第十六話 ゾンビは和解する

 時はあれから少し後。


 なでなで。

 なでなでなで。


 と、感じるのはそんな感触。

 クレハがまたも、ゾイの頭を撫でてくれているのだ。

 というのも。


「……よしよし」


 と、言ってくるクレハ。

 現在、ゾイはそんな彼女に、膝枕してもらっていた。

 最初はどうにも恥ずかしかったが。


「辛い事があったら……いつでも言っていいのよ。私はいつだって……ゾイの味方だもの」


 と、クレハは何度も優しい言葉をかけてくれるのだ。

 恥ずかしさなど、すぐに感じなくなった。

 今ではむしろ安らぎの方が――。


 バンッ!


 と、ゾイの思考を断ち切る様に聞こえてくるのは、扉が開かれる音。

 同時聞こえてくるのは。 

 

「なんじゃ? 我が来てやったのに、まさか寝たまま迎える気かの?」


 と、言ってくるのはマオだ。

 彼女は嗜虐的な様子の笑みを浮かべ、ゾイの方へと近づいて来る。

 そんな彼女に対し、真っ先に反応したのは。


「…………!」


 クレハだ。

 彼女はパッとベッドから飛び降りると。


「何しに来たの?」


 言って、露骨にマオを睨み付けはじめる。

 やばい――ゾイはすぐさまクレハを止めようとする。

 けれど、彼女はマオへとさらに言葉を続けてしまう。


「ゾイは今休んでる……用がないなら出て行って」


「ん、なんじゃうぬは? のう、ゾイ……うぬはどう思う? 我に対しこんな酷い言葉を吐く駄狐。うぬはどう思うかと、そう聞いておるのじゃ」


 と、クレハからゾイへと視線を移してくるマオ。

 ゾイにはその視線が、とんでも冷たく感じられた。


(まずい……どう見ても怒ってる)


 早くどうにかしなければ、きっとマオはクレハを殺す。

 ゾイにはそんな確信があった。


 故に、ゾイはすぐにベッドから飛び降りる。

 そして。


「申し訳ありません、マオ様!」


 と、ゾイはクレハを庇う様に前へ出る。

 そして、そのままマオへと言う。


「クレハには言葉遣いと態度に気を付けるよう、あとでしっかりと言っておきます。だから、今回だけは許してやってください……お願いします」


「うーむ……そうじゃなぁ」


 と、再び嗜虐的な様子の笑みを浮かべてくるマオ。

 正直、嫌な予感しかしない。


 こうなればやや古典的だが。

 こういう時にするべきことは一つだ。

 すなわち。


「それでマオ様……今日はどういう用事で、僕の部屋なんかに来てくれたんですか? 呼んでいただければ、僕の方からマオ様のところへ行ったのですが」


 話を逸らす。


 成功するかはわからない。

 けれど、このままマオのペース――彼女の気分に付き合うの危険だ。


(ここでクレハを殺されたくない……)


 ゾイはもう二度と、仲間の心配などしないと思っていた。

 けれど今、痛烈にそう感じるのだ。


(頼む、頼むから……クレハから気をそらしてくれ)


 などなど。

 ゾイが冷汗を流しながら、そんんことを考えていると。


「そうじゃ、そうじゃそうじゃった! 今日はゾイに大切な用事があってきたのじゃ」


 と、言ってくるマオ。

 どうやらゾイの作戦は成功したに違いない。


「いやなに……実は先日の件、我も少しやり過ぎたと思ったのじゃ。考えてみれば、うぬはしっかりと目標を達成した」


 しかもマオ、そんな予想外な事を言ってくる。

 さらに、彼女は機嫌よさそうに、ゾイへと言葉を続けてくる。


「それにじゃ、よくよく思い返すと、うぬの戦闘能力を把握していなかった我にも、落ち度はあるのじゃ。うぬもそう思うじゃろ?」


「そ、そんなことは……僕がマオ様の期待に応えられなかったのが、全ての原因で――」


「そんなに固くならなくてよい。我が悪い……そう思ったから、今日はわざわざ謝りにきたのじゃからな」


「あ……えと」


 と、ゾイがとりあえず何かいいかけた。

 その時。


 クイッ。


 と、ゾイの服の裾を引いて来るクレハ。

 ゾイがチラリとそちらを振り返ると。


「…………」


 と、何やらものすごく警戒した様子のクレハ。

 彼女はまるで何かを伝えるように、ジッとゾイの方を見てくる。


「?」


 けれど、とりあえず今はマオ優先だ。

 彼女の機嫌を損ねたら、ゾイだけでなくクレハも危ないのだから。

 などなど、ゾイがそんな事を考えていると。


「そこでじゃ。今日はうぬの戦闘能力を把握したいと思うのじゃ」


 と、言ってくるマオ。

 ゾイはそんな彼女へと言う。


「戦闘能力を……把握? 何をすればいいんですか?」


「安心するのじゃ、そう難しいことではない」


「大丈夫です! 例え難しい事でも、今度こそマオ様の期待に沿って見せます!」


「うむうむ……それでは内容を話すのじゃ」


 と、こくこく言ってくるマオ。

 彼女はゾイの肩をポンポンしながら、彼へと言葉を続けてくる。


「魔王城の近くにゴブリンが住んでいる洞窟があってな。先ほどそこのゴブリンたちに、我の方からとあるお願いをしておいたのじゃ」


「お願い、ですか?」


「うむ、お願いじゃ。その内容は『最近、我の部下になったものの訓練を手伝ってほしい』というものじゃ」


「そ、それって……わざわざ僕のために?」


「言ったじゃろ? 先日は我がわるかったのじゃ。これからはゆっくりと、時間をかけて強くなっていけばよい」


 と、なにやら照れくさそうな様子のマオ。

 彼女はそのまま、ゾイへと言葉を続けてくる。


「今回の件は我からの詫びと、今後のうぬへの期待……投資のようなものじゃと思ってくれ」


「ありがとうございます、マオ様!」


 やはりマオはいい人だ。

 この前の件は、きっと機嫌が悪かったとか。

 そういうのに違いない。


 ゾイはそんな事を考えたのち。

 マオへと言うのだった。


「すぐにそのゴブリンの洞窟に向かいます!」

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