第275話

『くっ……殺せ! このような生き恥を晒すなど武士の恥!! 自刃いたす!!』


「たしかに自刃と言えば自刃やな」


「自(分が)刃だね」


「えっと……キューさん、説明をお願いします」


「なあに見ての通りさ。 こちらの彼は陀断丸だだちまる、刀の中に侍の魂が同梱されたお得なセットだよ」


「お得ですかそれ? というか妖刀って……」


 おかきの手の中では相も変わらずガタガタと活きの良い鯉が如く暴れる刀が握られている。

 ときおり鞘からわずかに飛び出して見える刀の刃文はまるで血塗られたように紅く、魅入られてしまいそうな妖しい輝きはまさしく「妖刀」の呼び名にふさわしい。

 だがなにより今はそんな物騒な刃物を持たされていることに気が気でないおかきであった。


「ちょっとキュー、あれかなり暴れているけど大丈夫なの?」


「大丈夫、彼もカフカになりたてホヤホヤで錯乱気味だけどむやみあたりを傷つけるような真似はしないさ。 とくに女子供はね」


「ん……? ああ、思い出した! 陀断丸って“妖刀転生”の主人公!?」


「おっ、山田っちは知ってたか。 さっすがティーンエイジャー」


 マーキスのような例外を除けば、ほとんどのカフカには元となる創作物が存在する。

 それは陀断丸も例外ではなく、忍愛には彼の原作に心覚えがあった。


「彼の原作は“妖刀転生~討死したはず某が異世界にて刀となりて候~”、その主人公である陀断丸だ。 ざっくり説明すれば戦場で死んだ侍が愛刀に乗り移って異世界に転生した話でね」


「タイトルまんまじゃない」


「それで、陀断丸さんは死んだショックで錯乱しているんですか?」


「ちょっと違うな、戦場で死ぬはずだったのに生き恥を晒してしまったことに憤っているのさ。 しかし刀の姿では切腹もできない、だから彼は誰かに使ってもらうことで討死することを望んでいるんだ」


『難儀な性格やなぁ』


「まあ玄関前じゃ目立つ、喋る妖刀なんて人に見せるもんじゃないし続きは奥で話そうぜぃ」


――――――――…………

――――……

――…


『まっこと失礼したッ! この失態、腹を切ってお詫びいたす!!』


「腹ないじゃない」


「だだっち、話が進まないから少し静かに。 今日は君の初顔合わせなんだ、ちゃんと覚えてくれよ」


『うむ、心得た宮古野殿! 拙者は陀断丸、“しっく”との盟約を結び、死地を求めて貴殿らの刀となろうぞ!』

 

「わー、1巻のセリフだ! 初めて自分以外の知ってるモデルと会ったから感動!」


「しっかしこれまた難儀な後輩が増えたもんやな……」


 旧校舎奥の秘密基地に移動したおかきたちは、教卓上に敷かれた座布団に鎮座する刀を取り囲んでしげしげと観察する。

 喋ることを除けば、どこからどう見てもただの日本刀であることに間違いはない。 

 本人の意思で身じろぎのように大きく震えることもできるが、それでも刀身を引き抜くほど大それた行動ができるわけではない。 SICKで管理するようなオブジェクトに比べれば実に大人しい「妖刀」だ。


「ガハラ様的にはどうなの? ある意味お化けっぽいけど」


「触って殴れるなら平気よ、けど体液の採取ができないのは問題ね……」


 妖刀というホラーに分類される存在に対し、意外にも甘音の反応はドライだった。

 陀断丸を手に取って時には鞘から刃を抜き、注射器を当てるなど誰よりも積極的に彼のことを観察する。

 ただし陀断丸はその見た目通り全身鋼。 注射針が刺さるわけもなく、血や唾液なども採取できるはずもない。


「甘音さん、さすがに乱暴ですよ。 陀断丸さんに失礼です」


『如何にも、もっと殺意を込めて挑まねば刃こぼれにすらなりませぬ』


「こぼれちゃ困るんだよおいらたちとしては」


「くっ、今日の装備じゃ無理ね……次はグラインダー持ち込んでリベンジよ!」


「物理相手なら強気だねガハラ様。 なんか対照的にビビっちゃってる子もいるけど」


『いやー自分のことはお気になさらず、おかきさん以上に相性が悪い相手なんで!』


「あー、そういえば陀断丸の刃は仏様切ってからすっごい神聖パワー帯びてるんだっけ」


「忍愛さん、今さらっととんでもない設定出てきませんでした?」


「たしかにユーコっちみたいな霊体でも容赦なく切り捨てられる力があるね、というわけで陀断丸の扱いは君に任せたぜおかきちゃん」


「えっ」


 玄関先のやり取りと同じように、宮古野からパスされた陀断丸を反射的に受け取ってしまうおかき。

 しかし今回は先ほどと違い、陀断丸の刀身はみるみる縮んでまるでストラップのようなサイズになってしまった。


「おー、そうそう。 戦わないときは邪魔にならないよう縮まってるんだよね陀断丸って」


「いや小さくなると言われても……キューさん、私刀なんて使えませんよ?」


「なに、いざという時のお守りと思ってくれ。 おいらたちの中で一番戦闘力が低いのは君だ」


「ですが……」


「使わなければそれに越したことはないが、。 君ならこの意味が分かるだろう?」


「――――……なるほど」


 陀断丸は神仏に対して特攻のような能力を有している、と宮古野は言外に述べている。

 そんな強力な武器をおかきに託すのは、いざという時が来たら使うことをためらうなという事だ。

 例えばウカが暴走してしまったときや……「神」を性的に愛する変態異常シスターが仲間を引き連れ、おかきに対して強硬手段を取ってきたときなど。


「繰り返すが陀断丸に頼らずに済むならそれに越したことはない、彼は協力的なカフカだが本質は死地を求める落ち武者だ。 全幅の信頼は寄せないように」


「肝に銘じます。  できれば私も穏便に事を済ませたいですし」


「はっはっは、おかきちゃんらしいね。 ところで話は変わるけど1つ聞いていいかい?」


「はい、なんでしょうか」


「……そこに積んであるおいらが持ち込んだ覚えのないオブジェクトの山について聞かせてもらおうか」


「…………話せば長くなると思うんですよね」


 おかきと宮古野は今まで目を背けていた教室の一角に視線を向ける。

 そこには探偵部への依頼文を添え、いかにも厄い気配を放っている様々な物品がうずたかく積まれていた。

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