第2幕第5話 ディーンと純白のフレアール

 一時的に奪還したフォートセバーンでトリエルたちは使えそうな物の運び出し作業に追われていた。

 擱座したシュナイゼルは回収してバスランで修理すればまた使えるようになるし、備蓄物資で汚染されていないものはなるべく有効活用したい。

 倒壊したガエラボルン宮殿地下層から黒色火薬の備蓄分を運び出せたのも幸いだ。

 不幸中の幸いというヤツでフレアールが籠城していたので西風ルーマーセルは近づけなかったらしい。

「足りねぇ、ぜんぜん足りねぇ」とトリエル・シェンバッハは頭を抱えつつ、瓦礫の下からお宝を発見しようと焦っていた。

 金製品などのホンモノのお宝だってあるにはあったが、それで腹が膨れるわけでないし、龍虫を倒すのに役立てられもしない。

 もっとも化学兵器に転用出来るので貴金属は一応は回収対象とした。

「副司令なにやってんすか」とディーンはフリオを連れて現れる。

 トリエルは昨年の《ナイトイーター》捕獲作戦の指揮官だったし、フリオの家族たちをアストリアから飛空戦艦ロード・ストーンで連れ出し、ベルヌに移住の手配もしていたので別段驚かない。

「フォートセバーンってこんなシケた街だったっけ?」とトリエルは本音を口にし、「それ、絶対にアルバート大佐の前では言わないでくださいね」

 すかさずディーンが釘を刺した。

「それでアルマスの首尾はどうだった?」

「動ける連中は始末しましたが、警戒は厳にした方が良いでしょう」

 ルーマー教徒の密偵たちはアルマスにまだ大勢潜伏している。

 そもそも彼等の組織は積極的に叩こうとしたパルムでさえ全容が掴みきれず、殺してもキリがなかった。

 ある意味、権力者側が生活困窮しているルーマーを弾圧していると喧伝されると尚更数が増えかねない。

 つくづくカルトというのは厄介だなとディーンは大きな溜息をついた。

「まっ、あとは大将に任せようや」

 トリエルはそれどころじゃねーよといった様子だ。

「それじゃボクは純白のフレアールとやらを一度観ておくとしますか」

「あ、俺も是非観たいです」

 踵を返しかけたディーンとフリオにトリエルはなにかを指指す。

「レマン丘陵の戦闘調査を兼ねてイアンのバルハラが護衛役に持ってっちまってここにはねーよ。現場に行くなら車使うかシュナイゼルでも拾って行けや」


 結局、トリエル・シェンバッハたちの進める物資集積作業に合流させられ、瓦礫やらナノ粒子らしき砂の下から、食えるモノやら使えそうなモノを物色する作業に回されたフェルナン・フィーゴ大佐と《鉄舟》ミシェル・ファンフリート大佐率いるマッキャオ組は雑務に回されていた。

 なんか声かけしようものなら「あ゛あんっ!」と睨まれ苛立ち紛れに怒鳴られそうな気配だったので、ディーンはフリオの確保していたシュナイゼルでレマン丘陵に向かった。

「狭っ」と文句を言うディーンに「我慢してくださいよっ、こっちだって狭いとこ我慢して操作してるんですから」とフリオ・ラースに言われたディーンはしょんぼりと落ち込んだ。

 これから一番偉い人になるのだと明言されているのにこの扱いだった。

「大体、師匠はなんで戦場に自分の機体を持ち込まなかったんですか?」

「いや、アルマスで大師匠に取られたので」

 シャドー・ダーイン《雷神丸》は亜羅叛に取られてしまった。

 もともとそういう予定だからなにも言えない。

「なんか師匠って意外と立場弱いっスね、剣皇候補ほぼ確定してる割に」とフリオは苦笑する。

「脛疵持ちの弟子より弱いというのがちょっと哀しい」

 もともと高機動戦術慣れしているフリオがシュナイゼルをぶっ飛ばしてきたので割と早く停泊中のバルハラが見える処にまで到達したのだが・・・。

「うぅ。吐きそう」と他人の操縦する真戦兵に乗り慣れていないディーンは今にもゲェとやりそうな真っ青な顔をしている。

「降りるまでガマンしてくださいよぉ、コッチに掛けたりしないでぇ」とフリオも慌てていた。

 そんなこんなでレマン丘陵調査地点にフリオとディーンは降り立ったが、降りるなりディーンは地べたに早速ゲェゲェやっていた。

「ディーン、大丈夫?」と駆けつけてきたメリエルに心配される。

(こんな心配のされ方は二度とごめんだぁ)

 そう思いつつもディーンは胃液までゲロゲロ吐いている。

「もぉ、シュナイゼルなんて誰が設計したんだぁ」とボヤくディーン。

「いや、アノ、師匠・・・マズいですよ、とても・・・」とディーン師匠の背中をさするフリオが慌てている。

 アルバート・ベルレーヌ大佐ら西風騎士団第一中隊員たちが物凄く険しい視線で睨んでおり、代表者がわりに耀公明がディーンに抗議しに来る。

「勝手に持ち出して使っておいてなんて言い草なんですっ!」

「だあってぇ」と顔を上げたディーンを見た公明は思わず三歩退いた。

「えっ、スターム少佐っ?」

 フィンツ・スターム少佐はガエラボルン宮殿跡地を含む、フォートセバーン実地調査をするから、オマエらはレマン丘陵確認して来いとイアン、公明、スレイ、メリエル、ルイスを追い払っていた。

 其処にトレドから飛空戦艦レッセル・ミードで駆けつけたアルバートたち西風第一中隊が合流していたのだ。

「ああ、耀家の公明サンね。ボクが本物のスターム少佐です・・・ってそれも嘘だけど」と顔色の冴えないディーンはこともなげに吐き捨てた後、握手のために手を差し出した。

 ディーンが自分の吐瀉物で汚れた手をそのまま差し出したのを見た公明は思いっきり躊躇している。

「ゴメン、ゴメン」とディーンは懐からハンカチを取り出して手を拭いてから改めて手を差し出したが、公明はうわぁとイヤな顔をしながらその手を取った。

「早速だけど、ディーン・スタームとしてシュナイゼルの改修プランに操縦ルームを広めにとるよう意見具申するわ。フリオの操縦でこんなんなるんだから、そこいらのポンコツ騎士の操縦だと乗ってる最中に吐いちゃうよ」

 ディーンはハンカチで口許を拭い、こともなげに栄光の西風騎士団をポンコツ騎士呼ばわりすることになんの躊躇も見せないことに公明はおろかアルバートたちも呆れて固まってしまう。

「で、フレアールとやらは?」

 公明は先程から哨戒を兼ねて色々試しているらしいフレアールを指し示す。

「なんだよ、早速ルイスのオモチャかいな」

 フレアールの外観と動作を外から確認しただけで搭乗しているのがルイス・ラファールだと即座に見抜く。

(なんか色々と納得いかないが、この人がまさに・・・)

「来いっ!フレアールっ」とディーンが突如大喝する。

(いや、そんなこと言ったって来るわけないでしょ)

 公明が思う側から一瞬ビクっとしたフレアールが動作を止めて、慌ててディーンの許へと馳せ参じた。

(なんなの?いったい・・・)

「ルイスぅ、選手交替だぁ」

 ディーンの呼びかけに応えてルイス・ラファールがハッチから顔を覗かせる。

「もうなんなのよ。まぁ、いいわエリシオンまで送ってね」

 ルイスは“旦那様”と久々に会えてご満悦だ。

「前みたいにお姫様だっこでもしようか」とディーンはニヤニヤと人の悪い笑みを見せ、ルイスもルイスで満更でもない様子だ。

「あのお二人はどういったご関係で・・・」と公明が恐る恐る尋ねる。

「夫婦だよん。どっかのお間抜けさんたちがフォート失陥なんてことしてくれたせいで、謀略紛いのやり口でパルムからトンズラすることになり、新婚からいまだ10日も経ってないけどさ」とディーンは言いながらフレアールに搭乗する。

 「お姫様だっこ宣言」とは要するにフレアールの手の平にルイスを乗せて2キロメルテ先のエリシオンまで運ぶという意味だった。

「んじゃ、暴言の数々にムカついていたなら、シルエッタでどっからでもかかって来ていいからね、アルバート大佐。ついでにフリオも本気出していいよ。あっ、何処もなにも壊さないので安心してね、公明サン」

 暴言の数々はその実、ディーンの悪意ある挑発だった。

 アルバート・ベルレーヌをはじめとした西風騎士団員たちは自分のシュナイゼルに走り去る。

 そのほぼ全員が怒気を孕んでいた。

 ディーンはルイスに笑顔を見せて搭乗口を閉じもせず、ビュっと風を切るようにしてフレアールを発進させた。

「どう見てもマトモに交戦した形跡がないだろ」

 ディーンはレマン丘陵に真戦兵が居た痕跡は見て取ったが、龍虫と激闘した形跡はほとんどないと見抜いた。

「ねぇ、そんなことより、ディーン。似合う?」

 黄色い紋章布でポニーテールにしているルイスに視線をやり、ディーンは優しく微笑んだ。

「似合ってる似合ってる。メリエルに頼んで結んで貰ったのだろ?」

 ディーンはアルマスに留まり、バルハラ艦橋での二人の儀式を見ていない。

「そっ、アタシはコレで行くわ。陛下の全権代理人としてね」

 ルイスの顔はうってかわって真剣になっていた。

「じゃっ、ボクはナメくさったあの連中をちょっとばかし脅かしてやるわ」

 ディーンの面構えは先程ゲェゲェ吐いた同じ人とは思えない程に凜と引き締まっている。

(多少は慣れてるだろうけれど、龍虫と本気で戦うというのがどういうものか骨身に刻ませる。でないと無駄に死なれるだけだ)


 真戦兵同士の模擬戦には二種類あり、実機で刃引きの武器を使い格闘戦を主体に訓練する「手合い」とは別に「シルエッタ」という実戦想定式の展開戦がある。

 つまり、団体戦としての真戦兵同士の連携対峙確認訓練だ。

 当然ながら、直接機体に当てる武器攻撃はしない。

 機体には当てずに攻撃はすべて寸止めにし、相対距離と攻撃動作をお互いに確認し、実戦の場での同士討ちを避けたり、指揮官の能力確認をするということだ。

『おーい、ディーン来たかぁ』と無線機から慣れ親しんだ声が聞こえる。

「スレイ、ちょうどいい。西風のバカどもとシルエッタやるからお前が指揮をとってくれ」

 ディーンははなっからスレイかイアンに指揮を任せるつもりだった。

 つまり、戦隊指揮官としての能力検証が優先だ。

『ふむっ。調査だけじゃつまらんと思ってたとこだ。のった。で、駒は?』

「駒はボクとルイスだ。ルイスをエリシオンに乗せて退路遮断に。ルイスはシルエッタに慣れていないだろうから、スレイの指示に従って回り込んで移動し、槍を構えるだけにしとけ。当てたら事だ」

「つまんなーい」

 ルイスは不満そうだが、ディーンは即座に役割分担と目的を決める。

「アルバート・ベルレーヌ大佐の指揮するシュナイゼル一個中隊全24機が相手だし、其処に一匹化物も混ぜてある25機。本当につまらなくはならないさ、要するにアチラさんもスレイの指揮での動き方のクセに慣れておけってことだ」

『そういうことだとよ、ルイス。移動位置距離数字法は分かってるよね?』

 移動方向を北を中心に十二分割し、単位を略して移動位置を指示する各国共通の外部指揮方法だ。

 スレイが12-100と指示したら12時方向に100メルテ移動しろという意味になる。

「それすら知らないで騎士やってたらただのバカでしょ。これでも紋章騎士と呼ばれてるのよ」とルイスは呆れたように言う。

『オーケーオーケー。それでディーン全機殲滅のリミットは?』

「活きの良いのを除いて展開開始から10分だ。たった10分でも実戦じゃ部隊壊滅する。そして、フリオをシュナイゼルで組み込んだ意味を理解させる」

『ほぅ。随分と腕を買ってるのがいるんだね』

「もと本家エルミタージュの《ナイトイーター》だ。それ以上の情報はやらん」

『なんだと』とスレイ。

「なんですって」とルイス。

 西風騎士団の新米騎士ゆえにフリオ・ラースはアルバートから存在を無視される。

 つまり、フリオは状況に応じてエルミタージュセルで培った遊撃戦闘戦術を組み込んで自由自在に動いてくる。

 それを抑えつつ、主軸24機をルイスの前に追い込む。

 最後にフリオをフレアールとエリシオンで前後から挟み込んで詰める。

 そうすることで、ちょっとの実戦経験よりもディーン、ルイス、スレイの部隊戦闘における格の違いを悟らせれば、アルバートたちの聞き分けも良くなる。

 既にフィンツ・スターム少佐と紋章騎士ルイス・ラファールの単独戦闘における強さは理解されていた。

 一方、アルバート・ベルレーヌ大佐も並の指揮官ではなかった。

 レマン丘陵にやってきた際のシュナイゼルとフリオの動きでコイツはエース格だと判断していた。

 おそらく「新米は端っこで大人しくしていろ」とアルバートがのけ者にするだろうとディーンが判断すると逆に読んだのだ。

「おいっ、フリオ・ラース少尉。オマエが軸だ」

「へっ?」とフリオが面食らう。

 他の西風騎士たちも動揺した。

「俺達で壁を作る。そして、随時戸を開ける」

 中隊連携の合間からエースを飛び込ませて動揺を誘い、他を背後に回り込ませて退路を断つ。

「つまり、開いたところから自由に切り込めってことですね」

「あちらは規格外の化物二機で、こっちは化物の混じった高度連携の出来る一個中隊」

「考えましたね、大佐」とフリオは心底感心した。

 それならエルミタージュセルやゼダ北部方面軍黒騎士隊のような戦い方も可能になる。

「入りたての頃から並のヤツじゃないとは思っていた。それにそのシュナイゼルはガリアード大尉の機体だ。フォート防衛戦で本部に予備機として残っていたのをくすねて使っていたのだろう?大尉はガエラボルン騎士団本部で市内での迎撃作戦全体を指揮していた筈だし、奪還後に本部施設内で遺体も確認した。愛機は人手に委ねたが、最期までメルヒン騎士に恥じない戦いをしたのだと思う」

 アルバートは渋面を作り同僚の死を悼んだ。

「申し訳ないです」とフリオはひょこっと頭を下げる。

「いや、いいんだ。お前が殿軍しんがりだったお陰で命拾いしたのが大勢いるし、市内の建物の上を飛び回って得体の知れない飛び道具で龍虫を殺ってたシュナイゼルが居たことも聞いている。しかし、戦い方は明らかにフェリオのタイアロット使いだ。むしろ与力に感謝する」

「・・・・・・」

 フリオはアルバート・ベルレーヌを少し見くびっていたと認めた。

 きちんと撤退敗戦後にフォートセバーン直接退却組の西風騎士たちから戦闘状況説明を聞いて事実確認していた。

「そして、これは本気と本気のぶつかり合いだ。あちらも本気で俺達を潰しに来るし、こちらも相手が化物だろうと詰んでみせる。でないと戦死した連中が浮かばれないし、まさに主導権争いだ。女皇の狗どもにアゴで使われたくないのなら、そんなことは簡単にやらせんと実力で示すよりない」

「はい」と西風騎士団中隊各員は唱和した。

「“剣皇”と紋章騎士に一泡吹かせる。それが俺達が無様にも奪われたフォートを奪還してくれた彼等へのせめてもの礼だ。光学迷彩も稼働させて、俺達は俺達の鍛えてきた戦い方で勝つぞ」

 アルバートの言葉にフリオはニヤっと笑った。

「使えるものは“新参者”だろうが、光学迷彩だろうがなんでも使う。フレアールは光学迷彩が使えない真っ白の機体で使徒真戦兵ということで良いのですね?」

「そうだ。そういうことだよ、フリオ。そして、公明。彼はああ言ったが多少は壊すかも知れないが覚悟しておいてくれ」

 こうしてレマン丘陵でのシルエッタファイトが開始された。

『やはりね。思った通り初手から光学迷彩だ。ディーン6-200、ルイス12-300』

 スレイ・シェリフィスは副官抜擢したハサン・レーグニッツ曹長に味方の内偵を依頼していた。

 アルバート・ベルレーヌ大佐も非凡な指揮官でありナメていると痛い目に遭う。

 その上でディーンがナメくさっていると言い切る根拠は・・・。

『ディーン11-400、ルイス7-500』

 移動距離が普通なら出さない中距離だ。

 400メルテに500メルテ。

 《神速》のルイスに対し、《啄木鳥》のディーンならその程度なら余裕で動ける。

 一瞬だけ距離をとったと思わせて逆に一瞬で詰める。

「なっ、攻守の切り替えが」

 想定以上に早い切り替えで光学迷彩を稼働させているのがアダとなった。

 まるでサメがエモノを咥えるかのように瞬時に前後から挟み込まれる。

『右翼、2番機、4番機転倒擱座』

『左翼、7番機射程内擱座扱い』

(一瞬で3機食われたか)

 フリオはアルバートに無線で急報する。

『大佐、この戦術は俺が以前やられた戦法です。つまり突入角度を変えながら、高速接敵と高速離脱を繰り出す』

 フリオの脳裏に昨年の《ナイトイーター》捕獲作戦が蘇る。

(それは分かる。だが、何処を中心に叩かれている)

 自主判断で光学迷彩を解いて位置を晒したフリオ機でアルバートは悟った。

「そうかフリオ、お前が狙いだっ!右翼壁を盾に再度、光学迷彩でA-9-100に転進」

『了解』

(そう来ると思ったよ、大佐)

 エースを温存するのならこの地形ならディーンから見て左手方向、ルイスから右手方向に一度逃がす。

 だが、甘い。

『ディーン3-300、ルイス3-400』

 同一方向に2機が移動したことで、前後から挟まれる形は解けた。

『ディーン10-200、ルイス8-300で中隊左翼を切り崩せ』

(まさか・・・)とアルバートは慄然とした。

 一瞬で位置を外して変え、中隊左翼を十字に切り裂く。

 それがクロスアタックというスレイが多用する戦法となる。

『20番機、22番機、擱座』

『6番機、8番機、10番機、擱座』

(偶数番機ばかり狙われている。つまり、光学迷彩を使っているのにこちらのフォーメーションが完全に把握されている)

 アルバートは奇数番機を中隊右翼に、偶数番機を中隊左翼に配し、自分に0、フリオにはAを割り当てていた。

「そういうことかっ!あの若造っ」

 長身でイケメンの若い男がレマン丘陵調査でイアン・フューリーと行動していた。

 スレイ・シェリフィス中尉と名乗っていたのをアルバート・ベルレーヌは今頃思い出していた。

 アルバート大佐はディーン・スタームと改称する予定というフィンツ・スターム少佐のことも、紋章騎士ルイス・ラファールのこともナメくさっていたわけではない。

(イアン・フューリーか、スレイ・シェリフィスが2機の戦術指揮を担うというのを失念していたことが、彼等をナメていたということかっ)

 フリオはまだ温存しているが既に8機やられた。

 つまり、中隊の三分の一を叩かれている。

(さて、どうする)とアルバートが思案していたときだった。

 突然、共通無線周波数帯にディーンの声が割り込んできた。

『シルエッタ中止、繰り返す、シルエッタ中止。6時方向距離800メルテに龍虫群を発見。これより訓練を中止し、迎撃戦に入る。各員、武器を構えよ。フレアールをF機、エリシオンをE機、フリオ・ラース機をA機、ベルレーヌ機を0機とし、部隊連携迎撃シフトを敷き直す。西風第一中隊全機リセットフォーメーション。F機は9時方向最右翼に移動する。E機は3時方向最左翼に移動せよ。中隊指揮権はスレイ・シェリフィス中尉に一任する。西風第一中隊は現在の位置をホールドし、非戦闘員の退避完了まで迷彩稼働防御陣形を崩すなっ!』

 ディーンからの無線指示で「擱座」していた機体も起き上がって態勢を整え、シルエッタファイト突入前の所定配置に戻って抜刀した。

(そりゃそうだ。こんなところで真戦兵が集まって動き回っていたら龍虫どもに捕捉される・・・ということか)

 アルバート・ベルレーヌは即座に頭を切り替えた。

『こちらスレイ・シェリフィス。指揮権掌握。F-5-300、E-7-400、A-6-200。一当てしたらF-10-300、E-2-400、A-12-200。クロスアタック、センターラッシュ。3機の後退後に全機6-100っ!』

 フレアール、エリシオンがシルエッタの第二波攻撃と同様に十字に切り込み、フリオ機が中央を突破。

 その後、すかさずフレアールとエリシオンが位置を入れ換え、中央にラッシュしたフリオのシュナイゼルは退いて後続の西風第一中隊のセンターに立ち、後続の合流で重陣形を組み直す。

(なんていう指揮能力だ)とアルバートたちは舌を巻いた。

『F機以外はコンシールっ!(光学迷彩作動)全機6方向1と2はホールド3、4-6-50、5、6-6-60・・・』

 光学迷彩稼働状態で中央突出型の魚鱗陣形から鶴翼陣形に切り替えろという意味だ。

『オールラッシュっ!7-100』

 全機突撃で鶴翼陣を斜めに当てる。

『ホールド、F、E、A、0フリーアタックっ!奇数番機コンシールアウト(光学迷彩解除)8-100、偶数番機コンシールアウト4-100』

 フレアール、エリシオンとフリオ、アルバートのシュナイゼルがフリーアタック・・・つまり、接敵して正面迎撃する間に鶴翼状態の左右から敵龍虫集団を包み込むように光学迷彩を解除して左右から突撃をかける。

 こうした戦闘が15分続いた後、西風騎士団第一中隊は一機も擱座させることなく無傷で龍虫40匹を殲滅していた。

 アルバート・ベルレーヌはその完全勝利に放心していた。

 自分たちはスレイ・シェリフィス中尉の迎撃戦術プランに沿って突撃と防衛を繰り返しつつ、戦っていただけだ。

 無茶な命令も出来ない指示もなく、エース機3機を擁してはいたが、撃墜スコアをあげたのはほぼ参加した全機だった。

「これが龍虫と組織的に戦うということですか?」

「そういうことですよ大佐。やってやれないことはない。そして、もう一つの事実も浮き彫りにしました。このレマン丘陵において龍虫部隊との組織的戦闘など行われた形跡がない」

 ディーンの冷徹な指摘に西風騎士団の中隊員たちは愕然となった。

 僅か15分の戦闘で草の生い茂る足場はぐちゃぐちゃに乱れていた。

 接敵と離脱に突撃に対応する防御姿勢。

 それらを繰り返していたら龍虫と真戦兵たちに踏み荒らされた戦場は地形の様相そのものを変えてしまう。

 ましてレマン迎撃作戦には今回の10倍以上のシュナイゼルを軸とした戦力が展開していたのだ。

 つまり、レマン丘陵の戦場全体の足場の荒れ方がこんな程度で済む筈がなかった。

 後方の指揮所で全体指揮を担っていたスレイ・シェリフィス中尉がやってきて各機の損害確認をしている。

「もしネームレスコマンダーが出てきていたら、お互いが複雑な連携を繰り返していて、戦闘時間も倍以上かかっていますし、当然アクシデントも生じている。そして俺の戦い方を大佐が真似られないこともない。クロスアタックやセンターラッシュ、ローラーラッシュといった各戦術もコツと用途を理解すれば戦闘指揮官なら扱えて当然です。各機の展開状況確認は戦場の中心に近いほど確認しやすいし、中止されたシルエッタでも分かったように、実際には相手の思惑とこちらの思惑のぶつかり合いになります。突出戦力のエース機をどう扱うか、味方の損害をどう抑えるか、戦術的後退判断の時期をどう考えるか、なにかを犠牲にしてスコアを稼ぎに行くか、でも龍虫との実戦であれ、まだ誰かを捨て石にする必要もないし、実際に我々は無傷も同然で勝った。龍虫の主力にも突出戦力はない。先行駆逐戦術偵察用のキルアント、上空偵察用のフライアイ、打撃部隊の主力マンティス、支援砲撃型のハウリングワーム、重突撃型のトランプル。あとは戦力外のボウリングビートルがせいぜい。つまりは足自慢の先行機動部隊です。いなして崩して、仕事をさせずにこちらが確実に乱して崩してやりさえすればスタンピードされない限りは現時点でもどうとでもなる」

 戦闘経過を最前線で確認していたアルバート・ベルレーヌにはスレイ・シェリフィスの言う意味がよく分かった。

 居もしない相手でなく、龍虫のタイプを確認して的確に対処していた。

 それについ先程シルエッタでお互いの実力の一端を確認しただけで、天技を軸とする重アタックで切り崩すのはかえって味方を危険に晒す同士討ちになりかねないからとディーン、ルイス、フリオは歩方天技でのクロスアタックなどの先行突入時以外は一切使わなかった。

「そうか、エース機がいるならいるなりの予測を外した戦い方やら一局集中運用や攻守を入れ換えて戦いさえすれば、もっと粘り強く戦えたし、戦況が不利だったなら尚更、後方の本陣に近い此処は戦術後退した部隊の足跡だらけになっていた。当初からそういう機動迎撃と退却を想定した配置と布陣だった・・・」

 確認に来た当初のレマン丘陵には実際に退却判断を下したアルバートたちの4個中隊が展開し、前衛部隊が崩され突破されたという無線連絡情報で後退開始したとき以上でもなければ、それ以下でもなかった。

 退却部隊に後から加わったのはフォート防衛隊で市民たちの避難経路を確保する撤退戦を展開していた約2個中隊。

 レマンに陣取っていたのは中隊換算で20個中隊約400機。

 フォートの防衛担当が5個中隊約100機。

「貴方の戦友達の多くは何処に消えたのでしょうね?フォートセバーン市内で交戦し、擱座や破壊蹂躙されたシュナイゼルは全部足しても3個中隊60機程度で生き残った2個中隊と足すと計算は合う。そして、フリオ・ラースの実力を勘案したら龍虫の半個中隊は屠っている。レマンの方は全然数が合わない」

 事実上、フォート防衛隊はそのほぼ全軍が討たれるか、東門から逃げるかしていた。

 フリオ・ラースは先程ディーンと確認した戦闘状況を改めて報告した。

「俺は慣れないシュナイゼルで建物によじ登り、魔弾による狙撃砲戦で市内西門から侵入され、迎撃戦をしている味方機や住人たちの退却支援に徹していました。基本的には市民たちを誘導して合流地点のガエラボルン宮殿両翼広場への退却と迎撃フォーメーション構築のための部隊再編優先です。実際、フォート市内はパニック状態で逃げる人々が足許をちょろちょろしていて、とても先程のような機動戦術連携など出来ずに往来の各所で各個応戦か、出来ても二機連携で互いの背中を預けてのフリーファイトを展開することしか出来ませんでした。市内中央の橋を爆薬で落としていればその西側を切り捨ててでも市内東側のガエラボルン宮殿は護れましたが、まだそれほど戦況が悪いとは判断されず、逃げる市民や退却する味方機の足を止めてしまうだけ。そもそもシュナイゼルは建物が密集する市内を戦場にするのに向いていません。だから、建物を守るのは無理だと現場判断で壊したり足場に利用しました。広さのある王宮前両翼広場でこそまだどうにか集団展開出来る。コイツの持ち主だというガリアード大尉たちは3個中隊を王宮前両翼広場に壁代わりに並べ、ガエラボルンの騎士団本部のテラスから部隊指揮して東側からの波状攻撃を凌ぎ続けていたんです。当然、俺の判断も光学迷彩で位置を変えつつのハウリングワームの狙撃撃破と、高所斥候としての市内全域の戦況報告。そして、無線機非装備の味方機へのハンドサイン退却指示に」

 フリオはディーンに目配せして、龍虫侵入時の状況や、部隊壊滅撤退のその後については敢えて伏せた。

 アルバート・ベルレーヌたちはもし自分たちと戦い方が異なるフェリオ騎士の天技騎士フリオ・ラースが居なかったなら、未使用機として残っていたガリアード大尉の指揮官機を使用していなかったらと考えてゾっとした。

 皮肉にもガリアード大尉は自身が搭乗することなく、正確な戦況報告を続ける自身の愛機と共に戦っていたということだ。

「フォートセバーン周辺は遺憾ながら敵に明け渡してトレドに退却すべきです。まだ、敵部隊がどれほど隠れているか分かりませんし、先程の戦闘報告が伝播して敵がこのレマンにどれほど集まってくるかも分かりません。トリエル副司令たちのフォート市内での物資集積活動も捗っていません。無理に留まれば今度は2個中隊程度では済まなくなる」

 ディーンの冷静な分析にアルバートは苦渋に満ちた顔で一言絞り出した。

「第一中隊全機、撃破龍虫をレッセル・ミードに搬入後トレドに帰投する。だが、我々はまたこの地に必ず帰ってくるぞっ!」

「了解」という声にも何処か寂しさが伝わる。

「それで“剣皇陛下”、フリオ・ラースはいつ我々と正式合流することに?」

 ディーンは少し考える。

「いや、正式合流はまだ先になります。ファングやシュナイゼルとスレイの指揮能力の相性は悪くないし、ルイスも回します。そして配置もバスランに。なにしろ、最重要拠点のトレドはテンプルズ各機とゼダ西部方面軍のベルグ・ダーイン隊で可能な限り護り固める。バスランの西、トレドの南南西に広がるラムダス樹海が敵の潜伏先になっている以上、機動的即応力の高いファング隊と西風騎士団シュナイゼル隊はバスランに配置して常に万全の状態を維持しないと」と言い、「フリオにはまだ隠している大技があり、それを使用可能な機体の建造が先になります。要するに得意とするタイアロットタイプに近い機体の確保までは後方待機状態のルイスとの連携力を練っておく。それにボクが今のフレアールを使い続けるのはとても危険です。先程中断したシルエッタでもお分かりでしょう」

 ルイスが本気を出したエリシオンはなかなか追い切れないし、光学迷彩で姿を消して位置を変えられるので現行でほぼ最大級の実力を引き出せる。

 だが、《純白のフレアール》は位置の確認が容易いので実際にシルエッタで相手にしたアルバートたちの中隊各機から目標として視認しやすく、ディーンの実力や速度さえ把握出来れば、倒せないまでも囲んで動きを封じられる。

「これから夏の緑の季節だというのに、白は目立ちすぎますからね。旗機として使うなら、目立つに越したことはないが、それだと“陛下”の戦力価値が激減してしまう。ここだけの話ですが」とアルバート・ベルレーヌは声を低くした。

「フレアールはその実、剣聖機サウダージの後継改修機です。この事実に関しては改修監督責任者だった私と改修責任者の公明しか知りません。そして“陛下たち”なら簡単に使いこなせるが我々ではとても。ですから、亡国のメルヒン旗機としてそのつもりでお使い頂きたいのです」

 ディーンはその一言にハッとなって顔を上げ、アルバート・ベルレーヌをまじまじと見据えた。

「エリン様の?道理で新造使徒真戦兵にしては酷く癖のある機体だなと」

 機動力反応共に申し分ないし、そんなことはトリエルのガエラボルンの虐殺実施の時点で分かっていた。

 フレアールを操縦したディーンの感じていた違和感は機体に誰か別の騎士の意志を強く感じることだった。

 それが足を引っ張るでなく、同じ天技の使用においても特性が異なる形で使える。

 例えば小手返し技の天技飛燕

 フレアールは古い形の龍虫腕部装甲を外に払う受け流し型の表の《飛燕》を使い、ディーンは派生型として改良された内に回して龍虫腕部の素体に裂傷を作るカウンター型の裏の《飛燕》を使う。

 防御優先の前者と攻撃優先の後者は技の原理自体は同じだが、必要な場面が異なる。

 どちらも使えるに越したことはなく、あとは状況判断だけだ。

 ディーンにはあるいはと思い当たる節があった。

 フレアールにはベリアの魔帝エリン自身が宿っている?

 だとするとそれはエリンが戦死したとされる「ハルファの戦い」が契機だ。

「“もう一人の陛下”もお気づきだとか、それにアレは単体稼働も十分やれるし、事実上ガエラボルンが完全に陥落などしなかったのはフレアールの籠城戦ですよ」

 アルバート・ベルレーヌの指摘にディーンは考え込む。

「だとしたら、尚更ボクにはもう一機のフレアールが必要になります。ボクには使徒素体など耐久性以外は不要なのでフレアールと全く同型機かつ高速離脱に必要な光学迷彩の使用可能な予備機」

 連続稼働が6時間しか保たない《純白のフレアール》単騎だけでは消耗戦を戦い続けるのは難しい。

 だが、予備機があれば同時展開や乗り換えての連続戦闘も可能になる。

 焔の申し子はそれだけの可能性を秘めていたのだし、奇しくもハサン・レーグニッツ元上等兵とディーン・スタームは同じ結論に行き着いていた。


 本格的な真戦兵による組織戦闘を見たのはメリエルどころかスレイも初めての経験だった。

「シルエッタの方も、実戦もなかなかじゃない、スレイ」

 ルイスはスレイの力量を褒めたが、スレイ・シェリフィス中尉は不満そうな顔をしている。

「大佐の西風第一中隊とお前達が駒なんだ。出来て当然だし、なんかイヤな感じがしたよ。ネームレスの方に龍虫を護ろうという意志をまるで感じなかった」

 メリエルはスレイの言葉にある「龍虫を護ろうという意志」という言葉に引っ掛かりを感じた。

 実際、スレイは攻めより守りに重点を置いて戦っていた。

 損壊したらそれらは全て公明たち整備担当者に任せなければならない。

 騎士たちは負傷するし、運がなければ死ぬ。

 フレアールとエリシオンのフォローで実際に何機かは致命打を貰いかねないのを防いでいた。

 実戦では指揮官の思惑通りにならないことの方が多い。

「敵にとって龍虫って護らなければならないものなの?」

 スレイは当然だと言わんばかりにメリエルに説明する。

「あそこまで育てるのに何年もかかる。当然、こちらは騎士と真戦兵で、あちらは龍虫が駒だということになる。だから無益な損耗は避ける。そもそもブリーダーたちが手塩に掛けて仕込んでコマンダーの意志に応じて自律的自発的判断が出来る戦闘兵器にしているんだ。こちらが騎士を鍛えているのと同じ手間を掛けている割には、退却判断が遅い。分が悪ければ仕切り直すのが常套戦術であって、ガエラボルンの奇襲みたいな状況でなければ全滅するまで戦わせたりはしないものなんだけど・・・」

 ディーンも苦い表情を浮かべていた。

「確かに指揮官のこうしたい、こう戦いたいという意志がまるで感じられなかったな。様子見の捨て駒として利用されただけ。ボクとルイス、フリオとアルバート大佐たちの能力検証だったとしても、もうちょっと歯応えがあって良かった」

 ディーンの言葉にルイスがポツリと漏らす。

「可哀想な子たち。退いて立て直すべきだという彼等の考えが伝わってきた。それが正しい判断だし、時間稼ぎに徹していたら、実際はあたしたちの方が危なかった」

 余剰戦力がなく、調査隊として来ていたメリエルや公明といった非戦闘員を逃がす判断が先に立ち、飛空戦艦であるレッセル・ミードもバルハラもすぐに離陸出来る状態ではなかった。

 だから、スレイはトランプルによる一点突破策を警戒していたのだ。

 縦突撃シフトをいなす戦術を頭に置いていた。

 だが、それすらなかった。

 足止めにすらなっておらず、フレアールとエリシオンはバルハラに搬入され、レッセル・ミードは既に退いていた。

『おしゃべりはそこまでだ。発艦体勢が整ったので全員バルハラに入れっ』

 イアン・フューリー少佐は殿軍としてバルハラの発艦を急がせず、レッセル・ミードを先行発艦させていた。

 後続部隊への警戒でディーンとルイスが最後まで残っていたのだ。

「なにか考えていたのと違うみたい。どうしてフォートセバーンは陥落なんかしたんだろう?」

 メリエルの指摘に三人は思いを巡らせつつバルハラに乗り込んでいった。

 同じ頃、トリエルたちマッキャオ組も退却のため発艦していた。  

 

    

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