第229話
「……と、いうわけで姉貴の仕事を手伝うことになりました」
「おかきって身内に弱いわよね」
「ついでに結構押しにも弱いよ新人ちゃん」
「つまり姉ちゃんのお願い事には勝てへんってことやな」
「ううぅぐぐぐ……」
「なあ、ンなことよりわざわざ俺の部屋でやる必要あるか?」
「しょうがないじゃない、あんたの体調管理は私の仕事よ」
仏頂面のままベッドから半身を起こした悪花の横で、甘音はシュリシュリと手際よくリンゴを剥き続ける。
検温、診察、各種薬剤の手配から調合まで一通りの医療行為はこなせる知識と実力と経験値を有しているのが天笠祓 甘音という少女だ。 病床のお供としてこれほど頼りになる生徒はいない。
つまるところともに見舞いに来たおかきたちは彼女の手際を前に特に手伝えることもなく、積まれた資料の束をけ飛ばさないよう隅に固まって歓談に花を咲かせることしかできずにいた。
「悪花様ー、部屋の中片付けなよ。 こんなんだからほかの生徒から同室拒否されるんじゃん」
「うっせぇ、俺はこれが一番効率のいい配置でゲホッ! ゴホッ!」
「ああもう大人しくしなさい。 やっぱり上咽頭が腫れてるわね、炎症止めと漢方用意しておくわ」
「あの山から帰ってきてからですよね、症状がひどくなったの」
「ねえパイセン、あれって何かしらの呪いなんじゃない?」
「うちも一通り確認したけどなんも原因らしいもん見つからんかったわ、悪花がモヤシっ子なだけやろ」
「聞こえてんぞウカァ……!」
甘音はともかく部外者(特に忍愛)に自室を踏み荒らされ、悪花のボルテージは怒髪天を突く勢いだ。
しかし今の彼女に忍愛をシバき倒すような余力もないため、砕けんばかりに歯を食いしばりながらも、無法者たちの占領を黙ってみていることしかできなかった。
「チッ! 治ったら覚えてろよお前らマジで……で、わざわざ俺の部屋まで来て何の用だ」
「そうそう、今年の夏の流行について調べてよ悪花様ー」
「絶賛風邪っ引きのもやしっ子だっつってんだろゴルァ?」
「めっちゃ根に持っとるやん。 やっぱあかんて山田、安静にさせとき」
「そうですよ、雪山で能力を酷使しすぎてキャパオーバーしたばかりなのに」
「えー、でも悪花様も寝てばかりじゃヒマじゃん? それに常日頃なんでも知り続けないと落ち着かないでしょ、ちょっと手伝ってよー」
「他を当たれ、手伝う義理がねえ」
「悪花様が服のデザイン考えてくれたら新人ちゃんが着るかもしれないんだよ!」
「…………」
「悪花さん? なんでちょっと黙るんですか、深く考えないで断っていいんですよ」
「そうよ、それに私の目の前で患者を口説こうなんて100年早いのよ山田」
「チッ……まあそういうこった、残念だったな」
「ううぇー、あと一押しだったんだけどなぁ」
すこしだけ後ろ髪を引かれたような顔をしながら、悪花はそっぽを向いてベッドに横たわる。
しかしおかきは見逃さなかった、寝転ぶ前に彼女が手にしていたスマホが夏のレディースファッションについて検索していたことを。
「悪花、リンゴすりおろしておいたから食べれそうなときに食べなさいよ。 タマゴ、あんたは引き続き監視をお願いね」
「任されよ、ちなみに我の黄身は栄養満点だぞ」
「ガハラァ、俺は絶対に食わねえからな……!」
「私もそこまで鬼じゃないわ。 あんたも自分の身体は大事にしなさい」
膝に乗せたタメィゴゥを撫でる甘音が椅子を回しておかきたちの方へと向き直る。
空いた手に持ったおろし金と果物ナイフは「自分の目が黒いうちは無茶をさせない」という意思表示だ。
これにはウカも忍愛も両手を上げて降参のジェスチャーを示す。 ただ一番の被害者であるおかきはただ安堵の息をこぼした。
「けどおかき、安心ばかりしていちゃダメよ。 お姉さんの仕事は手伝うんでしょう?」
「ええ、まあ……話の成り行きでそうはなりましたけど、SICKにとっても都合が良いですから」
おかきが陽菜々から頼まれたのは、新作として発表するファッションのモデルだ。
それは当然ファッションショーという舞台において重要な立ち位置に食い込むことになる、異常現象の調査や中世古 剣太郎への接触も格段にこなしやすい。
「ケッ、秘密組織がそんな目立って大丈夫なのか?」
「大丈夫や、あくまで主役は服やろ? それにもしやりすぎてもその時はキューちゃんの仕事が増えるだけや」
「哀れね、キューもわざわざ自分の仕事増やすような真似しなくてもいいのに」
「ゲホッ……おかき、お前の先輩はそこまでヤバいやつしかいねえのか……?」
「まあ、今までの傾向から否定ができません……」
数少ない部員の中から現状2/2名が異常現象関わる事件の渦中にいた。 部長に至っては秘密組織の調査能力をもってしても足取りが追えないという有様だ。
たとえまだ何も起きていないとはいえ、3度目の正直を信じてSICKが先手を打っても文句は言えない。 むしろ強制的な拘束に移らないだけ穏便な方というのがおかきの感想だった。
「そォか、なら気を付けろよォ……キューのやつは無駄な仕事はしねえ、あいつが警戒してんなら十中八九何かが起きる……」
「それはあんたの能力で知ったのかしら?」
「はっ、ただの勘だよ。 ……気を付けろよ、この世界は案外死がすぐそばにいるからよ」
「ええ、痛いほど知っていますとも。 ありがとうございます悪花さん、心配してくれて」
「…………ケッ」
もぞもぞと毛布をかぶり直したベッドからそれ以上の返事はなく、わざとらしい寝息だけが聞こえてきた。
キューの警戒、悪花の忠告、そしてその先に待つかつての先輩との3度目となる邂逅。
偶然ではない。 おかきの勘はこの先、何かが確実に起きる予感を灯していた。
「そういえば新人ちゃんのカフカってさ、TRPGのキャラクターが元ネタなんだよ? 部活の先輩が似顔絵書いてくれたやつ」
「はい、中世古先輩が10分で仕上げてくれました」
「10分クオリティの顔面ちゃうやろ」
「ってことはその先輩も新人ちゃんのお母さんってことになるね。 ダブルお母さんに会いに行くわけだ」
「…………そう考えてみると、たしかにそうですね」
早乙女 雄太の生みの親である早乙女 四葩と、藍上 おかきの生みの親である中世古 剣太郎。
2人の親が同じイベントで一堂に会する、これは奇妙な運命の巡り合わせで片付けていいものなのか。
――――――――…………
――――……
――…
「――――……」
薄暗い部屋の中、ひときわ輝きを放つモニターの前で青年は軸先が擦り切れたペンを置く。
小さく伸びをすれば肩からはゴキゴキと悲鳴が鳴り、不健康な体の主に運動不足だと警告する。
しかしそんな警鐘など聞き流しながら、当の本人は潰れてしまった軸先のスペアを探し、引き出しの中を捜索し始めた。
「……チッ」
ふと、充電ケーブルを繋げたまま卓上に放置されたスマホが震える。
本人にとっては命よりも大事な仕事の真っ最中、デジタル作画の要となるペン先の交換は最優先事項だ。
それでもこの着信は無視できない。 無視したら最後、素直に着信を受けるより10倍20倍面倒なことになることを知っている。
「……もしもし?」
『遅い、アタシが電話を掛けたら3コール以内に出なさいっていつも言ってるでしょ!? ったく使えないわね本っ当に……』
「仕事中、用事がないなら切る」
『ハァ? 用事がないのに電話かけるわけないでしょ、バカ? うちの子に着せる衣装、どうなってるか一度データ寄越せって言ったでしょ!』
「企業秘密、相手との契約がある。 無理だと断った」
『ハァ~~~~!? そんなこと言ってうちの子に変な衣装着せて見なさい、大舞台で私が恥をかくじゃない!! こちとら関係者よ関係者、修正する義務がある!!』
「無理、これで3度目。 話は終わり」
『ざっけんなこのクソガキ!! せっかく時間を割いてんのに大人嘗めてんじゃねえぞこの〇△■■■―――……!!!』
スピーカーを劈く聞くに堪えない罵声を聞き流し、青年は涼しい顔を通話を切る。
ものの数秒で再び同じ相手から鬼のように着信が入るが、青年は慣れた手つきで電源を落とし、スマホをゴミ箱へと投げ捨てた。
「……3分、無駄にした。 次」
あらためてペン軸を装着し、青年はペンタブへと向き直る。
そして先ほどまでの喧騒が夢だったかのように、また新しいイラストを描き始めた。
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