第21話 復讐心
想定してしかるべきだったのだ。
宇宙船ノーデンスがエーテル流に捕まりワームホールに呑まれた時、ギデオン達の乗っていた戦闘機もノーデンスを攻撃していた……つまり至近距離にいたのだ。
同じくワームホールに呑まれ、そして同じ座標のこの惑星に落ちていたとしても不思議ではない。
そして奴らは……ギデオンはこの惑星に降り立ち、獣王国を支配した。
ああ……そうか。
また邪魔をするのか。
待っていたよ。
おまえ達に再会出来るのは、この惑星から発った後だと思っていた。
だが……
会えるのだな、お前に。
ギデオン。
「……先輩!」
フィリムの言葉で、思考から脱する。
「ああ……なんだ」
「なんだじゃないですよ、もう」
心配そうに俺の顔をのぞき込む。
「大丈夫だ」
「そうは見えませんよ」
「気力がみなぎっている」
「だから心配なんです」
「……そうか」
「そうです」
……しばらく無言。
俺たちは今、竜車で移動している。異端のミ=ゴ、ギギッガと……獣王ガーファングの瓶詰め脳髄が加わった、なんというか妙を通り過ぎた一行になっている。
まるで大道芸人の一行だ。
「……復讐に囚われて目的を見失うようなことはしない。
大丈夫だ、フィリム」
「……先輩」
目的はあくまでも勇者……ギデオンを倒し、獣人たちを解放する事だ。
そのためにやらねばならぬ事もいくつもある。
ギデオンへの復讐だけを考えるなら、ノーデンスによる軌道上からの無差別爆撃で獣王国首都を吹き飛ばせばいい。それで済む話だ。
だが、そんなものは選択肢に登りすらしない。
「……復讐に囚われ、人の心を失ったりはしない」
「でもさっき、獣王さんに聞かれて、『人の心? そんなの宇宙の彼方に捨ててきたぜ』って言ってましたよね」
「…………………………言っていない」
「言ってましたよ」
「冤罪だ」
細かい事を気にしている時ではない。
「次の目標は、あの山にあるミ=ゴ達の巣穴だ」
「言ってましたよ」
「そこで呪詛菌糸の根本を叩く。獣人たちの呪詛をまとめて解くことで、人質としての」
「言ってたじゃないですか」
「……認めます。ごめんなさい」
俺は敗北を認めた。
話を戻そう。
ギデオンが獣人を支配しているのは、いくつかの要素によるものだ。
獣王ガーファングを倒した事による実力の誇示。
これは人質をとっていた事、その事実が獣人たちの間に噂として流れている事で、決定的な支配力の土台にはなっていない。
そして、その人質……呪詛菌糸。国民たちに植え付けられたそれは、ミ=ゴの体細胞から作られていて、自由に増殖・支配出来るという。
また、ミ=ゴによって脳を摘出された者は、操り人形の不死者となる。
これらが獣人を恐怖で支配している元凶だ。
故に、まずはミ=ゴをどうにかする必要があるのだ。
ギギッガが言うには、統率個体を倒せば良いとのことだ。
統率個体が、テレパシーのネットワークの中枢である。それを倒せばネットワークか遮断される。
菌糸もそれで消えるとのことだ。
彼らは死ねばその肉体は溶けて消える、それと同じで、植え付けられた呪詛菌糸も大本である統率個体が死ねば消える。
……何のことはない。
結局の所、奴は、ギデオンは自分の力で何かを成し遂げたというわけではないのだ。
……まあ、それは俺も似たようなものだがな。
ノーデンスの、ネメシスの、アトラナータの力で死霊騎士や冥王を倒しただけだ。
なので、ギデオンの所行を否定するつもりはない。
ただ、同じステージにいるだけだと認識しただけだ。
借り物の力で戦っている者同士なら……負ける道理はない。
アドバンテージはこちらにある。情報という、な。
「……そいつを倒せば。みんなは……」
ラティーファが拳を握る。
「ああ。人質は人質でなくなる。
そうしたら、後はお前の出番だ。誇り高き獣王の娘として、国を救え」
「……はい、兄上様。いえ、ご主人様」
「……どっちの呼び名も作戦上のものであり、プライベートで使うものではない。
獣王陛下の視線が怖いぞ」
『今の己に、目は無いから気にするな』
竜車の荷台から声が響く。
「そういう問題ではありません。実父の目の前で兄上様だのご主人様だの呼ばせていると思われては困りますし」
『ですがマスター。兄妹設定も奴隷設定もマスターの提案では』
『……ははは、ティグル殿は全く、おもしろい性癖をお持ちだ』
「……冤罪だ」
あくまで作戦行動を円滑に進めるためのものだ。
「獣王陛下。ご息女が時々このように、その……なんというか」
『小悪魔的、と?』
「ご理解いただけて恐縮です。どのような教育をなさってきたのですか。普段は素直でよい子なのですが、時々」
『……まあ、妻の遺伝かな』
「そうですか」
教育ではどうにもならなかった、と。
『ふふふ。だが悪くなかろう。ああ、己もまた娘にこう、毛をもふもふわしわしとされたいものだ』
「……陛下。恐れながら、それは」
風呂での出来事を思い出す。
『天才的であるぞ、あの毛繕いは』
「悪魔的と申しますか、傾世傾国と申しますか」
『お前も毛繕いしてもらったか、人間よ』
「獣だろうと人だろうと、あれに抗うのは難しいかと。
……末恐ろしいご息女です」
『……その末、を見られぬのは些か残念だがな』
「……申し訳ありません」
調子に乗りすぎたか。
『よい。娘の行く末を託せる雄が現れた事を、己は父として嬉しく思う。
叶うならば、手合わせして確かめたかったがな。娘を託せる雄は己より強くなければ』
「……」
少し誤解がある気がする。
だが、あえて誤解を解く必要もあるまい。散りゆく男への手向けというやつだ。
「ふーん、託されちゃうんですね、先輩」
「……あとでその件について話をしよう」
こちらにはちゃんと誤解を解いておかねばならないだろう。
「はあ、でもよかったです」
「なに?」
「先輩が元気になってくれて」
「……そうか」
「そうですよ」
そう言われれば、そうかもしれない。
……他愛ない、くだらない話というのは、やはり大事なのだな。
「てけり・り」
「ギギギグゴッ」
二人も笑う。
「……俺は、よい仲間を持ったのかもしれない」
気付けば、いつの間にか……
胸を焦がし燻りつづける昏い炎は、消えていた。
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