第272話
「よし、覚悟は良いな……行くぞ新人ちゃん!」
「いや行きませんけど」
「どうして」
今にも日付が変わろうかという深夜、中央塔の前までやってきた忍愛は突然はしごを外されて愕然とする。 遊戯室の会議から始まり今に至るまで作戦会議に付き合ってくれたものだから、本人は協力してくれるものと考えていた。
しかしすでに課題を片付けてしまったおかきには忍愛に手を貸す理由がない。 ここまでついてきたのはただ単に、ネコをも殺す程度の好奇心が理由だ。
「私はただシミュレーションの結果を確認しに来ただけです、あとは山田さんが頑張ってください」
「えぇー、一緒に行こうよぉ。 それに無断で夜間外出してる時点で新人ちゃんも同罪だよ?」
「いいえ、長期休暇中は門限の規定がありません。 校則によるペナルティが発生するのは学業期間内だけです」
そこにルールがあるなら必ず穴も存在し、穴があるなら掘り出すのがボドゲ部の性だ。
そして六法全書じみた情報量に隅々まで目を通したおかきは、この状況を教師に目撃されても言い逃れできる手札を片手で抱えきれないほど用意している。
一見真面目な学園規則だが、今回のような“抜け道”が存在するのは決して制作者の油断ではないだろう。 おかきの脳裏には意地悪な笑みを浮かべた理事長の顔がよぎる。
「うへー、しっかりしてんな新人ちゃん。 ボクにもしものことがあったらかばってね?」
「前向きに善処します。 しかしその口ぶりだと忍愛さんは成功する自信がなさそうですね」
「言ってくれるじゃぁん、ボクが無事に帰ってきたらご飯奢ってよ」
「期待して待ってますよ、ご安全に」
軽く背伸びとストレッチを済ませ、忍愛はいざ偉大なる不正への一歩を踏み出す。
すでにその足取りからは音が消え、おかきですら凝視していなければ彼女の姿を見失ってしまいそうになる。
コンディションは万全、不足はない。 ただ1つ問題があるとすれば、いつの間にか小脇におかきを抱えているという事ぐらいか。
「忍愛さん?」
「新人ちゃんも一緒に行こうよー、ボクだけじゃさみしいもん」
「さみしいもんってあなた……私じゃ忍愛さんの高速移動についていけないんですけども」
「まあまあ何とかなるって、それじゃレッツゴー!」
おかきの文句も聞き流し、忍愛はズカズカと正面玄関から中央塔へ乗り込む。
当然扉は施錠されているわけだがピッキングは片手で済ませ、おかきは離す気は一切ない。
忍愛の腕力に自らのSTRで立ち向かえるわけもなく、おかきはどうにかしたいがどうにもならないこの状況でため息をつくことしかできなかった。
「言っておきますが私を共犯にしようとしても無駄ですからね、忍愛さんが失敗した場合は迷わず売りますから」
「新人ちゃん、ボクたちマブダチだろ!?」
「マブダチならこの前貸した130
「その件はボクが生きて帰ったらね! さあ新人ちゃん前を見て!」
強引に誤魔化す忍愛は玄関先で立ち止まり、闇の中へ続いていく果てしない廊下を指す。
おかきの目にはただ薄暗い廊下にしか見えないが、すでに難攻不落のセキュリティは展開されているのだ。
「侵入者ぶっ殺しゾーン、高速かつランダムで切り替わる赤外線センサーの雨に一瞬でも触れれば全身ハチの巣にされるエリアだ。 さすがに人がすり抜けられそうな隙間はないね」
「忍愛さんには見えているんですか?」
「千里眼の術~、新人ちゃんにはこれあげる。 暗視ゴーグル」
忍愛から渡された一見ただのメガネにしかみえないゴーグルを装着すると、おかきの視界でもくっきりと廊下を埋め尽くす赤い線の雨が見える。
1/60秒という速度でパターンが変わる網目は、とてもじゃないが常人には潜り抜けられるものとは思えない。
「……ですが、1つ1つのパターンを区切ってみれば人が潜れるだけの隙間はあるんですよね」
「だよね、新人ちゃんも同じ意見ならボクの勘違いじゃなさそうだ」
忍愛の動体視力とおかきの記憶力は、高速で切り替わる網目の穴を正確に捉えていた。
十中八九設計時のミスではない、あからさますぎる不自然な穴は製作者の意図によってわざと開けられている。
いわば理事長からの挑戦状とも取れる挑発。 忍愛の身体能力をもってすれば切り替わる網目の穴を縫って通り抜けることもできるかもしれないが……
「忍愛さん、わかっていると思いますが」
「うん、罠だよねこれ」
おかきたちはぶら下げられた釣り針には食いつかない。
そもそも1枚1枚の網に“穴”があったとして、1/60秒でランダムに変わる中でゴールまでの道のりがつながるパターンを引く可能性は限りなく低い。
見せかけの希望をぶら下げて絶望へ叩き落とす、製作者の性根が透けて見える質の悪い罠だ。
「まあボクらには歴代の勇士たちが見つけ出した攻略法がいくつかあるんだけど」
「できるだけ安全な手法を取りましょう。 というわけで頼みます、ユーコさん」
『あいあーい! 呼ばれて飛び出てユーコっす、出番すね!?』
おかきが依り代となるぬいぐるみを取り出してその頭を撫でると、煙が湧きたつようにその中から現れたのは、前回から引き続きとなる出番のユーコだ。
今回のカンニング作戦第一の鍵として事前に協力を呼びかけた結果、ノリノリで参加を決めた悪い子である。
「ではユーコさん、手筈通りお願いします。 この廊下の先にセンサーのスイッチがあるはずです」
『あいあい、万が一内部で取り残された職員用の緊急スイッチ……という名目の攻略ポイントっすね。 行ってくるっすー』
ふよふよとのんきな足(?)取りですべてのセンサーを無視し、廊下を直行するユーコ。
そのまましばらく待っていると、「パチン」というスイッチの音とともに視界めいっぱいを埋める赤い線が一斉に消え失せた。
「おぉー、便利だね念動力って。 テスト中にも悪用できないかな」
「ダメですからね忍愛さん、ともかくこれで1つ目の関門は突破ですね」
『うっすっすー、それじゃ先に進むっすよー! いやーこういう不良っぽいこと初めてでワクワクするっす!』
幽霊生活をエンジョイしているユーコは再び依り代の中に戻ると、隠しきれないワクワクが漏れ出てぬいぐるみがガタガタと震え出す。
はたから見ればホラーな光景だが、もはやこの程度の怪現象ではおかきも忍愛も眉一つ動かさない。
「よし、頼もしいメンバーも連れてボクら3人仲良くキャッ〇アイだ。 この調子でさっさとカンニング済ませちゃおう!」
「次は猛獣……という名の犬猫ゾーンでしたね、何か策はあるんですか?」
「そりゃあもちろん、何のために新人ちゃんを連れてきたと思ってるのさ」
「……?」
背筋に嫌な悪寒が走るが、もはやこの道を引き返すことはできない。
おかきはいざという時にどうやって忍愛を売るか考えながら、逃れられない道連れ道中を進んでいった。
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