第29話 いつもあなたの傍に

「はっ、はっ、はっ………! ひぃっ、が、はぁっ……!」


 嗚咽と喘鳴を上げ、それは芋虫のように這いずり回る。


「く、糞……が、俺は、俺はまだ……っ!!」


 ギデオンは――生きていた。

 もっとも、無事に――かろうじて――原型をとどめているのは頭と右腕、胴体ぐらいである。

 臓物と血をこぼしながら、それでも這いずって進んでいるのは、執念か――それとも、闇の聖母、シュブ=ニグラスの加護によるものか。


 どちらにしても、それでもギデオンの命はもう終わるだろう。

 それほどまでにギデオンは傷ついていた。

 だが――ギデオンは諦めない。


「まだだ……まだだ……俺は死ねねぇ……死にたくねえ……っ!!」


 ギデオンは歯ぎしりする。


「俺は、俺は、俺は……!」


 ギデオンは必死に思考する。生き残るために。目的を果たすために。


「俺は――」


 そして――ギデオンの前に、彼らの姿が。

 ミ=ゴ。闇の聖母を奉る宇宙種族。ユゴス星の菌類生物。

 そうだ――こいつらさえいれば。

 考えにはあったが。忌避感が先に来て実行できなかった、しかし最高の延命方法、不老不死の法。


「お、おい……お前ら! 俺の脳を摘出しろ!」


 ミ=ゴの宇宙秘術は、生物の脳を肉体から取り出し保管する。そうした場合、肉体は朽ちなくなる。獣王がそうだったように。


 自分の脳は――機械の身体を作って操ってもいいし、それこそ別の肉体と入れ替えてもいい。


 今は――生存が最優先だ。


「早くしろォ!」


 血を吐きながら命令を下す。


 だが――


「……」


 ミ=ゴ達は動かない。


「……?」


 そしてミ=ゴは喋る。


「ギギ……グゴゴギギッガ」


 それは拒絶の意思。

 お前の命令を聴く気は無い、と。


「な、んだ――と」


 ギデオンは知らない。

 統率個体ヌガー=クトゥンが倒されたミ=ゴの群れがどうなるか。

 彼らは新しい統率個体を選出する。そしてそれが群れの意思となる。

 統率個体に選ばれるのは、強いもの、大きいもの、長く生きるもの――


 そして、突出した異常個体。


 そう、ティグルが出会った異常個体ギギッガ。彼は粛清を免れるため、通常個体のふりをし、擬態していた。

 古い統率個体が倒れた今――ギギッガが新しい統率個体になるのは、道理である。

 彼の意思は、群れの意思となった。

 すなわち、勇者ティグル・ナーデに従うと。


 もはや、ミ=ゴがギデオンに従う理由はない。


 ただただ――興味すらない。


「ば、馬鹿な……!?」


 ギデオンは絶望する。


「何故だ……どうして……!」


 ギデオンは理解できない。


 ――何故、自分だけがこんな目に遭わねばならないのか。


「くそ、くそ、くそが、畜生ぉ!! ちくしょおおお!」


 ……そして。

 そんな彼の前に、一人の女性が現れた。


「……ああ! ご無事でしたのね、ギデオン様!」


 そう涙を浮かべて駆け寄るのは、ラゼリア・アリュリュオン――


 獣王の妻だった女だ。


「お、お前は……」

「ああ、よかった、本当によかった! ギデオン様が生きていると聞いて……このラゼリア、心配で気が狂うかと思いました」


 ラゼリアは泣きじゃくり、安堵の笑みを浮かべる。


「あ……ああ……」


 その顔を見て、ギデオンも安堵する。


 ――助かった。


 馬鹿な女だ。さんざん犯されて壊れてしまい、依存するようになったか。ストックホルム症候群、だったか?

 だがこれで自分は助かる、そう確信した。


「ち、治癒……魔法でも、ポーションでも……いい……俺を、助けろ……!」

「ええ、ええ……!」


 ラゼリアは微笑んで言う。

 そして、瓶を取り出す。そこには紫色の液体が満たしてあった。


「これは、私の友人から戴いた秘薬です……さあ」


 そして、ラゼリアはギデオンの顎を掴み、液体を流し込む。


 ――甘い。それはとても甘く、そして……


「ぐ……っ!?」


 それは強烈な苦味だった。思わず吐き出そうとするも――口元を抑えられ、押し込まれる。


「飲んでくださいませ、さあお飲みになって」


 そして――嚥下する。


(何だこれは……頭が、熱い……体が、焼けるように……)


「……お、まえ」


 そして――唐突に理解する。自分が何を飲まされたかを。


「俺に何を――何を、何をしやがったぁ!!」

「……」


 ラゼリアは無言のまま笑みを浮かべる。


「う、お……おおおおお!!」


 ギデオンは怒りと憎しみを込めてラゼリアを睨みつける。

 だが――


「ふふ……」


 ラゼリアは笑ったままだ。

 慈母のような微笑みを浮かべたままだ。

 それが――恐ろしい。


「この、売女がァア!」


 ギデオンは叫ぶ。だが――


「……!」


 その言葉に反応するように、ギデオンの胸が裂け、肉が盛り上がる。


「がっ!?」


 それは傷跡などではない。それは皮膚を突き破って生まれ出ようとしている、新たな何かであった。


 それは――巨大な眼球。

 それは――人間の頭ほどもある触手の塊。

 それは――血管のように脈打つ無数の管。

 それは――


「な、んだこれはぁぁぁぁぁ!!」


 それは――冒涜的な何か。

 ギデオンは恐怖に震える。


「ひぃっ! ひぃぃぃっ!!」


 そして、それは生まれた。ギデオンの体内から、ずるりと這い出てくる。

 それは、ギデオンの肉体の一部だったものだ。

 ギデオンの身体から生えたものは ――触手だった。


「ひぃぃぃぃぃぃぃいやぁぁあああっ!!」


 ギデオンは絶叫し、悶える。


「い、痛い、痛いぃぃぃい!!」


 それは激烈な痛みをギデオンにもたらしているようだ。


「それは今までギデオン様が殺してきた方々の魂です。 いつも傍にいたのに気付かなかったのですか?」


「ひいっ、あっ、ああああああ!!」


「あらあら……いけませんわね」


 ラゼリアは困ったように呟き、ギデオンの背中に手を当てる。

 すると――


「いぎゃああああああああああああ!!!」


 悲鳴を上げてのけぞるギデオン。


「暴れないでくださいまし……傷が開いてしまいます」


 ラゼリアは優しい声音で言う。


「ぎ、がぁぁぁぁっ!」


 ギデオンは苦痛にのたうち回る。


「……大丈夫ですよ。すぐに楽になりますから」


 喰われていく。

 自分の中から生まれた何かに、自分が食われていく。


「ぎゃっ、ひっ、あっ、やめ、やめ……!!!! あぁぁぁぁっ!!」


 ギデオンは叫び、のたうつ。


「ほら、もうすぐ終わりますから」


 ラゼリアは優しく囁きかける。


「ああ――――この日をどれだけ待ち焦がれた事か。あの勇者が、貴方様を仕損じてくれて本当によかった。この手で殺せるなんて。ふふふ、夢のよう」

「……っ!」


 ギデオンは歯噛みし、ラゼリアを睨みつける。


「あら、まだ元気が有り余っているみたいですね。それなら――」


 ラゼリアはギデオンの髪を掴んで引きずり回す。


「もっと、もっと苦しめてあげましょうね?」

「が、あ……がぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!!」


 ――――――ッッッッッッッッ!!!!

 ギデオンは断末魔の如き金切り声で叫んだ。


「あらあら……うるさいお口は閉じないと駄目でしょう?」


 そして――唇を重ね、ギデオンの口を塞ぐ。


「んぐぅ!?」


 そして、ギデオンの舌を、口を噛みちぎった。


「~~~~~~~~~!!!!!」

「ふふっ、不味い肉」


 ぺっ、と吐き出す。


 そのままラゼリアは、ギデオンの頭ょ地面へ叩きつけた。何度も、何度も、何度も、繰り返し、繰り返し。


「……ふう」


 そして、ラゼリアはようやく手を離す。


「お休みなさいませ」


 ギデオンは絶命していた。苦悶と恐怖と絶望の表情を張りつかせて。

 その首をラゼリアは踏みつけ、そして――

 踏み潰した。


 それを冷たい瞳で見下ろすラゼリアに、奥から現れた女性が声をかける。


「終わりましたか?」

「……はい。おかげさまで。あなたにも……この秘薬にも感謝します」

「気にしないでください。いい実験結果が取れました。

 ラゼリア様はこれからどうされるので?

 獣王国をあの人間から取り戻すのなら――」


 手伝います、そういう女性。

 しかしラゼリアは首を横に振る。


「あの人間は、娘と夫が見込んだ人間。もう少し、見定めてみようかと思います」

「――そう。ならいいわ。私はこの国の行く末に興味はありませんから」


 そして女性は闇に消える。

 その後ろ姿を見送った後、


「――仇は取りました、ガーファング様」

 

 ラゼリアは、天を仰ぎ、涙を一筋流した。


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