第30話 どうしてこうなった

「……どうしてこうなったのだ」


 ベッドの上で俺は言う。


 全身包帯にまかれている。命に別状はない。数日すれば動けるだろう。


「――どうして、こうなった」

「どうしてって……どうしてでしょうね先輩」

「解せぬ」


 フィリムが言う。彼女の治癒魔術と治療がなければ危なかった。

 アトラナータの端末ドローンによる応急処置も忘れてはいけないが。


「俺は、獣王になどなるつもりはない」


 仮にも勇者が魔王軍四天王になってどうするのだ。


「あはは……」


 その時、部屋に入って来た人物が言った。


「獣王と申しましても、魔王軍四天王の地位はあくまでも夫……ガーファング様が個人的に魔王軍に下ったものですし。

 獣王国そのものが完全に魔王の手先ということはありませんよ」


 現れたのは、歳の頃二十代半ばだろうか。まだ若い美しい人狼の女性だ。


「……王妃殿下」


 この女性が、ラゼリア・アリュリュオン。ラティーファの母親だ。


「あら、王妃だなんて。今の獣王はあなたですのよ。

 その呼び方と言う事は、私も妻に迎えると言う事でよろしいのかしら」

「……先輩?」

「冤罪だ」

「あらあら。ともあれ、獣王国は中立でありました。

 今回のティグル様の活躍により、今後獣王国は魔王軍と手を切り、人間たちと友好的国交を結ぶことも全然問題ありません」

「お母様。それって……」


 ラティーファが言う。


「ええ、ラティーファ。勝っている方に賭けるは当然でしょう?」

「……」


 この方も随分といい性格をしておられるようだ。

 政治的判断というやつだな。それを否定はしないが。

 ともあれそれは、話が早くて助かるというものではある。


「それに、あなたの夫ですもの」

「違います」


 俺は即座に否定する。


「でも、みんな聞いてましたよ?」

「……」


 完全に嵌められた。

 俺はただ、正体不明の天界人の勇者の調査に来ただけだったのだ。

 それが何故こうなったのだ。


「諦めましょう、ね? 先輩」


 そしてフィリムよ。

 お前はなぜあちらの側に賛同しているのか。

 こういう場合、駄目です先輩は渡しません、など言うものではないのか。

 お前まで俺の敵に回るのか。俺に味方はいないのか。


「……はあ」


 ため息をつく俺。

 ……そして、そんな俺を見て、ラゼリアは微笑む。


「……さあ、これから忙しくなりますね」


 ラゼリアは言う。


「まずは……結婚式の準備をしないと」

「……はい?」


 驚く俺。ちょっと待て。


「ええ、もちろん私の国で式を挙げますわ」

「ちょっと待っていただきたい」

「あら、ご不満ですか?」

「いえ、そういうわけでは」


 不満なのだが。


「戴冠式と結婚式、それから……ディアグランツ王国との友好条約の調印式も」

「だから待ってくださいと言っているのです」

「どうしました?」

「性急すぎます。そもそも、私はディアグランツ王国にて子爵の地位をいただいている身。

 国王陛下に相談も無いまま、そのような重大な話を勝手に進めるわけにはいきません」

「あらまあ」


 ……この女性と話していると調子が狂う。


「わかりました。では、一度ディアグランツ王国のお城に参りましょうか。国王様に事情をお話しして――」

『その必要はありません』


 アトラナータが言って来る。

 どうしてだろう。嫌な予感しかしない。


『私の子機端末ドローンにて状況を伯爵に説明しておきました』

「…………………………………………糞が」


 何と言う事をしてくれたのだ。

 最初から期待などしていなかったが、やはり貴様も俺の敵か。

 四面楚歌だ。


『伯爵は頭を抱えて喜んでいました』

「……そうか。そうだろうな、糞が」


 最悪だ。

 俺は今度こそ頭を抱える。伯爵の苦労が偲ばれる。王や姫も頭を抱えているに違いない。

 どうしてこうなった。


「あの、先輩」

「なんだ」

「魔王軍への対抗策としては、とてもいい方法だと思うんですよやっぱり。

 王国貴族の勇者が獣王国の王となったって、ものすごい勢力塗り替えじゃないですか。

 先輩は冥王も倒したわけですし、これでもう」

「泥沼ではないか」

「……まあ、否定はできませんけど。それに……」

「それに、何だ」

「い、いいえ何でもないです」

「……?」


 フィリムはフィリムで何か考えがあるようだが……


「旦那様。ボクの事……嫌いですか?」


 ラティーファが上目遣いで見てくる。


「いや。嫌いでは、ないが……」


 その言葉に、ラティーファの顔がぱあっと明るくなる。


「じゃあ愛してるって事ですね!」

「飛躍しすぎだ」

「ふふっ、仲良しさんですね」


 ラゼリアが笑って言う。

 頼むから黙っていただきたい。この性悪母娘。

 一家総出で俺を罠に嵌めようとしないでいただきたい。


「先輩、素直になったほうがいいですよ」

「……冤罪だ」


 フィリムの言葉に俺は嘆息する。

 とにかく、気を取りなさなければ。


「……ああ、そうだ。

 ……まだ礼を言っていませんでした。ありがとう、ラゼリア殿。色々と言いたいことはありますが、あなたが居なければこの国は混乱の末瓦解していたやもしけません」

「……はい」


 彼女は笑みを浮かべる。


「……それと、ラティーファ」

「はい、なんでしょう」

「……無事で良かった」

「……っ! はいっ、旦那様!」

「それはやめろ」


 喜ぶラティーファを、俺は睨みつける。

 そんな時、フィリムが口をはさんできた。


「はいはい。ところで先輩、あの時の話覚えてますか?」

「あの時とは」

「ほら、先輩と初めて会った日の事です」

「……?」


 俺は首を傾げる。何かあっただろうか。

 彼女が配属された日は確か……


「ほら、先輩が私にプロポーズしてくれた日です」

「……記憶を捏造するな。なぜ俺が初対面の新人に求婚せねばならん」


 俺はそのような節操なしではない。


「ふふ、あの日の先輩はかっこよかったのに」

「……俺はそんなこと言っていない」

「ふふふ、照れなくても良いのに」


 笑うラティーファ。

 ……頭痛が痛くなってきた。ああ、重複表現なのは理解しているがまさしくそんな気持ちだ。


「……ともかく、お前はもう少し自重しろ。軽率すぎる」

「はーい」


 ……本当にわかっているのだろうか。こいつは。


「あらあら、ふふっ」


 そして、何故か嬉しそうな顔をしているラゼリア。


「てけり・り」


 ノインが言う。

 ああ、お前だけが俺の癒しだよ。



◆◇◆◇◆


 数日後。


 俺はひとまず回復した。

 今、俺は獣王国首都にある、迎賓館の庭にいた。


「お体の方はもう大丈夫のようですな」


 庭を歩いていた俺に声がかかる。


「ええ、伯爵……失礼。今は侯爵でしたね」


 ライオネル・アドルム・ガーヴェイン侯爵。それが今の彼だ。


「ええ、このような形で陞爵しようとは」

「……申し訳ございません」


 俺は恥じ入る。

 穴があったら入りたい気分である。

 今度ギギッガに掘ってもらうか。


「いえ、お気になさらず、辺境伯」

「はい」


 そう、俺も陞爵してしまった。

 ティグル・ナーデ・アリュリュオン辺境伯。それが俺だ。


 俺が勇者を騙るギデオンを倒し、獣王国を開放――そのまま獣王を押し付けられる事になったという報を受け、ディアグランツ王国は大騒ぎになったらしい。


「勇者殿が裏切って魔王軍四天王になったのか!? と騒ぐ貴族たちも出ましてな」

「返す言葉もございません」


 当然の反応である。事情を知らないなら俺だってそう思うだろう。


「私と姫が必死に説得しましたからな。勇者様はそんな人間ではないと」

「本当に……痛み入ります」


 結局。

 ディアグランツ王国の貴族である勇者が、獣王国を魔王の支配から解き放ち平定した……という形で収まった。

 もし国王から子爵位を叙爵されていなかったら、もっと大変な事になっていただろう。


 重ね重ね、感謝しかない。

 俺は色々な人々に助けられているのだな。

 そして、獣王国を支配下に置いたと言う功績をたたえて、俺と、俺の寄親であるーウェイン伯爵の陞爵が決まったのだ。


「恩を着せて縛ろうという魂胆丸見え、でずかね」


 侯爵が苦笑する。


「致し方ないことです」


 それだけ、俺の立場……俺の力が危険視されているということだ。


「私は、いきなりこの世界の外から現れた、縁も所縁もない根無し草の異邦人。

 縛らねば安心できぬ、というのは当然の事と理解しております」

「そう言っていただけるならありがたい。

 そこで私からもひとつお願いがあるのですがが」

「恩義ある寄親の侯爵のお言葉。何なりと」

「私の娘ももらってくれませんか」

「はい………………はい?」


 俺は聞き返した。

 何を言っているのだこの人は。


「侯爵のご息女は、確か六歳だったかと」

「……使い魔殿から聞きました。

 幼女、お好きでしょう」

「冤罪です」


 何を吹聴しているのだ、あの鉄蜘蛛。


「冗談です。ちゃんと理解していますよ」

「恐縮です」


 理解してくれるというのはありがたい。

 最近、誤解ばかり積み重なっている気がしてならないからな。


「……絆で縛る、と言う事ですか」

「はい」


 侯爵は言う。


「獣王国の姫との婚姻を果たすなら、ディアグランツとしても爵位や領地や女性など色々と出して縛らねばならぬ、という判断でしてね」

「……しかし、侯爵」

「娘も君に懐いているでしょう」

「そうでしょうか。ろくに話も出来ませんが」


 俺を怖がっている。子供に怖がられめのは慣れているが。


「父親の私から見たら、随分と気に入っているようですが」

「仮にそうとしても、異性への思慕ではないと思いますが」

「うむ。歳が離れているゆえに今は婚約のみ、娘が年頃になった時には、勇者殿を取り巻く環境も変わっているやもしれれません」

「時間稼ぎ、ということですか。そういうことならば」


 納得するしかあるまい。これを拒否すると、侯爵に迷惑もかかろう。

 今は婚約しておくが、いずれ機を見て適当な理由で円満に婚約解消を前提に、という流れだろう。それならば問題あるまい。


「……義父上、と呼んだ方がよろしいでしょうか」

「ははは、それは些か気が早いでしょう。それに……いや、なんでもありません」

「……はい」


 何か言いたそうではあったが、深く聞かないことにした。


 ともかく、これから俺は辺境伯となる。

 ただの伯爵でないのは、獣王国と隣接する地を領地として与えられるから、ということだ。

 別の貴族が所有していたが、ほぼ放置の土地。そこが俺のものとなる。

 その貴族も、使って無いどころか獣人や魔獣、盗賊山賊の出る土地など喜んで差し上げます、と笑顔だった。

 ……喜んでもらえるならそれでよい。

 山と森林ばかりの不毛な土地だが、別に問題はない。

 ディアグランツ王国と獣王国に挟まれた辺境の地。

 獣王の名を押し付けられた俺にとって、まさに都合のいい領地ということだ。


(この俺に王国内地の領地など、与えられないだろうからな)


 それは危険すぎるだろう。

 だが、危険でいうなら、最前線を守護する辺境伯という立場を俺に与えるのも危険すぎるはずだ。


(……信用されている、ということか)


 銀河共和国であったなら。

 今この時点で始末されていても不思議はなかっただろう。


(……俺は幸運だな)


 俺は心の中で呟く。……本当に、運が良いのだな。俺は。


「ところで、侯爵」

「何ですかな」

「何故、私をそこまで買ってくださるのです」

「……私には、もう一人息子がいたのです」

「息子、ですか」

「ええ。二年前、魔王軍との戦いで死んだ長男がね。

 ……私は、息子と君を重ねているのかもしれません」

「……それは」

「まあ、今考えた嘘ですが」

「……嘘、ですか」

「はい。私の息子はアラムただ一人ですから。あ、でも数年後には義息が一人増える予定でしたな」

「……」


 この人、意外と遊び心が豊かなのかもしれない。

 そういう意味でも逞しく強かでなければ、貴族などやっていけないのだろうが。


「旦那様ー!」


 遠くの方でラティーファが手を振っている。


「お呼びのようですな」

「……そのようです」


 俺は苦笑し、彼女に手を振りかえす。


「では、また」

「はい」


 俺は侯爵に別れを告げる。


 ……これから、やることは多い。

 先王たる獣王ガーファングの国葬式、俺の陞爵式、獣王としての戴冠式、ラティーファとの結婚式、ディアグランツ王国と獣王国の友好条約の調印式。


 儀式に継ぐ儀式の連続だ。


「……気が重い」


 俺はため息をつく。だが、逃げるわけにもいかない。

 やらねばならないのだ。

 それさえこなしてしまえば……肩の荷も下りよう。

 ああ、じっくりと土いじりとかしたい。団子をこねくり回して輝かんばかりに磨きたい。盆栽も久々にいじってみたい。


「先輩! こっちです! みんな待ってますよ!」


 フィリムが呼んでいる。


「勇者様!」


 リリルミナ姫の姿もある。


 ……なんだろう、彼女の笑顔が怖い。俺は何かしたのだろうか。


「てけり・り」

「ギギッゴッグー」


 ノインとギギッガが言う。何もしてないからじゃないか、だって?

 ……意味がわからないのだが。


「旦那様! 早く!」

「先輩!」

「……ああ、わかった」


 そして俺は歩き出す。前途多難ではあるが、それでも歩んでいくしかないのだから。


 追放された宇宙兵士の俺が、何の因果か剣と魔法のファンタジー世界で勇者……か。


 全く。


 どうしてこあなってしまったのやら。

 この宇宙に神がいるとしたら、とんでもないひねくれ者なのだろうな。


 だが――いずれにしても、俺はただ進むだけだ。


 いずれ、銀河共和国への復讐を果たす、その時まで。



         第二章 獣の王 了

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