嬉しくない二つ名

「『財務立て直しの女神』って呼ばれてるんだって?」

「とっても嬉しくない二つ名ですわ。まるで私がお金に細かい吝嗇家みたいじゃないですか」


クライン領の孤児院視察後、エミールは時折シャーロットをお茶に誘うようになった。最初はどうやって断るかを考えていたシャーロットだったが、『王宮でお茶がいやなら、君の家まで馬車で送るよ』とにっこり言われたため、サミュエルも同席させて渋々とお茶の席に呼ばれることにした。


「『女神』なだけいいじゃないか。私は『人事の鬼童』だぞ」

「あら、お兄様は鬼でも心優しい素敵な鬼ですわ」

「まったくもって嬉しくないフォローだ」

「ははっ、君たち兄妹は本当に仲がいいね」


他愛無い話を2~3繰り返して、約30分程度の時間を共に過ごす。

相変わらずこの王子は婚約者を置くことはせず、のらりくらりとしているようだが、その理由はすぐに判明した。


「遊学、ですか?」

「あぁ。半月後にね。…寂しい?」

「ご冗談を。エミール王子殿下との別れを寂しがるほどの仲ではありません」

「ははっ、相変わらず手厳しいねシャロは」


エミールの軽口とシャーロットの切り捨てはすっかり定番になっており、同席しているサミュエルも侍女たちも驚くことはなくなっていた。


「今の私じゃ、シャロを…いや、君たち兄妹をそばに置くには力不足だ。ある程度使い物になるまでは戻ってくる気はないよ。いつ戻ってくるかもわからない第2王子に婚約者だなんて寂しい想いをさせる女性を作るわけにはいかないでしょ?」


エミールはいつものニコニコ顔から一変、真剣な表情でサミュエルとシャーロットを見つめた。


「お兄様のお力を存分に使えるよう力をつけてきてくださいませ。そして遊学中に素敵な出会いがあって未来の第2王子妃をお連れして戻ってこられるのを楽しみにしておりますわ」


エミールが自分に対し少なからず好意を抱いているのを感じ取っているシャーロットだが、王子様に夢見ていない、現実的に考えても王子妃なんてめんどくさい役職には就きたくないと考えているので、あくまで辛らつにばっさりと切り捨てた。

最後の最後までツンケンとしたシャーロットの態度には、サミュエルもエミールに同情した。





半月後、エミールは隣国へと遊学した。サミュエルとは頻繁に手紙のやり取りをしているようだが、遊学後、シャーロットのもとには手紙の1通もない。最後のお茶会で辛らつにしたのが効いたのか、やっと諦めてくれたんだとシャーロットは喜んだ。

エミールが遊学してすぐ、彼から与えられた大法官補佐官の地位を返上して、シャーロットはリヒター領に戻り、また領地改革に精を出していた。

6~8歳までに手掛けた商業ギルドをはじめ、土木事業や観光事業にも改善アドバイスと適切な作業者のアサイン、進捗管理など領主代行ベンの優秀な補佐官として領地に貢献した。

もちろん、自領だけでなく、父が務める司法局でのタスクやレオンの商業事業、クライン領の孤児院など、シャーロットが知恵を出した案件先へのフォローも忘れていない。特に孤児院での従業員名簿作成や勤怠チェックについては他領の孤児院からも導入したいと声が上がり、3年後には第2王子派の領内、5年後には中立派、シャーロットが15歳のときにはほとんどの領で採用される運びとなった。


「すっかり『財務立て直しの女神』の愛称が定着しましたね」

「……本当にうれしくない二つ名よ」

「けれど、シャーロットお嬢様のおかげで金銭の不正受領はなくなり、無駄に税を引き上げられることもなくなりました。これを『財務立て直しの女神のおかげ』と言わずなんと言いましょう」


ベンは感慨深そうに言葉を紡いだ。一番恩恵を受け、肌艶もよくなり、すっかり健康体になった彼だからこそ響く何かがあるのかもしれない。


「シャーロットお嬢様ぁ~。王都の旦那様よりお手紙です~」

「お父様から? …あぁ、そろそろ学院入学の時期ですものね」

「お嬢様ももうすぐ16。デビュタントと学院入学の歳ですね。この7年間、お嬢様の成長を間近で見守れてベンは幸せ者にございます。ますます聡明に、ますますお美しくなられたシャーロットお嬢様が素敵な旦那様を迎えられることを心よりお祈りいたします」

「ベンさんお上手ね。けど私は一生独身のままこの領に骨を埋める気でいるの。だからまた戻ってくるほうを祈ってほしいわ」





7年ぶりの王都は相も変わらず煌びやかで華やかしい。馬車の中から街の様子を伺えば、7年前にはなかった違和感を味わった。


「ねぇ、アリス。あれは何かしら?」

「あれは最近王都で流行り始めた商業ギルドです。なんでも24時間年中無休で稼働しているとか」


(24時間年中無休なんて…まるでコンビニね)


「ゴードウィン男爵領から始まったとのことですが、発案者はご令嬢のルイーザ様だそうです。ルイーザ様は昨年学院に入られたそうですが、その発案力に……その……」


メイドのアリスは言いにくそうに言葉を濁した。『素直に話して』という顔をすると、一度咳払いをして言葉を続けた。


「ルイーザ様の発案力に第1王子のファビアン様がご執心だそうです。『領地に引っ込んでいる“金の亡者”のブスよりお前のほうが有用だ』と」

「“金の亡者”、ねぇ……」


ファビアンがさしているのはおそらく自分のことだろう、とシャーロットは察した。

しかし、依然としてファビアンがシャーロットを『ブス』と呼んで目の敵にしているのはなぜなのか。解せぬ。しかも、ファビアンも去年から学院に通っているのだから、何かのきっかけで出会う可能性がある。その時また絡まれたら面倒だ。


「はぁぁ…本当に、領地に引きこもりたい。オンラインで授業受けたい……」

「おん、らいん…?」

「あぁ、気にしないで」


気は重いが、学院には兄も通っている。何かあれば兄を頼ればいい。それにもう一つの面倒事であるエミールは遊学中だ。

シャーロットは再度“目立たず、大人しく”を目標にこれから始まる3年間の学院生活に想いを馳せた。

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