第5話 僕の一生が幸せであるなら…
「OK。じゃあ最後の質問だ…」と守は言うや否や――
バッと身を乗り出し、テーブルの下に降ろしてあった少女の両手を掴んでテーブルの上に叩きつけた。
「あっ!!?」
「君は僕を殺しに来たのか…!?」
――僕が創った痩せ薬で世界が滅びるという。
――その未来からわざわざ来たということは……
――それは僕を殺すためなんだろう?
「2128年の世界にあって、2025年の日本にすでに生まれているような長寿の老婆は君しかいないんじゃないか?だから君が僕を暗殺するために選ばれんだろう…!?」
「はぁ……」
しかし少女はただただ、ため息を吐くだけだった。 悲しさと怒りと諦めが、頸骨の辺りからゾワッと全身に広がるような感覚を彼女は感じていた。
――あぁ。アナタは「守」という名前であるのに……
――これほど名前と実態が乖離した男もいないわ……。
いくら天才で、見ようによっては美男子だっとしても、大地守(だいち・まもる)という名前はこの優男にはふさわしくない――と少女は思ったのだ。
「…ふふ……あはは!あはははは!」
きっと悪魔とはこういう見た目をしているのだろう――!!
少女の数多の感情は笑いとなって決壊した。
しかし守はにはそれが分からない。少女のその笑いが嘲笑だと思った守は冷や汗を吹き出し、強い語気で詰問した。
「も、もう毒をいれた…のか…!?」
視線はグラスのコーヒーに向かっている。
「あはは!ははは、はは…ふぅ……。さぁ?どう思う?」
笑いをこらえながら、少女は言った。
「あ、ありえる話だ。映画なんかのくだらない趣味は無いけど、ターミネーターのあらすじぐらいは知ってる…!君が本当に滅亡に瀕した22世紀から来たというなら、その原因を作った僕を殺す使命を帯びていると考えるのが普通だろ。論理的だ」
「…残念ながら。毒は入れていない。手を放してくれない?」
「ダメだ!」
「まったく…!はやく「牛豚鳥!オールスタープレート」来ないかしらね」
店員のおばさんがくれば、さすがにこうやって子供の腕をテーブルに押し付けているワケにはいくまい。
「殺そうとしていないという証明は?」
「殺す事はできないのよ。宇宙のために。最初に、時間を往来できるのは情報だけと言ったでしょう?つまり私が過去でアナタという物質の複雑な構造を破壊したら、宇宙規模で何が起きるか分からない。…ま!いま私に会ったことで、アナタは本来の歴史では吸うはずではなかったファミレスの空気を吸って、本来、飲むはずではなかったコーヒーを飲んでいるわけだから、実は多少の物質の変化は大丈夫なのようね。だから、殺人ができない、というのも実は杞憂かもしれない」
「…つまり、毒は盛ってないんだな?」
「ええ。杞憂だとしたら惜しいことをしたわ」
「テーブルの下でナイフを構えていない?」
「ええ。6歳の力で成人男性は殺せない」
「そうか…」
守は溜息をつき一瞬悩んでから、少女の腕を解放した。
一方、少女は不快そう腕をさすりつつ、言った。
「それより、もう店を出た方がいいわ。私の意識が消える前に。この時代の私に戻ったら大騒ぎになるわ。『ここはどこ!?』『あなたは誰!?』ってね」
「あ…ああ…。奇妙なほど親切じゃないか」
まだ猜疑心は解けないが「
「どうぞ。お行きなさい。私は本当に何もしないし、できない」
「ああ、面白い話だったよ」
守はバッグを小脇に抱えて立ち上がり、半身だけ振り返りつつ言った。
「最後まで君が何のために過去に来たのかは分からなかったけど」
「私にできることは、この短い時間で何が起きるかを伝えることだった」
「それはメモしたよ」
「では、お
少女はソファに座り直した。神の玉座に座る死者のように悠然と微笑んだ。
「私はただ……「牛豚鳥!オールスタープレート」を食べる」
「……そうかい。ふん」
守は一頻り考えたが、結局、何も言わず2000円をテーブルに置いて足早にファミレスを出た。
――――――
―――――
八王子のとあるファミレスのドアが開いて、男が外に飛び出る。
そして男は何故か逃げるような速足で横断歩道を渡ってはその先の歩道で立ち止まり、今度は歩道の左右に地平線まで人っ子一人いない事を確認すると、ようやく安堵するように息を吐いて天を仰いだ。
――さて。
――僕はどうする?
男は自問していみた。
しかし、それは自分のためのお芝居である事に男は気付いている。
あまりに動揺していない自分に驚き、自分が血の通った人間であることの証明のために動揺している芝居をしなければ気が休まらなかったのだ。
卒業式で何とか泣こうとするのに似ている。
時刻は11時になろうとしている。
10月5日。2025年。
空は相変わらず絶望的にぶ厚い雲で覆われ周囲は暗く、空気は冷たくも暖かくもなかった。風は無く、少し湿度は高い。
世界の終わりを想起させるタイプの天気である。
と、そのとき。
不意にキラッと遠方のビルの窓が光ったのが見えた。
「……?」
西の空に雲の切れ間があり、そこから光が差し込んだのだ。
ずいぶんとクッキリとした切れ目のようで、陽光はまるで階段のように地上と空を結んでいる。
「あぁ……」
それを眺めながら男は微笑み、無用な芝居を辞めた。
――あぁ。そうだ、やる事は決まっている。
――合理的に考えれば分かることだ。
西の空の雲の切れ間が創り出した美しい光景を一頻り眺めた男は、意を決したように颯爽と歩き出した。
踵を返し、大学のある東の方へと。
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