第114話

「早乙女……四葩?」


「そう、うちらの母親。 なんつーかまあ……いわゆる毒親ってやつ?」


 静かに語る陽菜々の顔には、笑顔を保っているが陰りが差している。

 早乙女 四葩という人間は彼女にとっても苦い過去だというのが、甘音からでも見て取れた。


「あの、辛いなら無理して話さなくても……」


「いや、だいじょぶだいじょぶ。 それにあの子のことを本気で心配してくれてるんでしょ、なら私もちゃんと話しときたい」


「…………」


「あの女は女の子が欲しかったの、可愛い可愛い自分にとって都合がいいプリンセス。 それを我が子に求めた……最初に私が生まれたのはあいつにとって都合が良かっただろうね」


 陽菜々は喋り続けながら、自分のスマホを操作して一枚の写真を選択する。

 そのまま卓上に差し出された画面には、ブランド品で自分の身を着飾った金髪の女性が写っていた。


「こいつがうちらの母親、本当は消したいけど数少ない手がかりだからね。 どう?」


「無理なダイエットをしてるわね、血色が悪いのを化粧で無理に隠してる。 サプリばかり取って食事をおろそかにしているタイプね、薬は万能じゃないってのに……」


「あはは、ヤバいね雄太の友達! そんなところまでわかるんだ、大正解! 本当見栄だけはいっちょ前でさー……」


 甘音の指摘に両手を叩いて爆笑する陽菜々、彼女の指摘はそれほど痛快だった。

だがそんな熱もすぐに失せ、彼女はどこかくだらないものを見るような目で写真を見つめる。


「……だから自分の子どもも“誰よりかわいい最高のお姫様”じゃなくちゃ満足しなかった。 そして私の出来じゃ納得しないあいつは2人目を産んだの」

 

「待ってください、おかきって元々男性だったんですよね? それじゃもしかして……」


「その通り、男子なんてもってのほかよ。 雄太はあの女から半ばネグレクトされてたの」


「そんなっ……!」


「目に見えて虐待されなかったのは幸いかな、ただただいないものとして扱われた。 ご飯が用意されなかったり、話しかけられても返事しなかったり……子どもが親からそんな扱いされればどうなるかわかる?」


「……心理医学は詳しくないけど、幼少期の心には甚大な傷が残るわね」


「そゆこと、雄太は子供のころから価値観を否定され続けた。 私と父さんもずっとフォローしていたけど、そのトラウマは今でも心の中に残ってんだわ」


「なるほど、だからカジノの時おかきのやつは……」


「へえ、何か心当たりある? お姉ちゃん初耳だわ~」


 陽菜々の耳は甘音の失言を聞き逃さなかった。

 定期的に弟と連絡は取り合っているが、それでもカジノが出てくるような話は一言も聞いちゃいない。


「え、えーっと……じつはかくかくしかじかってことがありまして」


「へえ~~~~? あいつ後で説教しとこ」


 凄みに負けた甘音はあっさりとアクタ事件について白状してしまった。

 話したのは自分が誘拐されておかきに助けられるまでの経緯だが、それでもわが身を顧みずに人質を助けた美談は、実の姉からすれば無茶をするなと怒りたくなるものだ。

 

「……おかきの奴、たまにすごく遠い目をするんです。 そのままふっと消えちゃうんじゃないかって思えるぐらい」


「うんうん、うちの弟マジでそういうところあるわ。 あの女に認められたことがないからさ、自分の価値を低く見積もってんの」


「わかりますー! なんで会って数日のルームメイト相手に片手差し出して助けられるのかって! 命助けられたから文句言えないけどずっと引っかかってて!!」


「そうそうそう! あいつさぁー、父さん失踪した時すぐ学校辞めて働き始めたんだよ! 2人分の学費は無理だからうちに譲るって、ちょっとは相談しろし!」


「うわー、それはひどい!」


「いやー、あの時は本気で姉弟ゲンカしたわ……本当に、心配したんだよね」

 

 アクタ事件の内容を聞き、弟への文句を連ねた一通りLINEで送信した陽菜々は、大きく息を吐き出して背もたれに体重を預ける。


「自分のことは良いからうちの夢は叶えろってさ、学校辞めた雄太に言われたんだよね。 弟を踏み台にして叶えられるかっつーの」


「……ファッションデザイナーでしたっけ、おかきから聞いたことあります」


「そ、だからずっとこれで良かったのかなって考えてた。 甘音さん、あいつの友達になってくれてありがとね」


 そして陽菜々は天井を仰ぎ見ていた頭を、机に額が触れるまで下げる。


「ちょちょちょ、お姉さん!?」


「ずっと心配だったんだよ、急に変な病気になって女の子になっちゃうし! これからもうちの雄太のことマジでよろしくおねがいします!」


「いやむしろこっちこそ、おかきには助けられてばかりで……ああもう、頭上げてってばー!」


――――――――…………

――――……

――…


「あれ、キューちゃん戻ってきたんか?」


「いやー仲良きことかな、邪魔しちゃ野暮ってもんだよ」


 2人が秘密部屋で密談を交わしている間、席を外した宮古野は表のカフェスペースへ戻る。

 会話を盗み聞くのも趣味が悪い、それにひとつもあったからだ。


「そんなことよりウカっち、儲かりまっか? 何か変わったことはない?」


「ぼちぼちでんな、変わったことならしょっちゅうやで」


「そりゃそうか。 でも気になることがあったらすぐに言ってくれよ」


「……その言い方やと何かあったのか。 いや、何か起きるんか?」


「確証はない話だ、だが警戒はしてくれ」


 宮古野がポケットから手のひらサイズの機械を取り出して起動させると、周囲の音が消えて2人が静寂に包まれる。

 内緒話をするために宮古野が作った発明品だ、つまりここから先はSICKとしての話となる。


「前にマーキスが顔を見せただろ? あれが気がかりでね」


「でもあれってネコカフェ事件の調査に来たんやろ? まだ何かあるんか」


「あの程度の事件ならマーキスが調査に動くほどじゃない、だからきっとただのなんだ」


「ついで……?」


「ああ、おそらく本命は今からだ。 だからおいらたちも直接来たんだよ――――この学園祭、無事で終わる気がしないからさ」

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