第276話

「以前に失せもの探しを引き受けたことがあるんですよ、呪いの人形を隠されたので探してほしいと。 どうやらその子から探偵部の噂が広がったようで」


「ああね、それで依頼件数が一気に増えたと」


「ええ、それ自体は嬉しい悲鳴なんですよね……中身が呪物の浄化や除霊案件ばかりでなければ」


 山積みにされた呪いの品々を仕分けながら、おかきは愚痴とともにため息をこぼす。

 「ひとりでに髪が伸びる人形を供養してほしい」、「ひとりかくれんぼ後の除霊」「裏庭で見つけた五寸釘と藁人形の処分依頼」、呪物とともに添えられた手紙たちには勝手気ままなメッセージもつづられている。

 どうも初めに受けた依頼が特殊だったせいか、探偵部はその手のスペシャリストと認識されてしまった。


「さっすが赤室学園、いわくつきの品がこんなに集まるんだ。 で、見た感じどうよパイセン?」


「ほとんどは持ち主にそのまま送り返してええで、本人の気のせいか無害なもんばっかや。 ただいくつか看過できんものもあるな」


『そっすねー、質の悪い悪霊が……あっ、おかきさんそれ素手で触っちゃ危ないす』


「えっ?」


 おかきが積まれ山の中から露出した西洋人形に触れようとした瞬間、ざわりと人形の髪の毛が波打つ。

 そして次の瞬間、瞬く間に膨れ上がった髪の毛が剣山のようにおかきの手へ突き刺さった。


「新人ちゃーん!?」


「っ! ……って、あれ? 痛くない……?」


『――――無事ですかな、おかき殿』


 鋭い痛みに身構えるおかきだが、いくら待てども苦痛はやってこない。

 恐る恐る目を開けると、いつの間にかおかきの掌にはストラップサイズの陀断丸が握られ、髪による奇襲をその鞘で完全に防いでいた。


『キ、キ、キ、キ……!!』


『我が名は陀断丸! 貴殿の刺突、好き一撃であった! では死合おうぞ!!』


 奇襲が通じなかったか悔しさに身を震わせる人形に対し、陀断丸は自重でスラリとその刀身を引き抜く。

 そのまま自由落下に任せて落ちる彼の身体は、巻き付こうとする髪の毛の束を霞のように切り裂き、人形の額へその切っ先を突き立てた。


『キッ――――!!』


『……そうか、貴殿も某の死に場所ではなかったか』


 ガラスを引っかいたような断末魔を最後に、大きく身を震わせた人形は2度と動くことはなかった。

 それはおかきたちに手を出す暇も与えない、刹那の決着だった。 


『……うへぇあ……強制的に成仏したっす~……!』


「おかきちゃん、拾って拾って。 せっかくの功労者を抜き身で床に転がしてちゃ不憫だ」


「え、ああ……そうですね、ありがとうございました陀断丸さん」


『なんの、姫がご無事で何より!』


「ひ、ひめ?」


「ぶふっ」


 想像していなかった角度から殴られたおかきの表情筋がヒクつき、人一倍耳聡く聞き逃さなかったウカが耐えきれず噴き出す。

 陀断丸本人に悪気はないが、その呼び名は元男としての自尊心にヒビを入れるには十分すぎる威力を誇っていた。


『……? おかき殿は格の高い御人ゆえ、某はきゅー殿から護衛を依頼されたのでは?』


「…………キューさん、もしかして陀断丸さんの人格って」


「うん、おそらく彼の元人格はほぼ消失している。 実は彼はとある会社員が暮らしていたアパートの一室で発見されてね、現場には


「自殺ですか……動機は?」


「勤め先を調べたところその界隈じゃ有名なブラックなところでね、彼の元人格は上司からパワハラを受けていたらしい。 精神的に追い詰められて死を選択したんだろうね」


「…………」


 悪花が毒を盛られて創作人格が死亡したように、おそらく陀断丸は主人格の死後発露したカフカだ。

 いわばこの場にいるのは純度ほぼ100%、妖刀転生に登場する主人公そのものに近い存在ということになる。 設定どおりならば戦国時代の武人、現代と比べれば価値観や倫理に至るまで何もかも異なる。

 ウカや忍愛もクセの強いキャラクターを抱えていたが、主人格があったからこそ価値基準をすり合わせることができた。 だが彼にはそんなブレーキが存在しないのだ。


「もしかしてキューさん、私に体よく陀断丸さんのブレーキ役を押し付けました?」


「わははなんのことだがおいらわっかんないや。 そんなことより手は大丈夫かいおかきちゃん」


「おかげさまで無傷……あっ、いえちょっとだけ出血が。 一本だけ刺さってたかな」


『なんとッ!! 腹を切ってお詫びしもうすッッ!!!』


「腹どこやねん」


「気にしなくていいですよ、このくらい放っておけば治りますから。 甘音さん、すみませんが絆創膏は持って……」


「――――…………」


「新人ちゃん、ガハラ様なら立ったまま気絶してるよ」


『妖刀はいいけど動く人形はダメなんすね』


「お嬢の基準がようわからんなぁ……」


――――――――…………

――――……

――…


「ふぅ……なんか途中から記憶がなかったけど何かあったかしら?」


「何もなかったよね、パイセン」


「せやな、実に平和で有意義な時間やったで」


『うむ、実に有意義な決闘で……』


「そんなことより夕飯はどうしましょうか! 食堂で済ますのもいいですけどたまには外食なんてどうです!?」


 おかきたちが旧校舎に積まれた呪物の整理を終え、寮へ戻ってきたのはすでに日が傾いたころだった。

 8割の杞憂を選別し、残る1割をウカが即興で除霊、それでも手に余る1割は宮古野が回収してSICKへ輸送、あるいは陀断丸の手により物理的断捨離を敢行。

 仏を切ったという逸話に偽りなく、新たに加入したカフカは対霊的存在に対して抜群の特攻性能を誇った。


「パイセン、ボクしばらくAPないからツケで奢ってよ。」


「草でもんどけ」


「そういえば陀断丸さんは……」


『お心遣い痛み入る、しかしながらこの身体に食事は不要。 たまに少しばかり血を吸わせてもらえば十二分!』


「そこはしっかり妖刀なのね」


 そして新進気鋭の新人は今、ストラップに扮しておかきの学生カバンにぶら下がっている。

 一見すれば旅行先の土産屋で売っているストラップにしか見えない、会話しているところさえ聞かれなければ怪しまれることはないだろう。 なによりおかきも男の子心をくすぐる装飾にちょっとばかり嬉しい気持ちが否めない。


「やあ、久しぶりだねおかき君! 門限に余裕を持った帰宅、見事だ!」


「ロスコさん、船上以来ですね。 どうかされましたか?」


『戦場!?』


「黙っときキーホルダー」


 そんな浮足立つおかきたちをロビーで出迎えたのは、休み明けで一段と輝きを増したロスコだった。

 制服を改造して装飾したマントを翻し、いちいち芝居ぶった大仰な仕草は変わらない。 だが、彼女の周りにはいつもなら集まっているはずの観客たちがいなかった。

 息をするように芝居劇を嗜み、人の目を集めるのがロスコという人物。 それが大人しくおかきたちの帰りを待っていたのなら、そこには何か目的がある。


「なに、今日はちょっとお姫様のエスコートを頼まれていてね。 君に会いたいとずっと待っていたんだ」


「私に……?」


 ロスコはマジシャンのようにマントを広げて背後の空間を隠し、指を立てて3カウントを数える。

 そして最後の指を折ってカウントが0になった瞬間、彼女がマントをめくると赤い薔薇の花吹雪とともに姿を現した小さな少女が、おかきの身体に抱き着いた。


「うわっ!? ……て、アリスさん?」


「…………んっ」


 赤い薔薇が良く映える白い肌と白い髪、そして肉つきはマシになったとはいえまだ手折れてしまいそうなほど細い四肢。

 それは爆破予告事件の渦中、SICKが保護したアリスという名の小さな少女だった。

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