第115話

「……どういうことやキューちゃん」


「いや、確証はないんだよ。 いわゆる虫の知らせというやつだ、科学者キャラとしてあるまじき行為だね!」


「キューちゃんが勘だけで動くとは思わんわ、何かあったんやろ」


「おおう、嬉しい信頼だ。 惚れちまいそうだぜぃ」


 照れながら頬を掻く宮古野は心底嬉しそうだ、どんなに優秀な人間でも褒められて嫌悪感を示す人間はいない。

 とくにストレートに言葉をぶつけるウカは人の心を掴むカリスマ性がある。 おかきほどではないが、本人の知らぬところでファンクラブが作られるほどには。


「でもこれ以上内緒話をするとさすがに怪しまれる、続きはまた後にしよう。 おかきちゃんも特別ゲスト連れてきたみたいだしね」


「特別? なんやいったい……おかきぃー!?」


「ウカさん……お客さん2名ご案内です……」


「「こんにちはー♪」」


 宮古野が機械を操作して音を取り戻したカフェに、げっそりとした顔のおかきが入って来る。

 命杖とアクタに両脇を抱えられながら、さながらMIBに連行されるリトルグレイのように。


――――――――…………

――――……

――…


「あら~美味しい、これどこの品種かしら?」


「うちの田んぼで採れた米や。 1㎏400円、配送も可」


「あらあら、安い。 注文しておこうかしら」


「ねえねえ探偵さん、私もお米欲しい」


「なんで私に言うんですか、自分で買ってください」


「お金ないわ、私」


「私も万年金欠ですよ……」


「そういえばおかきちゃんの財産ダイスって悲惨だったわね~」


「ちょっと目を離してる間にとんでもないことになってるわね」


 陽菜々との密談を終えた甘音がカフェに戻って初めに見たのは、かつて自分を誘拐した犯人がおにぎりを頬張っているところだった。

 しかも同じテーブルに座っているのは新進気鋭の女流作家、どういう巡り合わせで同席したのか理解できず、説明を求めておかきへ視線を移す。 


「すみません、甘音さん……かくかくしかじかとしか説明できないんです」


「わかったわ、言えないってことはSICK関係そういうことね。 理解はしたけど納得は別だわ……!」


「やだなぁ、甘音ちゃん。 昔のことは忘れて仲良くしましょう?」


「あんたに気やすく呼ばれる筋合いはないのよ爆弾魔ァ……!」


「おかき、店が爆発する前になんとかしたってや」


「あっ、ちょうちょ」


「現実から目を背けちゃダメだよおかきちゃん」


 かつては首に爆弾を巻かれて一時は死にかけた甘音と、主犯者であるアクタ。

 2人が出会えばどうなるかなど名探偵でなくともわかる、見ての通り一触即発だ。


「あらあら、喧嘩はダメよ? せっかく楽しい学園祭だもの、仲良くしましょ」


「さすが先輩、あのシナリオたちを作ってきたとは思えぬ御仏の心ですね」


「うふふふふ、言葉にトゲを感じるわー」


「まあトゲを仕込んでいますからね、いったい何のために学園祭に来たんですか」


 命杖 有亞は有名人だ。 最近ではメディアでの露出も増え、その柔和な振る舞いと実力からファンも増えている。

 もしかすれば今が人生の最高潮に近いかもしれぬ時期だというのに、こんなところで油を売っていていいのか、とおかきは言外に語っていた。


「あら、おかきちゃんのことが心配で様子を見に来ただけじゃ理由にならない?」


「なりませんね。 先輩は情や打算を引き出してプレイヤーを誘導しても、自分がほだされるようなことはない冷徹な人でしたから」


「おかき、さすがにそれは言いすぎちゃうか?」


「ウカさんはあのマスタリングを知らないからそんなこと言えるんです! 地獄の悪鬼も裸足で逃げ出す所業ですよあれは……!」


「お、おう……」


 珍しく感情をむき出しにしたおかきの迫力に、ウカはそれ以上何も言えなかった。


「なので、私はなにか理由があってこんな山奥に学校まで足を運んだと考えています」


「信用されてないわぁ、私悲しい。 よよよ……」


「あー探偵さんが泣ーかした泣ーかしたー」


「目薬見えてますよ」


「あらやだ失敬。 だけどおかきちゃん、こういう時の解決方法は覚えてる?」


「……わかってますよ、ボドゲ部の流儀」


「困ったときはゲームで決着をつけろ、よね?」


 すると命杖は卓上に並んだ空き皿を端に寄せ、2つのサイコロを取り出した。

 気泡の一粒も含まれていない、透明なアクリル樹脂で作られた6面ダイス。 すぐに意味を理解したおかきは命杖の対面へ着席する。


「おかきちゃんも仕事があるのよね? シンプルにいきましょう、ダイスを2つ振って大きな出目を出した方が勝ち。 勝てば相手の言うことを1つだけ聞く」


「同値の場合は?」


「もちろん互いに振り直し、出目を操作できないようにこのお椀に真上から振り落としましょう」


 命杖は未使用の取り皿を手に取り、ダイスの横に置く。

 スープパスタなどを取り分けるために使う底が深い器だ、底面が湾曲しているのでよほどの玄人でもなければ出目の操作は難しい。


「ダイスを確認しても?」


「もちろんどうぞ。 わかっているけどイカサマは禁止、器に触れたり2つ以外のダイスを振り入れたらその場で失格」


「もちろんその他のイカサマも発覚すれば負けですよね」


「ええ」


 念のためにルールの言質を取りながら、おかきは2つのダイスを入念にチェックする。

 重量に偏りはなく、何度かテーブルの上を転がしても出目に偏りはない。

 中身が透けて見えるため、内部に妙な仕掛けがないことも一目瞭然だ。


「ん-、おいらが見た限りだと妙な細工は一切ないね」


「宮古野さん、外野の口出しはマナー違反よ?」


「おっとっと、こりゃ失礼。 がんばれーおかきちゃん」


「もちろん勝つつもりで挑みます。 では、先行どうぞ」


 一通り調べて異常がないことを確認したおかきは、命杖にダイスを差し出す。

 器は店のもの、ダイスに仕掛けはない。 ならイカサマを仕掛けるとすれば“人”だ。

 おかきは先手を譲り、命杖の出方を窺うつもりだ。 当然妙な行動があればすぐに指摘できるよう、一挙手一投足に注目しながら。


「あらあら、では遠慮なく……えいっと」


 しかしおかきの懸念をあざ笑うように、命杖は摘まみ上げたダイスをあっさりとお椀の中に放り込む。

 そしてカランカランと音を立てて転がった末、何の異常もなく2つのダイスは出目をはじき出した。


「1,2……うーん、期待値ね!」


「ねえおかき、6面ダイス2つの期待値は7よね?」


「甘音さん、出目に期待なんてしちゃダメですよ。 奴らは簡単に我々を裏切ります」


「私あんたがたまにわからなくなるわ……」


「さ、次はおかきちゃんどうぞ」


 出目は1と2、つまり合計値はたったの3。 おかきが1と1ピンゾロでも出さない限りほぼ負けが確定したような結果だ。

 しかし命杖は顔色一つ変えずダイスを差し出した、確実に何か裏があるが……おかきはその裏を読み切れない。

 イカサマを指摘できない以上、黙ってダイスを振るしかなかった。


「ふぅー…………行きます」


 大きく深呼吸し、器にダイスを放り込むおかき。

 決して力を込めたわけじゃない、ほぼ重力に任せて真上から落としただけだ。

 しかしカラカラと音を立てて転がるダイスは――――最後にパキリと乾いた音を立てた。


「……えっ?」


「あらあら、出目は2と3ね」


 たしかにおかきは事前にダイスをチェックし、異常がないことを確認した。 だからこれはただの偶然に過ぎない。

 偶然、器に落とした衝撃でダイスが真っ二つに割れ――――器の中に3つ目の出目が生まれてしまった。



「器の中にダイスが3つ、これは反則ね。 はい、私の勝ちー♪」


「そ、そんなアホなー!?」

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