第117話
「あっ、マリさん。 どこ行ってたの?」
「なに、ちょっと学園をぐるっと回ってきただけだ。 待たせたようで申し訳なかったな」
「おかきの姉ちゃんすごいな、マリさん呼びやで」
「それよりあの人今学園を回って来たって言いませんでした?」
「冗談でしょ、ちょっとした島ぐらい面積あるのよこの学園」
「いやーあの人ならやりかねないよ、おいらは詳しいんだ」
「こそこそと上司の陰口とはいい度胸だな、そろそろ我々は撤収するぞ」
「えー、もう!?」
麻里元はカフェに戻って来たかと思えば、宮古野の首根っこを掴んですぐにその場を去ろうとする。
まだぜんぜん満喫していない宮古野は未練たらたらだが、そんなこともお構いなしだ。
「でもマリさん全然遊んでないんじゃ……」
「悪いな、急に仕事が入ったんだ。 それに我々が長居すると悪目立ちしてしまう」
目立つ赤髪と長身を持つ麻里元は嫌でも人目を引く、そのうえ傍らにはブカブカの白衣を纏った宮古野も一緒だ。
すでに周りの客の話題はコスプレしたおかきから麻里元へと切り替わっている、秘密組織の長としてはあまり好ましい状況ではない。
「いくぞ宮古野、他の出店でおにぎりを武器にチャンバラしている生徒がいた」
「なにそれ気になる、すぐ行こうぜ!」
「うちも気になる情報やめてくれへんか」
「あとで見に行ってみる?」
「やめておきましょう、また変なことに巻き込まれそうです」
「おかき苦労してんね、その話あとでお姉ちゃんにも聞かせてくれないかな?」
「うわあ藪蛇」
すでに大量のLINEが届いても無視しているおかきは、目を逸らして姉の詰問から逃れる。
しかし事情はすでに甘音が話しているため、どのみち時間の問題だが。
「ああそれとおかき、その衣装も似合っているぞ。 写真に残してもいいかな?」
「謹んでお断りします」
「ははは、それは残念」
最後にウインクを1つ残し、麻里元は店を後にする。
自分宛ではないのに黄色い悲鳴が飛び交う周囲とは裏腹に、おかきは冷めた目線で飛ばされたハートを受け取った。
「キザね~! おかき、ああいう人とは付き合っちゃダメよ。 女泣かせだわ絶対」
「甘音さん、局長は女性ですよ?」
「いやー、マリさんは同性でもバシバシ落とすでしょ。 うちのモデルになってほしいわ、あのスタイルどこで手に入れた?」
「アホ言ってないで営業再開するでー、さっきから厨房はてんてこ舞いや。 おかきは外行ってお化け屋敷の列整理頼むわ!」
「ちょっとまってくださいウカさん、この格好でですか!?」
「うふふ、勝負に負けたなら仕方ないわよね探偵さん」
「あなたは黙ってなさいアクタ! というかこの人たちも引き取っていってくださいよー!!」
――――――――…………
――――……
――…
「あーもー疲れた……今日はとくに疲れました……」
「お疲れさん、午後からの客入りエグかったなぁ」
「どう考えてもおかき効果よね、男ってホント単純だわー」
「耳が痛いですね……」
一日の営業を終えた夕方、おかきは床を拭きながらモップの柄に顎を乗せる。
売り上げとしては上々と呼んでいい、レジの集計を行う生徒たちは大いに目を輝かせながら帳簿への筆記を続けている。
ただしおかきの気分は晴れない、自分を餌にされたのもそうだが……SICKでの活動が姉にバレてしまったことも原因だ。
「甘音さん、姉貴に話しましたね?」
「ギクゥー! な、何のことかしらぁ?」
「いいんですよ、悪気はないことはわかってます。 それはそれとして許せない気持ちはありますけど」
「ごめんってばぁ、しばらくご飯奢るから許して!」
「おうこら、そこの2人ー! イチャついてないで腰入れて掃除せんかい!」
「イチャついてないわよー、大事なことよ!」
「はいはい、弁解は仕事を終えてから聞きますね」
涙目ですがりつく甘音を片手であしらいながら、おかきは床掃除に専念する。
実際におかきは甘音のことを怒っているわけではない、どうせいつかは暴かれる秘密と考えていた。
だが心の準備というものがある。 実の姉が怒るといかに怖いか、一番知っているのもおかき本人なのだから。
「ウカちゃーん、ちょっと手貸して。 レジの集計が合わなくてさー」
「んー、なんやいくら足りんの? おかき、うちちょっと席外すわ」
「ごめーん、ガハラ様こっち手伝って! 調理具手入れしてたら指切っちゃった!」
「なにやってんのよもー、良いから保健室行っていなさい。 あとは私がやって……」
『ガハラのお嬢ー! どうっすか、今日の自分たちの頑張り見ててくれたっすかー?』
「ウギャー!!!!!!!??」
営業は終わっても生徒たちの仕事は終わらない、明日の経営に向けて忙しなく支度が進められる。
あっちにバタバタ、こっちのバタバタと皆が行き交いながら――――
「――――あれ?」
おかきは気づく、
さきほどまであれほどにぎやかだった店内がしんと静まり返ってしまった。
モップを掛ける手を止めて顔を上げると、カフェスペースには誰もいない。 たった一人、おかきだけが取り残されていた。
「……甘音さん? ウカさん?」
呼びかけても返事はない。 あたりまえだ、二人は先ほど用事を頼まれてこの場を離れたのだから。
ほかの生徒たちも皆、何らかの用事でカフェから姿を消している……
まずい、何かがおかしい。 おかきが違和感に気づいてスマホを取り出すが、何もかもが遅かった。
「……おや、とても空いていますね。 ふふ、これもお導きでしょうか」
誰もいないはずの店内に、おかきのものではない“誰か”の声が響いた。
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