第三十二話 ゾンビは予定を立てる

 時は翌日――早朝。

 場所はゾイの寝室。


「えーい! どうして我のいう事を聞かんのじゃ! そこを掃除するからどけと、かつてのうぬの主である我が……この我がこうして言ってやっているのに、どうして動かぬ!」


 と、部屋の外から聞こえてくるマオの声。

 続けて、ドタバタ聞こえてくる音。

 さらに。


「あ、ちょ……これ、やめるのじゃ! 離せ! オーガの分際で我をどうするつもりじゃ! 離さぬか、この変態め! あ、あ、ちょっと……く、クレハ! クレハ! 見てないで我を――」


 と、徐々に遠のいていくマオの声。

 朝から騒がしいこと、このうえない。


 ゾイはそんな事を考えたのち。

 ゆっくり目をあける。


「…………」


 すると見えてくるのは、魔王城の天井。

 ゾイはふと思う。


(人間だった時は魔王を倒そうとしていたのに、まさか僕自身が魔王になるなんて……考えもしなかったな)


 と、その時。

 聞こえてくるノック音。

 同時。


「おはよう……ゾイ」


 と、入ってきたのはクレハだ。

 彼女はゾイの方へ歩いて来ると、そのまま言ってくる。


「さっき、マオがオーガに掴まれて持っていかれていたわ……どうする?」


「いや、どうするって……今更何しても後の祭りだよね」


「……盲点だったわ」


 と、なにやら難しい顔をし始めるクレハ。

 前から思っていたがクレハ、少し天然かもしれない。

 もっとも、そこがクレハのいいところに違いないが。


 と、ゾイはそこでふと思う。

 クレハがここに来たのは、とてもいい機会かもしれない。

 故に――。


「クレハ、ちょっと話があるんだけど――ほら、僕が魔王になってから数日、少しは落ち着いてきたでしょ? だから、次の予定を立てようと思う」


「次の予定?」


 ちょこりと、ベッドに腰掛けてくるクレハ。

 彼女は自らの狐尻尾を抱きながら、ゾイへと言葉を続けてくる。


「魔王になって終わりじゃない?」


「あぁ、クレハには言ってなかったかもしれないけど、僕は復讐したい奴らが居る――アオイとネイカ、ライヒって奴等を苦しめたいんだ」


「復讐……奴隷を増やすのね?」


「奴隷を増やす……か」


 正直、ゾイもそれは少し考えていた。

 それは、マオを奴隷にした時に思いついたアイデアだ。


 アオイ、ネイカ、ライヒ。

 あの三人を惨めな奴隷にし、犯しつくす。


 そうすればきっと、素晴らしい毎日が訪れるに違いない。

 故に、ゾイはクレハへと言う。


「うん、それもいいかもね……でも」


「……でも?」


「問題はその手段なんだ。マオから聞いた話によると、アオイ達は自分たちの国を持っている。だから、当然ガードも硬い……そこをどうやって崩すかが問題なんだけど」


「ゾイのスキル……あれを使ったらダメなの? マオを一撃で倒していたのを見たわ……あれなら、どんな敵も一瞬よ」


 と、そんな事を言ってくるクレハ。

 ここでゾイは気がつく。


「あぁ、そういえばクレハ。あのスキルの詳細をしらなかったね」


 と、ゾイはクレハへとそのスキルの詳細を説明していく。

 それすなわち。


●身体強化(負)

 ▴このスキルを発動させた際、蓄積された負の感情に応じて全ての身体能力が上昇する。

 ▴このスキルの持続時間は負の感情の量と、力を放出する度合いによって異なる。

 ▴効果が切れた際は、負の感情を再び蓄積しなければならない。


 ゾイはその蓄積例と、使用例。

 それらを説明した後、さらにクレハへと言う。


「それでこれ――このスキルを入手してからの負の感情しか、カウントされてないんだ……つまり」


「スキルを使いたいけど……使えないのね?」


「そう、その通り。僕はアオイ達に恨みを持っている……だけど、このスキルは――」


「そのスキルはその感情を過去の物として認識している。今現在、ゾイはアオイ達に恨みを抱いていない認識になっている……そういうことね?」


「そういうこと」


 さすがクレハ。

 日頃、彼女は無表情で何を考えているかわからない。

 けれど、抜群の理解力だ。


 などなど。

 ゾイはそんな事を考えたのち、クレハへと言う。


「で、僕は考えたんだけど。アオイ達にはそれぞれ、二回戦いを挑もうと思う」


「二回戦いを挑む……ゾイは何度もアオイっていう人たちを倒したいのね?」


「まぁ何度も倒したくはあるんだけど、今回はそういう意味合いじゃない。一回目で負けて、二回目で勝つんだ」


「?……難儀なのね」


「そう、難儀だ。だけどそれには意味がある」


 と、ゾイはクレハへと説明していく。

 それを纏めると、こんな感じだ。


●一回目の戦闘

 どうにかして対象に近づき、戦いを挑む。

 その後、敵に出来るだけ悪感情を抱かせて負ける。


●二回目の戦闘

 こちらは簡単。

 スキルを使って、ストレート勝ち。


「っていうのを狙ってる」


「狙っているのね……」


 と、ゾイの言葉を復唱してくるクレハ。

 彼女はしばらく沈黙したのち、ゾイへと言ってくる。 


「質問があるわ……どうして一回目の戦闘で、敵にゾイに対する悪感情を抱かせるの?」


「いい質問だね。例えば、クレハがもしも僕の敵だとしてさ――僕がものすごく弱くて……それこそ何の感情も抱かないほど弱かったらどうする?」


「そうね……捕まえて、監禁して虐めるわ」


「え?」


「……嘘よ」


一瞬、クレハの闇を見た気がした。

 などなど考えている間にも、彼女はゾイへと言ってくる。


「もしも私がゾイの敵で、挑んできたゾイが弱くて何の感情も抱かなかったら……何とも思わないわ。ただ倒して……それで終わりよ」


「そう、それが一番怖いことだ」


 理由は簡単。

 ゾイに対して対象が無関心――負の感情を抱かせる事をしてこなければ。

 当然、『身体強化』スキルは全く発動しない。


 要するに。

 ゾイは一回目の戦いの後、対象に何等かの拷問を受ける必要がある。

 そこで『身体強化』を発動するに足る負の感情を、貯める必要があるのだ。


「だからこそ一回目の戦いは、ある意味二回目より重要だ。相手に『ゾイはただ倒すだけでは足りない』と……そんな印象を残さないといけない」


 しかも、当然それに『身体強化』スキルを使用することは出来ない。

 頼れるのは、ゾイ自身と仲間の力のみ。


 作戦が必要だ。

 通常の人間では実行できないような、酷くおぞましい作戦が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る