第23話 コロシアム

「……ッ!」


 次の瞬間――獣王の姿が消えたと思った瞬間には既にラティーファの目前に迫り、剣を振り下ろしていた。


「ぐっ……」


 俺はその間に入り、エネルギーシールドで辛うじてその一撃を防ぐ。

 重い衝撃とともに火花が散った。


 ……速い。

 今まで戦ったどの敵よりも速く鋭い斬撃だ。

 そして重い。

 宇宙にもこれほどの使い手は中々いないだろう、まともに受ければ、腕ごと斬り落とされかねない。


「……」


 獣王が後方に跳躍する。


「あーあ。流石に一筋縄じゃいかないか」


 ギデオンが笑っている。


「……大丈夫か」


 俺はラティーファに問う。


「うん……ありがとう、兄上様」


 彼女は無事なようだ。


「……そうか」


 俺はラティーファを背に庇いながら、獣王に視線を向ける。


「……」


 獣王は無言だ。

 当然だ、脳の無い抜け殻、操られているだけの人形なのだから。

 だが、その実力は本物だ。

 ……勝てるのだろうか、俺に。

 勇者を騙るだけの、ただの元・兵士に、意思無き抜け殻とはいえ、獣王に。


「……兄上様」


 俺の後ろで、ラティーファが俺をぎゅっと握る。


(……何を弱気な)


 俺は自分を叱咤する。

 勝たねばならない、のではない。

 目的を違えるな。見失うな。

 守らねばならないのだ。ラティーファを。

 それが、獣王陛下との約束。誓いだ。


 なればこそ……


「ディアグランツ王国の、星の勇者ティグル・ナーデ。

 獣王陛下との誓いを果たすため、そして一身上の都合により……

 いざ、参る」


 俺は、電磁ナイフを構えて宣言し――そして戦いが始まった。


「はぁっ!」


 俺は一気に距離を詰めて、獣王に飛びかかる。


「……」


 対する獣王はその巨体に似合わぬ軽やかな動きで俺の突進を回避しつつ、横薙ぎに剣を振るう。

 俺は姿勢を低くすることでそれを回避。

 そのまま獣王の足を目掛けて、回し蹴りを放つ。


「……」


 獣王は俺の足を掴み取ることで、俺の攻撃を防いだ。


「ちっ」


 即座にもう片方の脚で獣王の顔面を狙う。


 が、それは空を切る。

 獣王は掴んだ俺の足首をそのまま引っ張り、体勢が崩れたところで俺を投げ飛ばす。


「がっ……!?」


 背中から地面に叩きつけられる。息が詰まる。

 だが、痛みに構わずすぐに立ち上がる。


 獣王の動きが、先ほどより明らかに鋭くなっていた。

 やはり強い。パワー、スピード、スタミナ……明らかに俺を凌駕していた。


「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだよ? 口だけっすかー」


 ギデオンが俺を見て嘲笑する。


「はは、こりゃあ期待外れもいいとこだぜ、なぁおい!」


 俺はギデオンを無視する。

 眼前の敵に集中するのだ。

 俺は獣王を見据える。


「……」


 獣王は、俺のことなど眼中にないかのように、ラティーファに狙いを定めていた。

 ラティーファは俺の隣で怯えているのか、震えながら立っていた。


「ラティーファ、離れろ」

「で、でも……」

「頼む」

「う、うん」


 ラティーファは後ろに下がる。


「ふぅ……ッ」


 呼吸を整える。……落ち着け。

 獣王はラティーファを狙っている。

 だから、俺がすべきことは一つ。


「来い、木偶。俺が相手になってやる」


 俺は挑発する。

 今の獣王に通じるかはわからないが……

 だが、獣王はそれに反応して、再び俺に向かって走り出した。

 挑発は成功した。

 だが。


(……不味いな)


 想像以上の強さに、ダメージがでかい。

 俺は全身の痛みに耐えながら、立ち上がり、獣王を迎える。


 獣王の剣が――俺に向かって振り下ろされた。


◆◇◆◇◆


 地下、ミ=ゴのコロニーである洞窟にて。


 フィリムは、ティグルとラティーファの戦いを、空中に投影された映像で眺めていた。

 眺めているしか、できなかった。


『おやおや、随分と苦戦しているみたいじゃねえか、ははっ』

「……」


 ギデオンの幻影は、面白そうに言う。


『歴戦の兵士である隊長も形無しだな。そう思うだろ、伍長』

「……もう伍長じゃなありません」


 フィリムは冷たい声で、言う。


『あっそ。ま、お前も共和国から切り捨てられたカスだしな』

「……」

『でもよぉ、お前は運が良いよ。何せ、俺様が直々に使ってやるって言ってんだからよぉ。お前も、そのほうが幸せだろ?』

「貴方に……使われて?」

『そうそう。お前だって、このままぶち殺されるの嫌だろ?

 だったら、俺様に従えよ。

 俺様はよぉ、お前みたいな奴が大好きなんだよ。従順な兵士、捨て石にされても文句言わねぇ奴隷根性。

 自分の意志なんてねえくせに、愛国心だけは一人前な奴がなぁ!!』

「………………私は」


 フィリムは言う。


「愛国心が強いわけじゃありません。ただ、祖国を愛したかっただけです」

『あぁん?』

「私はただ、あの人のように……ティグル先輩のような立派な軍人になりたいだけ」

『……』

「それだけ、でした」

『……けっ』


 ギデオンは不機嫌そうな顔になる。


『くっだらねぇ。そんなもの、愛とは呼べねえよ』

「でしょうね」


 フィリムは笑う。


「国に、軍に尽くした先輩を、共和国は切り捨てた。だったら……私にとっても、もう共和国も、軍も、価値なんてありません。

 私は……先輩とは違う」

『へえ?』

「共和国への復讐も興味ありません。

 私が望むのは……たった一つのこと。私は……先輩を守りたい。先輩を助けたい。先輩の力になりたい。

 そして……この惑星で生きていきたい」


 その言葉に、ギデオンは笑った。


『はっ、いいねいいねェ! お前意外とやべぇ女だったんだな、正直引くわキッモ!!

 ああ、あのクソ隊長とお似合いだよ。じゃあもう慈悲はくれてやんねえ、いらねぇよお前』


 ギデオンは愉快そうに笑った後、真面目な表情で言う。


『さあ、それじゃあ始めようか、伍長。

 まずは俺の忠実なる下僕にして、我が同胞たるミ=ゴの尖兵に……その肉体を捧げてもらいまっしょう!

 安心しろ、ちゃんと有効活用してやっからさぁ!!ははっ、ひゃーっはっはっはっはぁぁぁ!!!!』

「……」

『おっ反抗的ぃ。だけど一人で何がてできるよ。それに人質の脳みそたちもいるぜー? 動くなよ』

「……」

『んじゃ、さよならー』


 ギデオンが号令を下した。


 そして――


「てけてけさん!!」

「てけり・り」


 フィリムが叫ぶ。次の瞬間、ノインが――広がった。


 ぷるるんとした水まんじゅうのような姿が一転して、巨大な水たまりのようになり――


『なっ!?』


 獣人の脳を収めた容器を――飲み込んだ。


「回収完了。人質――いなくなりましたね!」

「てけり・り」

『はあああああああああ!? 何だよそれ、ふざけんじゃねえぞ!!』


 ギデオンの叫びと共に、ミ=ゴたちが襲い掛かる。

 人質がいなくなったとはいえ、それでも多勢に無勢だ。

 フィリムの傍には、ノインとギギッガしかいない。

 数百匹を超えるミ=ゴに勝てるはずがない。


 ――だが。


「あまり使うなと、言われていましたが」


 フィリムは腕のコンソールを操る。


「……ウェイト・アウト」


 その言葉と共に。

 フィリムの身体が、軽くなった。


『なっ……!?』

「ギギィ!?」


 驚くミ=ゴたちを尻目に、フィリムは大きく跳躍し、洞窟の壁を蹴って天井まで飛び上がる。


 フィリムは天井を蹴り、さらに加速しながら、ミ=ゴたちに突撃する。


 そして――


「てけり・り」


 ノインが、その身体から銃を吐き出す。


「どうも!」


 フィリムはそれを空中で受け取り、両手で構える。

そして、銃弾を撃ち放った。


「ギギャアアッ!」


 無数のブラスターの熱線が、次々とミ=ゴたちを貫く。


 そして、


『私もいます。そろそろ出番ですね、サポートしますよ』


 ノインの中から飛び出す、鋼鉄の蜘蛛。

 アトラナータは紫外線照射装置を展開し、洞窟を照らした。


「ギギギイイイッ!!!!」


 ミ=ゴの弱点は日光だ。

 強い紫外線の前では、動きが鈍る。アトラナータの放つ光を浴びて、ミ=ゴたちは動きを止める。


 そこへ――


「お返しですっ!!」


 フィリムは銃撃を放ちながら突っ込み、すれ違いざまに左手に持つ電磁ナイフでミ=ゴを斬り裂いた。


「てけり・り」

「ありがとうございます」


 ノインにエネルギーパックを補給してもらう。

 そして、再びブラスターを乱射。次々とミ=ゴを吹き飛ばしていった。


『おいおいおいおいおいおいおいおい何ッッッだよそりゃああ!!』


 ギデオンは知らない。


 この惑星は重力が標準惑星の半分程度だ。

 故に、ティグルとフィリムは自身に重力負荷をかけていた。

 重力が半分なのでスーパーパワーだぜ、と調子に乗っていたギデオンとは違う、ギデオンはいつの間にかこの惑星の重力に適応してしまっていた。


 軽い身体に慣れてしまっていたのだ。


 だが、フィリムは負荷をかけ続けていた。そのシステムを解除した今、身体能力は単純計算で今までの倍、ということだ。


 そう――


 そしてそれは。

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