第20話 獣王ガーファング

「……なっ」


 俺たちは驚愕した。


「まさか……お父様……!? そんな……」


 ラティーファは口元を抑え、青ざめる。


「間違い、ないのか」

「う……うん……この声……この口調……でも……」

『……ラティーファ……なのか』

「お父様……」


 ラティーファは泣き崩れた。


『そうか……やはり、そうだったか……すまない……すまない……ラティーファ……』

「うぅ……」


 彼女は涙を拭うと、毅然とした態度で言った。

 ……強いな。


「……お久しぶりです、お父様。でも、どうしてここに? それに、その姿は……一体」


『己は、勇者に敗北した……』


 そして獣王は語り始めた。



 勇者は、突如現れた。


 大量のミ=ゴを率いて、地中から。

 天界人を名乗りながら地中から現れるのもおかしな話だが、勇者は天から地中に堕ち、そこからミ=ゴを仲間にしたとのことだ。


 そして勇者と獣王は一騎打ちし、獣王は敗北した。


 それはいい。


 獣人は、獣王国は強さこそが全ての国である。

 事実、ガーファング自身も先代の獣王グローガインを打ち倒し、王座を簒奪した。そして国民から喝采を持って迎えられた。


 勇者も当然、力を示したのだ。支配は当然である。


 だが。


 勇者と獣王との戦いは、決して――正々堂々としたものではなかった、


 呪詛菌糸。

 ミ=ゴの対組織を植え付ける事による呪詛。人質だ。

 勇者は、獣王の妻、ラティーファの母を人質にした。

 そして……


「……ひどい」


 フィリムが呟く。俺も同じ気持ちだった。

 ラティーファの父、獣王の尊厳を踏みにじる行為。

 だが……俺の感情などどうでもいい。今重要なのは……


「それで、どうなったのですか、獣王陛下」


 俺は尋ねる。


『敗北した己は、奴の手により……肉体と脳を切り離された』

「では……」

「ギギッ」


 ギギッガが語る。


 自分たちには、他の生物の脳を取り出し保管する技術がある。

 その施術を行われた者は、肉体は不老不死となり、操り人形となる。


「……カイの言っていたそれか」


 村や町でも見た、自意識の無いロボットのような住人達。

 彼らは脳を奪われたなれの果て、ということか。


「じゃあ……」


 そう。


 今も獣王の肉体は、勇者の傀儡として操られているということだ。


「ギッグッギ」

「そうなのか」


 ギギッガは、だが獣王の戦いぶりに感銘を受けた……らしい。

 そして、勇者の本拠地から、獣王の脳髄を持ち出した。


「……どうしても、そのままただの人形として朽ち果てさせるのを許せなかった、見過ごせなかった、というのか」

「ギギッ……」


 なるほど。やはり彼は異常個体なのだろう。我々と精神構造が近い。近すぎる。


『お前たちの話も……聞かせて欲しい。娘よ。そして娘を守ってくれた者よ……お前はいったい』

「……私は」


 俺は話した。今までの経緯を。


『……そんなことが、あったのか』


「はい。私は不当な支配を行う偽勇者を打ち倒すため、この地を訪れました」

『……魔王軍四天王ともあろう己が、勇者の力を頼る事になろうとはな』

「不当な圧政の前に、勇者も魔王軍もありません」


俺は言う。ある意味部外者だからこそ言える事である。


「魔王軍とも、いい落しどころを見つけて和平を結べれば最善だと思っています」

『……不思議な男だ……己の知る勇者は……誰も彼もが戦い、敵を倒す事を考えていたが』

「それも決して間違いではないでしょう。

 勝たなければ何も始まらない。しかし、滅ぼし合うのは愚かだと考えています」


 話し合いだけでは何も解決しない。だが、相手が滅びるまで殺し合うのも不毛の一言だ。


『……勇者ティグルよ』


「はい」


『己を……殺してはくれぬか。この入れ物を破壊するだけでよい』


「!?」


 その言葉に、ラティーファが息を呑む。


「そ、そんな……!」


『己の身体は、あの勇者によって操られ、獣王国の支配の道具とされている。それは……耐えられぬ。

 この者に頼んでお前たちを連れてきてもらったのも……

 己を殺してもらうためだ』

「ギギッゴ!?」


 ギギッガが聞いてない、という反応をした。


 確かに、獣王の戦いに惚れこんだ彼ならそのような頼みは聞けないだろう。


「そんな、お父様!!」

『すまない』


 獣王は娘に謝る。そして俺に言う。


『己を……殺してくれ』


 その願いに、俺は。


「お断わりいたします」


 丁重に断りを入れた。


 ラティーファの表情が明るくなる。


『……何故だ』

「陛下の存在は、必要なのです」


 俺はまっすぐに答えた。


『……』

「私が奴を倒した所で、何も変わらない。外から来た怪しい、勇者を名乗る存在が支配するだけになってしまいます。

 それでは、意味が無いのです。

 獣人を、獣王国を救う事にはならない。

 陛下には、再び獣王の座に返り咲いていただく。その方が、私にとっても都合がよいのです。合理的だ」

『だが、無理だ』

「何故です。あの勇者には正当性がない」


 決闘を汚したのだから。

 だが……


『己は、奴に倒され、致命傷を受けた』

「……」

『そして脳を抜き取られ、肉体は否定された。

 この脳が肉体に戻った時……私の時は動きだし、余命幾ばくもなく、死に至るだろう』

「……だから、いっそ今殺せと」

『そうだ。そのほうが、合理的……だろう?』

「確かに……そうですね」


 死が回避できぬなら、これ以上利用されないように。

 尊厳を汚さぬように。

 それが慈悲だろう。


 ……だが。


「ならば。私のエゴのため、その命が尽きる最後まで生きていただきます」

『……なんだと』

「かの勇者を倒す。獣人達の呪詛を解く。陛下を肉体に戻す。

 その上で、ご息女に王位を譲っていただく。

 そして、誇り高き獣王として……哀れな敗北者として、民の前で死んでいただく。

 私は、新たな獣王ラティーファの後見人としての立場ぐらいがちょうどいいでしょう。

 無様に死ね、獣王陛下。

 敗北した者は、責任をとらねばならぬのた。楽に死ねると思わぬ事だ」

『……』

「真に国を愛する誇り高き獣王なら、安易な死に逃げるのではなく、残り僅かの断末魔を、民に捧げるのだ。

 その時ならば、介錯など望み通りにいくらでもしてやろう」


 俺の言葉に、獣王は……笑った。

 そのように、感じた。


『……お前に人の心は無いのか?』

「そのようなもの、宇宙の彼方に忘れてきました」


 心では、何も救えないし、変えられない。

 少なくとも、力がなければ。

 あと、地位と金と人望とコミュ能力と……

 とにかく色々と必要だ。

 ……俺には無いものが多い。


『……わかった。人の国の勇者よ。お前の目論見に乗ろう』

「ありがとうございます、獣王陛下。必ずやご期待に添えてご覧にいれましょう」

『ああ……頼む。必ずや、あの勇者を倒してくれ。あの……』


 そして獣王の告げた言葉は。

 俺の予想していなかった名前だった。




『勇者ギデオン……を』


◆◇◆◇◆


「なんだと?」


 獣王国首都、ドリオゾア。


 ギデオンは配下のミ=ゴからの報告を聞き、驚愕の声を上げた。


「本当か。村が次々と……」

「ギッゲゴゴッ」


 報告によれば、次々と呪詛が外されて行っているとのことだ。

 その数は決して多くはない。体勢に影響は無いが……


「何が起こってる?」


 ギデオンは困惑していた。


「おい! どういうことだ!」


 ギデオンは配下に問い詰める。ミ=ゴは手元の機械を操作し、映像を投影する。

 脳髄を抜きとり、木偶にした獣人の視界映像だ。


「……!」


 それを見て、ギデオンは驚愕する。そして次に襲ってきた感情は、歓喜。


 いや、狂喜か。


「おい。おいおい、おいおいおいおいおいおいおいおいマジかよ!」


 そこに写っていたのは、逃げ出した獣王の娘と、そして。


「……ティグル、隊長サマじゃん」


 自分がこの未開地に落ちた元凶。


「ははっ」


 おかしい。

 おかしくてたまらない。


「どういう組み合わせだよ。おもしれぇな、おい」


 そう言って、ギデオンはベッドで全裸でうつぶせになっている女性の髪を掴み、頭を持ち上げる。


「お前らの娘、とんでもねえ働きしてくれたぜオイ」


 呪詛でいつでもミ=ゴの体細胞の菌を増殖できる。

 だから逃げ出すのを見逃した。後に無力感と絶望感を味あわせて楽しむ予定だったからだ。


 だが……予想外、そして想定以上。


「楽しくなってきそうだな、オイ」


 ギデオンは笑う。


「う……っ」


 女性……獣王の妻であり、ラティーファの母であるラゼリアは、苦痛に呻く。

 だが。


「はい……私の娘が、ご主人様のお役に立てて……母親として光栄ですわ」


 うっとりと、笑った。


「はっ。マジかこいつ。壊れたか」

「まさか」


 ラゼリアはうっとりとした表情で言った。


「我々獣人は力こそ、強さこそ全てですもの。ギデオン様こそが獣王国を統べるに相応しいお方です」

「ははは。いいねぇ。従順なメスは好きだぜ」


 ギデオンは笑いながら、彼女の頭に手を触れた。


「ああ……」


 途端、彼女の顔に快楽の色が浮かぶ。


「脳みそ抜いた人形じゃ反応なくてつまんねぇからな。やっぱ最高だぜ、このビッチはよ」

「はい……ギデオン様……あっ」

「夫の前で乱れやがって。次は娘の前でよがらせてやろうか。それとも逆にぐちゃぐちゃにされる娘の前でおあずけもいいな。あるいは二人まとめてか?」

「はあっ……ギデオン様ぁ……どうとでもお好きなように……私たちは、ギデオン様の道具、しもべ、ギデオン様のメスにございます」

「く……はは、ひゃあはははははっ!!」


 そしてギデオンはラゼリアのまだ若く瑞々しい肉体を笑いながら貪る。

 ラゼリアとギデオンが乱れるベッドの横には、獣王ガーファングの肉体があった。


 脳髄を抜かれた操り人形の木偶。


 そのガラス玉のような瞳が、妻の乱れる姿を映していた。

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