第230話
「ふぅー……学園祭の時にも来たけどマジ遠いね、赤室学園!」
「うわあ本当に来た」
翌朝の玄関。 おかきたちの寮を訪ねてきたのは、膨れ上がったキャリーケースを携えた陽菜々だった。
コートの下はいかにもカジュアルオフィスという服装で、髪の毛はぼさぼさ。
片手にはキャリーケースに詰め切れなかった布地や図面を抱え、いかにも急いで飛んできたという有様だ。
「そりゃもう、ショーまで時間もないわけだし! 雄太……じゃなかった、おかきにもバシバシ協力してもらうかんね!」
「ああもう、とりあえず荷物は受付に預けて。 込み入った話は部屋で聞くよ」
「えっ、なになにおかきちゃんのお姉さん!? うわー、初めて見た感動ー!」
「学園祭の時にちらっと見たけど会うのは初めてですねー! 藍上ちゃんの
「わー初々しい学生たち集まってきた! みんな読モとか興味ない?」
「あーもういいからいいから! 皆さんも姉貴に群がらないで、この人若い子見ると高い服買わせてきますよ」
「おかき、あたしへの偏見エグくない?」
学園祭の一件は未だ皆の記憶に新しく、おかきが演劇部の舞台に上がった件も広く知れ渡っていた。
中には陰の功労者として陽菜々の存在があったことを知る者も少なくない。 アパレルブランドで働く人間と知れば、こうして接触を試みる者が群がるハイカラ者が多いのも無理はない話だ。
「こらー、おかきとそのお姉さん困らせないの! 散った散った、でないと新薬のサンプルにするわよ! 特に基礎疾患なし健康体重および平均身長系男子!!」
「ガハラ様だ! 逃げろ逃げろ!」
「まずい、がっつりモルモットの条件を吟味してる! あれは本気だ!!」
「くそー! ボクだって新人ちゃんに負けてないんだぞ、可愛いんだぞ!!」
「ふぅ、油断も隙もないやじ馬たちね」
「なんか今見知った顔いませんでした?」
おかきと陽菜々の活躍以上に、甘音の悪評の方が広く知れ渡っている。 彼女が一声かければ「我こそは」と自己顕示欲に飢えた学生たちも散り散りだ。
そして邪魔者がいなくなると、彼女は素早く陽菜々の荷物を回収してフロントへ預けてしまう。
代わりに渡されたのは外客用のカギ。 冬季休暇期間ということもあり、事前に予約申請させ済ませれば学生の関係者が宿泊することも可能なのだ。
「はいこれ、早乙女さんの部屋鍵です。 なくすと大変なのでしっかり身に着けておいてください」
「わぁ、ありがとう甘音ちゃん~! おかき、あんたいい友達持ってるじゃん」
「姉貴、いいから行こう。 もたもたしてるとまた取り囲まられるから」
――――――――…………
――――……
――…
「ふぃー、ようやく人心地ついたー! じゃあ雄太、脱いで!」
「甘音さん、姉貴は長旅で疲れているようですし今日はもうお開きにしましょうか」
「待って待って! 語弊があった、今のはあたしの言い方が悪かった!」
部屋に到着した途端投げつけられた姉からの要求に、おかきは液体窒素より冷ややかな視線を投げつける。
しかし姉が言葉足らずなだけで言いたいことは理解している……が、それはそれとして気が乗らないおかきは重いため息をこぼした。
「はぁー……採寸ですよね、服の上からじゃダメですか?」
「ダメダメ、正確な数値が欲しいのよ。 姉の情けで下着は残してあげるわ」
「お姉さん、そういうことならおかきのパーソナルデータは私が持ってます!」
「マ? ちょっと雄太、あんたガハラちゃんとはどういう関係なん???」
「ただ血液取られたり髪梳くついでに取られたり箸やスプーンから唾液採取されるだけの間柄だよ」
「ルームメイトにストーキングでもされてんの?」
色恋沙汰の気配を嗅ぎつけた陽菜々がおかきにダル絡みを仕掛けるが、脈も素っ気も無く振りほどかれる。
おかきにとって甘音は友人、それ以上でも以下でもない。
「とりあえずデータはスマホに入ってるんで今お姉さんに送りますね、送りました」
「おけまる水産。 あい届いた、まぢ助かる」
「甘音さん、いつの間に姉貴と連絡先を交換するほどの仲に……?」
「おほほ、学園祭の時にちょっとね」
「ちょっと雄太、なにこの体重!? あんたちゃんと内臓つまってんの、りんご何個分!?」
「えっ、女子の体重ってだいたいこんなもんじゃないんですか?」
「「……すぞ……」」
「ひえっ」
藍上 おかきに設定された体重値は、当時の雄太が「なんとなくこのくらい」と推測したじつにファンタジーな数値だ。
おまけに高いAPPのおかげか(貧相とはいえ)プロポーションの維持に困ることもない、日々美容と体重管理に悩む女性からすれば殺意の1つも沸いてくる。
「雄太……いやおかき、あんた今日から毎日ピザ送り付けるから完食するように」
「やめてよこの身体あまり食べられないんだから」
「はいはい姉弟ゲンカはそこまで。 おかき、ちょっと席外しておいてくれない? これからあんたの身体についてお姉さんと内緒話するから」
「甘音さん、できるだけ……できるだけ変な服にならないように」
「できるだけ期待に沿えるよう努力はするわ、けどあまり期待しないでね」
おかきは甘音へ意思を託し、すごすごと客室から一度退却する。
本来ならこれから仕立てられる服を着る一番の当人だ。 話し合いにも加わるべきではあるが、これから自分が袖を通す女児服について議論を交わせるほどおかきは強くなかった。
「……よし、これで邪魔ものはいなくなったわね。 腹を割って話しましょ、お姉さん」
「おっ、なになにコイバナ? いいよあたしそう言うの大好物だから!」
そしておかきが完全に退室したことを確認すると、甘音は部屋に据え置かれた椅子を引っ張り出して腰かける。
それを見て陽菜々もクッションを抱き寄せて対恋バナショック体制を整えるが、甘音の真剣な面持ちは浮ついた話をするような雰囲気を発してはいなかった。
「……え、えっと? ガハラちゃん?」
「お姉さん、あなたはどうしておかきをファッションモデルに選んだんですか?」
「え? そりゃもちろんあの素材じゃん、実の弟とはいえ逸材を放っておくわけには……」
「……お姉さんの個人的な復讐におかきを巻き込んだ、そういうわけじゃないですよね?」
「――――……あー……マジ?」
ただ沈黙するだけならば、甘音は陽菜々に平手をお見舞いするつもりだった。
ゆえに彼女の返事は「最悪」ではなかった。 それでも甘音にとってはほぼ最悪に近い反応だ。
ただ一言、「違う」と断言してくれればそれでよかったのに。
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