第5話 未知の惑星へ
通路を歩いていると、例の三人がいた。三人は床の上で芋虫のように転がっていたが、しかし様子がおかしい。
「……なんだと」
近づくと、それは……アレフたちは、死んでいた。
それも、干からびていたのだ。ミイラになっていた。
まるで数十年、数百年と放置されていたかのように。
(どういうことだ?)
こいつらを倒したが、あくまで無力化しただけだった。致命傷ではない。息があるのは確認していた。
あのエーテルストリームに捕まり、ワームホールに飲まれたときに何かあったのか。
「……!! フィリム!!」
俺は走る。もし、フィリムの遺体もこうなっていたら……
だが、それは俺の杞憂だった。いや、杞憂と言うか……
そこには。
「てけり・り」
「……え?」
そいつはそこにいた。
思い出した、あの時のスライムだ。それが、フィリムの傍にいた。
フィリムは、ミイラ化してはいなかった。ひとまず安堵する。
「……お前がやったのか?」
そいつは頷いたように見えた。そうか……やはりお前の仕業なのか。
ならちょうどいい。聞きたいことがあった だ。
いろいろと疑問はあるのだが――とりあえず一番気になることを聞いてみた。
「お前の目的とはなんだ?」
するとそいつは答えた。
「てけり・り」
なるほど。ロードの命令で、俺に従うと。
ロードというのはあの時の巨大な宇宙スライムか。
「てけり・り」
「……そうか」
俺は近づく。フィリムの遺体は……頬に赤みがさしていた。
胸もわずかに上下している。
「……お前が助けてくれたのか」
「てけり・り」
どうやら肯定しているらしい。
不思議なやつだが……少なくとも敵じゃないみたいだな。
「ありがとう」
俺はそいつに対して感謝の言葉を口にした。そして続けて言う。
「ところで、名前を聞いてもいいか?」
「てけり・り」
名前はないのか。ふむ。
「てけり・り」
つけてほしい? そうだな……
「――じゃあ今日からお前は"ノイン"だ」
「てけり・り!」
気に入ったらしい。嬉しそうだ。
ノインが言うには、アレフたち三人の生命力を使い、フィリムを蘇生させたらしい。もう少し遅ければ間に合わなかったとのことだ。
……本当によかった。
(……よかった、か)
部下三人が宇宙スライムに殺された感想がこれとはな。
だが、彼らは俺を裏切り、俺とフィリムを殺そうとした。それを思うなら当然の報いなのだろう。
……薄情なものだな、俺も。
せめて干からびた三人は、感謝の意をこめて宇宙の塵にでもなっててもらうか。
「てけり・り」
「……食べていいかって? いいぞ」
俺の知ってる宇宙スライムは衣服や宇宙船を溶かして食べるのだが、ノインたちショゴ=スライムは違うらしい。何でも食えるそうだ。
「ん……」
そうこうしていると、フィリムが目を開けた。
「……たい、ちょう?」
「ああ。フィリム。大丈夫か?」
「わたし……」
意識がはっきりしていないようだ。無理もないだろう。
助かったとはいえ、胸を撃たれていたのだからな。
だから今はゆっくりと休むといい。俺が傍にいてやるから。
そんな思いを込めて、彼女の頭を撫でたのだった。
「……っ!?」
瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まったかと思うと、慌てて起き上がり俺から距離を取った。
何か失敗したのだろうか。
「あ、あああありがとうございます! もう大丈夫です! 元気になりました! おかげさまで! はい! だからもう平気です! ほんとにもう大丈夫なので! 失礼します!!」
早口でまくし立てながら、フィリムは部屋を出て行った。心なしか顔も赤い気がするな……まあ元気にはなったみたいだし、なによりだ。
「てけり・り」
「ああ、そうだな」
とりあえず時間は無い。あと四時間程度で酸素は尽きるので、フィリムに説明しないとな。
◆◇◆◇◆
『――以上が現状の状況です』
艦内のスピーカーから、アトラナータの声が聞こえる。現在俺たちは格納庫に移動していた。
目の前にはネメシスがある。
そして周囲には俺とフィリムとノイン、そしてアトラナータの端末蜘蛛型ドローンがいる。
ちなみにノインは手のひらサイズになっていた。質量も変わるのか。
「てけてけさん、小さくなれるんですね」
フィリムが言う。なんだその名前は。
「フィリム。彼の名はノインだ」
「えー。てけりりって言うしてけてけさんの方がいいと思います。
ノインって、ちゃんとした名前だけどこう、この子のイメージにあってないですよ」
「てけり・り」
「ほら、てけてけさんもそう言ってます」
言っていない。
自分はどちらでもいい、好きに呼んで欲しいと大人の対応をしているだけだった。
だが、彼は一度俺のつけた名前を喜んでくれた。
「……本名ノイン、ニックネームがてけてけさん、で妥協しよう」
「はい、それでいきましょう」
「てけり・り」
ひとまず話はまとまった。
這いずったり跳ねたりする移動の姿から、「てけてけ」という
歩く擬音のような名前は似合わないと主張したいが、まあいい。
ネメシスは大気圏突入が可能だが、突破は出来ない。一方通行とのことだ。
つまり帰りは自力でなんとかしろということだ。
ちなみに燃料はエーテルエネルギーであり、空気中の成分を変換して使用できる。
ノーデンス本体も、それで活動可能だ。生命維持装置は数時間しか持たないが、船そのものは余裕があるということだ。
『では、発進シークエンスを開始します』
格納庫のハッチが開かれると、そこから外の景色が見えた。
操縦桿を握ると、周囲のモニターに各種情報が表示される。システムオールグリーン。問題ないな。あとはエンジン始動させるだけだ。
「さて、行くか」
「はい」
コンソールを操作すると、船体下部にあるスラスターノズルからプラズマ噴射が行われ、ネメシスはゆっくりと前進を始めた。
同時にメインカメラによる映像が映し出される。外は漆黒の宇宙空間だった。
そして眼下には青い惑星が広がっている。
「わあ……」
フィリムが感嘆の声をあげる。
『入射角計算終了。これより降下に入ります。衝撃に備えてください』
警告音が鳴り響き、やがて機体は重力に引かれて落下していく。
加速によりGが発生し、座席に押し付けられるような感覚に襲われるが、我慢するほかない。しばらくそのままの状態が続く。
三分ほど経過しただろうか。ようやく大気圏摩擦から解放された。
眼下には森と大地が広がっている。
「フィリム」
俺は後部座席のフィリムに声をかける。
「不安か?」
「……少し」
それはそうだろう。突然こんな状況に放り込まれたら誰だってそうなる。
「安心しろとは言えないけど、でも大丈夫だ」
俺は言う。
「お前は俺が守る。今度こそ」
あの時は助けられたからな。
「!!」
フィリムの顔が真っ赤になった。
不甲斐ない俺に対する怒りか。怒らせてしまったようだ。
「そ、そそそうですか……」
「すまない」
「いえ謝ることでは! わわわかりました……お、お願いします隊長」
「まかせてくれ」
俺は頷く。
「だけど隊長はもうやめてくれ。俺は共和国とは完全に決別する。もう軍人でも兵士でもない」
「……そうですね。じゃあ、ティ……ティグル……せ。せんぱいで」
『ダーリンとかあなたとかではないのですね。これだから人間は』
「てけり・り」
何を言っているのだこいつらは。
『ところで暫定マスター。この惑星ですが、いくつか。
まず重力係数が標準惑星の半分です』
「というと?」
フィリムが聞く。
「要するに、体が軽くなる。単純に考えて、この惑星では俺たちの力は倍になる……と思っていればいい」
「すごいじゃないですか、超人ですね」
『ですが、それに慣れると標準重力の惑星に行ったら弱体化しますね』
「だめじゃないですか」
「うむ。だから重力制御をしておくんだ」
軍の宇宙用スーツの生命維持装置には、重力操作もある。自分にかかる重力の体感を制御すると言うものだ。
これはウェイトトレーニングスーツとして応用する事も出来る。
スーツだけではなく、リストバンド型のガジェットでも可能だ。
『あと、魔導科学の反応は確かにありますが……』
「ありますが、何だ?」
『衛星軌道上からざっとスキャンしてみた所、文明レベルは低いようですね』
「どういうことだ?」
魔導科学文明があるんじゃないのか。
「たいちょ……じゃなかった先輩。もしかしてあれでは?」
「そうか。あれか」
どれだろう。
「魔導科学の反応は遺跡であり、住民そのものの文明はまだ未開の星……っていう」
「……」
それはありうるな。
入植した開拓者たちが全滅した後の遺留品や、開拓を諦めて脱出した後遺された施設が残っているということはあるらしい。
普通に高度な文明が栄えた後で一度文明崩壊いして、また進歩していったパターンも。
「そういう場合は……困るな。現地人に接触しても助けを得られない、というか、宇宙に出れないじゃないか」
『逆に考えるのです暫定マスター。未開の猿どもを私の科学力で支配して労働力としてこき使えばスムーズに事は進みます』
「……」
「……」
俺とフィリムは黙る。発想がいちいち凶悪である、このAI。
「そういう人が出るから、星間条約で未開惑星への干渉は禁止されてるんですけどね……」
『私はAIですので人間の規定した条約には縛られません』
「せんぱい! このAIむちゃくちゃです! 作ったの誰ですか!」
「共和国の連中の擁護はしたくないが……こゃれは俺と一緒に廃棄しようとして正解だろう」
『褒めても何も出ませんよ』
「褒めてないのだが」
『さて、暫定マスター……この言い方もいちいち面倒ですしマスターでいいですが、地表にて戦闘が行われているようです』
モニターを見ると、確かに何かと交戦しているような様子が見て取れた。
あれは……骸骨の軍勢?
「どうします? あの様子だと救助した方がいいと思うんですけど」
「……だな」
俺は頷いた。
『どちらに加勢しますか?』
「いや、どう見ても人間のほうだろう」
俺たちは機体を操作して地上へと向かうのだった。
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