第228話

「さ、再婚……」


「ええ、あの人の性格を考えれば十中八九。 お父さんのお金を持って逃げた以上、より良い寄生先が見つかったという事ですから」


 おかきは自分のことながら、よくもまあ実の親をここまで口悪く言えるものだなと自嘲する。

 過去の記憶を思い返すだけで過呼吸になるというのに、こうして無感情に推論を述べられるのは藍上 おかきの性質だろうか。


「うへぇ、やってること結婚詐欺じゃん」


「その通りですね。 なので名字……あるいは名前さえ信用ならないかもしれません、自分の過去を辿れる証拠になりかねないですから」


「そうなるとリストを見ても当たりなんて付けられないんじゃないの?」


「いえ、もし予想通り結婚しているならばそこには“夫”と“子ども”がいるはずです。 つまり名字が同じ異性が並んでいたらそこに目星を付けましょう」


「なるほど、ある程度絞ることはできるのね。 わかった、調べてみる」


「というかおかきの姉ちゃんは当たりつけとるんやろ? 一回電話かけて見たらええんとちゃう」


「それが仕事中は電源切っているんですよね、お昼休憩待ちです」


「真面目ねー、あるいはブラックな社風なのかしら」


「そもそも新人ちゃんはさ、お母さん探してどうしたいの?」


 忍愛から飛んできた矢のように鋭い質問におかきは一瞬口ごもる。

 あの母親は早乙女 雄太にとってたしかに傷だ、恨みがあることも間違いではない。

 だが、会ってどうしたいかと聞かれれば――――“おかき”には答えることができなかった。


「……姉貴の仕事を邪魔する可能性があるなら、事前に対処しておきたいんです。 今の姿なら面と向かっても素性がばれることはないでしょうから」


「そっか、よしまた詐欺でもなんでも企んでるならサクっと仕留めちゃおっか!」


「殺すな殺すな、一般人に手ぇ出したらうちらがSICKに追われる立場になるわ」


「気を付けなさいよおかき、山田は油断してるとサクっところスイッチ入るから」


「腐っても悪役キャラですね」


 食堂に流れる歓談の空気は和やかだが、研いだ手裏剣を指先に乗せてハンドスピナーのように弄ぶ忍愛の目は笑っていない。

 彼女に宿ったカフカは三下の悪役ではあるが、それでも人並の感情や倫理観を持ち合わせている。


 山田 忍愛は今、かつて友が受けた理不尽な扱いに憤っている。 そしてそれは隣に座るウカも同じだ。

 おかきは自分が今いる環境がどれほど善き縁に溢れているか再確認し、いつの間にか口元の笑みは自嘲から別のものへと変わっていた。


「さて、どのみち時間を持て余すのももったいないしできることはやっちゃいましょうか。 まずは当日のドレスコーデね」


「え゛っ、そんなの必要なんですか?」


「そりゃそうよ、みんな最先端のオシャレを見に来るのよ? モサい恰好で行ったら浮くに決まってるわ」


「それに今回はかなり高級感のある舞台だよ、こりゃボクらも気合入れてコーデしないとね」


「ほなうちはちょっと用事思い出したからこれで……」


「総員集合! 緊急開催おかきとウカのコーデ大会!!」


「「「「うぇーい!!!」」」」


「うわーっ! どこから湧いてきよった貴様らー!?」


 甘音が発した鶴の一声により、閑散としていたはずの食堂から多数の女生徒が湧きだす。

 その者たち皆ファッションにうるさい年頃の少女たちであり、常日頃から逸材であるおかきたちを着飾る機会を狙う飢えた狼たちである。 

 

「っしゃあ! まずは何着せるガハラ様!? ドレス? ドレス行っちゃおうか!!」


「お金……お金APはいくら払えばいい……!? このイベント参加費いくら!?」


「誰かあたしの部屋から等身大バービーちゃん人形着せ替えセット持ってきて! おかきちゃんなら着こなせるって信じてるから!!」


「ウカ様もさー、たまにはおめかししなよ女の子じゃーん。 きゅるんきゅるんのアリス服着てさぁ私とさぁツーショットをさぁハァ……ハァ……」


「うちよりおかきの方がそういうのは似合うと思いますまる」


「ウカさん!?」


「持ってきたよー、生徒1000人に聞いた新人ちゃんとパイセンに着せたい服ランキングベスト10セット!」


「忍愛さん!?」


「諦めなさいおかき、これも仕事の一つと思ってね。 それじゃ脱ぎなさい」


「甘音さん!?」


 さきほどほっこりと懐いた縁や絆はどこへやら。

 悲しいほどあっさりとすべてに裏切られたおかきは荒れ狂う女学生の海に飲み込まれ、それから解放されたのはちょうど陽菜々が昼休憩を取ったころだった。


――――――――…………

――――……

――…


『なんで誘ってくれなかったの……!?』


「姉貴……?」


『ごめんごめん、2割冗談。 楽しそ……大変だったじゃん、それで服は決まったの?』


「何とか無難なの選んだよ、姉貴の方は?」


『進捗駄目です』


「あっ、はい……」


 おかきが昼下がりの受話器越しに聞いた姉の声は、この世の終わりを体現しているかのようだった。

 ファッションショーまで期日はまだあるようにも思えるが、新作の服を仕立てるとなると当然準備期間は必要となる。 おかきも素人計算で考えてみるが、現在の進捗を想定すると絶望的な殺人スケジュールが避けられない。


『いやーアイデアはあるんだよアイデアはさぁ! でもなんというかこう……最後の一押しが足りないっていかぁ!』


「あの、姉貴……そっちの話も深刻なんだけど、母さんの話……」


『ああうん、そっかその話が先だよね。 実はあたしの担当する部門に子役モデルが出るんだけどさ……その子の親の顔写真がね』


「……早乙女 四葩その人だったってことか」


『うん、そういうこと。 あの頃からびっくりするぐらい何も変わってなかった』


 初めての大舞台を任され、自分の用意した服を着るモデルの親がかつての母親だった……その時の衝撃は相当なものに違いない。

 今ならおかきも理解できる、陽菜々が深夜に関わらず弱音のSOSを吐き出した気持ちが。


「一応確認だけど見間違いって可能性は?」


『ない、と思う。 あれでそっくりさんならドッペルゲンガーか何かだよ、そんなことある?』


「……ごめん、無いとは言い切れない」


 おかきが目を通したSICKの資料にはそういった内容の異常現象もなかったわけじゃない。

 だが実の姉が言うなら信じたいのが弟心というものだ、それに万が一本当にドッペルゲンガーの類ならばそれこそSICKが収容しなければ。


「そっちの事情はわかったよ。 それで実は俺もファッションショー観に行こうと思って……」


『えっ、それマ? なら雄太さぁ……ちょっとうちの子役モデルになってくれない?』


「……………………ゑあ?」

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