第三十九話 ゾンビは少し成長する

「ぶほっ!?」


 と、吹っ飛んでいく男。

 当然だ――ゾイは『身体強化』のスキルを使用しているのだから。


 もっとも、男へはそれほどダメージは入っていないに違いない。

 ゾイの男への恨みは、マオの時とは比べ物にならないほど小さい。


 などなど。

 ゾイはそんな事を考えたのち、クレハへと言う。


「お疲れ様、こんな事頼んじゃってごめんね」


「べつに疲れてないわ……ゾイのためだもの」


 と、言ってくるクレハ。

 彼女はゾイの方へと歩いて来ると、言葉を続けてくる。


「でもあの男……面倒くさかったわ。声も耳障りだし……とても臭かったわ」


「あはは……やっぱりお疲れ様。とりあえず、ここまであいつを誘導してくれて、本当にありがとう」


「ゾイのためだもの……私はなんだってやるわ」


 と、ゾイはここでとあることに気がつく。

 それは。


「あれ、マオは?」


 ゾイの作戦では、マオも一緒のはずだったのだ。

 さすがにクレハ一人では危ないし――。


「マオは……寝たわ」


 と、言ってくるクレハ。

 ゾイは呆然としながら、彼女へと言う。


「え、寝た?」


「男に声をかけに行く少し前……『もうだめじゃー』って言って、寝たわ」


「…………」


 マオ、ゾイの事を舐めているのか。

 はたまた、ただのバカなのか。

 と、そんな事を考えていると。


「てめぇ、どういうつもりだ!」


 と、聞こえてくる男の声。

 奴は剣を引き抜きながら、ゾイへと言ってくる。


「直前で自分の女を差し出すのを躊躇でもしたか? まぁいいてめぇ、いずれにしろ後悔させてやる」


「待て待て待て、後悔させてくれるのはいいんですけど……一つだけ言わせてもらえますかね?」


「あぁ?」


「最初からクレハをお前如きにやるつもりはねぇんだよ……下半身でしかものを考えられないバカが」


「……殺す」


 言って、ゾイの方へと駆けだしてくる男。

 きっと、間合いに入るや否や、ゾイを斬るつもりに違いない。

 けれど遅い。


(今の僕は『身体強化』がついている。この程度、余裕で対処できるんだよ)


 考えたのち、ゾイはクレハを下がらせる。

 その直後、男の剣がゾイの首へ向け振るわれる。

 だがしかし。


 ゾイはそこからさらに一歩前進。

 男が剣を振りきる前に、奴の腕を掴み剣を止める。


「なっ!?」


 と、驚いた様子の男。

 けれど、当然これで終わりではない。


 ゾイは空いてる方の腕を引き絞り。

 男の腹めがけ、全力で撃ちこむ。 


「がはっ!?」


 と、剣を取り落とす男。

 しかも、完全に動きが止まっている。

 これ以上のチャンスはない。


「ほらほら、避けなくていいんですか!?」


 と、ゾイはバックステップで、男から少しだけ距離を取る。

 そして、ゾイは男の側頭部めがけ、全力で回し蹴りを入れる。


「ぐっ……あ!?」


 と、尻もちをつく男。

 奴は何とかといった様子で、立ち上がりゾイへと言ってくる。


「く、くそ……がぁ! 俺がてめぇみたいなガキに! てめぇみたいなガキに苦戦するわけがねぇ!」


 そこからの展開は一方的だった。

 ゾイがただ攻撃を繰り出すだけ。

 相手の攻撃は当たりもしない。


 殴る。

 蹴る。


 楽しい。

 楽しい楽しい。


「おいおい、どうした!? まだ壊れるなよ、なぁおい!」


「っ……あ」


 と、もはやフラフラな男。

 ゾイはそんな男へと言葉を続ける。


「気に食わない奴が居ればすぐ暴力! 弱者と見れば高圧的に出る! お前らみたいなやつが居るから、この世界はクソゴミなんだよ!」


 この男はアオイ達と同類だ。

 すなわち、ゾイがムカつく人種。


 人の痛みを理解しない。

 人の心に傷を与え、それに気がつかない。

 どころか、自分が害を成した他人の事などすぐに忘れる。


「死ね……お前みたいなやつは、俺が殺してやるからさぁ!」


 言って、ゾイは男に止めを刺すため、一歩踏み込む。

 狙いは男の顔。


 全体重を乗せた拳。

 それを男の顔面へと叩きこ――。


「ぐべ――っ!?」


 もうとしたら、ゾイの口から出る変な音。

 気がつくと、ゾイの身体は後方へと吹っ飛んでいたのだった。

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