第270話
「えー、では再びあなたたちはアパートの床に突っ伏した状態で目を覚まします。 6週目、探索を再開してください」
「まずいよパイセン、もう後がないよ!」
「お前は残りSANとPOW気にした方がええで、なんでもう一桁なっとんねん」
「まだ廊下に出ちゃダメよ、次のターンに響くわ! 悪花、レコーダーの解析は?」
「待ってろ、ノイズ退かして音声をクリアにすっからよ。 にしてもメモも取らずによくこのシナリオ管理できるなァおかき……」
「まあログとしてEx〇elの履歴とボイスメモは残してますけど、この程度なら暗記できます」
昼下がりの赤室学園、陽気な日差しが差し込む遊戯室では、ダイスが転がり忍愛のSANが削れる音が響き渡る。
ファッションショー爆破事件から数日が過ぎた今、おかきたちは残り少ない冬休みと貴重な平和を友人とともに楽しんでいた。
「
「そうですね、失敗した場合は所要時間が倍になるとしましょう。 他の探索者たちはどうします?」
「ボクは悪花様の護衛に着くよ」
「体よくサボろうとすな、お前は探索組や」
「ヤダーッ! 死にたくなーい!!」
4人がルールブックを広げ、同じテーブルを囲んで嗜んでいたのはおかきの原点でもあるTRPG。
その中から比較的簡単に回せるシナリオを選び、おかきはゲームマスターとして忍愛たちへの布教活動を行っていた。
「……って、お前らこんなことして遊んでいていいのか?」
「なによ悪花、貴重な休みなんだからエンジョイしなきゃ損じゃない」
「そうそう、ボクら最近頑張りすぎなんだから休みも大事だって目星ファンブル」
「さらっと出目腐らせんなやアホンダラァ」
「残念ながら、今は“待ち”の時間なんですよね」
ショー会場爆破事件については主犯のラマンを含め、「グラーキ」の影響を受けた死人たちの調査が今もなお進められている。
だが彼らのネットワークはSICKの想像以上に広く、そして深い。 すでに全員を管理下に置くことは不可能と考え、どのように収容するか協議中だ。
時には人としての倫理を外れた選択も必要となる会議に、おかきたちが口を挟む余地も権限もない。
ラマン氏たちへの尋問に関しても同様に、素人同然のおかきたちではただの足手まといだ。
無力なカフカたちはただSICKからの連絡を待ち、九頭や江戸川 安蘭へとつながる吉報が入ることを期待することしかできない。
「気が滅入ってばかりやといざっちゅう時に十分な力量も発揮できなくなるわ。 遊ぶときは遊ぶ、仕事するときは仕事する、メリハリは大事やで」
「ケッ、そうかよ。 ところでお前ら、明日で休みは終わりだが課題の方は大丈夫か?」
――――ダイスの転がる、音が止まった。
おかきはルルブをめくりながら顔色一つ変えていない、余裕を持った計画で課題を進めていたおかげだ。
甘音に至っては年が明ける前には課題を消化し、休み明けの授業に向けて予習すら進めていた。
青い顔のまま冷や汗を流しているのはウカと忍愛の2人だった。
「パイセン、何だその顔は!? 最後に丸写ししようと思ったのに!!」
「面の皮ダイヤモンドか?」
「ちゃうねん……正直色々ありすぎて手ぇ付ける暇がなかったんや……」
「気が合うね、ボクもだよ!」
「はーい悪いけどいったんここで中断するわよおかき、これから冬休み最後の追い込み式に入るわ」
「記録は取ってあるので大丈夫ですよ、手伝います」
赤室学園の冬期休暇は立地の問題で寒気が厳しく、帰省する生徒の多さも相まって余裕をもって実家で休めるように一般的なものに比べて長期のスケジュールを取っている。
逆に言えば休みが長い分、積まれる宿題の数も多いということ。 夏に比べればまだ良心的だが、油断をすればエリート学園にふさわしい質と物量に押しつぶされること間違いなしだ。
「悪花さん、たしか課題が未提出の場合は……」
「未提出、もしくは不備があるもの1点につきAPが差し引かれる。 オマケに1日遅れるたびに1割ずつ罰金が増えるぜ」
「よし、もう罰金は前提として〆切は5日ほどと考えよう。 5日もあれば頑張ればすぐ終わるよ勝ったね風呂入って来る」
「おかき、
「ボクの限定コスメとファッションとブランドバッグと貢いでもらったプレゼントたちー!!」
「あいつはもういろんな意味でダメや、見捨てよう」
「おかき、あいつに自分の課題見せようとか考えるなよ 一度甘やかすと味を占める」
「心得ました」
「やめなよ悪花様! 可愛いボクには優しくしろと法に定められているんだぞ!?」
「滅べそんな司法」
おかきの手により早々に卓上に広げられたダイスやルールブックは片付けられ、すでに撤収準備は完了している。
2人の進捗状況を考えればすぐにでも課題に取り掛かりたいが、ここは遊戯室。 勉強道具を広げてはほかの生徒たちに迷惑が掛かってしまう。
「ヤダ! 可愛いボクヤダ! もっと遊びたいの、せっかくの休みなの! もう
「いいからテーブルから離れなさい、AP切れであんたが退学になると(モルモットが減るから)私が困るのよ!」
「今なにか邪悪な意思が隠されてたぞ、ボクは詳しいんだ!!」
「しかし忍愛さん、このままでは間違いなく破産ですよ」
「うぐぐ……」
テーブルの脚にしがみついた忍愛はぐうの音も出ず、ただ悔しさまぎれに
現状の壊滅的な進捗状況では1日での課題満了は難しいだろう、しかしそれでも傷を軽くすることはできる。
このまま自堕落にAP破産を待つより利口な選択なのは本人もわかっている……が、山田 忍愛の嫌いな言葉は「努力」と「正攻法」である。
「ええ加減にせい山田、計画性のないうちらが悪いんや。 他に方法もないやろ」
「…………いいじゃん」
「はい?」
「……答えを……盗めばいいじゃん……課題のさぁ……!」
こうして、楽をするためにはどんな苦労もいとわない忍愛の矛盾めいたミッションが始まった。
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