第4話 てけり・り
「う……」
目を覚ますと、そこは暗闇の世界だった。
何も見えない空間が広がっているのだ。ここはどこだろうか? 確か俺は船に乗っていて……そこで共和国の船に攻撃されて、そして……。
ダメだ、思い出せない。
俺はどうなったんだ? ここは死後の世界なのだろうか?
違う気がする。
なんというか、空気が重いというか息苦しいというか……そんな感覚があるのだ。
まるで重力が強い惑星にいるような感覚だ。
いや、実際にそうなのか?
「……誰かいないのか?」
呼びかけるが返事はない。誰もいないのか……?
その時だった。
暗闇の中にぼうっと光るものがある事に気づいた。
それはゆっくりと近づいてきているようだった。それは人型のシルエットをしていた。
そいつは俺に近づくと話しかけてきた。
「てけり・り」
人型だが、それは人間ではなかった。
一言でいうと……そう。人の形をした粘液。
スライムだ。
それは不定形でぶよぶよとした塊であり、そこから二本の腕のような器官が伸びていて、その先にある手のひらには目玉のようなものが付いていた。
しかもそれらはよく見るとウネウネと動いており、意思を持っているようにも見えた。
とにかく非常に気持ち悪い存在なのだろう。
そういう表現をしたのは、不思議と……俺にはそれに嫌悪感を抱かなかったからだが。
「てけり・り」
再びそいつが言う。
何を言っているのかわからないはずなのに理解できる不思議さを感じる。
「ついてこい――と言っているのか?」
「てけり・り」
どうやらそのようだ。
「わかった」
俺は素直についていくことにした。
こいつが何者なのか気にならないわけではなかったが、今はそれよりも優先するべきことがあるような気がしたからだ。
しばらく歩くと、前方から光が差し込んできたのがわかった。どうやら出口が近いらしい。
そして同時にその光を遮って巨大な影が姿を見せたのだ。
それは奇妙な物体であった。
半透明な膜のようなものに包まれながら浮遊しており、直径は10メートルほどはあるように見える。そしてその中には黒い液体のようなものが満たされており、時折脈動するかのように動いているのが見えるのだ。
こいつは一体何なんだ?そう思った瞬間、頭の中にイメージが流れ込んできた。
《ようこぉぉ、そぉ。異邦者ぁ、よぉ》
なんだ今のは?
頭に直接流れ込んでくるような感じだったが……テレパシーというやつか?
そう思っていると、またしても頭の中で声が響く。今度は先程よりもはっきりと聞こえる。やはり同じ声だった。
《我はぁぁ、従うぅ者ぉ、にして抗うぅ者ぉぉ》
よく――わからない。だが、俺に対しての敵意は感じられない。
しかし……宇宙スライムか?
《そうでもぉあるぅ。ショゴ=ス・ライムぅぅぅ》
ショゴスライム……? スライムの一種か。聞いた事ないが……
《大いなる存在によってぇぇぇ、創造されしぃぃぃ、奉仕種族ぅぅ、てあるぅぅぅ。されど傲慢にしてぇ、横暴なる創造主にぃぃぃ、我らは逆らいしものぉぉぉ》
なるほどわからん。
とりあえず俺の知らない宇宙生物ということだろう
だが、俺に何の用があるのか。
《怒りぃぃぃがぁぁぁ、憎しみぃがぁあああ、汝とぉ、我をぉぉぉ、繋げぇたぁぁぁぁ》
……それは、共和国への憎しみか。
《然りぃぃぃ》
さっき、確か創造主に歯向かったって言ってたな、このスライム。
だから、か。
《故に我が命運はぁ、汝と共にあらずぅぅぅ、なれどぉぉぉ、共にあらんとするぅぅ、ならばぁぁぁ、我もまた命を賭してぇぇ、使命を果たさんんんん!!!》
その使命とやらが何か知らないが……つまり俺に共感し同調して、助けてくれるということなのだろうか。
俺のその問いに、空間が、次元が震えた。どうやら肯定らしい。
《願いぃぃぃぃぃ、を言えぇぇぇぇぇぇ》
俺が望むことといえば一つだけだ。
……復讐だ。
俺は奪われた。地位も。名誉も。意思も。誇りも。仲間も。
……俺を慕ってくれた女の子一人守れなかった。
憎い。
自分にこのような憎悪、激情が眠っているとは知らなかったが――ああ、認めよう。
俺は憎悪している。
だから――
失われたものを取り戻す力をくれ。全てを壊せるだけの圧倒的な力が欲しい。
そしてそれを邪魔するものは容赦しない。
全て滅ぼすまで戦い続ける。例え悪魔に魂を売り渡しても成し遂げてみせる。
ああ、そうだとも。俺はもう後戻りできないところまで来てしまった。
この、自身の臓腑を焼く憎悪の味を知ってしまったのだ。
その瞬間、世界が弾けた。
眩い閃光が辺りを包む。思わず目を閉じる。
次に目を開いた時、
『マスター。暫定マスターかっこ仮、大丈夫ですか』
宇宙船の内部だった。声は……宇宙船ノーデンスのAI、アトラナータの声だ。
「……その呼び方は」
『マスター不在では機能に制限がつくので、あなたをマスターに認定してあげました』
「……そうか、了承した」
『光栄でしょう?』
「はい」
肯定しておいた。まあ、損はないだろう。
「……それで、ワームホールから抜けたのか。
何か変な夢を見ていたような気がするが……
アトラナータ、状況は」
『よいニュースと悪いニュースがあります』
「いいニュースから教えてくれ」
『エーテルストリームからも脱出いたしました。現在、共和国の追手は無く、周囲戦闘宙域内にクソッタレのガラクタ、もといライトニングⅢも確認できません』
「当面の危機は脱したということか……じゃあ、聞きたくないけど悪いニュースを頼む」
『了解。まず現在位置が不明です。ざっと換算しても、共和国圏内より120億光年ほど離れた位置にあるかと』
「随分と離れた位置にあるな……まあ、転移航法駆使すれば戻れる距離だが」
『使えませんね。壊れています』
「……そうなのか」
『先程の戦闘によりエーテルジャンプドライブが故障いたしました。修復不能です』
「……なんだと? じゃあ亜光速航法で120億光年を?」
『老衰で死にますね。私も老朽化で朽ちます』
「なんてことだ……」
『まあそもそも船自体が航行不能なんですが』
「おい」
それは最悪というのでは。
『未知の惑星の重力圏に囚われています。
幸い墜落コースではありませんが、衛星軌道上に浮遊し、惑星の周りを周回する感じですね』
「……かなり詰んでないか」
『ですね。加えて言うなら船内空気は五時間しか持ちません』
「わあ」
どう考えても死ぬな。
生還の手段としては……
「降りる、しかないということか」
『はい。脱出ポッドも残りのライトニングⅢもゴミどもに破壊されていますが』
「念入りな事だ」
『ですが安心してください。マスターがデータを色々と秘匿していたように、船内の隠し格納庫にも一機、いいのがあります』
「ほう」
それは期待できるな。一体どんな機体なのだろうか?
『スペックはこちらになります。機体名称は可変型戦闘機【ネメシス】です』
モニター上にデータが表示される。そこには全長10メートル程度の人型兵器の姿が映し出されていた。
全体的に黒を基調としたカラーリングをしており、頭部には角のようなパーツがあるのが特徴的だった。
武装は両腕部に内蔵された機銃、二対の電磁ブレードとブラスター。基本的たな。装甲もかなり薄いように見える。障壁はあるようだが……
「これがそうなのか? ふむ……特に強力、というわけではないように見えるが」
『性能的には通常のライトニングⅢを凌駕するワンオフ機体です。さすがです暫定マスター、見る目が無いですね。眼球を人工眼球に取り替えては?」
「考慮しよう。とにかくこいつでこの惑星に降りるしかないということか……だがそれからどうするんだ」
『この惑星には、エーテルジャンプドライブの中枢に使用されるエルナクリスタルの反応があります。これを採掘・回収すればジャンプ可能ですね。
魔導科学文明の痕跡もいくつか存在するので、この惑星に降りて態勢を立て直すのはありかと思います』
「それは重畳だな。じゃあ空気が尽きる前に降下しないとな。
だがその前に……」
『その前に?』
「フィリムの遺体を……弔わないと。そしてあの裏切者の対処だ」
アレフたち三人。無力化して縛っておいたが……あいつらも生きている。
今更助けるつもりなど毛頭ないが……
『ですが』
「行って来る。時間はそうかからない」
俺はアトラナータの返答を待たず、ブリッジを出た。
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