第2話 裏切り

「――!?」


 突然の事態に混乱しつつも、反射的にシールドを展開する。放たれた光線が直撃するも、なんとか防ぎきった。

 何が起きたのか分からないまま顔を上げると、そこには信じられない光景があった。

 仲間だと思っていた者達全員が、俺に向けて銃口を向けていたからだ。


(一体どういう事だ!?)


 理解が追いつかない。何がどうなっている。

 何故味方であるはずの彼らが俺を攻撃してくる?

 いや、それよりもまず、この状況を脱しなければ……!

 咄嗟に回避行動を取ろうとした瞬間、再び銃声が響く。


「ぐっ!」


 今度は左肩を撃ち抜かれた。衝撃と激痛に顔を歪める。

 このままではマズイと思い、即座に反撃に出た。

 まずは目の前にいる奴から無力化しようと試みる。


 まずブラスターで一人目の足を撃ち抜き、転倒させる。そしてその頭を全力で踏み抜いて無力化した。

 そしてもう一人には、至近距離からの胴体を撃ち貫いた。スタンモードとはいえさすがにこれは耐えられなかったようで、沈黙する。

 三人目。麻痺させた相手の身体を投げつける。それを回避し、体勢を崩したそいつの鳩尾に拳を叩きつけ、そしてブラスターを撃った。


「……終わったか」


 何とか撃退できたものの、こちらの被害もかなり大きい。

 左肩を撃ち抜かれ、左手は使えない。まだ戦うだけの力は残っているが……。

 俺は無力化した、彼らを見下ろす。ヘルメットを取ったその下は、やはり全員見知った顔……俺の部下だった男たちだ。


「アレフ……ベレット……ケアード……

 何故」


 倒れた彼らに問うが、答えはない。

 死んではいない、だが……なぜだ。


「た、隊長……」


 フィリムがよろよろと立ち上がる。


「大丈夫か」

「は、はい……」


 フィリムも上腕を撃たれていた。傷はかなり深いようだが、幸いにも急所は外れているようだ。

 これなら……なるほど、フィリムなら大丈夫だろう。


「動けるか?」

「大丈夫です。隊長も……」

「ああ、頼む」


 フィリムに肩の止血をしてもらう。痛みはあるが我慢するしかない。

 そしてフィリムは、俺の傷口に手を当て、念じる。

 ぼうっ、と淡い光が灯る。

 エーテル制御治癒施術法手……治癒魔術だ。


 この宇宙にはエーテルという力が満ちている。

 第五元素とも呼ばれるものであり、魂の力とも言われている。

 この力を、一部の者は操作できる。

 超能力、異能、魔法と呼ばれるものであり、一部は体系化されていて、軍にも取り入れられている。魔導科学の力の源泉でもある。


 フィリムはエーテルを操り、人の再生能力、自己治癒力を促進させているのだ。


「……ありがとう、楽になった」

「よかったです」


 ちなみに、俺にエーテル術……魔術の才能は無かった。


 とにかく現状を把握しなければ話にならないのだから。

 通路を歩く間中ずっと警戒していたが、襲ってくる者はいなかった。

 だが油断は出来ない。

 俺は仲間に襲われた。彼らはとりあえず拘束しておいたが……

 一体何の為に?

 そんな疑問ばかりが浮かぶ。わからないことだらけで頭がおかしくなりそうだった。もっとも、既におかしくなっているのかもしれないが。


 そんなことを考えているうちに、ようやく目的地へと到着したらしい。

 ドアの前に立ってみるが、やはりロックされているようだ。仕方なくコンソールを撃ち抜いてドアを開ける。中には誰もいなかった。

 医療キットがみつかったので、それで処置を行う事にする。

 その間、フィリムはじっと俺の様子を見つめていた。心配そうな表情をしている彼女に言う。


「大丈夫だ」

「でも……こんなに酷い怪我なのに」

「致命傷じゃない。動かなくなることはないだろう」

「……」


 納得していない様子だが、それ以上何も言わなかったので良しとする事にする。


 実際、動き回るのに問題がない程度には回復してきたし、何よりいつまでもここにいても仕方ない。


「他の隊員たちは……」


 フィリムが口を開く。


「どうしているだろうな。連絡も通じない。何がどうなっているのか……」 


 俺たちの部隊は八名だった。

 俺、フィリム、アレフ、ベレット、ケアード。

 ディラック、エルザ、ギデオンの八名だ。

 他にこの宇宙船ノーデンスの船員も数名いるはずだが……

 三名が襲ってきた以外、静かなままだ。

 ともあれ、まずは現状把握をしなければならないだろう。その為には、司令室へと向かう必要があるのだが……


「フィリム、歩けるか?」

「はい」゜


 彼女は頷く。


「私は大丈夫です」

「よし、じゃあ行こう。とにかくブリッジだ」


 俺たちは静まり返った船内を進む。

 すると、数名の人影が現れる。

 この船のクルーのようだ。

 だが……


「……」


 彼らはその場で倒れる。見ると、胴体をブラスターで撃ち抜かれていた。


「これは……ひどい」


 フィリムが口を押える。

 この傷跡は……


「隊長……まさか」


 フィリムも心当たりがあるようだ。信じたくはないが……


「ディラック……お前がやったのか」


 答える声はない。だが、恐らくそうだろうという確信があった。

 彼は性格こそ温厚だったが、射撃能力に関しては俺たちの中でも群を抜いていたのだから。

 アレフ、ベレット、ケアードに続いて、ディラックまでも……。

 何がどうなっている。


 彼らが自分の意思でこういう行動に出たとは考えにくい。いや、考えたくない。

 映画であるように、ゾンビウイルスか何かに感染でもした……いや、荒唐無稽すぎるか。


「!! 隊長!!」


 フィリムが叫ぶ。


 通路の向こうからブラスターの熱線が飛んできた。慌てて回避する。外れた光線はそのまま壁に命中して弾け飛んだ。


「くっ!」


 ブラスターを構え、声をかける。


「誰だ!?」


 だが返事はない。代わりに別の方向から攻撃が来た。複数名か。

 咄嗟にシールドを展開して防ぐも、完全に勢いを殺す事はできなかったようで吹き飛ばされてしまう。


「か……はっ」


 壁に激突した衝撃で肺の中の空気が一気に吐き出された。一瞬呼吸が止まりかけるが、なんとか持ち直すことに成功する。


 その間に敵は接近してきていて、ブラスターによる射撃を仕掛けてきた。俺はそれを紙一重で躱すと、反撃に転じるべく距離を詰めようとする。


 だが、そこに新たな敵が割って入ってきたため、やむなく後退せざるを得なかった。挟み撃ちだ。


「……くそ」


 途中にあるドアを開け、俺たちは中に入る。

 そこは倉庫のような場所で武器弾薬などが保管されていた。

 追っ手は入ってない。扉越しに激しい銃声が響いてくるのみだった。


「隊長」

「ん?」

「これからどうします?」

「そうだな……相手の出方を見るしかないが……」


 そう話していると、声が響いた。


「まったく、しぶといな、ティグル元隊長」


 この声は……!


「ギデオン! お前なのか。一体どうして……」


 壁の向こうから、ギデオンが返答する。


「命令だよ」

「命令……?」

「この船は海賊に襲撃された。そして俺たちは海賊を撃退したが、船は撃沈。ティグル・ナーデ元准尉は死亡。そういう筋書きさ」

「どういう……」


 意味がわからない。


「……そういう事ですか」


 フィリムが言う。


「あなたは最初から私たちを……隊長を陥れるつもりだったんですね! なんでですか!! それが、あなたの目的なんですか!?」

「そうだよ、間抜けなお嬢さん」


 フィリムの問いに、ギデオンは笑う。


「そんな……!」


 フィリムは言葉を失う。

 俺はギデオンに問いかけた。


「何故だ。何故俺がお前に殺されねばならない。命令とはどういうことだ。俺に何の恨みがある」


 ギデオンの答えはこうだった。


「恨み? ねぇよ隊長。俺はお前を尊敬してるんだぜ。いつも冷静でクールでクレバー。軍人としてかくあるべき。ツラが陰険で堅物で朴念仁なのが玉に瑕だが、それなりに笑いも通じるし仲良くできてると思ってるぜ。

 だけどな、なんか知らんがお前は上に睨まれた。こないだの命令無視の件か、それとも別の何かか。

 とにかく、追放されたお前を確実に消せって指令だ。よかったな、この船っていう立派な棺桶まで用意されてよ」


 ギデオンは笑う。

 その口調から、命令に仕方なく従っている……ということではなさそうだ。


「そんな……なんで……」


 フィリムが膝から崩れ落ちる。

 彼女はこれを知らされていなかったのか。だが、アレフたちも……その命令通りに、俺を殺しに来たのか。仕方なくか、それとも……ギデオンのように?


「さっき殺されていた……船のクルーは」

「ああ、邪魔だったんでな」

「……お前」


 そんな命令のために、平気で同僚を殺したのか。彼らは何の罪もないだろう。


「優秀な兵士は、命令に従うものさ」

「それは……違う」


 俺は言う。通路に姿を現し、ギデオンと相対する。


「確かに優秀な兵士は命令に従うものだ。だが、盲目的に従うロボットでいてはいけない。

 それにお前は……命令を理由に楽しんでいる」

「悪いかよ、隊長さん」

「ああ」

「……まあいいや、御高説どうも。だけどどうせあんたは死ぬんだ」


 そう言うと、ギデオンはブラスターを構えなおす。俺もまたブラスターを構えた。

 こうなってしまってはもう戦うしかないだろう。例え相手がかつての仲間であってもだ。


 ――もはやどうしようもない。

 ならばせめて全力で戦うだけだ。たとえ相打ちになったとしても。

 せめてフィリムだけは――そう覚悟を決めると、奴に向けて叫んだ。


「来い!」


 だが、ギデオンは笑ったままだ。

 その視線の先は――まさか。


「隊長!!」


 フィリムが叫ぶ。


 俺の背後からブラスターの熱線が飛んでくる。

 伏兵――ディラックか。

 反応が遅れたせいで避ける事ができない。直撃を覚悟した瞬間、目の前に影が現れたかと思うと、そのまま突き飛ばされた。


 フィリムが俺を庇ったのだと理解した時には、彼女の身体に熱線が命中していて、次の瞬間には血飛沫が舞っていた。


「あ――」


 声にならない声が喉から出る。


 目の前で何が起きたのか理解できなかったからだ。呆然としたまま、ゆっくりと倒れていく彼女を見ていた。倒れた彼女が起き上がる事はない。


「フィリムゥゥゥ――――――!!!!!!」

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