第九話 ゾンビは村を制圧する②

 時はあれから数時間後。

 場所は村の牢獄。


 現在。

 ゾイは両手を鎖で縛られ、天井から吊るされていた。


「んぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 ただ吊るされているだけならば、まだよかった。

 というのも。


「痛い! 痛いぃいいいいいい! やめ――やめぇええええええええええ!」


「へぇ、本当にゾンビなんだなこいつ」


「これは珍しい……意識を持ったゾンビなど見たことがない。解剖して論文を提出すれば、儂の知名度はうなぎ登り……この村にも多大な報奨金が出るに違いなかろうて」


 と、順に聞こえてくる男性二人の声。

 前者は先の門番の声。

 後者は錬金術師を名乗る老人だ。


 中でも前者。

 門番がかなり質が悪い。


「ぎゃひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 などなど、考えている間にも。

ゾイは全身を激しく痙攣させてしまう。


「なんだ? ゾンビの癖に痛みはあるのか?」


 と、ニヤニヤ笑ってくる門番。

 彼はそのままゾイの心臓へと、槍をゆっくり突き刺し。

 ゾイへと言葉を続けてくる。


「ほらよ!」


「んぅうううううううううううううううううううっ!?」


 痛い。

 痛い痛い。

 痛い痛い痛い。 


 それだけではない。

 とんでもなく不快だ。


(心臓に……鉄、刺さって……ぬぽぽって……うぷっ)


 考えた直後。

 ゾイは思わずゲロをまき散らしてしまう。


 もう嫌だ。

 誰か……誰か――。


「うあぁ……あぁうぅ……だずげでぇ……」


「内臓を開いての研究は後にして、とりあえず再生能力を検証しよう。きみはそのまま心臓の耐久性を検査してくれ……儂は指や手足の再生速度を確かめよう……その方が効率がよかろうて」


 と、なにやら門番へと言い始める錬金術師。

 ゾイはそんな彼へと言う。


「や、やだ……何するんだ! 僕に何するんだぁああああああああああ!」


「何、ちょっと指を切ったりするだけだ。魔物なんだから、我慢できるじゃろ?」


 と、にこにこ錬金術師。

 彼はどこからか、大きなニッパーを取り出し――。


 ジョギン。


 直後。

 ゾイは再び絶叫するのだった。


      ●●●


 時あれから……。

 もうどれくらい経ったかわからない頃。


「ぅぁ……あぁ……」


 現在。

 ゾイはお腹の中をまぜまぜされていた。

 

 ゾイの両手両足は、ベッドへと固定されている。

 しかし、仮にそうでないとしても、抵抗する気力はもうない。

 今のゾイにあるのは――。


「あぅ!」


 錬金術師がゾイの内臓を掴んで来る度。

 そんな声を上げ、身体を跳ねさせる反射だけだ。


 まぜまぜ。

 ぐちゃぐちゃ。


 麻酔も使ってもらえない。

 起きたまま、生きたまま内臓をシェイクされる感覚。

 しかも他人に。


「おぇ……」


 気持ち悪い。

 顔面はゲロまみれ、下半身は糞尿まみれ。

 そうなっている現状が、なおさら気持ち悪い。


「たずげ……マオさ……」


 と、ゾイは少女の名前を口出す。

 その瞬間。


 ぎゅむっ。


 と、掴まれる胃袋。

 それと同時――。


「うぷっ……」


 ゾイは再び、盛大にゲロを放出。

 そこで彼の意識はゆっくり、闇の中へと落ちて行くのだった。


      ●●●


「あ……う、ここ、は?」


 ゾイはまず、身体の傷が癒えているのを確認。

床からゆっくり身体を起こし、周囲を見渡す。


 すると、明かり窓から見えるのは夜の闇。

 どうやらゾイは数時間以上、意識を失っていたに違いない。


「場所は相変わらず牢屋の中だけど、手枷と足枷がついてない……つける価値もないほど弱い、そう思われたのか……ははっ」


 なんだこのざまは。

 ゾイは結局、何も変わってないではないか。


「だけど、だけどなんで僕はあんな簡単に負けたんだ?」


 思い出すのは、あの門番との戦闘だ。

 身体強化スキルは、たしかに発動していなかった。

 だがしかし。


(僕にはジョブ 『剣士』があったはず)


 要するに、ゾイはあの骸骨剣士の力。

 それを持っていたということだ。


 にもかかわらず、負けた。


 考えられる理由があるとすれば、あの門番が骸骨剣士より強いというものだが。

 いくらなんでも、そんなのはあり得ないに違ない。


「…………」


 ダメだ、いくら考えても答えは出ない。

 とりあえず。


(ステータスをもう一度、確認してみよう)


 あーだこーだ考えているより、有意義に違いない。

 と、ゾイは意識を集中させる。

 すると見えてくるのは――。


●ジョブ

『荷物持ち』『※剣士』


「魔王城で見た時は気が付かなかったけど、なんだこれ? ジョブ 『剣士』に変なマークがついてる……しかも、なんだか字が薄れている感じがする」


 いったいこれは、どういう事なのか。

 まさか、ジョブは一度使うと、今後使用不能になってしまうのか。

 ゾイは一瞬、そんな事を考えるが。


「いや……だったら『剣士』という表記自体が消えるはず……じゃあ、魔王城で『剣士』のジョブを使った時と、さっき門番相手に使えなかった時の差は……っ!」


 その瞬間。

 ゾイはとある可能性に思い至る。

 それは――。


「まさか本来そのジョブを有していた者と、同等以上の強さを有していないと奪ったジョブは使えない?」


 これならば説明はつく。

 というか、これしか考えられない。


(そうか……骸骨剣士を倒した時は、身体強化のスキルで僕の強さが段違いにあがっていた――それこそ、骸骨剣士を圧倒するほどに)


 だからゾイはあの時、『剣士』のジョブを使う事ができたのだ。

 わかってみれば、シンプルだ。


「なんで気がつかなかった……」


 クソ、クソクソ!

 イライラする。


 殺したい。

 ぐちゃぐちゃにしてやりたい。


 簡単な事に気がつけなかった、過去のゾイ自身を。

 そして何より。


(僕をこんな目に合わせたあいつらが……この村の住民が憎い)


 だったらやればいい。

 確信がある。


 今のゾイならば、きっと発動できる。

 マオからもらった至高の身体強化スキルを。


 今頃、やつらはきっと油断している。

 やるなら今だ。


「皆殺しにしてやる、この僕が!」


 言って、ゾイは全身の力を。

 全身の負の感情を、一気に解き放とうとした。

 その瞬間。


「誰か……居るの?」


 そんな少女の声。

 それがゾイの向かいの牢から、聞こえてくるのだった。

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