第2幕第3話 蒼きエリシオンと砂漠の女狐

 フォートセバーンにおける“ディーン”の大暴れは《ブラムド・リンク》からの無線連絡を通じ、先制打を受けて意気消沈していた騎士達を大いに勇気づけた。

 それと同時にトレド外縁で国家騎士団西部方面軍ら人類軍と対峙していた龍虫達は戦略的な撤退を開始した。

 しかし、当代最強騎士ルイス・ラファールの真の活躍はそこから始まる。

 旧メルヒン・ゼダ国境における挟撃殲滅掃討作戦。

 人類の反抗作戦は龍虫の撤退を安易に許さないという苛烈なる動機から始まったのだ。


 宮殿広場を《純白のフレアール》で片付けた“ディーン”は上空待機中のブラムド・リンクの着陸スペースを確保した。

 視認出来る龍虫がいない安全確保の上で、イアン・フューリーはブラムド・リンクを着陸させた。

「ルイス、行くんだ?」

 メリエルは“ディーン”の活躍でフォートセバーンから逃げ去った龍虫たちの戦略的撤退で事は片付いたとみなしていた。

「ええ、ぼちぼち“ディーン”もフレアールも休ませないとね。それに此処での圧倒的敗戦を知って撤退を開始したトレドの龍虫たちを、挟撃滅殺しなくては意味がないもの・・・」

 ルイスの言葉も相当に物騒になっている。

 メリエルは“ディーン”の戦果だけでも十分でルイスの出撃はないと判断していたが、どうやらそうではないらしい。

 “ディーン”の大暴れは地ならしのようなもので、これからが反抗作戦の本番開始だった。

 なにより大型龍虫だけで87匹を仕留めた“ディーン”とフレアールの緒戦の戦果にルイス・ラファールの血は滾っていた。

 今すぐにも新たな愛機と一緒に大暴れしてみたいという気持ちで胸が高鳴っている。

 それが「騎士」という戦闘人種だった。

「おい、ルイス」と一戦闘終えたとは思えないほど溌剌とした様子の“ディーン”に声をかけられてルイスはイラっとした。

「なによっ?出撃準備を急いでるんだけどっ!」

「俺が保証するが、フレアールの設計は確かなものさ。跳び蹴りやら回転切りみたいな無茶な使い方は使徒搭載機だから出来るこったが、設計も素体も悪くはない」

 ディーン役のトリエルの指摘にルイスは不敵に笑った。

「つまり、同型機のエリシオンも“もう少しお行儀の良い戦い方”ならそれなりに戦果を上げられるってことよね」

「言うねぇ、だが、そういうことだ。例の技も試せるぜっ」

「87匹は無理だけど三分の一くらいはどうにかしてみるわっ、幸い武器庫には置き去りにされたレイピアが大量にあったもの」

 “ディーン”は単独出撃するルイスを送り出すと公明、イアン、スレイを相手に会議を開く。

「公明、見ての通りだ。プラスニュウムにはほとんど傷はつけちゃいねぇ」

 龍虫の外郭を形成するプラスニュウムはなにより貴重な素材だ。

 異常なまでに軽くて堅い。

 当然、主にプラスニュウムを得る為、新大陸では「龍虫狩り」が行われている。

 しかし、「龍虫狩り」をしている部族たちも無傷で手に入れるというのは困難だった。

「見境なく暴れてたわけじゃなかったのか?アレでも・・・」

 耀公明は自身の目撃した“ディーン”の暴虐に、後に《純白のフレアール》と呼ばれる機体を作り出したことを少しだけ後悔していた。

「当たり前だろうがっ!一度倒したらコイツらは戦略物資だ。素体も主に鎌でスッパリ切ったものだから培養槽に漬けておけば数日でくっつくだろう。あとは食糧だな。幸いにしてコイツらの肉は天日干しすれば腐らないし、意外とイケるぜ。滋養もあるんで、新大陸での武者修行のときにゃ散々世話になった」

(お前は新大陸にゃ行ってねーだろっ、んなヒマなかったじゃねーか)とイアン・フューリー少佐はあきれ返る。 

「ったく、“ディーン”よぉ、バルハラは龍虫どもの輸送艦じゃねーぞっ」

「イアンも文句言うなよ。真戦兵も死んだ龍虫も大差ねぇんだ。それに人形職人たちが小躍りする新鮮な素体だぜ。これで“エリシオンの量産体制を整えられる”」

 後日、量産型エリシオンことゼダ国家騎士用のフリカッセ、ミロア神殿騎士用のカル・ハーン、ベリア出身騎士用のポルト・ムンザがやがては人類防衛戦線の主力を担う真戦兵となる。

 各国毎の仕様に細かい変更はされたが、設計元はエリシオンがベースとなった。

 この時代最高のドールマイスターの一人たる耀公明の汎用設計力はそれだけ優れていた。

「あの戦いの最中に其処まで考えてたのか?」と耀公明は心底呆れた。

「だぁかぁらぁ、俺も根っからの戦闘狂じゃねぇんだって、この戦争全体の流れを作る。それと使徒の稼働耐久性テストだな。で、どうよスレイ」

 “ディーン”に促されたスレイ・シェリフィスは纏めたレポートを確認した。

「休憩無しの全力戦闘が6時間。なかなかの数字だと言いたいとこだが、微妙ではあるなぁ。龍虫からの流用素体より1.5倍の稼働時間かぁ。決戦兵器としては正に微妙だよな」とスレイは黙々と作成したばかりの資料に目を通す。「あっ、悪い。俺はこれからルイスのお供だから行くな」

「おうっ」

 スレイが退去するのを横目に“ディーン”は公明と詰めの話を続ける。

「あるいはいずれはダブル機が必要になるかもな。犀辰センセイの見立てた通りだ」

「ダブル機?」

 耳慣れない言葉に公明はきょとんとした。

「ゼダ耀家の現当主・耀犀辰の発案した使徒素体を二つ使用した文字通りの究極決戦兵器だ。飛行型龍虫対策を考えてのことさ。一基を飛行翼の出力と姿勢制御、武器制御系に、もう一基をフレアール本体の稼働に充てる。どうせ俺が戦っている間にエドナ杯のことなんかも話してたんだろっ。そのときに俺が使った世界最軽量かつ最脆弱っていう試作型真戦兵ジェッタは正にサポート機のプロトタイプさ」

 驚くべき事にベルカ・トラインの偽名で出場したディーンはジェッタで大剣一本を武器に決勝まで戦い抜いた。

 天技同士のぶつかり合いになった対ルイス戦、一瞬の攻防で決着をつけた対アリオン戦は結果的にディーンことフィンツの名声の礎となったが、女皇騎士団の幹部連中だけが知っていた事実がそのジェッタはエドナ杯の予選開始日当日にようやく組み立てが終わり、試運転もナシというぶっつけ本番で使用されたのだった。

 そして、誰かさんのせいで大会終了時に見事にオシャカになった。

「なるほど、ゼダでも使徒の運用開発プランは耀家が中心となって独自に進めていたんだな」

 メロウの賜物である特殊素体「ミュルンの使徒」はミロア法皇の指示により、各国に分散されて厳重に保管されている。

 一カ所で集中保管されていば、龍虫の戦略目標になる。

 搭載機の並外れた性能は先の戦闘で“ディーン”が示した通りで、真戦騎士同士の戦闘で用いられれば被害甚大だし、反則も良いところだ。

 実際に誰かさんが反則していた。

「さしあたって必要なのがジュリアン・モンデシーの傑作機タイアロット・オリジナルの設計図だ。おそらくは今もフェリオのリンツ工房に保管されている」

 タイアロットは運動性と機動力において他のあらゆる真戦兵を圧倒したフェリオの各騎士団の主力機だ。

 ゼダ耀家の祖先である耀圓明設計のゼダ主力機ダーイン、ウォーレン・シュティット設計のメルヒン主力機シュナイゼルと並ぶ、3大傑作真戦兵と呼ばれ、実に600年近く基礎設計をベースに改良を加えられてきた。

 現在のゼダ国家騎士団の主力機として運用されているファング・ダーインは強靱さと運動性を兼ね備えたバランス型として、ベルグ・ダーインは拠点防衛重視型として採用された。

 ジュリアン・モンデシー。

 大戦より200年前に人類史に登場したこの天才マイスターは十字軍時代に剣聖レイゴールの使ったサーガーン、剣聖ライアックのフェンリルをも手がけている。

「マサカと思うが、ゼダ国家騎士団による東方外征の真の狙いは《アラウネ事件》の意趣返しなんかでなく?」と露骨にイヤな顔をした耀公明はその先を言葉に敢えてしようとはしなかった。

 それが事実なら足場として蹂躙されたオラトリエスがあまりに気の毒過ぎる。

「ゼダにもさ、色々と考えているヤツらがいるってことなのさ」と“ディーン”は嘯いた。


 一方、ルイスは線路を経由してトンネル内を移動していた。

 客車を引かない機関車の先頭部分に木材運搬用の貨物用車両を二つ接続し、前にエリシオンを後ろに大量のレイピアを積載した。

 標準機であるエリシオンは光学迷彩機能を有している。

 この光学迷彩機能には逆の使い道があり、機体そのものが発光するので、真戦兵そのものが巨大な灯光装置となる。

 案の定、真っ暗なトンネル内でも視界になんの問題もない。

 列車兵器。

 後に有効な戦術として正式採用されるこの斬新な作戦そのものはスレイ・シェリフィスが立案した。

 動力車にはスレイとイアンの部下が搭乗して石炭をくべながら速度を操作する。

 前方に関してはエリシオン一機が頼みだった。

『ルイス、向こうのセダン大佐からの合図が来たぞっ!』とスレイは携帯無線機でトレド方面側からの合図を得る。

『了解っ、こっちは準備万端よっ!』

 列車を加速出来るだけ加速させる。

 通常なら8両編成を牽引するのだから3両だと速度は爆発的に上がる。

 速度はゆうに時速100キロメルテを超えている。

『会敵したわ』とのルイスからの無線でスレイは列車の速度をやや緩める。

 それでもゆうに時速80㎞は出ている。

 険峻なファルガー山脈を東西に貫く長いトンネル内がルイスの戦場だった。

「さーて、“あの”ディーンに負けてらんないわよね」とルイスはエリシオンの両手にレイピアを構えて龍虫の群れに突入する。

 早速とばかりに“ディーン”が試せると言っていた天技を試しにかかる。

「いくよっ、《十六夜》っ!」

 エリシオンの右腕から物凄い速度の連続突きが繰り出され、退却部隊に先行していた小型飛行龍虫ストライプが次々に餌食となっていく。

(前に見たときより遙かに速い)

 スレイはエドナ杯のルイスを見ていたが、動力車の窓越しに見えるエリシオンは明らかにカナリィのとき以上の速度だった。

(この子ほんとにいい機体だわ、思っていた以上に素体へのダメージ累積が少ない)

「いけるわよね?」

(はい。ルイス、貴方の好きにしてください)

 ならばとばかりにルイスはエリシオンを仁王立ちに屹立させる。

(素体ダメージと疲労を超速回復してね、ナノ・マシンたち。そして、エリシオン。貴方のMasterはこういう女よ)

「えっ?」

 列車後方で動力車に居るスレイたちからもはっきりと見える青く光るエリシオン。

「青い光・・・ですよね」

「こんなの見たことがない…」

 活性化したナノ・マシンの放つ燐光にエリシオン自体が青くぼんやり光っているかのようだった。

「秘天技、《千手観音》発動っ!」

 エリシオンが両腕で同時に突きを繰り出す。

 もはやそれは突きというよりも連続射撃だった。

 山積みに搭載していたレイピアを手にしては高速突きを繰り出し、折れたり曲がったりすると投げつけては新たなものに持ち替える。

 真戦兵という兵器は疲れ知らずでもなければ絶対的強靱さをそなえているわけでもない。

 現にディーンが本来もつ力を発揮すると大抵の真戦兵はダメになる。

 《ミュルンの使徒》というまっさらな素体。

 真戦兵の筋肉神経部分を司る素体とを融合させた画期的産物を後世を担う新人類たちに《ミュルンの使徒》のコードネームで残したものの、なかなか扱いきれる騎士自体が出て来なかった。

 さもあろう、アークスの騎士と呼ばれる“ディーン”のように真戦兵と会話し、その外部コントロールも可能な怪物騎士でなければ折角の素体を完全制御しきれない。

 完全制御が出来ると運動性能だけで龍虫たちを圧倒してしまうのだ。

 情報と運動機能のカタマリが使徒の本質だった。

 そして、「覚醒騎士」と呼ばれる特別な騎士たちは、騎士たちの本質たるナノ・マシン使いと真戦兵とを融合シンクロさせられる。

 そうなると虎の子といわれる使徒素体そのものが不要であり、龍虫からの獲得素体でも素体疲労の解消と超絶運動性能とを両立させてしまう。

(こりゃ、イアン師兄にも報告しないとな。紋章騎士もまぎれもなく覚醒騎士だった・・・)

 きっかけはあった筈で、スレイの分析ではたぶんルイスのエドナ杯での大狼藉だったのだろう。

 現在のディーン・・・つまりは過去にルイス・ラファールと対峙したベルカ・トラインのもたらした福音が、たった今、目の前で結実したのだ。

 あるいはパルムで真戦兵と離れた日常生活を送りつつ、ルイスがひたすら過去の一戦をなぞり、何度も脳内で再現した結果が今、目の前で展開している光景だった。

 覚醒騎士ならほぼ全員が使える天技という《鏡像残影》。

 アリョーネ陛下の判断は正しかった。

 ルイスの技は人同士、真戦兵同士の戦いでは危険過ぎる。

(彼等を喪えばネームド人類は負ける。だからこそ、俺の本当の役割とは仮にも親友たるディーンとルイスとをむざむざ喪わないことなのだ・・・)

 せっせと石炭をくべていた若い兵士がその手を止めて突然笑い出した。

「あはははは、こんな力を持つ騎士たちがいるならボクらは負ける筈がない」とイアン師兄の部下たるレーダー担当要員は哄笑した。

「キミ、名前は?」

「は?」

「だから、キミの名前はと聞いているんだ」とスレイは怒鳴った。

 そうなのだこの光景に飲み込まれたらルイスを誤解する。

 この繊細なる奇跡は条件が整わないと起こせないし、ルイスもエリシオンも相応の代償を伴う。

 列車上の戦闘で僅かしか移動をしなくて良いこと、予備武器がふんだんにあること、ルイスが万全の体調であることなど諸条件が整ったから出来たのだし、敢えて大勢の人目に触れない戦場だからこそ試したのだ。

 つまり、このことを容易に知られてはいけない。

 数少ない目撃者がそれを吹聴したら台無しになる。

 実害を知る「敵」はともかく、誰より味方には知られてはいけないのだ。

「・・・ハサン・レーグニッツ国軍上等兵です。」

「では、スレイ・シェリフィス中尉からハサン上等兵に告ぐ。このことは他言無用だ」とスレイは怖い顔をして言い切った。

「何故です?こんな力があるのなら、ボクらのような凡人たちが命をかける必要なんてないでしょ」

 わかってるじゃないかとばかりにスレイはハサンを見た。

「正にその言葉通りだからだよ。この力は奇跡だというに等しいし、そのことは俺も認める。けれども、彼等本人たちにとって365日46時中出来るものだとは限らない。いや、“間違いなく出来ない”」

 その言葉に脳天を殴られたような衝撃を受けたハサン上等兵は我に返った。

「つまりはコレが正しく我々の切り札?」

「あるいは、その誕生に立ち会う栄誉だけ与えられたのかも知れないよ、俺たち凡人どもは」

 エリシオンという楽園の住人そのものだというに相応しいほど、ルイス・ラファールの駆るその名を冠した真戦兵は正に背中に羽根でも生えているんじゃないかというほど、なめらかに空中を移動しては連続突きで大小の龍虫を仕留め片付け、既に相当な時間を経過している。

「ハサン、《蒼きエリシオン》と紋章騎士ルイスは凄いと皆に触れ回るのは構わないよ」

 スレイの言葉をハサンは今度は正確に理解した。

「実態を知られたら凡人騎士たちは『なにも自分たちが命をかけて戦わずとも良い』と思ってしまうし、士気は下がる。けれども、エリシオンとルイスさんが超抜機に凄腕騎士だと触れ回るだけなら味方は頼もしいと士気は上がっても他に悪影響はない?」

 スレイはうんうんと頷く。

「それに龍虫は戦略兵器。つまり知られれば対策される。俺やイアン師兄なら遠巻きに包囲して犠牲を最小限度にしつつ消耗を待つ戦法に切り替える。たぶん、蟲どもの親玉もそうさ」

「そうですね。フレアールもそうやって戦場で干される」

 その場に居ても活躍出来ないように自由な身動きを封じるというのは常套戦術だ。

 しかし、ルイスが化物だと思うのは「神速」で戦場を動き回れる機動力を封じられていてのアレだからだ。

 スレイが識らないだけで、ルイスの騎士としての引き出しはまだまだ多いのだろう。

「俺たちが主に考えなきゃならないのはそうはさせないということだろうなぁ。主軸となるディーンとルイスを中心にして他の騎士たちを活躍させる。あの“ディーン”はフレアール搭乗で使徒搭載よりも公明の設計が優れていると判断した。だから、戦略物資調達に躍起になった。稼働耐久テストで6時間。だとすると残りの時間も有効に使うためには必然的に予備機が必要になる。あるいはフレアールと同型機で光学迷彩が正常稼働するフレアールの“影武者”が何機か必要になる」

 ハサン・レーグニッツは目を輝かせた。

「だとしたら、敢えて《純白のフレアール》を使徒搭載機のコードネームにし、光学迷彩正常稼働機体を《虹のフレアール》とでもするのは如何でしょう?」

 そう、『剣皇ディーン』の本当の愛機こそ、その《虹のフレアール》だった。

 《純白のフレアール》を積極的に運用したのは劣勢だった緒戦だけだ。

「それいいな。即採用と言いたいトコだけど俺も新米指揮官だからなぁ・・・ただ、そのプランを師兄や《鉄舟》さんにもあげるよ。それと、キミ、俺の副官にならない?」

 スレイ・シェリフィス中尉相当官の思わぬ提案にハサンは一瞬固まった。

「いいんですか?ボクなんかで。ボクは国軍出向組ですよ」

「耐性因子に問題がないからイアン師兄が敢えて俺に付けたんだし、多分この先の戦いはアイデア勝負になっていくと思う。そもそも光学迷彩で姿を消したり現したりで龍虫を翻弄するのが真戦兵。それにカラーネームをつけるという発想は並の騎士にはゼッタイに思いつけないんだけど、敢えて色を印象づけることで、味方の士気を高めたり、龍虫の偵察行動を誤認させるためにも使えそうだし、純白を別配置して、虹フレで姿を消したディーンで奇襲攪乱させられる」

 戦争の流れを作るといった“あのディーン”の言葉に嘘はない。

 ミュルンの使徒のもう一つの特性。

 それはディーンが乗っていなくても反射行動や敵の選択といったあたかもディーンが乗っているかのように再現出来るという使徒ならではの特性だ。

 遠隔起動や単体戦闘も十分可能だということになるが、危険でもある。

 騎士が乗っていないのが「敵」にバレたら稼働限界まで休みなく戦わされて力尽きて・・・となりかねない。

「そもそもカラーネームはスレイさんのアイデアですよ。最初に《蒼きエリシオン》って呼んだのシェリフィス中尉ですから」

 ハサンの指摘にスレイは「あそっか」と呟く。

「まぁ、確かにそうだけど、けどさ、アレを他になんていう?」

「妥当ですよね。そして、なにより格好いい。みんなテンションあがります」

 ハサンが興奮気味にエリシオンの戦闘を見るのも無理も無い。

 誰だってあれだけ戦えるなら興奮してテンションが上がる。

「案外そういう発想でいいのかもな。格好いいとか似合うとか」と言いながら、スレイは大事なことに気づいた。「なにより俺たち自身が“戦争させられている”という受け身の意識じゃなく、“人類を守る建前で龍虫とのケンカを愉しんでいる”ぐらいの気持ちじゃないと長くは続かないのかも知れない」


 イアン・フューリーは突然姿を消した“ディーン”を探してブラムド・リンクの艦内を見て回った。

 案の定、騎士待機所でトリエル・シェンバッハが疲労困憊で倒れていた。

「不良中年がいきなり無茶するなよ。俺にはお前さん以外の誰にもみえないが、ずっとディーンの姿を保つのだって大変だろうに」

 ナノ・マシンの特性による変術装。

 だが、イアンやメリエル、スレイにルイスからは「トリエル」以外の誰にも見えないが、公明も含めそれ以外の人たちには「フィンツ」あるいは「ディーン」に見えていたのだ。

「《剣皇機関》作戦も楽じゃねーなー」とトリエルはボヤいた。

「それで、ホンモノのディーンは何処に隠した?」

 トリエルは不敵に微笑んだ。

「アルマスに置いてきて雷神丸を亜羅叛師匠に届けろと言っておいたが、多分、女房と一緒にアルマスの大掃除してるよ。大方、亜羅叛師匠も見てるばっかじゃ物足りなくなって合流してるさ」

 2機のシャドーダーインによるアルマス掃討作戦。

 女皇家隠密機動部隊は刺客発見を得意とし、シャドーダーインは小型機故に腕部ウインチワイヤーによる都市戦闘に特化している。

 最低でもホテル・シンクレア周辺に潜伏中の刺客を発見してはウインチワイヤーで吊り上げて人目につかないところで始末している。

「そういうことね。白の隠密機動の本領発揮ってトコか」

 ディーンはもともと亜羅叛が手塩に掛けて育てたラシール流の隠密機動だ。

 パルムでもフィンツ・スタームとしての表の戦いと、白の隠密機動としての裏の戦いで場数を踏んでいる。

「この戦争は適材適所で行くしかねーんだよ」

 結局、《剣皇機関》作戦はとある事情で断念させられるが、ディーンは後に剣皇になる前に相当数の戦果を挙げることになり、むしろ立ちんぼだった戦争後半の方がなにもしなかったのだ。


 “ディーン”、ルイスの活躍により、龍虫先遣隊はかなりの痛打を受けながらベリア方面に戦術的後退した。

 アルマスでの刺客掃討作戦も順調に推移し、ディーン・エクセイルと《鉄舟》ミシェル・ファンフリート大佐はトレドから呼び寄せたマッキャオに乗艦してフォートセバーンに向かっていた。

「はぁ、ゼダのトリエル殿下もやるもんですなぁ」とフェルナン・フィーゴ大佐はすっかり感心していた。

 作戦終了までガエラボルン宮殿で戦闘したのがフィンツ・スタームだと思っていただけに、大戦果だという報告にさすがは《騎士喰らい》と言われるだけはあると思っていたのだが、実は自分とそう年の変わらないトリエルが代役だったと聞いて唖然となった。

「実戦の場数じゃボクと大差ないですし、年の功でまぁ色々と戦いは経験していますからね。そして、コレで『敵』はボクと叔父さんのどちらが『ディーン』か判断しづらくなる」

「なるほど、それが《剣皇機関》作戦というわけですな」

 フィーゴは誰が考案したかは知らないが、相当頭のいいヤツだろうと察した。

 やはりゼダ陣営は桁違いの戦力を有している。

 それに引き換え、敗残のナカリア勢はなんとも頼りない。

 それが悔しくてフィーゴはミィ・リッテにマッキャオ乗艦を命じていた。

「ほんじゃま、こちらも切り札的な預かり物をお引き渡します」

「預かり物?」とディーンは怪訝な顔をした。

「ええ、ファルケン子爵の置き土産ですよ。ミィこっちゃこい」

 マッキャオの艦橋でディーンはミィ・リッテと初めて対面した。

「ナカリア銅騎士団のミィ・リッテ少尉です。子爵の言うには『使徒使い』だそうですよ。ミィ、この方がフィンツ・スターム卿ことディーンだ。名前ぐらいは知ってるだろ?」

「えっ」とミィ・リッテは驚愕した。

 ナカリアでもフィンツ・スターム少佐の名前と顔とは新聞報道で知れ渡っている。

 痩身黒髪の若い騎士で背丈はそれほど大きくない。

 新聞報道の写真とは大分イメージが違うし、ディーンは見ただけではそれほど特別な強さを持つようにみえなかった。

「自己紹介よりもコッチの方がいいか。フィーゴ提督、《鉄舟》いい機会なのでお付き合いください」

「なにをなさる気です?」と《鉄舟》。

「マッキャオの諸君、しばらく提督をお借りするよ。オランド副長は艦長代行よろしく。イアン・フューリー提督の偵察では『敵』は退いているらしいので、フォートセバーンへの航路そのままで」とマッキャオクルーたちに簡単に命じるとディーンは指をパチンとやった。

「天技、《鏡像残影》」

 ディーンの言葉の意味はミィ・リッテ、フェルナン・フィーゴ大佐、《鉄舟》大佐にもすぐ分かった。

「まぁ、フィールドはキミの得意そうなナミブ砂漠をイメージしてみた。そして機体についてはボクはファング・ダーイン、キミはサーガーンということで。《鉄舟》はノートスで少し離れて提督と見物してくれ」

「分かりました少佐」

 《鉄舟》ミシェル・ファンフリートは《鏡像残影》の作り出す「鏡のセカイ」をよく知っていたが、初体験のフィーゴは目を白黒させている。

「なんで俺たちゃベリアに?」と動揺しているフェルナン・フィーゴに《鉄舟》は簡潔に説明する。

「仮想空間とでも思ってください。現実の私たちはマッキャオの艦橋にいます。《鏡像残影》は光の剣聖エドナ・ラルシュが騎士たちの修練に使えるものとして残した天技です」

「まったく手品かよ」とフィーゴは四方を見渡しても砂漠が広がるナミブにいるとしか思えないことに驚嘆していた。

「なるほど少佐は形ばかりの自己紹介よりもこの方が手っ取り早いと思ったのでしょうね」

 ミシェル・ファンフリート大佐は「鏡のセカイ」内で仮想の手合いをしようとしているのだと理解していた。

「つまり、あそこに子爵のサーガーンがあるのも、ファング・ダーインがいるのも幻なのか」とフィーゴは言う。

「まぁ、単なる幻ではないでしょう」

 ミィ・リッテはアベラポルトで初搭乗したサーガーンに乗っていることを実感した。

 ほぼ完璧な形で全てが再現されている。

 サーガーンと意識を繋いでもあのときとまったく一緒の感覚だ。

 唯一つ異なる点は無線機がないのにお互いに言葉が通じることだった。

「準備が出来次第、キミから仕掛けておいで。ここなら誰も傷つかないから持てる力の全てを出して構わない」

 いきなりフィンツ・スターム少佐の実力をその目で見られる。

 ミィ・リッテの目つきが正に狐のようになる。

(そっか、ここで私がフィンツ・スタームに土をつけてもいいのね)

 ミィは驚かせるつもりでいきなり《啄木鳥》を使った。

 蹴り出しで最高速を引き出す。

 しかし、フィンツ・スタームの本家といえる《浜千鳥》は想像以上の早さで足場の悪さを感じさせずにミィの斬撃を軽やかにかわした。

(コレが編みだした本人の《浜千鳥》っ!)

 ちょんちょんどころではなく、すとーんすとーんと左右に軽やかに回避されてしまう。

「ふむっ、《啄木鳥》は習得済ね。でもそれじゃ、ルイスやメディーナよりも全然遅いよ。それにサーガーンはもっとしなやかな鞭のように使わないと。もともと獅子なんだからね」

 砂漠戦仕様などではないにも関わらず、フィンツのファング・ダーインは足場の悪さを気にしておらず、一瞬で《啄木鳥》に切り替える。

 武器は同じ長剣だというのに斬撃が桁違いに早い。

 防御姿勢に入る前に胴を横凪ぎされていた。

「まずは一本」

(なっ!)

 ミィはそんなつもりなど一切なかったのにフィンツを見くびっていたと実感した。

「すげぇ、コレが本物のフィンツ・スタームかっ!」とフィーゴは鼻息を荒げて興奮する。

「ええ、仮想空間とはいえアレが正に手合い200戦無敗の力。でも、本来の実力の3割、4割程度でしょう。私なら今のは受けられる」

 ミシェルの指摘にフィーゴは、

「冗談だろっ!」と思わず口走る。

「それじゃ、二本目と行こうか。気の済むまで付き合うからなんでも繰り出していいよ」

(コレじゃ、やられっぱなしだ)

 再び距離を取って開始されたのを見計らいミィは《砂乗り》を試した。

 足場にフィールドを作り出してファング・ダーインに高速接敵して、斬撃を繰り出す。

 しかし、その瞬間に《浜千鳥》で回避されている。

「ほぉ、その歩方は地形特性を考えていてなかなかに面白いね。こんな感じかな」

 瞬時に《砂乗り》を完全にコピーされ、一瞬で頭部に一撃見舞われる。

「二本目ね。なかなか面白い技だね。実際にナミブじゃ役に立つだろうね。コレも天技に推薦しよう」

 フィーゴは唖然としていた。

「見えなかったけれど、アレも天技か?」

「いいえ、ただの斬撃です。手合いでスターム少佐の攻撃タイプの《天技》を引き出せる騎士はなかなかいないと聞いています。天技まで引き出して引き分けに持ち込めるのもミラー少佐やラファール大佐、アリオン大尉だけというのも頷ける話です。アレじゃ私でも一本取られています」

「ナカリアじゃ見たことがない」

 フェルナン・フィーゴはフィンツ・スタームを自分も過小評価していたと実感した。

「三本目。次はこちらから仕掛けるので受けて見せてね」

 ミィは実力の差を痛感していた。

 次は受けろという。

(だったら、受けてアノ技を使って・・・)

 ミィは自分の持てる最高の技をぶつけても構わないと実感していた。

 こちらから仕掛けると言ったフィンツは《啄木鳥》で一瞬にして懐に飛び込んでくる。

 その残像だけでも追うのが目一杯だった。

 ミィはただただ本能に身を任せた。

 拙いと思われようが《浜千鳥》で回避して大技に繋げようと必死に耐えようとした。

 だが、二発の斬撃を受けるのが目一杯だ。

 鋭く重い斬撃を二発耐えて、あの技に・・・と思ったが甘い。

 三発目に袈裟懸けに斬られていた。

「三本目、なんかやろうとしていたね。でもタメ動作に入るのが遅いよ。だから、ただの斬撃に速度で負けてしまうのさ。大技に入るなら、それなりに前後で工夫してみせないとね。今のはスタンピードマンティスの攻撃でも致命打を貰っている。それじゃ戦場には今の時点じゃ出したくないな」

(全然、歯が立たない。だったら初動で・・・)

 ミィが剣を収めたのを確認してディーンも剣を収める。

「コレでっ!」

 距離はあるが初動で大技に入ってしまう。

 空間断裂攻撃だ。

「甘いっ!」

 大技が来ると読んでいたディーンはすかさず、ミィの初動攻撃に居合いを併せた。

 技が形になる前に抜き身の攻撃を機体胸部に食らって完全に体勢が崩されてしまい空間断裂攻撃が不発に終わる。

「四本目、今のはいい。でも入りが遅い。もっと集中しろっ!スタンピードトランプルの突進の方が技効果発動より先に機体を飛ばしてしまうぞっ」

(これでもダメなのっ!?)

 ミィの方は焦りを感じていた。

 なにをやっても全然敵わない。

「今のがウワサの《刹那の衝撃》ってヤツか」

 5年前のエドナ杯決勝でアリオンの大技を封じた超速抜刀攻撃。

「そうですね。アレをやったのはルイスですが、“陛下”でも出来るということ。今の段階で名前はないですが、とうとう陛下から攻撃天技を引っ張り出したミィさんもなかなか頑張っている」

 ミシェル・ファンフリートは感心しながら相槌を打っている。

「えっ?今のって新技なのか。それにルイスがどうのってどういうことだ?」

 エドナ杯の結果と戦評しか知らないフィーゴは見ていないので気づきようもない。

「エドナ杯決勝でのルイスの《紅孔雀・極》を陛下は外から目の前で見ていたんです。それであの機動抜刀術をすぐに習得してしまう。だから、陛下は《騎士喰らい》なのですよ」

 後に天技と認定される《太刀風》と呼ばれるディーンの高速機動抜刀術。

 技を食らったミィもやがて習得する。

 そして、6年前のエドナ杯決勝がルイス対アリオンだったのだと、ルイスを鍛えた師である《鉄舟》も試合会場で見抜いていたのだ。

 でも、たとえ搭乗者がルイスでなく、ディーンでも結果は変わらなかったということだ。

 フィーゴは脇の下に大量の汗をかいていた。

 仮想現実空間なのでナミブ砂漠の灼熱は再現されておらず、砂漠の民であるフィーゴは汗をかかない方だ。

(化物だと聞いていたミィが簡単にあしらわれている。少佐はそれ以上の化物ってことかよ)

 奇しくもフィーゴもイアン・フューリーと全く同じ感想を抱いていた。

 真戦騎士には規格外の化物がいる。

 自分は船乗りで本当に良かったというものだ。

「少し休憩しよう。休憩を挟んだら三本目を再現する」

「・・・わかりました」

「そもそもアレで使徒真戦兵じゃない?国家騎士団西部方面軍の連中も使うファング・ダーインの一般仕様?」

 増派作戦でマッキャオにファングを搭載することもあった。

 実際に戦う姿もトレドで見ている。

「そうですね。ミィには可哀想だがひとつだけ実戦機と異なるのは陛下のアレじゃ、真戦兵の素体が保ちません」

「そうなのか鉄舟?」

「だから、我らが剣皇には使徒機や新型機が必要なのでしょう。パルムに居た頃は本当にマイスター泣かせだったのでしょうねぇ」

 ミシェル・ファンフリートは鼻ヒゲを撫で付けながらニヤリと笑みを浮かべた。

「剣皇って・・・いや、文句なしに剣皇陛下だ。それでスタンピードってなんのことだ?」

 たびたびディーンの口にしているスタンピードという耳慣れない言葉。

 フィーゴにも教えておく必要があると判断して《鉄舟》は声を低くした。

「スタンピードとは龍虫の暴走重突撃のことです。つまり、同じマンティス種でもスタンピード状態だと攻撃速度が今の数倍になるということ。ネームレスコマンダーたちの切り札ですね」

「なんだって!それじゃ、今のマンティスはまだ本気じゃないのか?それでも大分やられているじゃねぇかっ!」

 実際、緒戦の段階からスタンピードなど使えない。

 それは一時的に騎士たちを圧倒しても龍虫への負担自体もとても大きいからであり、いまだ優秀な《虫使い》ネームレスコマンダーたちは出てきていないという意味に他ならない。

「まぁ、騎士も危険に追い込まれると覚醒しますので、どうにか凌ぐ者も出てくるでしょう。ですから空からアレを確認したら提督が戦闘中全機に注意喚起してください」

 そういうことかとフィーゴは理解した。

 つまり、スタンピードの尋常でない移動速度は地上部隊に先行している飛空戦艦艦橋で確認出来る。

 合図を決めておきさえすれば地上で戦う騎士たちに先に伝えられる。

「しかし、ミィさんは良いモノは持ち合わせていて、既に騎士覚醒していてあの程度じゃ、正直言って不安です。基本がしっかりしていないのでどうも戦い方が不安定でフラフラしている。でもね」

「?」

「陛下はミィさんをはじめから鍛えるつもりでした。そして、陛下の速度に慣れ始めている。三本目を再現するという意味は」

 休憩後に再開した戦闘ですぐに明らかになった。

 三本目と全く同じフィンツの連続攻撃が繰り出されたが、三発目の袈裟懸けをミィは綺麗にかわしていた。

 そのまま、四発目、五発目とかわす。

(ここしかないっ!) 

 ファング・ダーインが連続斬撃で体勢が崩れてきている。

 これなら一瞬だけタメが作れる。

「えいっ!」

 空間断裂攻撃がとうとう炸裂した・・・と思ったのは錯覚だった。

 空間断裂攻撃がファングを捉えたかと思いきや、少し離れた別の位置に移動していて、フィンツは無防備なサーガーンの背中に軽く斬撃を当てていた。

「天技の《陽炎》。大技の正体はソレね。ただ、使っていいというまで使うな。真戦兵の集団戦闘時にそんなものを使ってしまったら味方にも甚大な損害が出てしまう。それにキチンと制御できていないものを無闇に使えばセカイを組成しているナノ・マシンそのものが壊れる」

「はい・・・」

 クシャナドに怒られたのもそういうことなのかとミィはしょげた。

「だけど、わかったろ。お前は物凄い速度で成長している。つまり、鍛える余地はまだまだあるということだし、やっとサーガーンを全身コントロール出来るようになってきた。つまり、機体の特性を把握してシンクロを高めればもっともっと強くなれるし、必然的に躱せる攻撃も繰り出せる攻撃も増える」

「!」

「折れるなっ!心を揺らすなっ!真戦兵は精神力。こころでコントロールするものなのだ。そして確実に前進し、成長している自分自身を自覚しろっ!そうすればちゃんと周りも見えるようになる。足場の僅かな傾斜の違いや、味方機との相対距離。戦場の複雑な状況が見えるようになれば、複数の龍虫からの連携攻撃にも対応出来るようになる。それに実戦ではお互いに光学迷彩を稼働させているんだ。だから、実際にはもっと複雑で処理しなければならない情報量も桁違いだ。今の時点では戦場に出せないとはそうした意味で、お前がナカリアの宝なのだというのはよくわかった」

 ミィはハッとした。

 仮想空間内の砂漠地帯での光学迷彩を使わない一騎討ち。

 だが、実際の戦場でそんな状況はなかなかあるものではない。

 それにフィンツのファングの動きに集中しすぎていて周りなど全く見えていない。

 そんな余裕などまだ何処にもない。

 でも、なんにも出来ないわけじゃない。

 現に大技に入れた。

「手合い200戦無敗の実力っていうのは、まず相手騎士の実力と技や速度がわかっていて何処でなにを繰り出すべきか分かっているということなんだ」

 ミィはようやく理解してきた。

 ディーンは実戦でミィを生き残らせるために戦っている。

「そう。そしてパルム女皇宮殿の練兵場には大勢の見物客が集まってくる。ボクらゼダの騎士たちはそうした彼等を傷つけることがあってはならない。だから、どんな技を使う際も効果範囲に細心の注意を払う。普段からそうしているから、実戦の場でも戦場の風景や地形変化などは意識せずとも入ってくる。“手合い”を興奮しながら見ている見物客の表情まで確認する。だから強くなる。“手合い”の勝ち負けなど関係がないというのはそういうことだ」

 ミィは気が付いたら嬉し泣きしていた。

 その心が求めていたのは同じ騎士としてなにをどう理解して、どういった方向に努力精進すればいいか教えてくれる人だった。

「師匠・・・」

 クシャナド・ファルケンの数々の言葉が身に染みた。

 そして、今ならわかる。

 自分自身の力量についてさえもなんにも分かっていなかったことが良く分かる。

「ああ、ボクが喜んで師になろう。それだけの才能の輝きがあると最初から分かっていた。ボクはお前の実力と成長に併せて少しずつギアを上げていく、お前だけが特別なんじゃない。毎日のように皆を導いてきたんだ。アリオンだって、シモン兄さんだってそうやって強く逞しくなった。ボクの持てる力をどこまで引き出せるかが騎士としての成長なんだ。その上でボクが全力で挑んでも勝てない相手がいる。他言はするなよ。その一人がゼダ女皇アリョーネ陛下だ」

「!」

「ですね、剣皇陛下」と《鉄舟》はこともなげに言った。

「なんだってぇ!」とフィーゴは驚愕のあまり大声で叫んでいた。

 フィーゴもミィも小国ナカリアの出身のせいでずっと大国ゼダに劣等感を感じてきた。

 田舎者の意地みたいに思って頑張ってきたところもある。

 だが、大国だということは大勢の人たちが集まり、大勢の中の一人として名を知られるにはちょっとぐらい出来るだけでは到底足りない。

 そして「大陸一の騎士」というのは最強を意味しない。

 「大陸一の人形遣い」がゼダ女皇アリョーネだということだ。

「まぁ、たぶん。ちゃんとした真戦兵を使わせて貰えれば、もう陛下には負けないと思うよ。それでも一対一で絶対に勝てないのがウチの嫁さん」

「ですねぇ」と何故か情けなそうに《鉄舟》がガックリと俯く。「師匠のワタシなんて一蹴されちゃいます」

「な、な、な、それじゃトレドからの龍虫退却部隊をトンネル内で一人で平らげたっていう紋章騎士ルイスの師匠が《鉄舟》で、夫が少佐だってことかよっ」

 フェルナン・フィーゴは驚き呆れた。

 フォートセバーンから新トレド駅に抜けてきた列車に乗ったエリシオンが退却部隊の大半を片付けていて材木運搬用の車両には大量の龍虫の死骸が転がっていた。

「そうです。でも、ルイスがあんまり強いって言いふらさないでくださいな。“魔女”扱いされたらまた可愛いアノ娘の心が折れてしまいます」

 よく「心を折るな」というのはそういう意味かとミィは理解した。

 真戦兵はこころで扱うものだとさっきフィンツが言ったばっかりだ。

 それで自分でもなんか浮いてるし、意地張って頑なになっていた。

 こころが頑なだと実力上位の相手に負けたら、ポッキリ折れてしまいかねない。

 ミィの持つ特性とは獣のようにしなやかに動いて的確に獲物を仕留められることなのだろう。

(ああフィンツ師匠は本当にスゴイなぁ)としみじみ思うのはミィの心が折れないように一本ずつ確認しながら慎重に戦っていたということだ。

 そして、引き出しをあけて成長させながらもその少し上を行く。

 だから、すべて見事に負けているというのに、途中で膝をついて絶望したりしなかった。

(まだまだぁ!)と次の一本に挑む気持ちと集中力が切れなかった。

 そうして、自分自身の変化や成長を確認させてくれる機会をくれる。

(あっ、私少し前より強くなってる)とミィは実感し、更に出来ることを模索しながら戦った。

 フィンツの繰り出した攻撃や回避も、もう少し頑張れば真似られるものがほとんどだったし、オリジナルの《啄木鳥》、《浜千鳥》を実際に間近で見ると自分が完全にモノに出来ていないと分かるし、修正も出来る。

 でもそうやって、ちゃんと頑張って騎士として努力と才能の賜物を発揮したのに「魔女」だとか言われたら、このセカイに身の置き処がなくなってしまう。

 それはあんまりだと思ったものの、その絶望と孤独の苦しみをまだ本当にはわかっていなかった。

「そうです。アイツには手加減なんて器用な真似出来ないので“手合い解禁”なんてさせて貰えずに、しばらくパルムで謹慎大学生活させられていたクチですからね。それと、ミィ。さっき《鉄舟》が言ってた通りになるから、あともう4本の内容をキッチリ覚えておけよ」

「えっ、フィンツ師匠どういう意味ですか?」とミィはあと“たったの4本”だというのに、

(もうあと10本くらい相手してくれないかなぁ)と思ってしまう。

 そして、愕然とした。

 最初は2、3本くらいかなと思っていたのだ。

「だーから、ボクはもうちょっと経ったら剣皇ディーン・フェイルズ・スタームと呼ばれるようになり、お前の師匠でもあるけど、皆の剣皇陛下になっちゃうし、お前が鍛えている間に虫さんたちをやっつけないといけないから《鏡像残影》で相手してあげられる時間がなくなっちゃうっていうこと」

「そんなぁ」とミィは情けない声をあげ、フィーゴと《鉄舟》はいつの間にか「剣皇」とか「陛下」とか言っちゃったり、自然に聞き流していたのに気づいた。

「俺ってば、はじめて伯爵のコメントを理解しちゃった。これは確かに“眼福”だわっ。ディーン陛下に鍛えられてどんどん強くなるミィを見られる機会なんてこの先たぶんねーわっ」

 飛空戦艦マッキャオの艦橋からでは光学迷彩稼働で戦うディーンの姿は確認出来る程度だ。

「それはワタクシだけの特権でぇす。陛下のお側で本気の戦いを見守らせて頂ける栄誉こそ、ワタクシの役得というもの」と《鉄舟》ミシェル・ファンフリート大佐は胸を張る。

「あ゛ー、ズリーぞ《鉄舟》。そういうことかい。筆頭参謀なら隣で好きなだけ見ていられる」

 ミシェルとフィーゴの会話にディーンは割り込んだ。

「おーいっ、《鉄舟》大佐ぁ。戦場でボクに見とれてなんかいたらトランプルにペシャンコにされちゃうし、ボクが見せたのも斬撃の範囲確認させてボクにウッカリ斬られたりしないためなんだからね。それとフィーゴ大佐はボクの本気の機動力確認して、ワイヤーやカーゴでの高速回収離脱時の参考ということデス」

「あ゛っ」と気づいた《鉄舟》はトホホとなり、同じくフィーゴもそういうことかとなる。

 別に僻み根性が酷くて皮肉屋という《ナミブのハゲワシ》たるフィーゴを心服させるために腕前を見せていたわけではなかったのだ。

 フィーゴにとって目下のライバルというイアン・フューリー提督はゼダに居た時分から散々それも実戦想定訓練してきているので、剣皇座乗艦というのはバルハラだかブラムドにもってかれる。

 しかし、マッキャオだって間違いなくやる機会はあるし、船足と真戦兵機動力ギリギリでないと虫どもに追いつかれ食らいつかれる。

「うわぁ責任重大だぁ」とフィーゴ。

「そうでした。隣で戦うというのは巻き込まれる危険性が一番高い」と《鉄舟》。

「あー、あと4本どうしよう。試したいことが多いよぉ」とミィ。

 絶望的だった「ナカリア退却戦」を戦ってきた三人はそれぞれのボヤキを聞いてお互いに大笑いしていた。

「あー、もぅ《鏡像残影》の術効果は45分しか保たないのだから、無駄話に時間割いてられないんだから」とディーンに怒鳴られる。

「あぁ、ダメぇ。効果時間ギリギリまで頑張ります」とミィは気合いを入れ直した。

「いや、合計10本ね。素体疲労は再現してないけど、ミィの精神力はあと4本で尽きる。それと最後の一本は地形と足場をトレド近郊に戻してのかけっこ勝負」

「へっ?」とミィはかけっこ勝負というのに面食らった。

「当たり前でしょ。ボクら真戦騎士は最終的には戦場から高速離脱して外装修理と素体回復に戻る。だから其処だけは一切手抜き手加減なし。その上でフィーゴ提督によく覚えておいて貰う。ボクの訓練の最後は逃げ足勝負だと覚えておきなさいっ!」

(ダメだコイツなんも分かってねぇ)とディーンは頭を抱えたが、対称的にミィは目をキラキラさせていた。

「スゴイ人だぁ、師匠はすっごく色々と考えている」

 野生動物と言われていた乙女ミィ・リッテの初恋相手はディーン師匠だったかも知れない。

 まっ、お気の毒なことに既婚者だし、むしろミィに沢山時間を割いてスパルタ訓練したのは“奥様”の方だったからだ。

 それに《神速》を手加減なんかしない上に、実機訓練だから「手合い」などさせて貰えず、連携訓練ばっかりになった。

 ちなみに防衛戦線内で、剣聖名を与えられる前のミィ・リッテの通称が本幕タイトルにある「砂漠の女狐」だ。

 ディーンの読み通り、一本あたりの間隔は次第に長くなり、最後はかけっこ勝負でミィは派手に完敗したのだが、むしろ青くなったのはフィーゴと《鉄舟》だった。

「アレをワイヤー回収しろっていうの?」

「ていうか、ワタクシもアレに追いついて来いと?」

 《鏡像残影》の効果切れで四人はマッキャオ艦橋に戻ったが、戻るなりミィ・リッテは誰にも見せたことのない無警戒かつニヤけたしまりのない顔で卒倒しており、涼しい顔をしているフィンツ少佐はさておき、フィーゴと《鉄舟》は真っ青だった。

「なにがあったんですかフェルナン提督?」とシェリー・オランド副長(実はフィーゴの内縁の妻)が脳疲労困憊で倒れたミィの小さな体を抱え上げながら怪訝な顔をしたのだが・・・。

「俺等はアルマスに帰投したら最大船速回収訓練な」とフィーゴ。

「ワタクシめもその訓練にお付き合い致します」と《鉄舟》

「ということでヨロシクです」とフィンツ少佐だけスッキリしていた。 

 それでもミィ、フィーゴ、《鉄舟》の三人ともすっかり忘れていたことがある。

 それは今現在絶望的とさえる戦況で龍虫戦争の真っ只中だということだった。

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