第四十一話 ゾンビは少し成長する③ 

「ぶっ!?」


 と、吹っ飛ばされるゾイ。

 男からパンチの直撃をもらったのは、もう何度目か覚えてすらいない。


 視界が歪む。

 今すぐにでも気を失ってしまいそうだ。

 けれど。


「っ……」


 ゾイは立ち上がり、男を睨み付ける。

 そして、そんな彼の視界の端に映るのは――。


「…………」


 と、必死な様子で祈っているクレハ。

 きっと、ゾイを応援してくれているに違いない。


 やはり負けられない。


 それにこれ以上、クレハを心配させたくもない。

 いつまでも一方的に殴られている訳には――。


「がっ!?」


 と、考えている傍から、男に顔面を殴られるゾイ。

 そんな男は、ゾイをさらに殴りながら、言葉を続けてくる。


「しつこいんだよ、クソガキが!」


「っ――ぐぁ」


「いい加減倒れやがれ! この雑魚が!」


 殴られる殴られる。

 この瞬間だけで、十発以上は喰らった。


 けれど、ゾイは絶対に倒れない。

 すると。

 

「女犯すまで生かしておいてやろうと思ったが、面倒くせぇ……もう殺す!」


 いい加減焦れたに違いない。

 言って、男は近くに落ちていた剣を拾い上げる。

 そして、奴はそれを振りかざし、ゾイの方へと駆けてくる。


「……っ!」


 避けられない!

 斬られる!

 

 とはいえ、ゾイはゾンビだ。

 斬られても死ぬわけではない。


(でも、斬られれば確実に、しばらく動けなくなる。そうなれば、きっとクレハがこの男を倒すことになる)


 そんなの、ゾイにとっては負けと同じだ。

 ありえない。


「っ!」


 ゾイは全神経を集中させながら、男が振るう剣を見る。

 それは確かに早い……だが。


(本当に避けられないほど速いか? よく見ろ、諦めるな……僕はもっと早い斬撃をしっているはずだ)


 剣聖ネイカ。

 かつて共に旅をしたクソ女の一人。


 ネイカの斬撃の方が、男より数百倍上だ。

 そもそも彼女の攻撃は、始まりと終わりが見えないほどだった。

 そうだ。たかがこの程度――。


「これで終わりだ、死ねぇえええええええ!」


 と、ゾイの思考を断ち切る様に聞こえてくる男の声。

 同時、振り下ろされる剣。


(躱す……躱せ、躱せ、躱せ!)


 ゾイはその一念で、なんとか身体を動かす。

 半身になりながら、横っ飛びに移動する。

 しかし。


「っ!」


 結局、ゾイは左肩に斬撃をくらってしまう。

 だがそれでも。


(避けた! まだ動ける! 動けるなら――)


 勝てる。

 と、ゾイはその一心で地面を蹴りつける。

 そして、身体を前へと進ませる。


 向かうは剣を振った直後で、隙だらけの男。

 狙うは奴の首。


(この一撃で決める! 外すことは許されない!)


 考えながら、ゾイは男へとゾンビにとっての最強の武器を振るう。

 その直後――。


「あ、へ……?」


 と、聞こえてくる男の声。

 僅かに遅れて、吹き上がる赤い噴水。


 何が起きたのか。

 簡単だ。


「俺の勝ちだ……クソやろ、う」


 言って、ゾイはぶっ倒れるのだった。

 喰いちぎった男の首の肉を、ゆっくり咀嚼しながら。

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