王都へ
営業から始まった商業ギルトも、この1年でシャーロットの人間観察で培われた人を見る目により品質管理部門、経理部門、労災部門、生産量をあげる研究部門と幅広く展開している。
個人ではなく、商業ギルトとして集団管理することによって不正な値下げ競争や窃盗被害も少なくなってきていた。
屋敷の者たちはシャーロットをリヒター領にとって必要不可欠な人物であると認めてくれているし、何よりうれしいのが、ここ1~2年でリヒター領の特産物のブロンド力が向上し、価格も上がって領民立ちの暮らしも良くなったことだ。
「とはいえ、お父様からはまだ“駒”としての有用性のほうで見られているのよね……」
その証拠が、第2王子8歳の誕生日を祝うパーティの招待状だ。確かに、3年前領地に戻るにあたり、第2王子の誕生日パーティには王都に戻るよう言われていたが、パーティに出るとは言っていない。
「3年も引きこもっていたんだから諦めてくれてもいいんじゃないの?」
「きっとシャーロットお嬢様の可憐さが王都にも響き渡っているのでしょう。喜ばしいことですが、リヒター領民の立場から申し上げれば、お嬢様を王都には渡したくないのが本音ですね」
ここ1年ですっかり健康体を取り戻したベンは朗らかに微笑んだ。
「私だって領地を離れたくはないのだけど。……はぁ、とはいっても、一応お父様との約束ですから戻る準備は進めないといけないわね……。とぉぉっても気が進まないけど……」
「いっそ御病気になったふりをして療養期間伸ばします?」
メイド長のマーサが真顔で言うものだから、シャーロットは思わず声をあげて笑ってしまった。
「マーサったら。でも、ありがとう。少し気持ちが楽になったわ」
いくら気が進まなくても、日にちは前にしか進まない。あっという間に王都に戻らなければならないリミットが訪れた。
「……はぁぁぁ。行きたくないけど行かなくちゃね。ベンさん、マーサ。あとのことは頼んだわ」
「はい、シャーロットお嬢様」
「お嬢様が築き上げた商業ギルトと作業マニュアルはしっかりと引き継がせていただきますのでご安心を」
王都へ赴くにあたり、シャーロットは自分がいなくても作業が滞りなく進むようマニュアルを作成していた。ベンに共有したら『作業は見て学んで覚えるものでは?!』と非常に驚かれたのは記憶に新しい。『急な休みや引継ぎのときに作業マニュアルがあれば、手順相違防止ができるでしょ』と言ったら泣いて喜ばれた。
(いくら人材不足だったからってベンにすべてを任せすぎていたのね…。そりゃぁ、あのやつれ顔も納得だわ……)
馬車に揺られながら、今までのベンの苦労に想いを馳せ、心の底からねぎらった。
*
「シャロ、お帰り!」
「ただいま戻りました、お父様、お母様、お兄様」
王都のリヒター伯爵家の屋敷に戻ると、父と母、兄が玄関口で温かく出迎えてくれた。3年前に嫁いだ姉も一緒に出迎えをしたかったそうだが、妊娠中で、同席は見送られた。臨月らしいので、そろそろおめでたい報告が聞けるかもしれない。
「おおきくなったわね、シャロ。もうすっかりお姉さんだわ」
「作法も勉学も優秀な成績を収めていると教師から聞いているよ。これならおう……」
「さぁて、積もる話もあるかと思いますが、私、移動で少々疲れておりますの。部屋で休ませていただきますね!」
父の言葉を途中で遮って、早々に部屋に引きこもる。
(なんて言おうとしているのか見え見えよ、お父様…。優秀な“駒”の立ち位置は変わらずなのね……)
ドレスのままベッドにダイブするのは令嬢としてはマナー違反かもしれないが、この部屋にはシャーロット以外いないのだから許してほしい。
メイドたちが荷ほどきのため部屋にやってくる頃には、シャーロットは穏やかな寝息を立てていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます