも懐疑的。

 それでいて多芸多才。

 それはたった一人しかいない。

 ティルトは調査依頼により検証する過程で、自身の血に眠っていた記憶の扉を開いたのだ。

 だから、ティルトの語る人物たちは血の通った生々しいまでの人間性をそれぞれ持っている。

 200年前のセカイと200年後のセカイは人を通じて繋がっている。

 それに関してはケヴィンやエリザベートとて例外ではないのだ。


 凪の季節は瞬く間に終わった。

  部隊再編により『剣皇ディーン』は《純白のフレアール》と共にトレドに神殿騎士団改め剣皇騎士団と共に布陣し、法皇ナファドは龍虫の侵攻を少しでも遅らせるためにトレドに気象兵器を設置した。

 散発的な戦闘は連日のように続き、犠牲者の数も増え続けている。

 一方、紋章騎士ルイス、スレイ・シェリフィス改めアリアス・レンセン中尉、もう一人の『剣皇ディーン』であるトリエル・シェンバッハは西風騎士団、ナカリア銅騎士団、レウニッツ・セダン大佐やティリンス・オーガスタ少佐らと共にバスランに布陣していた。

 アローラ・スターム、オーギュスト・スタームことサンドラ・スタームはメリエルと共にトレドに入っていた。

 トレドの剣皇執務室でディーンはアローラたちと接見した。

「母さん、それに父さん・・・」

 剣皇就任に伴いディーン・フェイルズ・スタームは剣皇紋の入った黒い軽装甲冑を使うことになり、それがディーン在陣中の基本的な姿となる。

 成長した息子の姿を見てもアローラは毅然と突き放した。

「剣皇陛下、アローラ・スターム、オーギュスト・スターム着陣しました」

 セスタで実弟トリエルたちとそうしていたように再会の抱擁を交わすわけでなく、アローラは淡々とディーンの前に立った。

「これよりスカーレット・ダーイン、アモン・ダーインにてトレド要塞守備隊に合流します」

「アローラさま、オーギュストさま、ご両親として陛下にお声がけを」

 剣皇騎士団副団長で筆頭参謀となった《鉄舟》ミシェル・ファンフリート大佐はあまりにも淡々とした様子にたまりかねてとりなそうとしたが、ディーンもひどく冷淡だった。

「ご苦労。オーギュスト卿は剣皇騎士団指南役として彼等の連携支援を監督ください。アローラ卿は大要塞守将メリエルの後見人諮問役並びに筆頭第一騎士として働いて頂きます」

 ディーンもアローラの覚悟を目の当たりにしてあくまで淡々と命令を下す。

「ディーンっ」

 思わずたまりかねたメリエルはせめて親子の再会だけでもきちんとして欲しかった。

 だが、ディーンの鋭い視線とぶつかる。

「メリエル殿下、これでいいのです。此処には肉親を喪った難民達、トレド市民たちが数えきれぬほどいます。私たち親子だけ特別などということがあってはならない」

「わかっているじゃないか、ディーン」

 オーギュストは不敵な態度で腕組みした。

「お二人には取り急ぎご相談すべき用件はありますが、それは後にしましょう」

「ご用件とはなんでしょう、剣皇陛下?」

 ディーンは後に回すと言ったが、オーギュストことサンドラは先を急かした。

「ライゼル・ヴァンフォート伯爵の招聘についてです。現状このトレドにはベリアから逃れた50万人の難民たち、そしてトレド市民40万人がいます。メリエルも、ナファドも多忙だ。それゆえ臨時政府の代表には別の人物を用意する必要があり、彼等には超一流の政治家が必要です。私はレンセン中尉と共に人選し、最適任者としてゼダ元老院議員ライゼル伯こそが・・・」

「嫌味のつもりかっ!」

 ディーンの言葉を遮り、オーギュストの激昂する様をディーンは鋭く一瞥した。

「先程から申し上げていますが、私は特別扱いも、情で事を判断することもない。必要だから呼ぶ。来る来ないは伯爵自身の決断。それだけのことです」

「剣皇陛下はライゼル伯をどのような存在とお考えです?」

 アローラは精一杯に自制していた。

 ディーンは珍しく顔を紅潮させていた。

「超一流の政治家。そして、これから誕生する剣聖たちの名付けです。あの方にそれ以上を期待もしなければ、私感だけで判断するつもりも私にはないっ!《13人委員会》代表として病床にあるトワント・エクセイル前筆頭公爵を招くことは出来ないっ、ローレンツ公は既に身罷られたっ。だからこそ伯爵に打診するというだけです。なにかそれ以上の含みがあるとでもお考えですかっ!」

 母親とその息子だというのにディーンとアローラには感情的な衝突があった。

「剣皇陛下どうぞ冷静になってくださいませ」

 何故かという理由など知らない。

 だが、ミシェルには双方が感情的にならざるを得ないだけのライゼル伯を巡る確執がディーン、アローラ、オーギュストにはあるのだと察した。

「私は冷静だ、ミシェル。むしろ冷静でないのは卿らだっ!私は過去になにがあったかなど知らないっ。だから、戦線幹部として思い当たる人物をレンセンやベルゴール卿と話し合った。その上で、ライゼル伯が一番適任だと結論した」

「嘘よっ、本当は母が・・・」

 思わずアローラが口走ったのをディーンは聞き咎めた。

「それは一体誰のことですっ!?アローラ卿。貴方に母と呼べる人などもうこの世には居ない。マヘリアお婆様は昨年他界されていて、私も貴方がたも葬儀の席にいた。メロウィン先皇陛下もとうにない」

「・・・・・・」

 その実、ディーンは全て知っていた。

 そして、本当はホテルシンクレアにいる祖母メロウィンとも話し合っていた。

 オーギュストとアローラがライゼル招聘に反対することも予想していた。

 戦場に親子の情をいっさい持ち込まないと母アローラが決めたなら、自分もそうする。

 アローラとオーギュストが冷徹であろうとするなら、自分は剣皇として更に冷徹たる。

 もう個人の感傷など持ち込める余裕などない。

 気象兵器が作動すればトレドはほどなくして真夏ながら極寒の地と化すのだ。

 それが連日連夜難民たちの命を奪う。

 戦力増強した龍虫たちに奪われる前に、気象兵器で殺される。

「熟考させて頂いても良いか、剣皇陛下」

 オーギュストはそうした時間稼ぎで話自体を有耶無耶にしたいのだ。

「最高司令官は私です。今の所、貴方がたにはなんの決定権もない。相談というよりは宣告です。近くそうする。なんの断りも入れていないと貴方がたは戦線の結束を乱しかねないから、敢えて伝えただけのこと」とディーンは睨む。

「メリエルに招聘させておいてなんて態度だ」とオーギュストは顔を紅潮させて怒りを露わにした。

「戦力的に欲するから呼んだまでで、将官級の態度を取りたいならまず先に実績を示してください。私は親の庇護がないと戦えない程の弱卒でもない」

 アローラ、オーギュストとディーンの刺々しいやり取りでメリエルは察していた。

 おそらくライゼル伯爵はこの母子にとって深い意味を持った人物なのだ。

「超一流の政治家を必要とするというのならフェルディナンドではいけないのですか?」

 アローラがライゼルのかわりにフェルディナンド・シェリフィスの名を出すことも、ディーンたちは予測済みだ。

「あの方にはあの方の職責がある。それにアリアスと連動する必要もある。スレイは・・・いや、アリアスはだからこそ推さなかった。親子仲が良くないのは表面上のことだけで、アリアスは戦線招聘時に義父に合図を残してきている。それはあくまでゼダの事情であって、エウロペアのそれではない。なぁ、メリエル」

 フェルディナンド・シェリフィスは各地区を取り仕切るレジスタンス幹部や新聞記者たちと接触し、ゼダ元老院打倒に向けて動き出そうとしていた。

 ゼダ元老院議員として主張すべきことは散々主張してきた。

 だが、耳を貸さない彼等に対して最後通牒を突きつけるもうそうした段階に入っていて、市民に情報公開して革命運動に賭けるよりなくなっていた。

 スレイがその名を棄て、弟ティベルに譲ったのは反政府活動家スレイ・シェリフィスは既に動き出していたからであり、パルムに居る間に下準備は進めていた。

 そして、元老院の内情を誰より知る養父フェルディナンドが革命闘争の先駆けとなるとも知っていた。

 憎んではいても「鋼の男」の能力は疑っていないし、アリアスはディーンの許可を得た上で、情報操作の一環として「旧メイヨール公国領トレドにおいて国軍西部方面軍による虐殺事件が発生した」という情報を意図的に流布していた。

 それを運ぶ役こそ戦線とその東を行き来するメリエルだった。

 だからこそ、国家騎士団西部方面軍に事実上制圧されたトレドの情報が統制されパルムに伝わらないのだとし、更には既に反乱軍と国家騎士団西部方面軍の戦いが始まっているというデマをも広めていた。

 そして、「反乱軍のリーダーが剣皇を自称し、ディーン・フェイルズ・スタームと名を変えたフィンツ・スタームなのだ」というもっともらしい嘘も随時伝えていた。

「まさかっ、既にフェルディナンドは革命計画の準備に」

 アローラはゼダの有名無実化したゼダ絶対王制の終焉も計画に織り込んでいた。

 その担当となるのが元老院議員であるライゼル、ワグナス、フェルディナンドだったが、既にワグナスは故人となっていた。

「なんの話ですか?私たちには騎士として無辜の民を守るために戦う責務がある。それ以上の事を考えるのは今目の前にある戦いに勝ってからだ」

 今が一番状況的に苦しい。

 戦場を東西に裂かれていてフリオの指摘した通り、暗黒大陸から逃げてきた龍虫と《虫使い》とは早めに決着をつけて和さねばならない。

 今は数的優位に立たれていて、とてもではないが話し合いが持てる状況にない。

 だが、龍虫を相手取る間に背後を東の部隊に衝かれる可能性が高い。

 フリオからルーマーセルと呼ばれる連中の暗躍を聞き、籠絡されたフェリオ連邦各領騎士団がゼダ国家騎士団東部方面軍と共に『剣皇カール』のファルマスとエドラス王のウェルリを陥落させ、絶対防衛戦線の背後を脅かす。

 そうなる前に敵を切り崩す策が必要だった。

(ともかく今は時間を稼ぐ必要がある。気象兵器なんて凶悪なものを使うまでもなくボクは使徒機純白のフレアールで敵の数を減らす。正面の敵を切り崩せば状況の変化もあるだろうし、まずはトゥールたち、そしてアリオン、マイオ、シモン兄さん、メディーナやロイド隊長の助力も得られるようになるまではとにかく耐えるしかない)

 ディーンは苛立ちを露わにアローラとオーギュストを戦闘配置につかせた後、ミシェルとメリエルに向き直った。

「見苦しいところを見せてしまった。折角、呼びに行ったメリエルにも悪いことをしてしまった」

 ディーンは二人に頭を下げた。

 メリエルはずっと感じていたディーンの苛立ちを問い質すのは今しかないと思った。

「私のいない間になにかあったの?」

 ディーンは苦渋に満ちた表情を浮かべた。

「3日前にボクの後退中にミローダ隊がやられた。剣皇騎士5名が戦死し、テオが・・・」

「テオって、まさかあの《鉄舟》さんの従者だった少年騎士セオドリック・ノルンのこと?」

 テオは可愛らしい声でよく笑う子だ。

 《鉄舟》の連絡係から剣皇就任したディーンの従者になった。

 メリエルにも懐いていて手隙の際の話相手になってくれた。

「とりわけ親しかった騎士たちがすぐ目の前で殺されてテオはパニックに陥り、ミローダで暴走しかけたのを《鉄舟》が止めたけれど、アイツは・・・」と言ってディーンは悔しそうに顔をしかめ俯いた。

「全く言葉を話せなくなりました。そして、次の暴走で確実に壊れます」

 突き放すようなミシェル・ファンフリートの言葉にメリエルは呆然となった。

「壊れるってどういう意味?」

 ディーンは悲痛に顔を歪めた。

「魂の情報が壊れて半分ネームレス化している。次の暴走時に慟哭の叫びと共にテオは壊れて消える。そうなるとイレギュラー因子としてナノ・マシンから廃棄個体扱いにされて二度とテオはこのセカイに産まれてこない」

「そんなっ」と言ったきりメリエルは涙を溢した。

「だから、我々ファーバの司祭たちはしつこく悟れというのです。ですが年端もいかぬ子供にまで理解させるのは難しい。それに銅騎士団の騎士たちもテオと変わらぬ年頃で戦線を担っている。陛下と私の交替連絡のためにテオはたまたま前線に居合わせ、愛する仲間たちの非業の死を見てしまった」

 いつも冷静なミシェル・ファンフリート大佐でさえ感情を高ぶらせて声を荒げ、少しだけ泣いていた。

 自分の仕事や役目に従順だったせいでセオドリック・ノルンは壊れてしまったのだ。

 ディーンは真剣な眼差しでメリエルを見た。

「メリエル、ボクは怖いのだよ。ボクとルイスは自分を『戦闘兵器』として割り切り戦い続けることは出来る。アリアスも戦術指揮官として最前線では正に魔術師や軍師でいられる。けれども、そうする間にも見知った仲間や人々が死んでいき、戦いに死んでもまた産まれてくると割り切れる死ならいい。けれど、テオのような例はますます増えるし、ボクらは戦いに勝つという目的の為に人の死に鈍感になっていくし、発揮する力で周囲から浮いてしまう。そして、いずれメリエルも業に飲まれて大切な人を喪う」

「そんな・・・そんなつもりじゃ・・・」

 セオドリック・ノルンはほんの一例でしかない。

 愛があるから壊れるなどやるせない。

「ライゼル・ヴァンフォート伯爵を呼ぶ真意はこの戦いにおいて人の心を守る《砦の男》であるからだ。状況が過酷で暗くなるほど、あの人の持つ情熱とユーモアと嘆き節が僕等全員を絶望から救う」

「!」

「だから、そんなことも分からず、自分の事しか頭にないあの二人に腹を立てていたんだ。自分たちの余裕の無さにも気づいていないし、ボクや《鉄舟》にも他の皆にも余裕なんかない。ボクとアリアス、トリエル叔父さんはそれ以前から悪意の根源と戦ってきて、あいつらの卑劣さを知っている。でも、知らないフリをして今は目の前の『敵』をどうあしらうかだけを考えることに集中している。そうでないとまた次のテオが生まれてしまう」

「・・・・・・」

「トリエル叔父さんの威勢の良さも虚仮威しだし、今だって十分苦しいのにこれからもっと苦しくなると分かっている。状況を作り出すアリアスだって、お前に寄り添えないことを申し訳なく思いながら、精一杯頑張っている。それぞれの孤独なる戦いという試練なんだ。だからこそ、自分が一人で戦っているなんて思わないで欲しい」

「わかったわ、ディーン」

 メリエルは顔を上げてディーンをしっかりと見据えた。

 あるいはちゃんと真正面から見据えたのはそれが初めてだったかも知れない。

「陛下、そろそろお時間です」

 時計を確認してミシェル・ファンフリートはディーンの再出撃時間を示した。

「ああ、フレアールも大分学習してきたが、まだまだ手が掛かるドラ息子だな。それでも4人で回せればアリアスの作戦通りに持ち込めるかも知れない」

「どういう事なのディーン?」

 トレド城外には剣皇騎士団が展開中だ。

 つまり50機以上が同時展開していて随時交替している。

 それを4人で回す?

「トレドで戦うのはボク一人だという意味さ。他は戦っているフリだけさせ、見学させてフレアールの回復時間は父さん、母さん、《鉄舟》が稼ぎ出す。そうすればメンテナンサーの数も最小限に減らせて、その間にバスランで新型機を作って本格的な反撃はそれからだ」

「!」


「行くぞっフレアールっ!」

 ディーンはフレアールを《啄木鳥》で突進させると城壁攻撃用のトランプル部隊に突入させる。

「《餓狼乱》っ!」

 斬り上げと斬りおろしによる連続攻撃で瞬く間に5体を斬り伏せる。

「《破断》っ!」

 斬り上げ天技の《浮舟》から中段突きの《烈火》へと繋げるコンビネーションでマンティス2体を撃破する。

「アレがディーンの本気か?」

 アモン・ダーインの操縦席でサンドラ・スタームは息子の戦いぶりに思わず視線を奪われる。

「《勿忘草》っ!《陽炎》っ、《烈火》」

 距離のあるハウリングワームに斬撃による衝撃波動をぶつけ、陽炎で踏み込んで更に後続の一体への中段突きで更に2体を撃破する。

 フレアールの戦いぶりは正に修羅だった。

 フレアールの純白の装甲と胸の中央の剣皇紋が龍虫たちの体液に汚れる。

「フレアール、覚えろ。コレがボクの戦い方だ」

(お父ちゃん)

 ん?と一瞬だけディーンは気を取られる。

 その隙にマンティスの鎌が振り下ろされ、ディーンは《緋牡丹》で回避しながら頭部を横凪ぎに払う。

「いかん。少しでも気を抜くとこれだ」

 ディーンは集中力を整え直し、再び龍虫の群れと対峙する態勢を整え直す。

(とっても強くて格好いいお父ちゃん)

 ディーンは今度ははっきりとフレアールの声を聞いた。

(そうかエリン様の死後はずっとガエラボルンの格納庫に仕舞われていてエリン様の技は受け継いだけれど、コイツを乗り熟す者は400年近く誰もいなかったんだ。だからコイツはクセはあるけれど赤ん坊みたいなんだ)

 ディーンはそんなフレアールを少し憐れに思った。

「行くぞドラ息子。ボクとシンクロしてボクの息子に恥じぬ存在となれっ!お父ちゃんが格好いいと思うなら真似てみせろっ!」

(あいっ)

 啄木鳥で戦場を切り裂きながら戦い続けるフレアール。

 その肩口に白い雪がはらはらと舞い落ちていく。

「気象兵器を本格作動させたのか・・・」

 これから真夏を迎えようというトレドに降る雪。

 それが孤独で苛烈な戦いを展開しているディーンを真っ白に染め上げていくのだった。

  第二幕 完

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