第271話
「やだ、枝毛。 ここんとこ乾燥してるから……」
「部屋の加湿器がなんだか調子悪いですからね、タメィゴゥも嘆いてました」
「そういやキューちゃんが秒で梅雨ぐらい湿気る加湿器作った言うとったな」
「みんなボクの話に興味なさすぎない?」
堂々とカンニング宣言した忍愛に対し、おかきたちの反応は冷めていた。 というより半ば呆れ気味だった。
たしかに課題の回答さえ手に入れば壊滅的な進捗状況も打開できるかもしれないが、倫理観の問題以前にそれは不可能だと皆知っていたのだから。
「山田、あんたの言う通り課題の回答は各教師用意しているはずよ。 だけどそれどこにあるか分かってんの?」
「もちろん! 中央塔職員室でしょ、それぐらいボクだってわかるよ」
「だったら無理筋な話ってことも理解しとけ山田ァ。 この学園でカンニングがどれほど難しいか知ってんだろ」
悪花は忍愛の脳天に手刀を落とし、その足で遊戯室の壁際に設置された本棚から学園の地図を引っ張り出す。
年季が入ったその紙切れは、かつて遊戯室を根城にしていた不良たちが不正を企み、そして無念にも散っていった遺産でもある。
「悪花さん、この地図は?」
「かつて生徒だったワルガキたちが遺した不正の足跡だよ。 学園内の裏道抜け道なんでも調べて解答用紙を盗もうとたくらんだんだ」
「まあそのすべてがことごとく玉砕していったわけだけど。 “赤室学園にカンニングはない”、これは創設当時から覆されることにない逸話よ」
「……ただ単にセキュリティが厳しいだけではなさそうですね」
おかきは片付けられた卓上に改めて広げられた地図を覗き込む。
侵入経路や監視カメラの位置、いざという時の逃走経路まで事細かく書き込まれたその地図は、いわばカンニングの犯罪計画書だ。 探偵として出来栄えを評価するならほぼ10点満点に近い評価を下せる。
もしこの計画書の内容を実行できるなら、職員室への侵入も不可能ではないと思われるが……
「おかき、ここは赤室学園よ? アクが強いのは生徒たちだけじゃない、職員だって一筋縄じゃ行かない曲者ぞろいなんだから」
「ロリコン元公安教師、借金100億警備員、現役S級人妻、妖怪酒カスダル絡みメガネ、よりどりみどりやな」
「一人知り合いがいますね」
「でもボク忍者だよ忍者、とても強い」
「やめとけ、飯酒盃1人でもお前じゃ負け越してんだろ」
「えっ、そうなんですか?」
「アレでも飯酒盃ちゃんは優秀なエージェントやで、格上相手の戦い方は心得とるわ」
おかきの知る飯酒盃の姿はほとんど飲んだくれた姿で、対して忍愛はカフカらしい異常な身体能力を何度も披露している。
2人が戦って忍愛が負けるところがおかきには想像できなかったが、ウカの口ぶりは冗談を言っている雰囲気ではない。
「おまけにかつてのチャレジャーたちも挑む自信がある程度には一芸持ってた連中だ、ただ人より身体能力が高いぐらいでどうにかなると思うなよ」
「忍愛さん、やはりまじめに勉強するのが一番では?」
「ヤダ!! ボクヤダ!!! 楽するためなら泥水啜ることもいとわないけど真っ当にお天道様の下を歩くような努力はしたくない!!」
「性根がドブカスなんよ」
「じゃあ話を続けるよ! 先生たちはどうにかボクが頑張るとして、次の問題は職員室までの道だね!!」
「さらっと我々を共犯にしようとしてますね」
「赤信号!!! みんなで渡れば怖くない!!!!!!」
「一人で事故ってろ」
しかし地図をめくって話を進める忍愛の話に乗る気はないが、おかきとて興味が無いわけではなかった。
“カンニングは不可能”という文言には好奇心が刺激され、おまけに卓上に地図を広げる様子はまるでボードゲームのようでもとボドゲ部としての血が騒いでしまう。
それに他の面々も同じく忍愛のカンニング計画が気になるようで、話を聞くだけならと卓を離れる者はいなかった。
「まず中央塔に入って最初の関門がこの侵入者ぶっ殺しゾーン」
「名前の殺意がすごくないですか?」
「夜間は1/60秒ごとにパターンが切り替わる赤外線センサーの雨、髪の毛でも掠れば即座に四方から毒矢が隙間なく噴射される。 この通路を通らなきゃ職員室にはたどり着けねえ」
「学び舎に存在しちゃいけない殺意じゃないですか?」
「そりゃ本来なら学生は誰も立ち入らねえからな、ちなみに毒っつっても筋弛緩剤程度の温い奴だぜ」
「ボクなら効かないねえ!!」
「次にこの猛獣が250匹いる部屋」
「甘音さん、ここって何の施設でしたっけ」
「一応教育施設よ、ただ教員の一人が動物好きで中央塔の一区画を買い占めてペットルームにしてるのよ。 猛獣じゃなくて犬猫だけどね」
「よく訓練された犬猫だけどな、首に通報装置ぶら下げて何か異常があればアラートを鳴らす。 動物の嗅覚と聴覚で追いかけてくるんだから下手なセンサーより厄介だ」
「ボクなら忍べる!!」
「最後がこの教員が寝泊まりしている2秒で捕まるゾーンという名の職員室」
「ある意味ここが一番の難所ですね」
ホチキス止めされた地図の束をめくり、中央塔の内部構造を細かく記したページには断腸の思いで書きなぐられた「無理」 の二文字だけが残されていた。
逆に言えば驚異のセンサーと猛獣たちの網を掻い潜った猛者がいたという事だが、それでも最後の関門だけは一人残らず撃沈している。
「ここはもう当日にならねえとどの職員が何人いるのかもわからねえ、ただ長期休暇中だろうと必ず誰かしらはいる。 侵入者に取っちゃ外れしかねえガチャみたいなもんだ」
「ぼ、ボクなら……ボクなら……」
「諦めえや山田、こんな計画に時間割いてる暇があったら勉強した方が早いわ」
「うぐぐ……! だとしてもそこに浪漫があるんだよ!! そうだろ新人ちゃん!?」
「あんたねぇ、おかきがそんなノリに乗るわけ」
「いや、結構面白いですよこれ」
「おかき!!?」
数々の挑戦者が屈し、一見して難攻不落に思えるセキュリティ。 それでもおかきには攻略が不可能には見えなかった。
そもそも完全無欠の警備体制ならば、ここまで熱意をもって挑戦する生徒なんていない。 次へ次へと託された地図のバトンは、数々の先達たちが希望を持っていた証拠だ。
むしろおかきにはこの設計が、わざと穴を用意して“やれるものならやってみろ”とほくそ笑んでいるように見えて仕方ない。
「……間違いなくわざとですね、あの理事長ならやりかねないです」
かつてボドゲ部だった早乙女 雄太の血が騒ぐ、難攻不落の無理ゲーを攻略しろと。
この程度の仕掛けすら攻略できないようでは九頭と相対するなど到底不可能だと、気づけばおかきは忍愛と並んで椅子に腰かけ、食い入るようにこの性悪なゲームへのめりこんでいた。
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