第267話

「おかきちゃーん! 無事か!?」


「あっ、キューさん。 早かったですね」


「うわーすっごいくつろいでる~! おいらたちの苦労is何!?」


 九頭 歩との邂逅から数十分後。 武装職員を連れた宮古野が車内へ乗り込んできたときには、犯人の姿などどこにもなかった。

 残されていたのは一心不乱にスケッチブックへペンを走らせる中世古と、コーヒーを啜るおかきのみ。 息を切らして駆けつけたわりには何もなさすぎる。


「えっと……おかきちゃん、実はこの拡張空間内へのアクセスがジャミングされておいらたちてんやわんやだったんだけども」


「その犯人なら今さっきまでいましたよ、ただ空間転移で逃げたので追いかけるのは難しいかと」


「よーし事情は分からないけど色々聞きたいことができた! これよりインタビューを開始する!」


――――――――…………

――――……

――…


「……なるほどねぇ、君の先輩がそんな物騒なことを言っていたと」


「はい、なので容赦なく叩き潰してもらって構いませんよ」


 おかきから一通りの話を徴した宮古野は、頭痛を堪えるように額を抑えて俯く。

 彼女の立場からすればまさしく頭が痛い状況だろう。 今回の事件でMVPとも呼べる期待の新人、その知り合いから無視できない問題が生えてきたのだから。


「おいらたちの警戒を掻い潜り、SICK自慢の空間拡張システムに干渉してもぐりこむような相手に容赦なくねぇ……簡単に言ってくれるじゃないかおかきちゃん」


「簡単ではないことは分かってますよ、あの人の面倒くささは私たちが一番よく知っています」


「部長は自分たちをまとめてボドゲ部を作った、それだけで十分伝わると思う」


「イヤというほど理解するぜ中世古氏ぃ……あなたたちの事件にもおいらたちは

相当引っかき回された」


「それほどでもない」


「褒めてないですからね先輩、反省してください。 それでキューさん、今後の方針ですが……」


「そうだね、君たちの証言が本当なら九頭氏はSICKへの敵対人物となる。 もし相対することになれば穏便な解決は望めない、おかきちゃんもそれは理解してほしい」


 穏便ではない解決、というのはつまりキューが連れてきた武装職員を用いた方法だろう。

 それほど九頭の目的は危険視されている。 一般社会へ秘匿し続けてきた存在が暴露されれば、SICKの存続が揺らぎかねないのだから。


「すべてわかっています、それは部長も理解して行動しているでしょう」


「……なあおかきちゃん、君のその落ち着き払った態度は九頭氏への信頼か? それともSICKの職員としての覚悟か?」


 宮古野は氷よりも冷え切った声色で問いかける。

 今のおかきの立場は非常に危うい。 SICKの職員でありながら、九頭 歩という危険人物と強い関わりを持っているのだから。

 もし九頭への情を見せれば、今後彼に関わる事件に関与することはできないだろう。 それどころかおかき本人がこの場で拘束されてもおかしくはない。


「……キューさん、私は部長には恩があります。 ほんの少しの学生生活でしたが、あの部活での日々はとても楽しかったんです」


「おかきちゃん、その先の発言は気を付けてくれ。 おいらは君を取り押さえたくない」


「ありがとうございます、キューさん。 ですが言わせてください、私は部長にまた会わなければならない」


「……それはなぜだい?」


「部長が話した内容がすべてとは思えません、あの人はまだ何か隠しています。 これは私と彼のゲームなんですよ」


 傍らでおかきたちの会話を聞いていた中世古が、スケッチブックに走らせていたペンを止める。


「先輩、その様子だとまだ何か知ってますね?」


「自分も部長の目的は分からない、けど何か裏があるのは知っている。 早乙女の指摘は正しい」


「異常存在の曝露が目的ならわざわざSICKを刺激する真似はしません、こうして懐にもぐりこんで私に接触するリスクもない。 部長は私に何か伝えようとしている」


「おかきちゃん、その根拠はなにかあるのかい?」


「九頭 歩という人間はゲームで無駄な描写と行動はしません、そういう意味では私はあの人を信用しています」


 九頭は言った、「ゲーム」をしようと。

 だからこのシナリオには謎が隠されてあり、おかきにはそれを解くための道筋が必ず用意されている。

 たとえどんなに難易度が高くとも、彼が広げた卓に理不尽はなかったのだ。


「……わかった。 念のため洗脳の類は一通り検査させてもらうけど、問題がなければこの件は君に預けるよ」


『おー、よかったっすねぇおかきさん!』


「あっ、ユーコさん。 さっきから反応がなかったのでいないのかと」


 おかきはポケットにしまっていた古ぼけた消しゴムを取り出す。

 それはユーコの依り代として旧校舎から持ち出した道具だが、爆弾を解除してからユーコが現れなかったので、おかきはとっくに学園に帰ったものだと思っていた。


『いやあさすがに一人で帰るのは寂しいっすよ~、ただ立て込んでいたようで話しかけにくくて』


「すみません、もう片付いたので大丈夫ですよ。 ところでユーコさん……」


『ああ、あのメガネの人はちゃんと生きてる人っすよ。 ちゃんとこっそりこの目で確認してたっす、ただ……』


「なるほど中世古氏のパターンはないと。 ただ……?」


『いやーなんかちょっと違和感があったというかなんというか……まあ個人差みたいなもんだと思うので気にしないでほしいっす』


「ふぅん……? まあいいか、それじゃおかきちゃんの部長については局長に報告するからレポートよろしく」


「わかりました。 それとキューさん、他の方々についてですけど」


「ああ、おかきちゃんには話しておいた方がいいか。 そうだな、例えばアリスちゃんのこととか――――……」

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