第112話

「いらっしゃいまー……あっ、姉貴」


「やほやほ、ゆう……じゃなかったおかき、メチャ盛況じゃん。 てか何やってんの?」


 列の後方で「最後尾」の看板を掲げたおかきの周りには、アトラクション待ちの行列とは別に人だかりができていた。

 彼ら彼女らの目的はひとつ、ギャルソン衣装を身に纏ったおかきである。

 一様にカメラを向けてシャッターを鳴らす光景は、さながらコミケ会場のようだ。


「やあやあおかきちゃん、ネット記事読んだよ。 後ろ姿の写真だけですごい集客効果だね」


「キューさん、それに局長もご一緒ですか。 どういう集まりで?」


「列車を降りるときに偶然な、顔を見に来たが忙しいなら出直そう」


「いえ、優待券をお持ちならば優先してご案内できますよ。 ほら、姉貴も持ってんだろ」


「ねえ温度差激しくない? 私姉ぞ? あんたの姉ぞ?」


「んじゃ3人分お願いするぜぃ、満席と聞いたけどどれぐらいで空くかな」


「そうですね、今ならお化け屋敷を通過している間には1テーブルは空くと思います」


「じゃあそれでいこう、2人もいいかな?」


「まあうちは遊びに来たからいいけど……」


 弟から雑にあしらわれているような対応に口を尖らしながらも、陽菜々はチケットを1枚千切っておかきへ渡す。

 そして3人から渡されたチケットをたしかに確認したおかきは、モーゼの如く周囲のカメコを割って陽菜々たちを旧校舎へと案内する。


「では3名様ご案内です、どうかごゆるりと旧校舎の亡霊たちとお戯れください」


――――――――…………

――――……

――…


「―――――みぎゃあああああああああああああ!!!!!!」


「あっ、出てきた。 すごい、タイムレコード更新よ」


「そして今日一の悲鳴やな、おかきの姉ちゃん」


「よく考えたらホラー系ぜんぜんダメでしたね、うちの姉貴」


「そうだよね、そうだよね!? なんかするするーっと案内されたから案外ゆるいのかなと思ったらガチでビビるやつじゃん!!」


「いやー脱出要素も結構歯ごたえあったよ、職員室がフェイクで本命は放送室だったとはね」


「幽霊のクオリティも高いじゃないか、まるで本物のようだったぞ。 まるでな」


「「「ははははそんなまさかははは」」」


 お化け屋敷を攻略し、陽菜々が涙目で絶叫しながらカフェに飛び込んできたのは入場からおよそ10分後のことだった。 

 その背中を追って麻里元と宮古野もカフェに到着するが、こちらは対照的に息ひとつ乱していない落ち着きようだ。

 麻里元に至っては幽霊たちの正体について刺々しい感想も残すが、カフカたちは全員目を逸らして誤魔化す。


「キューちゃん、局長に相談してへんのか!?」


「いやー事後承諾でいいかなって思って、完璧に忘れてたテヘペロッ」


「局長に話していないのはいくらなんでもまずいですよ、許可なく本物の幽霊使っていたことになりますから」


「なるほど、誰の仕業かは今ので把握した。 宮古野は後で始末書だ」


「くっそー、そろそろ通算始末書枚数が4桁届くぞ」


「いややらかしすぎやろキューちゃん」


「ちょっと待ってお姉ちゃん今恐ろしいこと聞いちゃった気がするんだけど」


「はいはい、こちらメニューなのでご注文が決まったらボタン押して呼んで」

 

 姉のささやかな抗議を無視し、おかきは3人をテーブルに案内して分厚いメニュー本を置いていく。

 陽菜々も言いたいことは山ほどあるが、下手にSICKの存在を知っている以上、こんな場所で深い追及もできずに口を噤んだ。


「ってかこうして顔合わせるのは初めてやな、おかきのお姉ちゃん。 おかきにはよう世話になっとるわ」


「あっ、どもども。 あなたはえーっと……稲倉ウカちゃん?」


「おー、当たりや! なんやおかきから話でも聞いとった? 照れるで」


「ああやっぱり! 胡散臭い関西弁使う先輩がいるって聞いてたからもしかしてと思って」


「おかきー! あとでうちとお話しよかァ!?」


「違うんですウカさん、私は頼りになる友人だと紹介しましたよ! つい口が滑りましたけども!」


「それはもう自白やねん!」


 しかしウカが“お話”しようにも、おかきはすでに姉たちから離れたテーブルまで避難していた。

 探偵の洞察力は伊達ではない。 姉の口からあることないことを吹聴されることを想定し、先んじて逃げていたのだ。 

 だがそれも学園祭が終わるまでの時間稼ぎにしかならないが。


「えーっと、山田ちゃんは別のクラスだっけ? じゃああなたは天笠祓さん?」


「ええ、ルームメイトの天笠祓 甘音です。 以後お見知りおきを! ……それでおかきは私のことをなんて?」


「体液と髪の毛を狙う困った友人と」


「おかきィー!!」


「いやあこまった、これに関しちゃおかきちゃんに罪はないねえ」


「くっ、あとで覚えてなさいよおかき……!」


 すでにおかきは最後尾の看板片手にカフェスペースから逃げた後だ。

 これ以上カフェの人員に穴を開けるわけにもいかず、甘音は追いかけることもなくただ歯ぎしりするばかりだ。


「いやー心配だったけどお姉ちゃん安心した。 色々あったけどあの子にもちゃんと友達できたんだって」


「むぅ……まあルームメイトとして仲が良いのは当然ですから! それよりおかきのお姉さん、このあとお時間あります?」


「陽菜々でいいよ、時間ならモチあるし。 なになに、あいつの恥ずかし話でも聞きたい?」


「それはそれでちょっと気になる……いや、その話は一度置いといて!」


 甘音は内から湧き上がる煩悩を理性で抑えこむ。

 実に魅力的な提案だが、優先すべき話はほかにある。

 

「……私が聞きたいのはおかきの過去です。 あいつたまに様子がおかしくて、何があったか聞かせてもらえませんか?」

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