Gift of death

カペタ

 

「奪わなければ生きていけない。それは獣も人も同じなんですよ」

 そうやって彼は笑っている。

 実に楽しそうに。

 けれど一筋の涙を流しながら…。

「誰かの努力の成果、誰かの生きた証、誰かの大切な命、誰かが縋る神。一体どれほど貴方達は奪ったのか…。数え切れないほどの不幸が、厄災が、貴方達の目に映らない耳に入りもしないところで起きたのです」

「例えそうだとしても。目の前の誰かを笑顔にできたなら…。それが正しいことだったと思えないだろうか?僕はそう思う。」

 僕は手にしていた得物を構え直す。

「そうそれです。何故正しいと思いながら奪えるのでしょう。正しいと思うなら人は滅びるべきだと気付くでしょう。何度も何度も奪い、人もそうでないものも傷付けた。不必要に。そして不平等に。便利さは果たして命を守りますか?明日散るとも知れぬ者のために時をかけて得られるものは釣り合っていますか?それは………生きるものの住処を奪ってまで必要なことですか?」

 彼はただ静かに語った。内に秘めた怒りを飲み込むように。

 たしかにそうかもしれない。でも…

「幸せに向かって努力することは自由なはずだ!」

「残念ですね。幸せを求めた結果が死であることを理解してもらえないとは」

 呆れたように肩をすくめている。

「誰かのを幸せを奪いたくない、誰かを苦しませたままでは幸せを感じられない。だから死を求めるのです。死は与える行為ですから。亡骸は必ず次の命の糧になります。他者が勝手に手を出さなければね。それが唯一の救いなんですよ。」

 死んだ方が楽だなんて、わからない。生きていなければ気付けないことだってある。それに彼は罪を犯している。

「だから許されると言いたいのか?死体を操り、死体を継ぎ接ぎし、死体を愛することを………。お前はもう人として生きられないんだ。」

 彼はまた笑った。

 拍子抜けしたように力無く。

「私が人であることにこだわりはありません。それどころか人で無くなったと言う言葉はとても良い響きですよ。なんせ私は同志を救える死神になったとそう認められたことがわかるのですから。ははは。いよいよ死ぬわけには行きませんね。救済を続けるために」

 けれど身構えない。

「逃げ道から全くありませんからね。どうしましょうか」

 ここは廃墟だ。

 だから通り道なんて限られてるし、唯一の出口は僕を通り抜けられない限り使えない。

 僕は切りかかった。

 バサリ。

 あまりにもあっけなく、何も抵抗せずに。

 彼はその場にうずくまった。

「思うより…痛みは………酷くありませんが。ただ…体の震えが………止まりません…ね。もう少し…上手く救えたら良かったのでしょうが………」

「何故抵抗しなかった?何故!?」

 思わず叫んでしまう。

「言ったはず…………なん…ですがね。奪うのは………救うときだけと…神に………誓いましたので。」

「そんなことのために!お前は死ぬのか!救わぬ神のために!」

 つい肩を掴んでしまう。

「はは…。それが………宗教ですから………」

「そんな………」

 体から力が抜けていく。

「それにしても…。安心………しました…」

 何か策がまだあるのかと周囲を見渡す。

「容赦ない一撃………。これならば…!私が居なくても…同志は救われるでしょう」

「い、嫌だ。そんなことのために戦ったわけじゃない」

 得物を握る手に力が入ってしまう。

「貴方が戦わなければ………。私が…貴方の前に………現れるだけ…ですよ?」

 辺りには血溜まりができていた。

「どうして………こんなことに………」

 心が折れてしまいそうになり膝を付いてしまう。


 こうしてある高名な騎士は………。2度と戦えなくなった。そして………。

「苦しみから救ってあげましょう。何も奪わずに済むように」

 かつて自らの手で殺めたものの姿に近付いていった。そうと気付かぬままに。

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