第4話 牛豚鳥!オールスタープレート

 痩せ薬を得た人類に食べ尽くされた未来の地球から来た少女と、その痩せ薬を作る事になる薬学部の大学院生の会話は続く――。


「いえ、第三次世界大戦では最期まで核兵器は使われなかった。そこだけは親の世代じんるいを褒めてあげたい」

 未来から来た少女は伝えたい事を言い終えたのだろう――熱心な口調から冷めてファミレスのメニューに手を伸ばした。

「頼んでいい?この時代のお金は無いけれど」

「もちろん払うよ。何でも食べて」

…か。素敵ね」

 絵画でも眺めるように陶然としながらメニューを選んでいる少女に、守は質問を続けた。

「一応、確認だけど、じゃあ最終的な滅びのきっかけは自然災害だね?」

 守は訊いた。十中八九の予想はついていたが、念のためだ。

「そう。そこまで地球に無理をさせたから。2070年代には自然は完全に壊れた。ちょっとのテクノロジーでどうにかできるレベルではなかった」

「なるほど」

「しかも、その肝心なテクノロジーの研究予算だって9割は壊れた環境を直すことではなく、につぎ込まれたから」

「はは、まだ食べることに執着しているのか。未来の人類は」

「動物というのは全て目先の食べ物が大事なのでしょう」

 少女はつまらなそうに言ったあとで、メニューを指さした。

「ね、じゃあこの『牛豚鳥!オールスタープレート』っていうのをお願い」

「ず、ずいぶんガテン系のモノ頼むね…いいけど」

「草食を好む雑食が猪で、果実を好む雑食がチンパンジーで、肉食を好む雑食というのが人間……というのが動物的な分類だそうよ」

「へぇ」

 守は頷きつつ、呼び出しボタンを押した。


 ――――


 店員のおばさんが注文を聞きに来たので、二人はしばらく歳の離れた兄妹の演技に戻る。祖父が死んだという設定を忘れていて最初の一声を明るく発声してしまったが、おばさんは特に気付かなかったようだ。

「で、ご注文は?」

「じゃあ、この「牛豚鳥!オールスタープレート」ををお願いします」

「はい」

「…不謹慎かもですが」

 少女は思わず取り繕った。

「あらら!」

 おばさんは笑った。六歳が「不謹慎」という言葉を使ったのが可愛かったようで「いいのよー。食べ物に不謹慎もなにもないから。!」と優しく言った。

少女もまた「はーい!」と笑ったが、そのあとで透明な表情で俯いた。


 守はちっとも気付かないが、筆者が補足するなら――


 少女の不謹慎という言葉は「祖父が死んだのにこんなガッツリ料理を食べようとするなんてバチ当たりですね」という規定演技の芝居をしたものではない。に思いを馳せると、もう既にチョコレートサンデーで腹が満たされているのにも関わらず、さらに「牛豚鳥!オールスタープレート」をらおうというのが不謹慎だと感じ、思わず口走った台詞だったのだ。


「…ともかく」

 おばさんが去るや、そういう心理のために少女はかなり陰鬱で不機嫌な声色で説明を締めくくった。

「私が言える事は全部言ったわ。質問ある?」

「OK。2つ疑問がある。いや3つか」

 守はPCのメモを見直しながら、軽妙な口調で指を3本の立てた。親指、人差し指、中指だ。

「どうぞ。料理が来るまでに応えましょう」

「1つ目。?話を総合すると2050年ぐらいなら後戻りできたはずだ。まぁキリンとゾウとマグロは絶滅していたけど」

 キリンとゾウとマグロは冗談のつもりだろう、守は肩をすくめてみせた。

「止めようとしたわよ。でも、ダメだった。一日にたった1800キロカロリーしか食べてはいけない事に人々は耐えられなかった」

 そこまで言って、少女はファミレスのメニューを広げて見せた。

「たとえば…このグルメハンバーガー。見て、1120キロカロリーよ。細身の女性なんか、これと甘いフラペチーノを飲んだら、あとは一日、何も食べちゃいけない」

「ああ…そうなるか」

「アナタの薬を飲めば、朝、昼、おやつ、夜、夜食……すべて空腹で迎える事ができる。に誰が抗える?しかも健康に良くて、快便で、ゼロカロリーときたら?」

「麻薬に近い」

「ええまさに。しかもお金があって、影響力がある人ほど食いまくる。食いまくりたいから戦争になる。…アヘン戦争のようなものよ」

「わかったわかった。次。2つ目」

「どうぞ…」

「僕の将来はどうなる?」

「メチャクチャ幸せな一生を送って、2070年に死ぬ。ハイエナが絶滅する年ね」

「70歳か、割と短命だな。まぁ逆に言えば70までは生きるならいいか。それでメチャクチャ幸せっていうのは?」

「まずお金ね。企業に勤める前の発明だから、あなた個人に痩せ薬の権利が全て帰属している。何もしなくてもボロ儲け。そしてアナタは頭が良かった。人口に対する軍事力と農業力と核技術力の比率を考えてフランスの国籍をとった。そして貨幣経済が崩壊する前に、多くのコネを作った」

「おぉ!言わなかったけど、メモを取りながら考えていた事だよ、フランス移住は。……それで嫁は?」

「結婚はしない。けど、フランスは結婚が面倒だから…というのがアナタに追い風になって、あらゆるアイドルを。別の意味でね」

「はは」

「アナタは気持ち悪い趣味をしているようで、150cmぐらいのメイド服や制服が似合う少女風おんなが好きみたいね。特に若いアイドル」

「はは」

「そういった女達は「お金ではなく人柄に惚れた」と言いながら、純愛の名のもとフランスに渡ってアナタと同棲し、だいたい半年で破局する。それが繰り返される」

「有名人じゃない娘にすりゃいいのに、未来の俺は何をしているんだ?同じぐらい美人は素人でもいるだろう」

「そこがアナタの虚栄心なのでしょう。みんなが好きなアイドルに手をつけたくなるのよ」

「はは、容赦ないなぁ」

「世界が滅びる話の後に、こんな下らない話をしたらそうなるわ。反吐へどがでる。で、最後の質問は?もう意識が持たないかもしれない」

ということだね?」

「そう。憑依というか、記憶と意識が」

「OK。じゃあ最後の質問だ…」と守は言うや否や――


「あっ!!?」

 バッと身を乗り出し、テーブルの下に降ろしてあった少女の両手を掴んでテーブルの上に叩きつけた。

「君は僕を殺しに来たのか…!?」

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