人は温かい場所で眠る 騒がしさは孤独に勝るらしい

「ウィルさん、おせぇよ。心配しちまったじゃねぇか」

 母船へと戻ると、ありあまる程の快活な声に迎えられた。同行しているアッドァという少年だった。日も沈み、だいぶ肌寒くなってきたというのに、半裸のような格好をしている。


 アッドァは、ウィルの出身地も含まれるある連合国家の正規兵で、まだ若いが腕が立つ。軍の上層部にいる知り合いから、領内の通行証代わりに、衛兵として送りつけられた少年だった。初めは間者として疑ったものの、ウィルはすぐに疑うことを辞めた。アッドァは裏の仕事に携わるには、あまりにも頭が悪く、素直すぎた。もっとも、本国に帰投した際には、旅の仔細を国へと報告する任は、与えられているはずだった。今となっては、いざその時にアッドァが満足に報告書を仕上げる事ができるのか、ウィルは心配でならなかった。


「今回に関しては、そのガキの言う通りだぜ、ウィルさん。砂の海を舐め過ぎだ。砂犬は夜目もきくが、脚を踏み外すことだって無くはない。最近は、ちょっと無茶をしすぎだ」

 すかさず小言を言ってきたのは、ウィル達が滞在している、この砂船の操舵を担当しているシャムシャンテという名の青年だった。砂漠で生きる民族の一人で、ウィルたちと比べて浅黒く日に焼けた肌をしている。砂漠の民の力強さを感じさせつつも、族長の息子ということもあり、育ちの良さを感じさせる柔らかな物腰をしていた。誠実で謙虚な男だったが、血気盛んなアッドァ少年とは折り合いが悪いらしく、お互いに憎まれ口を叩きあっていた。


 ウィルは、右の手を上げて、シャムの小言に応じて侘びた。後ろでは、アッドァが砂犬の背から、ぐったりとしたハーマリオンを運び出しながらも、先程のシャムの”ガキ扱い”に暴言で応酬していた。実際、シャムとアッドァは十歳ほど歳が違う。また、ウィルとシャムにも同じくらいの開きがあった。


「で、どうだい。今日はなにか手がかりでも見つかったかい?五大秘宝の一つとやらの」

「さっぱりだ。どうにも俺は、砂の神には微塵も愛されちゃいないらしい」

 ウィルは、自嘲気味に笑って答えた。

「それは、おかしい。一族きっての砂使いが手伝っているんだ。一族の友人に、砂の神が手を差し伸べないなんて、そんなはずはないよ」

 そう言いながら、シャムは砂犬たちの世話に取り掛かっていた。手際よく装具を外してゆく。この砂犬たちは、もともとはシャムの飼い犬だ。犬達はこの主人に、たいそう懐いている。

 彼ら一族はこの大砂漠で、砂船と砂犬を用いた交易を担っていた。普段はシャムも働き盛りの船頭なのだが、今は砂漠が最も熱を帯びる時期で、隊商の活動としては閑散期にあたる。族長に相談して、ウィルはこの夏いっぱい、シャムと彼の砂船を借り上げていた。


 探索は、日の出の少し前から始まる。シャムに砂船を移動させてもらい、大まかな場所を決める。位置を決めたら砂犬に乗って周辺を探索した。ウィルは殆ど毎日探索にでて、ハーマリオンとアッドァが交代で伴を努めた。「何でも良いから見つけたら教えろ」ウィルが二人に出している指示は至極単純なものだった。

 シャムは探索には出ずに、船に残る。小型船とはいえ、砂を操り、船を動かすのは、相当の精神を消耗するからだ。それに有事の際、砂船を動かせる者がその場にいなければ、立派な船も無用の長物になってしまう。日々の探索を二人に絞ることで、三頭いる砂犬も交代で休みがとれる。

 十日ほど砂の海を彷徨っては、補給の為に大砂漠のふもとにある、シャムの一族の集落へと戻った。一隻と四人と三頭は、そんな生活をもう3ヶ月近く続けていた。



 一息いれたあと、すぐに夕餉の時間になった。ウィル達は平らな砂地に絨毯を敷き、少し離れたところで薪を燃やした。アッドァがいるので火の確保には困らなかった。シャムシャンテが砂を操るのと同様に、アッドァは火を操る。アッドァが愛用の槍を演舞のように振るうと、その槍先には炎が灯る。あとは槍先を、そっと薪へとあてがうだけだった。

 今日は夕餉の担当もアッドァだった。ウィルに同行しだしてすぐの頃には、調理はまるで素人だった少年も、旅の中で一廉の料理人へと成長していた。ウィル達が腰を下ろすと、焚き火を使ってアッドァが調理の仕上げに入った。どうやら今日は汁粥と、羊肉の香草焼きのようだった。芳ばしい香りが、ウィルの鼻腔をくすぐった。


 ハーマリオンも母船へと戻ったことで、いつもの調子に戻ったようだった。焚き火の横で、つまみ食いをしようとして、アッドァにたしなめられていた。

「アッドァくん、今日は肉料理で正解です。もしも違っていましたら、ひっぱたかれていましたよ」

 ハーマリオンの支離滅裂な言葉に、アッドァは粥鍋の匙をまわしながら、きょとんと首を傾げるのだった。


 ときおりパチパチと弾ける焚き火を四人で囲んで食事をとった。粥鍋は冷めないように、焚き火の中央に金具によって吊るされていた。そのまま視線をすぅっと上げてゆけば、伸びてゆく煙が、じんわり暗闇に溶け込んでゆく。その奥には、数多の星々が光り輝いて見える。


 

 食事がある程度進んだところで、アッドァがウィルに報告をした。

「食料がそろそろ尽きそうですね。もってあと三日か四日だと思います」 

 今回もすでに十五日以上、砂の海を彷徨っている。そろそろ補給に戻らねばならなかった。

「今回はかなり沖の方まで来てますから、帰るのには丸二日くらいかかりそうですね」

 ハーマリオンが答えた。焚き火の向こう側に見える小太りの男は、すでに食事を終えて、満足気に腹をさすりながら答えていた。

「そうか。となると、一度村へ戻らないとだな」

 帰路へは、常に余裕を持ってつかねばならない。ならば明日には村を目指して船を走らせはじめたほうが良いだろう。今回も収穫なしか。その言葉をウィルはぐっと飲み込んだ。


 やや沈黙があった後、シャムシャンテが会話に割って入る。

「そのことなんだが、ウィルさん」

 表情には少し陰りが見えた。

「もうじき夏が終わる。このまま手伝いたい気持ちは山々なんだが、次の探索を父が許すかどうかはわからない。俺にも本業がある」

 夏が終われば、シャムに船を出してもらうことは叶わなくなる。夏の終わりまでは、もう暫く時間があるはずだが、繁忙期前の下準備もあるのだろう。シャムの言葉は、もっともだった。


 小さく小刻みにうなずくウィルの向こう側で、アッドァがすぐさま文句をつけたが、途端に体勢を崩して、暴言は止んだ。目をやると、さきほどまで地面についていたはずのアッドァの腕は、肘まで砂に埋まっていた。滑稽なさまをみて、ハーマリオンは思わず吹き出す。

 シャムは何事もなかったかのように、話を続けた。

「ウィルさんのことは信じているし、俺も結末をこの目で見たいとは思っている。だけど父さんの、族長の言葉は絶対だ」

 束の間の沈黙。ときおり弾ける焚き火の音が、それぞれに考える時間を与える。ウィルはだらしなく伸びた顎髭をさすった。


「そんなら、明日はいよいよ見つけちまわねぇとだな。なぁに大丈夫、明日はきっと見つかる。そんな予感がビンビンするんだ」

 ウィルは立ち上がり、満面の笑みでそう言った。見つからなければ、その時はまた考え直せばいい。結局、人は自分に出来うることを、自分のできる限りで行なうしかないのだ。策や理由など、あとから付いてくるものにすぎない。

 「それにしてもご主人様。このところ、毎晩言ってますよ。それ」

 男たちの乾いた笑いが、静寂の砂漠に飲み込まれていった。

 空には数多の星が、大地にはただ一つの焚き火が、それぞれに光り輝いていた。

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