第2話
空)「それは、何か証拠があるから言っているのですか?僕が不正をしたという明確な証拠が...。」
優子先生は、残念そうな表情で告げた。
優)「実は、さっきのテストを返却した後、空木くんが机に伏せているのが気になって見ていたの。そしたら、シャーペンと消しゴムを使っていたのが見えたわ。だから、聞いてみたのだけど...。」
しまった、解答を書き換えている場面が見られていたのか。それなら、もう言い逃れは出来ない。諦めて、僕は白状した。
空)「すみません、僕は数学のテストの回答を書き換えました。しかも、一問ではなく二問ともです。」
優)「やっぱり、そうだったのね。もしかして、前々から不正行為を繰り返していたの?」
さて、どうしたものか。もし、正直に白状しても、先生が許してくれるとは限らない。そして最悪の場合、母にまでこの事が伝わってしまう。
僕が言葉を発さずに悩んでいる様子を見て、優子先生はこう言った。
優)「言いたくないなら言わなくていいわ。私も空木くんの気持ち、少し分かるの。」
空)「僕の気持ちが分かるって?知った様な事を言わないでください。僕がどれだけ...どれだけのプレッシャーに耐えながらテストを受けているか知らないくせに!」
逆上して、先生に向かって暴言を吐いてしまった。先生からしたら、不正行為をしておいて、よくも堂々と...みたいに思っているかも。
とりあえず謝ろうとすると、先生が慰めるように言った。
優)「やっぱり、一番つらいのは空木くんだよね。いい点を取らなきゃいけないプレッシャーと、不正行為をしている後ろめたさに挟まるのは、嫌だよね。」
空)「なんで...何で先生が分かるんですか?
僕が、誰にも言えずに抱えていたこの気持ちが?」
僕の言葉を聞いて、先生は俯きながら答えた。
優)「全く同じというわけではないけど、
私も似たような境遇だったから。」
空)「それって、どういうことですか?」
生徒からの真剣な問いかけ。これは、話すしかないかな。私の過去を...。
優)「話すと長くなるけど、聞く?」
空)「はい、聞かせてください。優子先生が
どのような経験をしたのか。」
優)「私には、双子の兄がいるの。兄は、あらゆる面で私より優秀で、両親も兄の事ばかり
確かに、僕に少し似ているかもしれない。特に、親を気にしている部分とか。
優)「だから、私は勉強で、自分の得意科目の数学を磨き続けた。いつか、兄を追い越せるように。そんなある日、一回だけテストで兄より高い点を取ったの。たった一点だったけれど、兄を上回っていた。でも...」
話していた言葉が、途切れた。この先を話さなきゃいけないのに、言葉が出てこない。
空)「大丈夫ですか?」
優)「大...丈夫よ、話を戻すわね。兄に勝ったはずのテストを見返してみると、採点ミスがあったの。本来は不正解の問題が、正解になっていたわ。だから、本当は、私は兄に勝てなかった。」
そこからの展開には、何となく予想が付いた。多分、僕が先生の立場なら、同じ事をするから。
優)「でも、私はその事を黙っていたの。両親にも、先生にも、兄にも。そうしたら、両親が、私の事を初めて褒めてくれたの。好きな物を買ってくれて、優しく笑いかけてくれた。」
やはり、僕の思った通りだった。でも、これから先の話は、僕にも分からない。
優)「私は、とても嬉しかった。だけれど、心の内には、後ろめたさや、罪悪感が募っていった。数年経った今では、あの時の選択を後悔しているの。だから、空木くん、君にもこんな思いをして欲しくない。苦しんで欲しくない。」
先生は、後悔したのか。確かに僕にも、罪悪感や後ろめたさがある。この何とも言えない思いが、大人になってからも、ずっと付き纏うのか?もしかしたら、一生抱えていく重荷になるのか?
空)「優子先生、今踏み留まれば、僕はまだ、間に合いますか?」
優)「間に合うわよ、まだ君は高校生なんだから。私と違って、しっかりとケジメをつける事が出来るわ。」
その言葉を聞いた瞬間、俺は決意した。もう二度と、不正行為をするのはやめようと。そして、憧れを抱いた。俺を正して、導いてくれた、優子先生に。
空)「分かりました、俺、二度と同じことはしません。今後は心を入れ替えて頑張ります。」
優)「ええ、それでいいと思うわ。それじゃあ、今回のテストの処遇だけど、君が修正する前の点数に戻すという事で!」
空)「えぇ、そんなに軽い処遇でいいんですか?」
優)「良いよ、その代わり、次に同じ事をしたら、テスト0点+家庭への報告だから、覚悟しておいてね。」
空)「はい、分かりました。それでは失礼しました。」
優)「うん、また明日ね。」
話が終わった後、俺はすぐに家に帰り、母にテストを見せた。
賢一母)「な...何よこの点数は?この程度の学力じゃあ、将来、良い仕事に就けないわよ。」
空)「その事で話があるんだ。実は俺、教師を目指したいんだ。」
賢一母)「えっ?教師を目指すって...」
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