第三十一話 ゾンビは元魔王を奴隷にする

 時はゾイがマオを治療してから数日。

 場所は玉座の間。


「ご主人様! 言われた通り、魔王城の掃除をしてきたのじゃ!」


 と、聞こえてくるのはマオの声。

 彼女はどこか媚びた様子で、ゾイへと言ってくる。


「我、とっても頑張ったのじゃ……ご主人様にいっぱい褒めて欲しくて、とっても頑張ったのじゃ! だから、その……」


「だから、なに?」


「わ、我の事……我のこと……うぅ」


 と、もじもじし始めるマオ。

 ゾイはそれを見て、思わず頭が痛くなる。


 そもそも、マオがこうなった理由。

 それは簡単だ。


 治療をした日。

 治療にかこつけて、ひたすらマオを虐めたのだ。

 それはもう丹念にぶっ壊してやった。

 

 すると先日の朝。

 ゾイがマオの牢へと行ったら。


『くぅーん、くぅーん! ご主人様、寂しかったのじゃ! 今日はどんな事をしてくれるんじゃ? 我、もうご主人様の事しか考えられないのじゃ!』


 と、マオはお腹を見せる服従ポーズで言ってきたのだ。

 ようするに彼女。


 ゾイの考えていた方向とは違う方向で、壊れてしまったのだ。


(僕としては、もっとこうなんというか……心を失った奴隷みたいにしようとしていたんだけど)


「ご主人様、どうしたのじゃ?」


 にこにこ。

 マオは輝くような笑顔を、ゾイへと向けてくる。

 なんなら彼女、魔王だった時より幸せそうまである。


(僕これ、復讐できたのか? 普通に失敗してる気がする……)


 などなど。

 ゾイがそんな事を考えていると。


「ご、ご主人様……ど、どうしたのじゃ? 我、ご主人様にため息を吐かせるような事――してしまったかの?」


 と、ゾイへと縋りついて来るマオ。

 彼女はぷるぷる震えながら、彼へと言葉を続けてくる。


「お、お願いじゃ! 我、ご主人様に捨てられたくないのじゃ! わ、我……もっと……ご主人様、にっ」


 と、子犬のようなマオ。

 本当に、想定外の方向で壊れてしまった。


 まぁ、この子犬のように懐いて来るところ。

 それはそれで、可愛くなくもない。


(以前のマオを知っていると、そのギャップも楽しめるしね)


 必要以上に、ゾイへ懐いているがやや面倒だが。

 まぁ、なんにせよ。


「うぅ……ご主人様、っ――我を、捨てないで、欲しい……っ、のじゃぁ」


 と、そんなマオをこのまま放置するのは、さすがにちょっとアレだ。

 故に、ゾイはマオの頭を撫でながら、彼女へと言う。


「大丈夫だよ、マオ」


「ご主人様、手……きもち、い――のじゃぁ」


「僕はマオを捨てたりしないよ。だってマオは僕の奴隷で、ペットなんだ。捨てるわけない……そうだろ?」


「そうじゃ。我はご主人様のペットじゃ、卑しい雌犬なんじゃ。だから、ご主人様は我の事を捨てたりしないんじゃ」


 と、やや落ち着いてきたに違いないマオ。

 ゾイはダメ押しとばかりに、彼女へ言葉を続ける。


「その通り、マオが可愛い奴隷でいる限り、僕は君を捨てたりしないよ」


「我……幸せなのじゃ、ご主人様の物になれて、とっても幸せなのじゃ」


「……じー」


 と、聞こえてくるクレハの声。

 現在、クレハは玉座の傍の床で、ペタリと座っている。

 そんな彼女は、ゾイへと言葉を続けてくる。


「……じ~」


「ど、どうしたのクレハ?」


「別に……どうもしないわ」


「えっと……」


「マオの癖に少し生意気よ……って、そう思っただけ」


「…………」


 クレハさん。

 どうやら、物凄くやき餅を焼いていらっしゃる。


 これはクレハのフォローもした方がいいに違いない。

 と、ゾイが彼女へ言葉を発しようとした。

 まさにその時。


「ふん、駄狐め!」


 と、なにやらクレハを睨み始めるマオ。

 彼女はそのまま、クレハへと言葉を続ける。


「よく聞くがいい! ご主人様は我のご主人様なのじゃ!」


「…………」


「うぬは触手に可愛がられ、無様をさらしているのがお似合い――じゃ!?」


「マオ……うるさいわ」


 と、マオの声を断ち切るそんなクレハの声。

 同時。


 ビチャ。

 と、マオの顔に張り付いたのは、油揚げだ。


 当然、それ。

 クレハがどこからから取り出し、マオへ投げつけた物。


「うぅ……くぅ……」


 と、悔しそうな様子のマオ。

 彼女は顔から油揚げを引っ剥がし、ゾイへと抱き着いて来る。


「うわぁああああああん! クレハが虐めるのじゃ! 我の事を亡き者にしようとしているのじゃ! ご主人様、助けて欲しいのじゃ!」


 そして、一方。

 クレハさんはというと。


「油揚げ……おいしいわ」


 再びどこからか取り出した油揚げを、もくもく。

 狐尻尾をふりふり、とても幸せそうだ。


「はぁ……」


 当然といえば当然だが。

 マオとクレハの相性は最悪だ。


 それにしても。

 と、ゾイはマオをの方を見る。


「うぅ……ご主人様ぁあああ~~~~~~!」


 と、子供の様にゾイへと抱き着いているマオ。

 何度も言うが、これは本当に想定外だ。


 ゾイは当初、彼女の演技かと思った。

 なので、彼女に露骨な隙を何度も晒してみたのだ。

 にもかかわらず。


 マオは攻撃しようとも、逃げようともしなかった。

 むしろ、ゾイに隙があると抱き着いてきたのだ。


(当然、まだ完全には信用できないけど……ひょっとしたら)


 このマオ。

 クレハと共に、アオイ達討伐の旅に連れて行けるかもしれない。

 ゾイは一人、そんな事を考えるのだった。

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