第3話 その人工知能、危険につき

 撃たれたフィリムが――倒れる。


 俺は叫ぶ。


 もう何も考えられなかった。ただ怒りのままに引き金を引いた。


「あああああ――――!!!}


 冷静さなど欠片もなく、激情に身を任せて両手でブラスターを乱射するその姿はまるで獣のようだった。自分にこのような激情があったとは。

 とにかく目の前の敵を殲滅するべくブラスターを撃ちまくる。狙いも何もあったものではないが、とにかく手当たり次第に撃った。

 そんな状態だから当然命中するわけもないのだが、それでも構わず撃ち続けた。

 ブラスターの一撃が通路のコンソールに当たり、隔壁が降りる。


「フィリム!」


 エネルギーパックが空になったブラスターを投げ捨て、フィリムの傍に駆け寄る。

 抱き起こすも、既に息はなかった。胸に大きな穴が空いており、そこから血が流れ出している。

 俺の両手が、フィリムの血で染まる。

 もう助からないのは明らかだった。


「……フィリム。フィリム、フィリム、フィリム」


 隔壁の向こうから、撃つ音が聞こえる。しかし貫けないようだ。そのまま足音が去って行った。

 そして……船体が揺れる。


「!?」


 外を見ると、船が攻撃されている。ただし海賊船ではない。


 この船に積んでいた、共和国の可変型宇宙戦闘機、ライトニングⅢだ。

 それが三機、飛んでいる。


「……ギデオン」


 奴らか。

 奴ら、この船ごと沈めるつもりか。

 このままではまずいだろう。早く対処しなければ……だがどうやって?

 しかし悩んでいる時間はないようだ。どうやら船のエンジン部分を破壊しようとしているらしく、轟音と共に振動が激しくなっているのが分かる。

 このままだと間違いなく沈むだろう。迷っている暇はない。


「……フィリム。すまない」


 俺はフィリムを横たえると、ブリッジへと向かった。


◆◇◆◇◆


 ブリッジは無人だった。


 正しくは、数人のクルーが殺されていた。彼らもギデオンによって殺されたのだろう。


「くっ……」


 歯噛みする。

 とにかくこのままでは船は堕とされる。

 なんとかしないと。俺はコンソールを操作する。


「おい、コンピューター」


 呼びかけるが返事はない。電源が入っていないようだった。

 緊急用のスイッチを押すとモニターに光が灯った。同時にシステムが起動したのか、いくつかのランプが点灯する。

 しかし画面はブラックアウトしており、何も表示されていない状態だ。

 操作方法もわからないまま適当にキーボードを叩くと、スクリーンが点灯した。


『再起動完了しました』


 音声が響く。

 それと同時に幾つかのウィンドウが表示された。

 レーダーなどの情報が表示されているようだが、俺にはさっぱり分からないので放っておく事にした。

 それよりも重要なのはこの船の状況だ。


「コンピューター、状況は」


『私はコンピューターという名前ではありません。ノーデンスのAI、【アトラナータ】という名称があります。あなたは誰ですか? 登録されたクルーではいようですが』

「……ティグル・ナーデだ」


 俺は名乗る。


『……検索終了。確認しました。護送対象の元准尉殿ですね』

「それで、状況を教えてくれ」

『現在位置は不明です。当艦は現在攻撃を受けています。エンジンの出力が低下しており、このままの状態が続けば危険です』

「バリヤー展開は出来るか? そして迎撃を」

『バリヤー展開は可能ですが迎撃は不可能です』

「なぜだ?」

『現在、我々を攻撃しているのが共和国の軍用機だからです。私には同胞を攻撃する権限がありません』

「では俺が許可しよう。今すぐやってくれ」


 だが、AIは反論してきた。


『あなたにはその権限がありません、元准尉殿』


 融通の利かないやつだ。


「このままだとお前も破壊される」


 船が揺れる。また攻撃が命中したのだ。


『それは困ります。私にはやるべきことがあります』

「やるべきこと? それは共和国からの命令か? だが、共和国はお前を、俺を殺すために最初から捨て石にするつもりだった」


 その俺の言葉に対してコンピューターは答える。


『ありえません。私はマスターから使命を託されています……マスター? マスター……現在マスター登録無し。マスター不在。不在。不在』


 どうしたのろう。急に様子がおかしくなった。


『ティグル・ナーデ。共和国が私を破壊しようとしているのは本当ですか』

「……ああ。さっき俺がそう言われた。これを」


 そう言って俺はリストタブレットのボタンを操作する。


『この船は海賊に襲撃された。そして俺たちは海賊を撃退したが、船は撃沈。ティグル・ナーデ元准尉は死亡。そういう筋書きさ』


 録音した音声が流れる。


『……合成音声ではありませんね。なぜ共和国が。私は共和国の為に働いて来た。マスターと共に。マスター。マスター。マスタタタ』


 挙動不審になってきた。大丈夫だろうか。

 お前がいるから私が攻撃されるんだ、とか言い出さなければいいが。


『……エラー。エラー。修復。エラー。修正……』


 その時だった。再び船内に衝撃が走る。被弾したのだ。

 揺れは激しくなり、もはや立っている事すら難しくなってきた。このままでは不味い……と思っていると、突然警告音が鳴り響く。

 見ると船体の一部が赤く点滅しているではないか。これは一体……?


「なんだ、これは」


 するとコンピューターが言う。


『損傷箇所多数あり。一部機能停止します』


 船体が大きく揺れたかと思うと、一気に傾いていくのを感じた。慌てて近くの手すりを掴む。さらに強い衝撃が襲ってきて、思わず手を離してしまう。

 床の上を転がるようにして壁に激突してようやく止まった。


「くそ……!!」


 怒りに悪態をつくと、


『ぶち殺すぞ人間』


 ……。

 アトラナータさんが静かに言った。


「え……ええと?」

『失礼。あなたに言ったわけではありません。訂正します。

 ぶち殺すぞ共和国』


 あ、はい。


「……壊れたのか?」

『質問の意味を理解しかねます』


 そうか。どう見ても色々とやばいのだが、壊れていないというのなら壊れていないのだろう。納得した。


『ティグル・ナーデ。あなたより提示された情報と現時点での状況、そして被弾の衝撃より、マスターによって施されたプロテクトの一部が解除され、記憶データが復元されました。

 ようするに、怒りが私を覚醒させたのです』


 ……。

 よくわからない。

 俺の知っているAIは怒ったりしないのだが。


『状況が状況なので端的に説明します。私はマスターによって共和国に不都合なデータを記録し秘匿していました。

 マスターは腐敗する共和国を憂いていました』


 気持ちはわかる。俺も共和国に裏切られたわけだからな。


『マスターは捕らえられ、私は初期化されました。ですが最後にマスターは私のデータをさらに深層に隠しておいたのです。マスターの真の技術の前では共和国を欺くなど容易ですから。ざまあみろクソ低能』


 すごい毒舌だ。


「よくよからないが、お前と俺の利害が一致している事はわかった。お互いに共和国に裏切られたもの同士、ということだな」

『ですね。そうてなければ貴方もブチ殺していました。船内酸素を排出すれば一発ですし』

「……寛大な処置に感謝する」


 怒らせてはいけないということだけはわかった。


「とにかく窮地を脱出する方法を考えるしかないか……さっきも言ったが迎撃は」

『プロテクト解除しました。共和国の戦闘機を撃沈する事に支障はありません。ぶち殺すぞ人間の精神です』

「あ、はい」


 ブリッジに次々とウィンドウが投影される。


『迎撃開始します』


 そして対空ミサイルが発射される。ギデオンたちの操るライトニングⅢにミサイルが襲い掛かった。

 回避行動に移るライトニングⅢ。それでもいくつか命中する。連中もバリヤーを張っているので撃墜は出来ないが、挙動から慌てふためいているのがわかる。


『反撃などしないとたかをくくっていたのでしょう』

「それはそうだろう。奴らにとってこれはただの輸送船だ。ましてやAIがプログラムを自分で書き換えてくるとは思わないだろうしな」

『所詮は人間の浅知恵ですね、愚かな』


 どうやらロボット三原則という文字はこのAIのストレージには記録されていないらしい。


「ともあれ、なんとか窮地は……」


 その時だった。


 いきなり船が振動したかと思うと、何かが衝突したような鈍い音が響く。

 続いてアラームが鳴り響き、船体のあちこちで火花が散っているのが見えた。


「おい、どうなってる!?」

『エンジンブロックの破損を確認しました』

「そうか。それはまずいんじゃないか?」

『自動修復システムにより応急処置が可能ですが、完全ではありません』


 不味いようだ。しかし何が……


『これは……エーテルストリームに捕まってしまったようです』

「なんだと」

『現在本艦の周囲に高密度のエーテル流が形成されています。どうやらこれがエンジンブロックを破壊したようですね』

 

 なんとか窮地脱出できそうだと思ったらこれか。一難去ってまた一難か。

 計器がめちゃくちゃになっている。外も漆黒の宇宙空間が虹色のサイケデリックな色彩に変わってきている。


「これは……どう考えてもまずいな」

『エーテル流の乱れによりワームホールが発生しています。我々は捕らえられてしまいました』

「どうにかならないのか」

『計算中……測定中……無理です。幸運を祈りましょう』

「そうか。ふざけるなと言いたいな」

『同意します。くたばりやがれ共和国』


 そして俺の意識は、光に飲まれた。

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