第113話
「ふー、危ない危ない……甘音さん怒ると怖いですからね」
間一髪で難を逃れたおかきは、最後尾の看板を担ぎながら汗を拭う。
あのままカフェに居座っていれば、姉の暴露話により針の筵は避けられなかった。
脱出は賢明な判断だ、ただし今後が恐ろしいことになるが。
「まったく悪い子だな、彼女を怒らせると後が大変だぞ?」
「あれ、局長? 皆さんと一緒じゃないんですか」
「あちらはあちらで積もる話がありそうなので席を外しただけだ、後で戻るさ。 それに君を一人で歩かせるのが心配でね」
音もなく現れた麻里元はおかきの隣に立つと、「海ブドウ味」とプリントされたアメの包み紙を剥がして口に放り込む。
美人も2人並べば異様な光景になるのか、先ほどに比べておかきの周りに群がる人だかりも目に見えて少ない。
「別に心配せずとも大丈夫ですよ、十分人目もありますし……」
「いや、ここは赤室学園だぞ。 それに今から特別ゲストも合流する予定だ」
「特別ゲスト?」
「――――探偵さーん! こっちこっち!」
聞き覚えのある、そしてこの場で聞きたくはなかった声におかきの動きがギシリと固まる。
そのまま油の切れたような緩慢な動作でゆっくりと振り返ると、夢か幻覚と疑いたくなる人物が2人、こちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「あらあら~、早乙女君……じゃなかった、藍上ちゃんったらかっこいい格好してるのね」
「素敵ね、探偵さん! 写真を撮ってもいいかしら?」
「お帰り下さいませご主人様、サービスドリンクのぶぶ漬けはいかがですか?」
「「辛辣ー!」」
赤と青、対照的なおしゃれ着を着こなしてやってきたのは、本来この場には居るはずがないアクタと命杖の2人組だった。
おかきはまず自分の目を疑い、次に隣の麻里元へ視線を向ける。 しかし彼女は諦めと言わんばかりに目を伏せ、首を横に振るばかりだ。
「……アクタが我々に協力するための条件だ、こうしてガス抜きしなければ牢屋を爆発しかねない」
「わかりました、百歩譲ってアクタは納得します。 先輩はなぜ?」
「うふふふ、プライベートできちゃった♪」
「局長ぅ゛ー!!」
「彼女はただの一般人だ、我々が関与する余地はない」
残念ながら命杖は限りなく黒に近いグレーではあるが、あくまで怪しいだけの一般人でしかない。
叩いて出る埃がないならSICKはこれ以上追及できず、監視付きではあるがこうして大手を振って外を出歩けるのだ。
「……わかりました、千歩譲って飲み込みましょう。 しかしなぜ2人がいっしょ?」
「ついさっきそこでバッタリ会って」
「探偵さんの話で盛り上がっちゃって」
「「仲良くなっちゃった」」
「局長、頭痛薬持ってます?」
「胃腸薬味のアメならあるぞ」
――――――――…………
――――……
――…
「うーん、ゆう……おかきの昔話か。 なにかあった?」
「それはもう色々と! 話せば長くなるんですけども!」
「長くなっちゃうかー」
一方そのころ、カフェでは甘音が陽菜々に食って掛かっているところだった。
「まあいいか、そういう話なら場所変えよっか。 うちもおかきの学園生活どんなもんか気になるし!」
「ん、そういうことなら裏に案内しようか。 おいら特製秘密基地にね」
「ええんかキューちゃん? 一応部外者……でもないか」
早乙女 陽菜々はSICKの内情をある程度知っている関係者だ。
この学園にいる限り、緊急時の避難先として秘密基地の存在を周知されることは何らおかしいことではない。
「じゃああとで注文の品こっそり届けとくからゆっくりしていきー、怪しまれへんようにこっそりとな」
「おいらに任せらぁ、こんなこともあろうと光学迷彩やらなんやら持ってきたぜ」
「さっすがキューちゃん頼りになるー!」
先導する宮古野に追従し、隠し扉をくぐって薄暗い廊下を少し歩けば、秘密基地までは1分と掛からない距離だ。
だがカフェの賑やかな声は一切届かず、3人だけの教室はしんと静まり返っている。 この防音性なら外に話が漏れることもない。
「うわっ、なにこれ椅子がふわっふわ!? ヤッバどうなってんのこれ、SICK半端ないわー!」
「おうおう初々しい反応が嬉しいねえ。 じゃ、おいらは席を外すからごゆっくりー」
「ありがとうキューちゃん! ほら、ガハラちゃんも座って座って」
「は、はい!」
一通り椅子の座り心地を満喫すると、陽菜々は机ごと身体を反転させて向き直る。
対する甘音は椅子に座る動きもギクシャクとし、まるで面接を受ける新卒のようだ。
「あはは、そんな緊張しなくていいっしょ! うちなんて見ての通りだしさ」
「いや、陽菜々さんも十分オシャレですよ。 それに友達のお姉さんってなんか緊張しちゃうって言うか……」
「うちもか、たしかに今の雄太の方がずっと綺麗だよねー。 あれは姉として軽くショックだわー」
「ご、ごめんなさい! 私そんなつもりじゃ……」
「ああ、ごめんごめん。 うちも嫌味で言ったわけじゃないよ、ただまあ……まだ弟の変化を受け入れられない気持ちがね」
ぎしりと椅子をきしませながら、陽菜々は背もたれに身体を預けて天井を仰ぐ。
薄暗い廊下とは対照的に、教室の中はLEDの光に包まれて少し眩しいくらいだ。
「だけど中身は全然変わって無くて安心したわー。 いや安心しちゃダメか、まーだあの女のことを引きずってるみたいじゃん?」
「あの女……?」
「そう、うちらの生みのにして性格最っ悪の女。 早乙女
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