第22話 獣王国の支配者

「ここが巣穴か」


 竜車を降り、俺はつぶやく。


 山の奥深くに隠された、ミ=ゴのコロニー。


 そこは洞窟のようなものだった。

奥に長い、縦穴のようになっている。


「てけり・り」

「ギギググッ」


 二人が、俺たちの先頭に立って案内してくれる。


「……広いな」


 そして、静かだ。

 静かすぎる。ミ=ゴ達は、このコロニーにいないのか?


「……先輩」

「ああ」


 だが、時折見かける……この惑星には似つかわしくない機材の欠片。

 異質な機械文明の産物。

 これがこの惑星の先史文明の遺物……にしては新しすぎる。

 つまり。


「ミ=ゴ達のもたらしたもの、だな」

「でしょうね」


 やはり間違いはない。

 ミ=ゴ達は……いるはずだ。隠れているのだろうか。


「てけり・り」

「ギギググ」


 二人は進む。

 そして、開けた場所に出る。


 そこには……


「……なんだ、これは」


 ガラスの筒の中に、脳髄が浮いている。

 それが大量に、無造作に並んでいた。


「……そん、な。これみんな……」


 ラティーファが呆然とする。

 そう、これは。


「獣王国の……民の……」


 脳髄を抜かれ、操り人形とされた人たちの、脳。


「ギギッガ。彼らは……意識はあるのか」


 獣王のように。


「ギギ……ッゴ」


 基本的に、無いらしい。夢を見ているような状態だと言う。

 獣王のように、会話を出来るように処置することも出来るそうだが。


「……」


 彼らを救わねばならない。

 そのためにも……


「てけり・り」

「ああ、そうだな」


 俺はノインに返事をする。確かにそれは大切だ。


「そのときは頼む。では行くぞ」


 俺が静かに言った、その時。


『どこへ? どこいくんすか~?』


 洞窟内に、声が響いた。


「誰だ」


 ……反射的に問うが、しかし俺には覚えがあった。

 ……この声は。


『やだなぁ、俺っすよ俺』


「……ギデオン」


 ……俺を裏切り、殺そうとした男の声だった。


『ははは、お久しぶりっすねぇ、たーいちょ』


 空間が歪み、そこからギデオンの姿が現れる。


『まさか生きてたとはなぁ。ほんっとしぶてぇな、ゴキブリかよアンタ』

「……」


 すぐさま俺はブラスターを抜いて撃つ。

 だがブラスターの弾はギデオンの姿をすり抜け、岩盤を穿つのみだった。


「幻影か」

『当たりー。つっか危ねぇな隊長、問答無用で発砲かよ』

「下らん問答をするつもりはない」

『はあ、さいですか。旧交を温めにきたんじゃねぇなら何しにきたわけで?』

「……貴様を倒しに来た」

『はは、マジかよ』

「ああ、本気だ」


 俺の言葉に、ギデオンは笑う。

 さも、楽しそうに。


『追放された殺されかけた復讐のためにわざわざ? あ、フィリムちゃんの敵討ちか。……ってなんでか生きてたな、しぶてー女だぜ』

「復讐……か。そうだな。

 だが、それだけではない。お前の凶行、暴走を止める。かつてのリーダーとして」

『……はっ』


 ギデオンは顔を歪める。


『いつまでもいつまでも隊長ヅラしてんなよ、クソが。てめえなんかが俺の何を止められるっていうんだ』

「止められるとも。お前の野望を。そして、獣人達を解放しよう」

『ははは、言うじゃねえか。隠キャか正義のヒーロー気取りかよ。

 やってみろや』


 ギデオンが指を鳴らす。


『ま、無理だけどさ』


 次の瞬間、大量のミ=ゴたちが現れる。

 地面に隠れていたのか。完全に俺たちを包囲している。


『多勢に無勢。それに人質もいっぱいあるしな。あんたに勝ち目はない』

「……人質だと?」

『ああ。そこらに転がってまーす』

「……獣人の脳か」

『イッエース、オフコース。正解者には一億万てーん』


 ギデオンは、ミ=ゴに命じて容器を攻撃させる、ということなのだろう。

 俺の目的が獣人たちの解放である以上……


 俺たちの行動は封じられたわけだ。


『さぁて、隊長どの。あんたにゃ死んでもらうが……

 こんな地下で寂しく殺されるのは嫌でちゅよねー。

 なので隊長には晴れ舞台を用意しました、わーいパチパチ』


 その言葉に、ミ=ゴたちが拍手する。


「……どういうことだ」

『ま、すぐ案内しますよ。あ、あとそこのお嬢様、貴女様もこちらへどうぞ、隊長の隣へ』


 ギデオンはラティーファに語りかける。


「……」

『とっとと来いよガキが。親父みてぇに殺すぞ』

「……っ!」


 ギデオンの言葉に、ラティーファは表情をゆがませる。


『ま、今から死ぬ奴に言っても意味ないか。ははは』

「……兄上様」

「大丈夫だ」


 不安そうな顔で見上げる彼女に、俺はそう答える。


「ああ、すぐに終わる」

『ははは、強がっちゃって。なんだよ、そんなにあのお嬢ちゃんのこと好きなのかよ』

「ああ、好きだな」

『……は?』

「誇り高く、強い娘だ。尊敬に値する。お前などには負けないさ」

『……はっ、そうかよ。

 あー、まあいいや。どうせすぐに泣き叫んで命乞いすっからよ。いや、泣き叫んでよがり狂う、かな?はは』

「……」

『ほれ、早くしろよ、瓶詰ぶっ壊すぞ

 ラティーファが、俺の横に立つ。

 そして、ミ=ゴ達が何やら機械を操作する。


 すると俺たちの足元に、幾何学模様の光が浮かぶ。


 ……魔法陣だ。これは……転移陣か?


「先輩!」


 フィリムが叫ぶ。


「大丈夫だ」


 俺はフィリムに振り向き、言う。


「後を、頼んだ」


 そして、俺の視界は光に包まれる。

 平衡感覚が一瞬失われ、次の瞬間――俺とラティーファの姿は、広い場所に転移した。



そこは……


「よぉぉ~こそ! 我が獣王国のコロシアムへ!」


 ギデオンの声が響く。

 そこは、円形の闘技場のような場所だった。


「……コロシアム、だと」

「はい、そうでっす。ここは獣王国が誇る、由緒正しき決闘場でございます」

「……なるほどな」

「ま、要するに処刑場ってことですけどね」


 ギデオンは笑う。

 闘技場には、獣人たちが観客席にひしめいていた。

 だが、闘技場に相応しい熱狂は感じられない。

 観たくもない残酷ショーを見せられる……そんな雰囲気だった。

 どうやら俺たちは彼らに歓迎されていないらしい。

 もっとも、この状況で歓迎されるほうが、むしろ嫌というものだが。


 特に、この場にラティーファ……獣王国の王女が現れたことが、獣人たちの動揺を誘っていた。


「れっでぃーす・えーんど・じぇんとるめん!!」


 突然、拡声された声で、ギデオンは叫んだ。


「これから行われるのは、我等が敬愛すべき前獣王、ガーファング・アリュリュオン陛下のご息女であらせられるラティーファ・アリュリュオン姫のぉ、公開処刑でっす!! 

 あ、ちゃんとレイプもある予定です、場合によっちゃ死姦になっちまういそうだけどさあ、ぎゃはは」


 下品に笑いながら、ギデオンは続ける。


「おーっと、みんなテンションひくいぞーぉ?

 愛されてるねえ姫様。あー、なんでこんなことに!! かわいそうな姫様!!

 そ・れ・はぁ!!」


 ギデオンは俺を指さす。


「同胞である冥王陛下を無惨に殺しぃ、姫様を誘拐したあの人間のクス勇者、ティグル・ナーデ、奴が全ての元凶だ!!!

 あいつさえ姫様を洗脳しなければ……姫様が反逆者として処刑される事などなかったのだ!!! おのれ人間!!! お前らはいつだってそうだ!!!!!」


 大仰に芝居がかった演説を行うギデオン。


「だが安心してくれ姫様!! 俺は優しい男だ。貴女を殺した後に、貴女の愛する騎士殿も、ちゃんと同じところに送ってやるよ」

「……っ」


 ギデオンの言葉を聞き、ラティーファが拳を握る。


「だからよー、それまでは精々生き恥晒しててくれや。ははは」

「……下衆が」


 俺は吐き捨てる。

 ここまで醜い男だっただろうか。


「はいはい、よく言われますよー。でもよ、そのクソみたいなクソ以下のゲス野郎にいいように支配されてるこの国とかー、これから殺されるお前は何だろうね?」

「……」

「ははははは、まあ、もうすぐお前もわかるよ。自分の立場ってもんがな」


 ギデオンは嘲笑う。


「さぁて、それでは皆さまお待ちかねのメインイベント、開始いたしましょーか」


 ギデオンはパチン、と指を鳴らす。

 すると、闘技場の門が開き、一人の男が現れる。


 2メートル近い体躯を持ち、さらに身長より長い大剣を担いだ、銀髪の屈強な男。


「……お父様」

「あれが……獣王陛下」


 男はゆっくりと闘技場の中央まで歩いてくる。

 その顔に、意思は感じられなかった。


「……の肉体でーっす」


 ギデオンが笑う。


「そして俺の隣には獣王の奥さんもいますねぇ。夫に先立たれて寂しいその見を俺様ちゃんが可愛がってあげてます。

 命乞いするにら母娘一緒にペットにしてあげてもいいんだぜ? 俺ってば博愛主義なんで」


 そう言って、隣にいる女性の胸を鷲掴みにするギデオン。

 ……彼女が獣王の妻、ラティーファの母……ラゼリアか。


「……お断りだ」


 ラティーファはギデオンをにらみつけ、言う。


「ボクの全ては兄上様……ここにいる勇者ティグルのものだ! お前に下げる頭も、捧げる忠誠もない!!」


「……違う。お前はお前のものだ。誰のものでもない」

「兄上様……」


 俺はラティーファの肩を叩いて言う。

 あと、俺のものにした覚えもない。奴隷うんぬん兄妹どうこうはあくまでも作戦行動のためのものだ。


「あー、そうですかそうですか。すっげえ調教完成してんのな。

 じゅあいいわ。

 死ねよガキ。……やれ」


 ギデオンが命令を下す。


 獣王はその言葉に従い、肩に担いだ大剣を掲げた。

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