第274話
「……で、おかきたちは行っちゃったってわけ」
『なーるほど、根っこが男子中学生のノリだねそれは。 困ったもんだね』
「
「違うと思うで、ネコが死ぬタイプの好奇心やろ」
「なあ俺もう帰っていいか?」
おかきたちが中央塔でひと悶着を繰り広げる少し前、甘音とおかきの寮室では休み明け最後の女子会(女子一名)が行われていた。
甘音に引っ張り出された悪花は不満げだが、それでも勝手に帰れば余計に面倒な目に合うことを知っているので渋々の参加だ。
ちなみにこの場に集まった面々はウカ含め全員課題は終わっている、どこかの忍者とは違って。
「どうせ部屋戻ってもまた資料の山とにらめっこでしょ、せっかく最後の休みなんだから付き合いなさいよ悪花。 はいこれわが社の新作栄養サプリ配合ポテトチップス」
「
「山田で臨床実験済みよ、50000APで一時的に人権を買った上でね」
「お嬢ってたまに人の心失くしとるよな」
『あんまりやりすぎないでくれよー? スポンサーである君も含めてAP負債で退学されると困るんだ』
「わかってるわよ、私みたいな人間が近くにいた方が都合は良いものね」
そもそもおかきたちがこの学園へ入学したのは、情報刺激を与えることでカフカが抱える原因不明の飢餓症状を抑えるため。
甘音のような内部事情を知る者の助けが多いに越したことはない、なによりSICKは万年人材不足なのだから。
『それもあるけどね、赤室学園はその性質上から異常な現象や存在が集まりやすいんだ。 旧校舎に安置している低危険度物品を除いても100を超えるオブジェクトが学園内で管理されている』
「いつぞやの山神様なんてのもそれやな、万が一のときはうちらが体張って止めなきゃあかん対象や」
「しかもクソシルクハット男が余計な厄物ばっか引っ張って来るからなァ、この学園にいる連中使えば国家転覆できるんじゃねえか?」
『わはは、そうは問屋が卸さねえぜ。 そのためにおいらたちがいるんだからな』
「ああなるほど、ウカたちはいざって時の牽制要因も担ってるわけね。 責任重大じゃない?」
「まあこの世界どこ行っても死ぬときは死ぬもんやろ、慣れたわ」
「慣れたかなかったけどなぁ……で、お前はさっきからカチャカチャ何やってんだよキュー」
『ああごめんごめん、ノイズキャンセリングかけるの忘れてたぜぃ』
1人だけ女子会にリモート参加中の宮古野だが、彼女の姿が映るスマホからはスピーカー越しに知恵の輪を弄るような音が聞こえてくる。
彼女の性質からして何かしらの機械を整備していることは推測できたが、付き合いの長い悪花からすると聞こえてくる音の“種類”が普段と異なるようでどうも気になったのだ。
『そうだな、悪花にも共有していた方がいいだろうね。 実は先日、SICKで14人目となるカフカを保護した』
「……! どこでだ、こっちのアンテナには何も引っかからなかったぞ」
『それが経緯が結構複雑でね、まあそちらに到着したら本人から説明してくれると思うよ。 というわけで諸君、明日から新入生が増えるから』
「ずいぶん急ね、私としてはサンプルが増えるのは願ったり叶ったりだけどどういう人なの?」
『あー……それも本人の口から説明してもらった方が早そうだ。 というわけで整備は終わりだ、明日から頼むぞ新人くん』
『くっ……殺せ!』
「なんか女騎士おったな今」
「今のが例の14号ね、どんな子かしら?」
『わはは、明日までのお楽しみさ。 それじゃーねー』
ひとしきり情報をチラ見せして満足すると、宮古野はこの先はネタバレ厳禁とばかりに画面共有を切り、通話を打ち切った。
――――わあああああああああ……
「あー、山田の鳴き声。 今年ももうそんな季節ね」
「どないなったと思う? うち失敗したに食券1週間分」
「賭けになんねえだろ、成功しようが失敗しようがあいつの課題は詰んでるよ」
そして宮古野の離脱からなんとなくお開きの空気が広がる室内に響く忍愛の悲鳴を聞きながら、甘音は新たなカフカに備えて専用サンプル採取セットを引き出しから取り出す。
悪花は新たな脅威になるかもしれない新入りを警戒し、自室に戻って全知無能の下準備。 一人手持無沙汰なウカはタメィゴゥを抱えながら窓から見える景色を見下ろす。
「…………今回こそは死んだやろか、山田」
「むぅ、ご主人は無事でないと困るな」
――――――――…………
――――……
――…
「二度と忍愛さんの悪だくみには乗りません……」
「自業自得よ。 あんたにも山田にもいい薬になったでしょ」
「ダメだよガハラ様、僕はこんなことじゃ懲りないからな」
「しろや、反省を」
翌日、始業式を終えて午後の自由時間を持て余したおかきたちは路面電車に揺られていた。
あれから日の出まで
なにせ今から旧校舎にて、自分の後輩となるカフカと初顔合わせを迎えるのだから。
「しかしキューさんもずいぶん思わせぶりな真似をしますね……どんな人なのでしょうか?」
「通話越しで声もくぐもっていたからよくわからなかったけど……セリフだけなら女騎士よね」
「女騎士やな、実際の性別は分からんけど」
「なんかまた濃い人が増えそうだなぁ……あっ、つきましたよ」
「パイセンちょっと乗車賃貸して、ボクいまAPない」
「利子トイチな」
最寄り駅に到着したおかきたちはAPを払い、鬱蒼とした旧校舎までの道のりを歩く。
やがて見えてきた部室兼旧校舎の前では、もはやおなじみの幽霊部員と白衣の少女がおかきたちの到着を待っていた。
『おいっすー、昨日ぶりっすねおかきさん!』
「ユーコさん、お互い無事で何よりですよ……ほら、甘音さんも私の後ろに隠れないで」
「やあやあガハラ様はまだお化けが苦手か。 だったら14号君もダメかもしれないね」
「ひぃっ……き、キュー? まさかその口ぶりはそう言う手合いのカフカなの!?」
「まあガハラさんがどれぐらいまでなら許容できるかが問題だね。 詳しい話は中でしようか、おいらもちょっと秘密基地のメンテがしたくてねぇ」
「それはええけど……キューちゃん、その物騒なモンはなんや?」
「ん? ああこれかい」
誰も突っ込まないことにしびれを切らしたウカが、キューの肩に担がれた不釣り合いな代物を指摘する。
それは赤い下緒が結ばれた鞘に収められた一本の日本刀だった。 指摘された宮古野が鯉口を開くと、中からギラリと光る刃が覗く。
「本物ですか? もしかしてまた危険度の低い収容物を……」
「本物だよ、持ってみるかい? 落とさないでねー」
「へっ? あっ、ちょ……」
つい癖でよく観察しようと宮古野に一歩近づいたおかきへ、刀が渡された。
反射的に受け取ってしまったおかきは掌へのしかかる玉鋼の重さに、それが偽物ではないと直感的に察する。
同時に違和感を覚えたのは、肌を通して伝わる“熱”だ。 握る鞘から伝わるのは鋼の冷たさではなく、人肌のような温い温度――――
『…………く…………せ……』
「……? ウカさん、今何か言いました?」
「あん? うちは何も言うてへんで」
「ボクも何か聞こえたな今、けどパイセンの声じゃなかったぞ」
『……殺…………くっ……せ……!』
「…………キューさん、これ――――いや、この人ってまさか?」
『くっ……殺せ……! 誰か某を殺せェい!!』
着信を受けた携帯のようにガタガタと震える刀からは、くぐもった音声で死を請う声が響く。
宮古野のイタズラではなく、ましてやおかきが腹話術を話しているわけではない。
その声は間違いなく、手に持つ刀そのものから発せられたものだ。
「わはは、気づくのが早いねおかきちゃん。 そうだよ、この妖刀が14人目のカフカさ!」
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