第三十五話 襲い来る狐の刃
時は魔王城を出て、五日目の夜。
場所はとある平原。
「ぐぅ……っ!」
斬り飛ばされる左腕。
同時、襲い来る凄まじい痛み。
けれど、ゾイがそれを認識しきる間もなく――。
「あぐっ!?」
今度は腹が裂かれた。
(くっそ……怯んでないで、早く体を動かさないと追撃が!)
とはいえ、周囲は暗い。
ゾイは現在、敵の姿を見失ってしまっている。
完全に不利だ。
「っ!」
瞬間、ゾイに襲い来るのは、氷を背中に入れられたかのような感覚。
見られているのだ――襲撃者に。
このままでまずい。
ゾイは戦闘経験があまりない。
けれど、それだけは理解できる。
動かなければ。
死ぬ。
考えた後、ゾイは即座に足を動かす。
もう腹の痛みなど構っていられ――。
「へっ?」
と、ゾイは思わず声をだしてしまう。
理由は簡単。
突如、ゾイの視界が低くなったのだ。
まるで、いきなりしゃがんだかのように。
しかし当然、ゾイはしゃがんでなんて――。
「あ、え……っ」
ゾイはそこで気がついてしまう。
下半身が切断されていたことを。
要するに、遅かったのだ。
危機回避の方法を考えてから、行動に移すまでが。
と、ゾイがそんな事を考えた……まさにその時。
ドッ。
と、ゾイの胸に突き立てられるのは、襲撃者の刃。
同時、ゾイの口から噴き出る血液。
(あ……死ぬ)
瞬間。
襲撃者の刃が再度襲い来て――。
ゾイの首は切り離されるのだった。
●●●
「ゾイ……大丈夫?」
と、膝枕しながらゾイの頭をなでなで。
そんな事を言ってくるのは、クレハだ。
ゾイはそんな彼女へと言う。
「あぁ、大丈夫だよクレハ」
「でもゾイ……」
と、狐耳をペタンとしてしまうクレハ。
さてさて、どういうことかというと。
ゾイはゾンビだから死なない。
その特性を活かし、クレハと戦闘訓練をしていたのだ。
クレハに『殺す気でやって欲しい』と、お願いしたうえで。
とはいえ――。
(やっぱりクレハに悪かったかな。自分で言うのもなんだけど、クレハは僕に好意を持ってくれてるのは、さすがに鈍い僕でもわかる)
クレハと本気の戦いをすること。
それ自体の方向性は、間違っていない自信はある。
今は即殺されたゾイ。
けれど、続けるうちにきっと、もう少し動けるようになってくるに違いない。
(だけど、クレハの精神面に露骨な負担がかかっているのは、今日のこれで明らかだし……やっぱりよくないよね)
ゾイは決めているのだ。
仲間は大切にすると。
故に、ゾイは起き上がったのち、クレハへと言う。
「クレハ、もうこの訓練はやめよう」
「っ……私は、ゾイの役に立たない?」
「そういう問題じゃないよ。クレハが辛そうにしているのは、嫌なん――」
「私は……大丈夫よ。ゾイのためなら、どんなことでもできるもの……」
クレハ、結構頑固だ。
こうなれば、やや卑怯な言い方をするしかない。
「わかった、言い方を変える――僕が大丈夫じゃない」
「ゾイ……が?」
と、首を傾げてくるクレハ。
ゾイはそんな彼女へと言う。
「クレハは僕が嫌がっていることをするの?」
「ゾイ……ずるいわ」
「うん、僕はずるくて卑怯で、最悪の魔王だよ」
「そうね……ゾイは最悪よ。優しい言葉で……私の心を乱す、最悪の魔王様」
言って、ゾイの方へと、顔をよせてくるクレハ。
彼女はそのまま目を閉じて――。
「あぁあああああああああああ! ずるいのじゃ! 駄狐がずるしてるのじゃ!」
と、割り込むように聞こえてくるマオの声。
彼女はぴょこぴょこ跳ねながら、クレハへと言う。
「駄狐はご主人様と訓練するって言ったのじゃ! だから我は仕方なく、本当に仕方なくご主人様と離れてご飯の支度をしていたのじゃ! なのにこれはなんじゃ! イチャイチャしてるだけなのじゃ! クレハは駄狐じゃなくて、ご主人様を惑わす淫乱狐なのじゃ!」
「マオ……早口が得意なのね」
「うっさいのじゃ! このクソ淫乱狐! 死ね! うぬなど死んでしまえ!」
「死なないわ……それに、淫乱でもないわ」
言って、クレハはゾイへと抱き着いて来る。
そして、彼女はそのままマオへと言う。
「私はゾイにこうしているのが普通なのよ……だって、私はゾイの狐だもの」
「もうその理論は聞き飽きたのじゃ! ご主人様を強くするための訓練……いくらうぬが駄狐だろうと、それに付き合っているうぬは偉い――そう思って、我はご主人様の夕食だけでなく、うぬの夕食も頑張って作った!」
と、ぷるぷる震えはじめるマオ。
彼女は数秒うつむいたのち、そのままクレハへと言う。
「頑張って作って完成したから、こうして呼びに来たのに……来たのに……うぅ、くぅ……クレハの、クレハのバカぁああああああっ――我は、我は仲間はずれで……う、うわぁああああああん!」
「……?」
「びぇええええええええええええんっ!」
「ゾイ……大変よ、マオが泣いたわ」
と、首を傾げてくるクレハ。
まぁ、気持ちはわかる。
(というかそもそも、僕達はちゃんと訓練してたしね……マオはその)
呼びに来てくれる間が悪かった。
ゾイはそんな事を考えたのち、マオへのフォローをするのだった。
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