第2幕第4話 ナイトイーター



 1187年10月20日午後10時21分


「お前が《ナイトイーター》だな」

「・・・・・・」

 東征中のフェリオ連邦ドルトンにてベルカ・トラインはようやく目的の騎士を発見捕捉した。

 《傭兵騎士団エルミタージュ》のエースであり、「騎士狩り」していた張本人。

 旗色が悪くなれば必ず出てくるだろうと予期し、スレイ・シェリフィスの作戦プランで「ベルカ・トライン」と《銀髪の悪鬼》の挟撃に遭い傭兵騎士部隊の半数がやられていた。

 これ以上犠牲者を出せないとエルミタージュの指揮官が「時間稼ぎ」のために、そろそろ用済みの《ナイトイーター》を投入してベルカだけでも抑えようとしたのだ。


 女皇騎士ディーン・エクセイルあるいは白の隠密機動ディーンとして8年前にエラル山脈沿いの小さな村フローラにて《ナイトイーター》と対峙していた。

 まだその頃10代前半のディーンは未熟だったが既に《浜千鳥》や《啄木鳥》を編みだし、「機動防御戦術」を叔父のトリエルと磨いていた。

 そして、案のアイラスの悲劇について検証実地調査をしていたトリエル、ディーンと調査室は「騎士狩り」に捕捉された。

 本当は捕捉されたのでなく、イアン・フューリー少佐の作戦により釣り出すことに成功していた。

 トリエル・メイル皇子のエンプレスガードという意味でディーンは既に女皇騎士で白の隠密機動だった。

 二人の場合は他とは意味合いが少し違った。

 つまり、お互いの隙と死角を庇い合い、攻撃よりも防御に軸足を置いた機動戦術により連携して各個撃破されるのを防ぐ。

 返り討ちにするチャンスではあったのに二人は《ナイトイーター》から「機動防御戦術」で生き残ることを最優先させていた。

 「騎士狩り」部隊と《ナイトイーター》を陽動して引き付けるのがトリエルとディーンの作戦目的だ。

 ほぼ同じ外観のファング・ダーイン改二機で光学迷彩と天技陽炎で位置を入れ換えながら針葉樹の生い茂る山中で《ナイトイーター》を含む「騎士狩り」部隊30機を陽動し続ける。

 調査室の騎士たちが二人の退路確保をサポートする。

 作戦目的が《ナイトイーター》そのものでなく、本当の狙いは運用艦艇の拿捕。

 その試作新型艦については“リチャード・アイゼン少佐”とイアン・フューリー少佐がおおまかな性能を割り出して、どうすれば拿捕出来るかをベックス・ロモンド教授を交えて詳細に検討し、リチャードことパベル艦長の旗艦ロード・ストーンを囮とし、イアン艦長の強襲揚陸艦ハルゼイで肉薄攻撃して《対の怪物》であるアリョーネ女皇とマグワイア・デュラン少佐らを敵艦内に乗り込ませ推進機関を緊急停止させ、強制着陸させる。

 この作戦自体が失敗すれば女皇騎士団はなにもかも喪いかねない危険な賭けであり、失敗すればヴェルナール・シェリフィス元老院議長に皇国は乗っ取られる。

 だからこそアリョーネは作戦参加した全将兵に宣告していた。

「皇国の存亡、この一戦にありっ!」

 皆それぞれ、耀多里亜とルカ・クレンティエンへの復讐に燃え、激昂していた。

 このままでは多里亜の夫たる人形番耀犀辰と、ルカの夫「エーベル・クライン・クレンティエン」と二人の娘たちまで潰されてしまう。

 既に戦闘開始から2時間が経過し、女皇騎士団正騎士1名と調査室の選りすぐりの騎士たち6名が《ナイトイーター》の犠牲になっていた。

 女皇騎士団調査室の目的は組織の内偵でもあったが、「騎士狩り」の実態把握調査でもあった。

 シルバニア教導団で訓練された女皇正騎士候補たちを容易く平らげる暗殺者。

 《ナイトイーター》の迎撃撃退に成功していたのはラファール兄妹、レオハート・ヴェローム姉弟、《対の怪物》、クシャナド・ファルケン子爵といった顔触れであり、ディーンとトリエルも別の機会と場所とで既に一度相見えていた。

 他国騎士団やゼダ国家騎士団も襲撃されていた。

 そして、最大級の襲撃アイラスの悲劇が発生した。

 情報漏洩でエイブ・ラファール准将とその乗機が要塞に不在であると悟られたことが原因だった。

 その半年前にはフェリオ連邦アストリア大公国で騎士団長のマグノリア・ハーライト卿とエース騎士で《連弾の剣聖》バルド・ラーセンが討たれていた。

 その後、しばらくしてナカリアのリッテ氏族は一族の部族会議を襲撃されて金騎士長マルコ・リッテ大尉を筆頭に一族の優秀な騎士たちが悉く殺害されていた。

 対する後の絶対防衛戦線側も黙ってやられていたわけではない。

 ミシェル・ファンフリート枢機卿は紋章騎士ルイス・ラファール、ルートブリッツ騎士団長アウザール・ルジェンテの師であり、神殿騎士として一番優秀な愛弟子を《傭兵騎士団エルミタージュ》に潜入させることに成功していた。

 そして、《アイラスの悲劇》においてその「スパイ」は要塞駐留機動部隊「黒騎士隊」の陽動作戦に参加していた。

 だから、この作戦の全体像までは把握しておらず、要塞そのものを襲撃した「謎の存在」について知る由もなかったのだ。

 だが、要塞襲撃そのものは空挺揚陸作戦であり、襲撃になにを使ったかは知らないが、アイラス要塞の防空管制官たちの記録にはそれらしい記載が全くなかった。

 つまり、光学迷彩稼働艦。

 これ自体を抑えてしまい、拿捕した上で研究解析すればその後の改良と性能向上についてはある程度割り出せる。

 そうすることが出来れば「敵」を警戒させて大陸各地での襲撃事件そのものの発生件数を激減させられる。

 もうお分かりの筈だ。

 この作戦自体は強襲揚陸艦ハルゼイの轟沈と女皇騎士団側の戦死者21名で決着し、拿捕に成功したのが《ブラムド・リンク》だった。

 《ナイトイーター》と《ブラムド・リンク》の分断に成功し、《ナイトイーター》は国境を越えたオラトリエスに逃げ込み、エルミタージュの「騎士狩り」部隊は剣皇機フェルレインのカール・ルジェンテにより半壊させられた。

 だが、全滅を免れたもののルートブリッツ騎士団の真戦兵マリーンで海上逃走し、洋上艦隊を展開して海上封鎖していたアウザールを嘲笑って海上封鎖網を突破された。

 つまり、ゼダ側の極秘作戦実施計画は漏れていなかったが、作戦実施に協力したルートブリッツ騎士団内に内通者がいて騎士狩り部隊の逃走を手引きしていた。

 それをシャルル・ルジェンテ国王ことローデリア・フォリオン王は“オラトリエスの膿”と呼んだのだ。

 ゼダ側も薄氷の勝利だった。

 当初は既にシモン・ラファールが入隊していた東部方面軍「ロムドス隊」を作戦参加させ、ゼダ-オラトリエスの国境線にある逃走ルートを封鎖する予定だったが、実施直前にベックスが取りやめた。

 ベックスが親友ロムドス・エリオネア少将(当時)とその部下たちに疑惑を抱いたのだ。

 それで敢えて別の作戦計画を教えておいた。

 南回りルートでのゼダ領内マルガ方面への逃走計画だとそちらを封鎖させたのだが、“それが実施された形跡がなかった”。

 そしてトリエルたちが陽動だと気づき、ブラムド・リンクとの交信途絶でハメられたと気づいた《ナイトイーター》と「騎士狩り」部隊はロムドス隊の展開していた国境越えのルートを突っ切って撤退した。


 舞台は再び1187年10月20日のドルトンに戻る。

「あのとき以来だな、《ナイト・イーター》」

「・・・・・・」

 エルミタージュの各機体はリンツ・タイアロットやファング・ダーインといった既存機だったが、一部の騎士たちの機体を除いて無線機を備えており、《ナイトイーター》はリンツ・タイアロットを使用していた。

 だが各個に連携が取れていた。

 だから、高名な騎士でも数にやられる。

 トリエルは既に撃破した敵機の無線周波数帯を確認しており、ベルカ・トラインはその周波数帯短距離通信で呼びかけを続けている。

「逃げ回っていたと思った相手から逃げざるを得ず、仲間の大半を喪った苦い記憶を思い出したか」

「・・・・・・」

「7年前はブラムド・リンク。今度はお前が狙いだ《ナイトイーター》。お前に龍虫戦争を荒らされるわけにはいかない。だから、東征段階の今ここで叩くっ!」

「・・・・・・」

「我々は《外殻部隊エルミタージュ》としてお前たちの組織内に部隊もろとも潜入し、作戦計画を売っているし、極秘作戦展開している。だから、時折混ぜ込む“エリミネートオーダー”で我々がお前達を殲滅している。おかしいとは思わなかったのか?このところ作戦失敗続きの筈で、既に戦死者は300名を超えている」

「!」

「当然、今もその最中であり、此処でお前を潰すから極秘情報を話している。お前はその情報をなにがあっても本隊に持ち帰らなければならない。つまり、今度は逆の立場だ。追われるのはお前で追うのは我々だ」

 その一言に《ナイトイーター》は遂に反応した。

「仲間?一体誰がだ。作戦失敗?大いに結構だ。あの連中と俺に仲間意識はない。むしろ、ヤツらを殺してくれてありがとう、女皇騎士ディーン・エクセイル。いや、女皇正騎士フィンツ・スターム少佐」

 若い男の声だ。

 だとすると7年前は・・・。

「ベルカ・トラインだ。今の私はそのどちらでもない。お前に仲間意識がないというのはあるいは本当の話だろうな。捕らえて拷問しても死ぬまでに引き出せるのはセルの情報だけ。だからセルとして我々が入り込めた。セルを動かしているブレインの連中であるあの国の『人間兵器』たち」

「『人間兵器』?なんなんだそれはっ?それにあの国ってどういうことだっ!?」

 《ナイトイーター》の明らかな動揺を感じてベルカは更に警戒を強める。

「教えてやるよ。ブレインと一部のセルはハイブリッド種という『人間兵器』。文字通りの人型龍虫。それが何処で産み出されているかといえば東の共生大国ルーシアだ」

「どういうことだっ!?エルミタージュはエウロペアをまたにかけ、各国からはぐれた騎士たちで構成されている。だから、ベリア人もフェリオ人もゼダ人だっている」

「ああそうさ、そしてミロア人もいる。いや、正確には“いた”。つまり、お前達の実態把握について法皇国も神殿騎士を潜入させていて、かなりのところまで真相に辿り着いている。そして未帰還セルが全員戦死したというのも嘘だ」

「!」

「4日前にお前のセルはゼダ北部方面軍黒騎士隊への奇襲攻撃作戦を実施した。だが、手の内を読まれるようにしてまるで同じエルミタージュのセルと戦っていたかのように思った筈だ。それもその筈だ。若い連中を除いて今の黒騎士隊こそ元はエルミタージュのブレインの指揮から離れたセルだ」

「なんだって・・・」

「だから、7年前のアイラス強襲作戦で黒騎士隊の陽動作戦を実施したセルがそっくり今の黒騎士隊になった。連携の取り方や戦い方はお前の居るセルとそう変わらない。だから、エース騎士がお前一人のセルは二人いる黒騎士隊に惨敗した。撤退行動中のお前のセルはだからここで捕捉されたんだよ。そしてブレインに切り捨てられた」

「切り捨てられた?」

「そうだよ。合流予定のセルまで捕捉されて《銀髪の悪鬼》に蹂躙され、ブレインはそろそろ用済みのお前を一か八かでベルカ・トラインに差し向けた。だが、この地形とお前のあの技の相性はとても悪い。空が狭く、リンツ・タイアロットには向かない地形で折角の機動力が生かせない。対してベルカ・トラインのファング・ダーイン改は見せ駒。狭い針葉樹林帯や都市戦という戦場地形でその機動力を最大に生かせるのは」

「くっ、《蘭丸》かっ!?」

「なんだコードネームまで知っていたのか。だったら、他のセルとの合流時に“魔女”を見たこともある筈だな。セリーナ、やっていいぞ」

「了解、白の隠密機動」

 棒立ちになっていたリンツ・タイアロットの脚部にシャドー・ダーインの牽引アンカーが打ち込まれ、機体ごと地面に転がされる。

 すかさずベルカのファング・ダーイン改がリンツ・タイアロットの頭部を踏み砕いた。

「さて、どうする?パルム潜入セルを散々殺してきた白の隠密機動に擱座したリンツ・タイアロット。《蘭丸》と魔女セリーナ。脱出して自分の足で逃げ切るかい?」

「殺せっ!どのみち拷問を受ける前に・・・」

「お前にとって一番大切だった“翼”に仕掛けられていた黒色火薬を炸裂させての自決か?自慢の翼に裏切られた気分はどうだ?“フリオ”。それでも“お前の神”が奇跡を起こしてくれると信じるかい?」

 フリオの心は折れていた。

 せめてあると思っていた自分の利用価値もなくなったと見做された。

 ベルカはファング改の斬撃でリンツ・タイアロットの翼を破壊した。

 すぐに爆炎が上がる。

「そんなもの最初から俺にはいないっ!居たらこんなことになっていない。ずっと父さんを裏切ってきた“報い”だっ!バカみたいに神様を信じてるアイツらなんかと違うっ!俺にはもうなにも信じられるものなんてない。ずっとそうだった。7年前だって俺は母さんや妹たちのために必死で逃げ回った。今だって俺の稼ぎで・・・」

 低く嗚咽を漏らす《ナイトイーター》フリオに、ベルカは通信傍受していた作戦指揮官に知らせる。

「だそうですよ、叔父さん」

「らしいな。そいつの支援艦は因業ジジイのロードが撃沈させたよ」

「なっ、空対空対艦砲・・・そんなものまで・・・」

 予算のない国のことなど知らないが、ゼダ女皇国は旗艦ロード・ストーンに空対空砲を装備させる程度のことはしていた。

「牙も爪もいざというときまで隠しておくのが我々の流儀だ」

 トリエルの言葉は7年前の悪夢でゼダ皇国は油断も隙も一切しておらず、必要な武器は整えていたという意味だった。

「さて、これで“中佐”との約束も果たせましたね。フリオだけは助けてやってくれっていう」

「中佐って誰のことだ?」

「マイオドール・ウルベイン中佐だ。黒騎士隊の現場指揮官でエース騎士。もっともお前には“マリオン・ウルフ大尉”の方が馴染み深いか」

 マリオン・ウルフ、アリオン・フェレメイフ。

 どちらも偽名だしマイオドール・ウルベインはゼダ皇国リベルタ出身のゼダ人だ。

 そして、「マリオン・ウルフ」はある人物が嫌がらせでつけた。

 その名を嫌い、その身を呪うようにだ。

 マイオドール・ウルベインは元々はファルメ皇分家の騎士であり、女当主の意向により、ミロアで「狂犬」体質の性根を叩き直してやってくれと本人が一番嫌うお堅いミロア法皇国でミシェル・ファンフリート枢機卿に預けられた。

 神殿騎士団入りしミシェルの一番弟子だったが、女主人に噛み付いた癖など直らなかったし、《鉄舟》に預けられて更に悪化した。

 上に立つ人間に意見せずにはいられない。

 それが「狂犬」の忠誠心と愛情の形だった。

 危険を知らせるために狂ったように吠える犬。

 だからこそ、その忠誠心という誠実さや他の騎士たちへの配慮を《鉄舟》に高く評価され、エルミタージュ潜入任務に送り込まれた。

 その任務に就く際に、それが「お前自身ではない」という意味で「マリオン・ウルフ」という偽名を付けられた。

 なぜなら「狼」とはこの男の永遠のライバルだ。

 だからこそ「白鹿」に預けられた。

 「白鹿」とはフェリオ連邦エルレイン家の紋章だ。

 つまり、剣聖カスパール・エルレインがその手で救った迷える魂を末裔であるミシェル・ファンフリート・エルレインが鍛えた。

「なにかあると助けてくれたあのウルフ大尉が・・・」

 少年傭兵たちは野営駐屯地で他の騎士たちから虐待されていた。

 食事を抜かれたり、理不尽な暴力も受け、時にはベッドに連れ込まれて陵辱される。

 マリオン・ウルフ大尉はそれとなくそうした行為を注意し、結果的にフリオに限らず、雇い主に従順な戦闘兵器に仕立て上げられた少年傭兵たちを救ってくれていた。

 極上の「人間兵器」であるフリオの扱いはまだマシな方だった。

「そうだ。ブレインも『人間兵器』ならお前達少年傭兵も『人間兵器』だ。お前の言っていたはぐれ者たちは一部がルーマーの神を信じて、他はお前と同じように食い詰めて家族のために参加していたんだ。ブレインにとってセルは道具でしかない。道具同士の間に信頼や仲間意識や絆などいらない。だから、必要な道具を与え、戦場に送り込み、仕事をさせ続けてきた。そのうち過度なストレスから誇りも信じる者も見失い、神にすがらざるを得なくなる。罪の意識があるから耐えられなくなっていくんだ。そういうのをなんていうか知ってるか?」

「・・・・・・」

「『奴隷』だ。その命に値段をつけられ、使い捨てられる奴隷たちを解放するためにウルフ大尉は自分のいたセルから救われるヤツを掬い上げた。救われる条件には人や騎士を何人殺しただとか関係がない。まだ、自分のしていることに迷っていて、罪の意識と家族への愛情に縛られている。騎士の誇りを棄てきれないから悶え苦しみ。自分が正しい側にいると無理に思わない。なにより、居もしない神がいつか助けてくれるなど信じていない。だから、人である自分が救うんだと言っていた。それが司祭教育もされながら、ファーバ司祭として人の上に立たず、迷える騎士の一人として上に立ち導くと決めたウルベイン中佐だ」

 一瞬の静寂の後に《ナイトイーター》の反応があった。

「俺はどうしたらいいんですか?《ナイトイーター》として“騎士の本懐”を貫こうという人たちを沢山殺めてしまった。もう数え切れないほどの人の血で汚れたこの手でなにが守れますか?この先も家族を守れますか?」

「フッ」と魔女セリーナが小さく失笑した。「だったら、《ナイトイーター》と私たち《隠密機動》の違いってなに?とっくに大勢の血で汚れているのは私たちも一緒。『人間兵器』だ《騎士喰らい》だ“魔女”だと蔑まれているのも一緒。でも、アタシはアンタみたいに悩まないし苦しまないわ。なぜなら騎士とはもともとそういうものだからよ。そして、家族だったり、故郷だったり、もっと広くセカイのために『敵』と戦いなさいと言われて生まれ、育てられてきたのよ」

 初めて耳にした魔女セリーナの言葉にフリオは泣くのをやめていた。

「アンタはマシよ。白の隠密機動や魔女の私なんて選択の余地なんて最初からなかった。他に自分の生き方を知らなかった。そういうのを“宿命”っていうのよ。逃れられない“業”。それでも人として生きたかったらどうすればいい?割り切って前に進んで愛せるものを探して、どうしたら自分が今の自分を受け入れられるか必死に探す。どうしたら“業”に報いられるか探す。汚れずに生きていくことなんて出来ない。生きるために殺すのは此処に居たって、新大陸に居たって変わらないわ。汚れたなと感じたらこころを洗えばいいだけ。美しいものを見て、なにかに感動して、生まれてきて良かったと実感して、誰かに笑顔を貰って、皆そうやって汚れながら洗い流して前に向けて歩いているのよ。それがこのセカイ。残酷で美しい愛すべきセカイ。ようこそフリオ、セカイへ。なにをすればいいかじゃない。このセカイに対して自分には何が出来るかよ」

「その通りだ。その通りだよ、魔女」と《ナイトイーター》は力無く泣いていた。

「あの技スゴイよね。なんて名前にしたらいいかなぁ・・・そう《流星剣》なんてどう?あの夜空を埋め尽くす流星のようなナノ・マシンたちの目映い輝き」

 そういったセリーナの瞳がキラキラと輝いている。

「セリーナって意外とセンスいいんだよなぁ。なんか“伯爵”でも多分そう名付けるんじゃないかって思えてきた」

「アタシあのオッサンと全然他人なカンジがしないよ。白もだけど」

「はぁっ?ってハッ、いやいやいや、まぁ色々と似てるっちゃ似てるけどな。髪色もそうだし、物事の理解の仕方も似ているし、任務や宿命に対する割り切り方や・・・」

「めっちゃ好きって人の選び方もよ。こうと決めたら一直線。お母さんもそういう人だったんじゃない?」

 擱座し自爆手段も失われたリンツ・タイアロットから降りてきたフリオは二人を見た。

 月明かりの中に浮かび上がる黒髪で痩身の青年騎士と長い黒髪持つ妖艶な魔女はフリオの目にはそっくりに見えた。

 化物であり、化物じゃない。

 ひょとしたら自分もそうかも知れない。

 他人がどれだけ化物と呼んでも、だからなに?と動じない。

 魔女からようこそセカイへと言われ、同じ土俵に立った気がしていた。

 もともと同じセカイにいて、同じように扱われ、ずっと迷っていたフリオと一切迷わないベルカや魔女。

「そんでお前の場合はナダルかぁ」

「だって滅茶苦茶モテるもん。早めにツバつけとかないとメガネザルとか紫苑にとられちゃいそうだったし」

「こんの確信犯めぇ!」

「そんで責任だけぜんぶおとうのせいにしちゃうの」

「ヒドっ、叔父さんも気の毒に・・・」

 軽妙なやり取りを続ける二人にフリオは思い切って聞いてみた。

「あなたたちにはなにがあるんですか?このセカイになにがあるんですか?」

「いろいろ」と二人は申し合わせたように揃って答える。

「えっ?」

「自分のこと嫌いじゃないし、魔女って呼ばれるのもそんなに嫌いじゃない。だってそれだけぶっとんじゃってて、ボキャブラリーが足りなくて他に呼び方が思いつかなかったからでしょ。ソレってアタシが『敵』から最凶最悪の存在だって思われているしょーこ」

「ボクは自分のことボクって呼ばせて貰いたくて、騎士なんか大っ嫌いだけどね。なんだろうなぁ、天技についてとか話が通じる人は好きだよ。その才能のある人も大好き。だから、お前のこともはなっから好きだよ」

「はぁ?《ナイトイーター》って散々言ってたじゃないですか」

 フリオは言われるたびに自身に課せられた重い罪をつけつけられた気になっていた。

「普段から散々言われてるからだろ《騎士喰らい》ってさ。それにセリーナのことも“魔女”って散々言ってるじゃん」

「そっ、似た者同士。意味は同じだし、要するに化物ってことでアタシとも似た者同士だよぉ。でも、よく考えてみたら覚醒騎士なんて“ナノ・マシン魔法使い”だからアタシの魔女よばわりはホントは中傷になってないというハナシ。猫に猫だと言うのと同じ。でも、白のいい人だと泣いちゃうけどね」

 セリーナの言葉にベルカは激昂する。

「どさくさで変なこと言うなっ!それにフリオ、かわりになんだったら納得する?《剣聖》か?アレも化物って意味だぞ、努力不足、理解不足、鈍くさいのに態度だけ偉そうなムカつく連中から、ひゃあ《剣聖》サマカンベンしてくださぁいって、はなっから同じ騎士だと思われてないし、一人二人だと自慢話なのに200人だと《騎士喰らい》とかふざけてるだろ」

「あーっ!、おんなじこと考えてましたぁ!アイツら10人やったとか自慢してるのにその十倍だと遠巻きにされる」

 なんか自分だけ別枠扱いされていたので、なんだよそれと内心ムカついていたし、たまにフリオをなんでもなくあしらうのがいた。

 特に滅茶苦茶動きが速かったあの女のヒトはトラウマレベルだ。

 どこか抜けていたせいで致命打を貰うことがなかったが、下半身が縮み上がった。

 何処も加減が出来ていないのでうっかり食らったら大変なことになりそうだと。

 それに比べると無茶苦茶だと聞いていたセリーナやベルカは必要以上のことをしない。

 真戦兵の足を取られて引き摺り倒されアタマ潰されたら「降参する」しかない。

「ほんでガチにお前の《流星剣》について話すとするじゃん。セリーナは綺麗な技だっていうけどそれも事実だし、ボクに言わせると条件多すぎるし場所と状況選ぶし、飛空戦艦との連動も必要な面倒臭い技だし、フツーに《勿忘草》みたいに打ち出せばいつでも誰にでも使えるじゃんて、《魔弾》みたいにさ」

 ベルカがなんとなく言った《魔弾》にフリオの左目から一筋の涙が零れた。

「《魔弾》って天技なんですか?」

「うん、伯爵が認定したのでエドナの天技書に乗る予定の天技だし、ボクは勿論、セリーナも真似してるよな?」

「うん、めっちゃ使いやすいし便利だもん。今までなんで気づかなかったんだってカンジ」

 セリーナは試しに打ち出し、ディーンは《勿忘草》との違いを見せるために右で《勿忘草》左で《魔弾》を打ち出した。

「衝撃波の《勿忘草》のが着弾早いけど、《魔弾》は物理的衝突をともなうから威力絶大。それを条件付きだけど空から目標指定して複数打ち出す《流星剣》は天技どころじゃないよ、絶技」

「なんどか試したけどムリぃ」

「ボクも試してムリだったけど、相当研究はしたよ。対策と応用だよなぁ。止める対策は技に入る瞬間の無防備な体勢時に《勿忘草》ぶつけるとか。応用はそれこそ《蘭丸》みたいにウィンチワイヤーがあれば飛空戦艦がなくても高さが稼げるし、《ゼピュロス》に乗ったら好き放題だろうなとか」

「えっ?アレって俺にしか出来ないんですか?」

「そんなことも知らないのかよ。まぁ、《陽炎》も出来る人にしか出来ない」

「なんですその《陽炎》って?」

 ベルカとセリーナは同時に発動し、一瞬でその位置が入れ替わっていた。

 まさに手品だ。

「あー、7年前の追跡戦のとき」とフリオは思い出した。

 剣技に長けた一機と無手の一機が瞬時に入れ替わる。

 攻撃の間合いと速度が違うので戸惑ったし、それが「防御」だということを理解した。

 つまり、機動力と位置入れ換えでこちらを翻弄して、早くて軽い攻撃で連携を崩しながら、無理して倒す攻撃に入らないから隙が生じない。

 逆に攻め手側はヘトヘトになるまで追い回して攻撃を繰り返さざるを得ない。

 それこそ精神力と集中力が切れたら一気に畳み掛けられる。

「そう。戦い方のタイプが違う二機のファング・ダーイン改が瞬時に位置を入れ換えて混乱しただろ?アレに光学迷彩を混ぜ込むから、敵が特定出来ない」

「“おとう”とアタシとか、白とアタシとかねぇ」

「なのになんでか“陛下”には使えないんだよねぇ。使えたら痛い目に遭うのボクだけどさ」

 ベルカにはトリエルに使える天技がアリョーネに使えないことが謎だった。

「血縁者なら誰でもってわけではないよね。大将さんに使えて、ビッチおババに使えてハゲ親父に使えなくてナダルには多分使える」

「でも一種の『絆』の天技だよな?もとの才能が似てるから血縁者ならちょっと理解するとすぐ飲み込める」

「白とアタシは従兄妹だもんね。でも、なんかお兄ちゃんってカンジがする」

「コワイこというなよっ。ホントにそうだったら、あのヘビ叔父さんやマリアンがダマされてるって話だぞっ」

「いや、さっきも思いましたが多分兄妹です」

 フリオは突然左右からベルカとセリーナに向けて《魔弾》を打ち出した。

 それをベルカとセリーナは《陽炎》で回避して瞬時にフリオに迫る。

「ほらっ、連携がなめらかで咄嗟の判断が似ている。そんなに長いこと一緒に訓練したんですか?」

 ベルカとセリーナは思わず顔を見合わせた。

「いや1、2回作戦行動が一緒だっただけ」

「白はパルム専用で、アタシはパルム以外だから配属先が違うし」

「生息先はパルムのど真ん中だけどな。住所知ってても誰も恐ろしくて近づけない魔の聖域。それと確かに叔父さんと息を合わせるのは大分かかったなぁ」とベルカがボヤく。

「やっぱり兄妹じゃないですかぁ。あー、なんかスッキリした」

 フリオは「なんか納得いかなーい」と思っていた事実確認して笑みを浮かべる。

「おー、わかってくれたかいフリオ」

「いやいやいや、まーずいって」

 なんだか、化物たち三人は昔馴染みのような雰囲気になっていたがもともと7年も追いつ追われつした因縁の関係だった。

 無線機越しに声が聞こえたので三人は我に返った。

「おーい、そろそろ回収に行くぞぉ」

「あいっ、おとう」

「あー、やだなぁ。俺だけ手錠ですか」とフリオは嘆く。

「しないって」とセリーナ。

「手錠したぐらいでなんとかなるようなヤツを《ナイトイーター》とは呼ばないよ。ボクとセリーナが居る前でなんか出来るようなヤツは二人で距離取って連行しないと」

「なんか出来るってなんのことです?」

 フリオの一言にベルカは呆れた顔になる。

「ダブル《魔弾》奇襲攻撃しといてマダいうか」

「《連弾》だね。それに一人ぼっちじゃないってフリオもよぉくわかっただろうし、天技の秘密も色々わかってきたろうし、セカイに対して前向きになりだした。それにもっと時間があったら、白やアタシとずっと話していたいと思ってる」

 全部見透かされていたのかとフリオは気まずそうになった。

 そして近くで見るセリーナは滅茶苦茶可愛いと思うが、フリオはなんか違うと感じる。

 それこそ、ベルカとセリーナのように言葉なんか交わさなくても瞬間的に連携出来る相手。

 その意味ではセリーナはココロが強すぎて生理的にイヤだった。

 言えない話がまだあり、酷いことを沢山した自分はまだ生きている人には赦して貰わないといけない。

「そうか人に対する贖罪と、セカイに対する認識変化。そして、親父や隊長の本意だった“騎士の本懐”を遂げること」とフリオは思いつくことを並べてみた。

「ほーら“いろいろ”でしょ。あと対探しよ。アタシのこと女の子としては全然見てくれなぁい。でも、違和感感じてるのに嘘つかれるよりは全然いーよ。アタシもフリオは好きだけど弟分としてだねぇ」とセリーナは屈託なく笑う。

「俺も人としては好きですよ。ずっと話していたいかも。だけど、なんか物凄く踏んではいけない地雷な気がしてるんです」

 顔を曇らせたフリオの私感に初めてセリーナの顔色が変わる。

「地雷女ゆーなっ!魔女よりヒドいよ」とセリーナがぶんむくれる。

「いやいやいや、さっきの話にあったナダルさんというのがニッコリ笑ってバッサリやるヤツだなと感じていて、《流星剣》傀儡回しってシャレになってないなと」

 フリオのなにげない一言にセリーナはフリオを指指す。

「あー、“扉開いた”っ」

 ベルカも驚愕している。

「セリーナがひとことも言ってないのにナダルを認知しやがった」

 ナダルの名前は出したしセリーナもラシール流の隠密機動だというのは有名だが、ナダルの性格に関しては一言も言っていないし、絶技傀儡回しは関係者以外知らない。

 そしてベルカはティリンスたちからナダルがまだ未覚醒状態だと聞いている。

「なんですその“扉を開く”って?」とフリオは疑念を確認する。

「覚醒騎士同士、あるいは覚醒に近い微睡み状態の騎士との精神感応力だょお」とセリーナが指摘する。

「つまり、同じ覚醒騎士の生体情報が認知される現象。たぶん離れていても覚醒騎士同士だと認知や感情やらなんやらを共有しちゃう」

 ベルカはそうした現象が発生するのも覚醒騎士と《虫使い》ネームレスが極めて酷似しているからだと認識している。

「はじめて戦う相手でもある程度把握している筈だよ」

 そういえばとフリオは気づいた。

 4日前の任務でアリオンは即座に危険だと感じた。

 《流星剣》と同じかそれ以上の見たこともない大技を持っている。

 だから《氷の剣聖》なのかと。

 「中佐」はもっと危険だ。

 予測が出来ない動きをされる。

 扉が開いたことの確認としてベルカが名前を挙げた。

「んじゃ、試すわ。放浪子爵」

 まずはベルカが師匠と仰ぐクシャナド・ファルケン子爵からだ。

「あー、ルンペンさんですね。やる気なさそうだけど無茶苦茶強いし、俺あの人とも戦ってますからね。本気にさせると怖いけど本気になって“くれない”から紅の剣聖。だけど対の獅子がいると無敵ッスよミトラさんは」

 まるでクシャナド本人と話したか頭の中を読み取ったかのようだ。

「完全に扉開いてるし」とセリーナ。

「だな」とベルカ。「んじゃメディーナ・ハイラル」

 フェリオ遊撃騎士団の疾風の剣聖。

「あー、“剣皇ファーン”ですね。なんかさっきディーンさんどさくさでゼピュロスがとか言ってましたけど、俺あんなに脳天気で薄っぺらいチャラ男じゃないですよ。でも《神風》使えるアノ人真似るしか《流星剣》生かすチャンスないし、同じフェリオ人でタイアロット慣れしてるんですよねぇ。なんか複雑」

 フリオは会ったことも戦ったこともないメディーナの天技さえ認知していた。

「《ナイトイーター》毒多いなぁ意外と」とベルカは更に呆れた。

「そして素性ポロってるし、アタシたちも実は」

 フリオ・ラースがフリオ・ラースでないことも、“Rの血族”だというのも知っていた。

「んじゃ、トドメね。ルイス・ラファール」


1189年5月27日 フォートセバーン ガエラボルン宮殿跡地


「やっぱりまだ居たかフリオ」

 西風騎士団野営地内にフリオ・ラースの姿がないので斥候のために自主的にフォートセバーンに居残っているとディーンは察した。

 これから一人歩きなどなかなかさせて貰えなくなるが、フラリと姿を消して崩れたガエラボルン宮殿跡地に精神感応でフリオを呼び出す。

「ディーン“師匠”がヤツらの動きを張ってメルヒンに入っておけっていうから西風の入隊試験を昨年受けて入ってました。俺の回された部隊はフォートセバーンの守備隊でしたが、まだ日が浅いのでシュナイゼルは扱わせて貰えず、予備要員として待機命令が出ていました。そして市内巡回中に“誰か”がレマン本陣からの連絡部隊だからと西城門を開けと命じ、光学迷彩状態の龍虫を手引きしたのも見ました」

「ふむっ」

 そもそも馬鹿げた話でレマン丘陵にある本陣と無線通信が出来るのに連絡部隊など必要な訳がなく、順調だろうが劣勢だろうが目前に龍虫の大軍が迫っているのに、危険を冒して敵部隊に近い側の城門を開ける意味などない。

 本当に必要な連絡を行うにせよ「東門に回り込め」となる筈だ。

「そうしてフォート内部に入り込んだ龍虫の本格的な攻撃が始まってからは、ガエラボルン騎士団本部に向かい予備機のシュナイゼルかっぱらって東門からの住人退避の時間稼ぎに徹した戦いをしましたが、なるべく守備隊も避難誘導の為にファルガー方面に退けと指示し、殿を買って出て脱出行を見届けた後は市内に戻り、シュナイゼルを擱座偽装させ、地下に潜伏してルーマーセルの動きを逐一監視していました」

 フリオはやるべきことは全て自主判断してやっていた。

「本当にご苦労だったな」

 ディーンはフリオ・ラースこそ隠れてサポートする優秀な騎士の一人だと認めていた。

 だから、敢えてフリオの師匠になっておいた。

 フリオはフォートセバーンにおいて、かつてのマリオン・ウルフ大尉とまったく同じ働きをしていたのだ。

「マズイっすね。実際にフォートに入り込んだ龍虫の数はそれほど多くはありませんでした。しかし、いきなり内側から攻撃が始まった動揺とパニックとで足許を避難民にちょろちょろされて守備隊のシュナイゼルも迎撃戦を上手くやれなかった。俺だけは都市戦の高低差と魔弾とで狙撃戦術で戦えましたし、戦闘中に市内の状況も見渡せた。西門から一番遠い東門と北の港側に市民を誘導すればあるいはまだ動ける人たちは助かるだろうと、しかし北の港側はおそらくルーマーの洋上艦艇に封鎖されていました」

「ルーマーセルの洋上艦艇群?」

「つまり8年前に俺達が逃げ出せたカラクリでオラトリエス艦隊そのものになりすましていた船団です。海上では距離があるので旗で識別しますから、海上封鎖行動中などは明らかに命令系統に反しない限り味方艦だと認識する。普段はオラトリエス船籍の民間船舶に偽装し、フォートにも龍虫の攻撃開始前から停泊中だった。あまり詳しくは確認出来ませんでしたが、船団が港の出入り口を封鎖していて、洋上に逃げようという船を艦砲攻撃していました。そもそもフォート市民たちは何処の何者の攻撃を受けたか分からない状態でしたから、港口で艦砲発射の轟音を聞いたら敵の洋上艦艇からの攻撃だと考えます。トレド方面に逃げ出せた避難民からも裏取りで聞き取り調査した方が良いですよ」

「なるほどな、オラトリエスの名がフォート攻略に徹底利用されたわけだ」

 オラトリエスに入り込んだルーマー教団はオラトリエス船籍の船舶を購入建造し、友邦国の港にも出入り可能な正規の船籍証明書を正規入手して自由に出入りしていた。

 オラトリエスのルジェンテ王家が民間船舶の正規建造売買と船籍証明書の正規発行に謀略があったと気づくことなど不可能だ。

 まして海上でのことだから、船の数が揃ったなら海賊的に本来のオラトリエス船舶を拿捕した上で乗組員をそっくり入れ換えて更に数を増やせる。

 それを20年近く続けられていたのだろう。

 トゥドゥール・カロリファル公爵の断行したオラトリエス電撃制圧による東征に大義はあったのだ。

「フォート制圧後、西風のルーマーセルは港湾封鎖していた洋上艦艇と合流し、港湾倉庫施設群の備蓄物資をせっせと運び出していました。列車も西方面に運行していたのでベリア半島内に大きな輸送拠点があるのだろうと」

 もともとフォートセバーンをよく知らないトリエル、ルイス、スレイは鉄道の車両基地に貨物列車の数が足りないことに気づかないし、知っているアルバート・ベルレーヌ大佐も龍虫たちに破壊されたと判断する。

 結局、現場に隠れて一部始終を確認していたフリオのもたらす情報だけが極めて正確だった。

「ちっ、それで壊滅したと思わせているベリア半島内の港湾施設もある陸上拠点で、今度はゼダ船籍の船舶に積み荷を乗せては物価高騰中のパルムに運び入れ売り捌いて活動資金をせしめるか」

 ディーンはだからフォートセバーンとその市民たちが龍虫に売られたのだと察して苦虫を噛み潰したようになる。

 特記第6号条項で何故情報の私的営利利用が禁じられているかはつまりこういうことであり、物価の高騰や物資の強奪で一儲け出来るからだった。

「此処より西での作戦展開は現時点では難しいでしょうね。地理は分かっていますが足場として使える拠点もないし、『敵』も龍虫と西風ルーマーセルが混在しているので、手探りで進軍するとなるとフォートから100キロメルテ進軍するのに数日はかかる」

 新大陸、ベリア半島、フォートセバーン、北海航路上にある北フェリオの港湾都市の4つを結ぶ航路が存在していて、それが「敵」の物流兵員移送ルートになっている。

 だとすると現在オラトリエス王弟アウザール団長率いるルートブリッツ騎士団の母港となっているノルドも軍艦不在の間隙を衝かれ、強襲揚陸されたら危ない。

「俺からの報告はざっとそんなところです。まぁ、セリーナさんに色々教わりましたからね、おそらくは誰にも気づかれてはいません」

「やっぱ“スチール”上手いよなぁ、《ナイトイーター》は」

 覚醒騎士の精神感応で相手の持ち技を理論的に理解するのだ。

 そうすることでラシール流隠密機動の使えそうな技はフリオも習得してしまうのを「スチール」と呼ぶ。

 だから、覚醒騎士たちが《浜千鳥》《啄木鳥》をみんな使えるようになるのもディーンが習得論理的理解をかみ砕いてその頭の中にあるからで、ちょっと考えればすぐモノになる。

「それが出来るから顔割れしてないメルヒンに入っておけってことだと。あいにく今の段階ではメルヒンには覚醒騎士はいませんからね。理屈はわかってきました。突出戦力より団体行動を優先して、“敢えて覚醒しないようにしている”。アルバート卿なんてその典型でしたわ」

 部隊としての実力を底上げして練度で戦う。

 悪い考え方ではないがメルヒンの魔帝たる剣聖エリンとは真逆の考え方だ。

 覚醒騎士たちは精神感応し、技や情報の共有が可能だ。

 思念信号波による情報共有を得意とする《虫使い》に酷似していく。

 その上で個性や技はそれぞれに合ったものになり一律にはならない。

「まあ、昔の禁門騎士団みたいな考え方だね。でもちょっと出来るのがいるとすぐ崩れる」

 実際、傭兵騎士団エルミタージュのセルに大騎士団ほど弱いのと、そのセルも精神感応連携出来る覚醒騎士たちには相対的に弱い。

「でしょうね、アリオン・フェレメイフみたいに“中佐”が使いこなして部隊運用させられるのが何人か居る方がバランス的にいい。黒騎士隊がセル的だというのも理解しましたし、“中佐”やあんなのと連携出来るなら俺ともすぐ組めるでしょう」

 実際に戦争終盤はそうなる。

「それでフリオとしちゃ龍虫戦争をどう見る?」

 ディーンが一番聞きたかったのがフリオの私感だ。

「ネームレスコマンダーが出て来ようが《虫使い》たちにやる気はそれほど。地形隆起で暗黒大陸から“大挙命掛けで逃げてきた”んです。それでベリアにだけでも生息圏を確立したいのでしょう」

「やはりそう見たか」とディーンは予想通りの反応を確認する。

「それだけ“白痴の龍皇”がおっかないのだなぁと。可哀想な連中だと思いましたし、すかさず子爵が乗り込んだのも」

「強行偵察と称して暗黒大陸の状況確認と龍皇の牽制だろうな」

 こうした内容を覚醒騎士同士がある程度共有しているのだ。

 このため、トリエルやディーン、ルイスは覚醒騎士鉄舟が苦闘していることだけはなんとなく知っていた。

 だから、エドナは覚醒騎士への道たる天技に、ミトラは使徒をも御せる《剣聖》にこだわった。

 覚醒騎士と《龍皇子》、ネームレスコマンダーは突き詰めれば同質の存在だった。

 そして敵を知り己を知りの状況が調和と共生の方向に向かう。

 盤面を逆にするという考え方が生じ、敵対意識は次第に薄れていく。

 そして「変革」はネームドでしか出来ないのだと気づく。

 はっきり言えば《虫使い》という種族全体にとって《龍皇》《龍皇子》は邪魔な異分子たちだった。

 信号思念により支配されている感覚になり、ネームレスたちは自分たちの自由意志が損なわれたように感じる。

 ましてや白痴化した龍皇など災厄でしかない。

 思念信号波があるだけに大事に育てた龍虫たちを命令で次々に食われてしまう。

 そしてハイブリッド種。

 上位種気取りのコイツらこそ一番の疫病神だった。

 ネームドとネームレスが異種族同士で子供を作るというのは実際は難しい。

 それこそ新大陸、暗黒大陸ではネームドとネームレスの距離が近く、もともと人の大勢居る文明社会が苦手で、逃げるようにして蛮地に来たネームド連中はネームレス氏族の素朴な暮らしに馴染みやすい。

 そして理解し合うのに言葉などいらないと気づく。

 身振り手振り表情でやり取り出来るし、次第に名前が重荷になる。

 そんな事情で異種族間で本気で愛し合うようになり、生まれた子供は両親のいいとこどりしている。

 そして《氏族》内ならとても重宝される。

 なにしろ「通訳」であり、信号思念と言語を変換翻訳して複雑なそれぞれの事情を自分の理解で説ける。

 つまり、共生社会の答えの一つはハイブリッド種が通訳かつ第三種族としてネームドとネームレスの橋渡し役をする。

 そして、結局どっちつかずな半端物であることに悩み、「上位種」という感覚は抱かない。

「ルーシアが共生大国だという話が一番衝撃的でしたし、だからフェリオはジワジワ侵略されていたのだと」

 フェリオ連邦王の最大の悩みはキエーフ以東のルーシアという存在を表には出せないことだった。

 もともと800年前に東の要衝キエーフ大公国を龍虫戦争で切り捨てたことで憎悪されている。

 だから、特にフェリオン侯爵家は執拗に恨まれ、なにかというと悪さされている。

「そうなんだよ、特にルーシアや《虫使い》氏族の生息圏に近いアストリアは危ないと前々から分かっていたから警戒していたし、『人間兵器』というのもよく分かっただろう。そしてアイツらは見た目をイジれる」

「ブレインどもは普段は個体認識されたくないらしく、変な仮面を被ってましたよ」

 ハイブリッド種は顔形を変えられる。

 もともと純血ネームドほど容姿外見を確定するナノ・マシンが安定していない。

 ネームレスたちもどこか容貌がふわふわしていて顔形に掴み所がない。

 それで他人の顔や名前を奪うことも出来る。

 ただ、見た目だけイジれるというのは覚醒騎士にも真似られるし、覚醒騎士相手だとバレる。

 問題はナノ・マシンで造られたものまで取り込めるということで死者の脳細胞を自身に生体融合させられる。

 死者には自我がないので、一種の記憶装置として一方的に利用出来るのだ。

「ハイブリッドの話もそうですが、『騎士狩り』の本当の目的は死んだ騎士の脳細胞を回収して兵器利用しているんじゃないかということに思い至ったからです」

 ディーンは沈痛な面持ちになる。

 フリオは今にも吐きそうなほど顔を歪めている。

「わかった。だが、その話はまだやめておけ。無理に聞かないと決めているのもお前自身への負担が相当重い。まだ薄々感じている程度にしろ」

 それに関してもフリオは素直だった。

「そうですね、師匠。考えるだけで胸がムカムカしてきて不眠気味になったりします。そして本当に自分が赦せなくなる・・・」

 自分がしてきたことの意味についてフリオはベルカことディーンたちから詳しく知り、自分自身が呪わしくなった。

 ディーン、セリーナとの邂逅でかなり立ち直ったフリオの推測が極めて正確な認知だと感じるからこそ余計に無理はさせられない。

 実際に悪夢が形となったのを見た時に足が竦んで戦えないのでは困る。

 フリオだけでなく、紫苑やアラウネ、アリョーネにとってもトラウマだ。

 その話に関してはディーンはハニバルやトリエルとしか共有していない。

 現場レベルで見てきたトリエルとディーンや、ハイブリッドに詳しいハニバルのような司令格たちが把握していればいい話だったし、醜悪すぎて生理的嫌悪に考えたくもないし、もしソレをスタンピードさせたら《アイラスの悲劇》も説明可能なのだが、そうと決めつけることも、思い込みの認知の罠に陥りそうで怖い。

 そして、一人の覚醒騎士が不調に陥るとそれが他の覚醒騎士たちにも伝播してしまう。

 それが精神感応の悪い面だった。

 「心を揺らすな」とは他の覚醒騎士たちにまで類を及ぼすなという意味でもある。

「状況が悪くならないうちに家族親族はトリエル様の采配でアストリアからゼダに逃がしました。幸いベルヌ(ヴェローム公都)だったら歓迎してくれるし、もともとヴェロームはフェリオ贔屓だから生きやすいって話はよくわかりました。家族たちも落ち着いたし、実際にエウロペアであそこが一番安全だと思います」

「ふむっ」

 ヴェローム公都のベルヌ、ゼダ旧都のハルファ、宗教都市ミロアは実際には距離的に近い。

 山岳地帯だが鉄道支線のお陰で行き来もしやすい。

 それでいて極めて重要だった。

「取り敢えずお前も戦線に合流しろ。アルバート大佐には話を通しておく。それでシュナイゼルは使ってみてどうだった?」

 傭兵騎士ナイトイーターだったことでフリオはあらゆる国の真戦兵を扱ってきた。

「うーん、リンツより扱い易い面と扱いづらい面とで半々ですねぇ」

「つまり《流星剣》を使う前提ではないならシュナイゼルの方が強度があるし扱い易いということか?」とディーンが察する。

「ええ、ですが《流星剣》を扱うには機体強度と跳躍力がないと」

「其処は考えておくよ。で、配置なんだがしばらくバスラン配置のルイスの許で妹弟子と修行しとけ」

 フリオの顔がみるみる青ざめていく。

「あ、あ、あ、要するに実戦経験は十分なので心の修養をもう少し積めという意味ですか?」

 昨年10月の邂逅時に最後にディーンからルイス・ラファールの名を聞いたフリオは小便漏らしそうになるほどビビった。

 アレは鬼だ。

 手加減も容赦もなくなっていて、技の正確さとキレ、なにより速度が以前戦ったときなど比べものにならない程に練り上げられている。

 「敵」として戦ったら即死ぬ。

「それもある。けど、お前の専用機はボクらと同様にそれなりじゃないとな。だから、紫苑たちになるべく早く新造させる。アルビオレを戦線で使えるようになればいいけど、フェリオから持ち込めるのは当分先だろうし、それ以上にルイスとの連携だ」

 属性が違い相性が合わない者同士の連携には時間を掛けて訓練するしかない。

「そっか《神速》や《千手観音》と連携出来ないと・・・」

「感じたかアレ?」

 言わずもがな先日あった「蒼きエリシオン騒動」だ。

 当然、近場にいたフリオはルイス・ラファールの内燃加速術の恐ろしさを感応した。

「アレに《魔弾》を組み合わせると究極の反則技になりますよ」

「ソレだってば。ルイスに稽古つけさせるのもあるけど、アイツに《魔弾》を教えてやってね」

「いいんですか?更に手が付けられなくなるでしょうに」

 ただでさえ覚醒騎士でも神速剣聖の紋章騎士がぶっちぎりにヤバイ。

 ディーンやフリオほどの場数を踏んでいないが、最終兵器級にヤバイ。

 というより、場数など踏ませられない。

 それこそ、傭兵騎士団エルミタージュのセルが一瞬で全滅する。

 ヤバイといえばヤバイがまだ全然可愛いセリーナが魔女扱いなのにルイスは核爆弾だ。

「わかってるよな、いずれボクらは《龍皇》と戦うんだぞ」

「そうでした」

 とはいったものの、まさか本当にフリオが龍皇と戦うことになるとは思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る