第46話 テリム・ノール・ヴァハルランス公爵

「テリム・ノール・ヴァハルランス公爵……か」


 俺は墓の前でそう碑文を読み上げる。無意味で空虚なのかもしれない、その名を。

 いや……決して無意味ではない。

 父親であるアラン・ウィンス・ヴァハルランス公爵はその地位を剥奪された。

 だが……父を止めようと歯向かい、抗い凶刃に倒れたテリムの姿は認められたのだ。


「さしずめ、二階級特進か」


 最後のヴァハルランス公爵。

 王国の未来を憂いたその意思は、きっと受け継がれていくだろう。

 否――


(まったく、面倒な事をしてくれた)


 受け継ぐのだ、俺が。そうでなくてはならない。


 いつか俺は誰かに言った。


 復讐は、きっとすっきりする、と。

 だが――俺の心には、暗鬱としたものが残るだけだった。

 それとも、あそこで殴り殺していれば、すっきりしたのだろうか。

 かもしれない。だがそれでは――テリムの師として、顔向けできない。


「勇者様……」


 リリルミナ姫が俺に声をかけてくる。


「私が……悪かったのでしょうか。

 もし私がもっとテリム様の事を見ていたら……」

「姫は、テリムの事をしっかり見ていましたよ。彼が謝罪した時……本当に彼を見ていなかったら、変わったこと、変わろうとしていたことに――気づかなかったでしょう」

「……ですが……」

「俺も……私も未熟でした。もっと早く気づくべきだったのです。彼の高潔さを。

 そうすれば、テリムは死なずに済んだかもしれない」


 今となっては――遅すぎるが。


「……勇者様」


 リリルミナ姫が、俺を見て言う。


「……貴方との婚約を、破棄いたします」

「……そうですか」

「はい」

「理由を、お聞かせ願えますか」


 姫は……静かに言う。


「あなたには、目的が……あるのでしょう」

「……はい」


 復讐だ。この惑星を出て、銀河共和国への復讐を果たす。

 それが俺の……目的だ。


「そのために、これ以上……勇者様を縛り付けるわけにはまいりません。

 あなたは私を救ってくださり、国を救ってくれた。

 冥王軍を倒し、獣王国を支配する偽の勇者を倒した。

 もう十分です。これ以上――勇者様の、いえ……ティグル様の重荷にはなりたくありません。

 テリム様の死は――あなたの深い傷になった。

 ティグル様は、裏切られた――わが国の為に戦って尽力してくれた、なのにその公爵とその手の者によって」

「……」


 ああ、そうだ。

 俺は――裏切られたのだ。この国にも。

 銀河共和国と同じく――


「ですから……」


「違う」


 俺は言った。

 そう、違うのだ。


「ティグル様?」

「俺を裏切ったのは国ではない。腐ったあの男だ。奴が国を裏切り、息子を裏切った――それだけだ。

 ああ、確かに俺は思いを、働きを、裏切られた。

 けして許さない」


 だから――復讐せねばならない。


「この王国を――正す。

 腐った貴族たちを排除し、テリムの望んだ国にする」

「それは――」


 姫は悲痛な顔をする。

 それは、呪いだと言わんばかりに。 


 そうだ、あの不肖の弟子が俺に残した呪縛だ。鎖だ。やってくれる、あの男。


 だが――だからこそ。


「俺は、テリムの――師匠なのです」


 俺は、それを選んだのだ。


「ティグル様……」

「そして……それとは関係なく。

 俺は、あなたを手放す気は無い」


 どうして手放せよう、どうして突き放せよう。

 俺の身を案じ、俺を自由にしようと――自身の思いも、姫としての立場も隠し、必死の笑顔を作って俺を解き放とうとする、この少女を。

 ここで俺が――彼女の望み通りに自由となれば、あとは彼女には悲劇しか待っていない。その程度、いかに愚劣な俺とて理解できる。


 もう、テリムのように過ちは起こしたくない。


「あっ……」


 不意に抱きよせられたリリルミナ姫が、声を上げる。


「婚約破棄など不要。毒を喰らわば皿まで。

 もとより、すでに引き返せぬ――故にどこまでも突き進むのみ。

 ようやく気付いたのだ。

 俺は――貴女が好きだと」


 これが恋や愛と呼ばれるものかどうかは、わからぬ。

 同情やもしれぬ。憐憫やもしれぬ。責任感からかもしれぬ。


 だが――それでも。


「俺は、貴女を幸せにしよう、リリルミナ姫」

「ティグル様……私は……」

「今は、何も言うな」

「……はい」


 リリルミナ姫は、俺の腕の中で小さくうなずいた。


「ありがとうございます、ティグル様」


 テリムよ。

 お前の遺志……確かに受け取った。

 お前の愛した女性は、お前の愛した国は……俺が幸せにしてやる。


 そのためにも。


「……姫」

「はい」


 リリルミナ姫は、頬を染めて俺を見上げる。




「……貴女には、スペースブートキャンプver.2を受けていただく」


「……………………はい?」

「テリムとの訓練で俺は手加減を覚えた。

 生かさず殺さずという奴です。

 それを踏まえた上で、無理なく確実に強くなれる超・地獄のキャンプです」

「いえ、あの、ちょっと待ってください」

「待ちません。王国内部には帝国の手のものが潜んでいると判明した以上、姫自身にも強くなっていただかねば。 

 安心してください。

 何処までもお供いたしましょう――地獄だろうと。

 大丈夫、痛いのは最初だけ。後は気持ちよくすらなります」


 俺は笑った。

 彼女を元気づけるため、勇気づけるため、最高の笑顔で。


 その笑顔を受け、我が婚約者は……



「いやあああ~~~~~!!!!!!」


 叫んだのだった。




 テリムよ。

 これで……よいのだな。


          第三章 勇者の弟子 了

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追放された宇宙軍兵士、剣と魔法の世界に降り立ち無双する 十凪高志 @unagiakitaka

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