第111話

「おかきおかき、ちょっとこれ見てこれ! うちの店がネットニュースになってる!」


「やはり何らかの法に触れてましたか……」


「違うわよ! ほらこれこれ」


 初日の営業時間が終わったころ、電卓を弾きながらスマホを眺めていた甘音が椅子を跳ね飛ばして立ち上がる。

 そのままモップ掛け中のおかきにつきつけた画面には、この店の内装と料理が写ったブログ記事が表示されていた。

 さっと読む限りでも悪い内容は書かれていない、むしろお化け屋敷と料理のクオリティを褒める文章がつらつらと書かれている。


「これVibrioビブリオの記事よ、若い世代向けに流行やバズったネタを中心に取り扱うWebニュースペーパー! いつの間に取材に来てたのかしら?」


「たぶん私が接客した人ですね、学生開放期間中なのに学校関係者ではないお客様がいました。 それに卓上の料理も私が配膳した記憶があります」


「よく覚えているわね、うわー私も撮ってもらえばよかったー!」


「どしたんガハラ様? えっ、うちらネット記事になっちゃった?」


「やば、今日のメイク全然盛れなかったのに」


「ってかおかきちゃんも写ってんじゃん、めっちゃ~~~!」


「ええい群がってきたわね妖怪ども」


 甘音の周りに集まってきた女生徒たちがスマホをスクロールさせると、次に出てきたのは接客中のおかきを撮った写真だ。

 プライバシーを配慮して顔は写っていない背中だけの姿だが、幼すぎる身長とミスマッチな妖しい雰囲気を併せ持つ見事な一枚に仕上がっていた。

 添えられた言葉からは料理やアトラクションを褒めた時よりも熱量を感じる、もはや崇拝に近い著者の感情が籠った文章だ。


「うーん……おかき、あんたホスト目指してみない? トップ取れるわよ」


「目指しませんよ」


「なんだ残念。 けど綺麗に撮れてるからイヤでもあんた狙いの客増えそうよ、売り上げもこの通り」


 雑談を交わしている最中も甘音が叩き続けていた電卓は、今日一日の売り上げをはじき出していた。

 その金額を時間別のグラフに書き出せば、おかきが顔を出していた時間帯が一番儲かっていることが一目でわかる。


「むぅ……」


「残念だけどあんたの魔性っぷりは衣装とメイクじゃ隠せないみたいね、むしろ特定層の需要に尖ってしまったわ」


「イケショタ、良いよね……」


「良さみが深すぎて与謝野晶子だわ……」


「素材が輝きすぎてどう調理しても美味しいのズルくない?」


「なんでしょう、この複雑な心境」


「誉め言葉なんだから素直に受け取っておけば? あと全員手を止めない、明日も仕事なんだからしっかり掃除ー」


「「「「「へいへーい」」」」」


 甘音の号令でクラスメイトが散っていき、各々の作業に戻っていく。

 おかきもあらためて床のモップ掛けに戻るが、心はどこか上の空だ。 やはりあのネット記事が気になってしまう。


「……甘音さん、私はやはり戻らない方が良いんですかね」


「何よ突然、こんなところでしていい話?」


「まあ、独り言なので聞き流して下さい。 ただカフカこれが治った私に価値はあるのかと」


「引っ叩くわよ」


「……すみません」


 おかきはそれ以上口を開かず、もくもくと床掃除に専念する。

 つい反射的に怒りを口にしてしまった甘音は、その背中に自ら話しかけることができなかった。


「…………まったく、ずいぶん根っこが深い病気ね」


 おかきに影を落とす病に気づいても、甘音はなにも知らない、なにもできない。

 その心に根付いたものの原因を知っているのは、早乙女 雄太の身内しかないのだから。


――――――――…………

――――……

――…


「さーてと! お待ちかねっしょ赤室学園!」


 翌々日。 学園祭が一般開放される日の朝、早乙女 陽菜々はヒールブーツを高らかに鳴らして始発の電車から降りる。

 愛する弟から優待券を郵送された日から、彼女はこの日を心待ちにしていた。

 弟の現状を確認するという使命もあったが、何より自分の英気を養うために。


「うぐぐぐ……! ヤッバ、身体バキバキだわ。 長いこと電車に揺られるのキッツぅ……」


「やあやあ、身体が悲鳴を上げてるねえギャルお姉さん」


「ん? その声はえーと、ハカセちゃん! それに局長さんも!」


 身体をバキボキ鳴らしながら背伸びする陽菜々へ話しかけてきたのは、キャリーバッグを転がす宮古野と麻里元だ。

 

「やあ、久しいな早乙女さん。 それと外で局長はやめてほしい」


「ああ、ごめんなさい。 お二人も学園祭に誘われて?」


「おいらは一応ここの生徒だけどね、うちの出し物が上手くやってるか様子見に来たんだよ」


「学園祭ではトラブルも多い、そのためSICKわれわれも隠れて目を光らせているんだ」


「うわぁ、お仕事お疲れ様です……」


 おかきたちのような存在が通っている赤室学園の特異性は、陽菜々も重々理解している。

 そんな場所で起こるトラブルならば常識の範疇を超えたものであっておかしくはない、SICKの出動も止む無しだ。

 有休を使って遊び倒すつもりの自分と違い、仕事のためにやってきた2人を目の当たりにして陽菜々の胸に小さな罪悪感が刺さる。


「まあここで出会ったのも何かの縁さ、よかったらおいらたちと一緒に学園祭回ろうぜぃ」


「たしかにあなたはおかきの重要関係者だ、短い間だが護衛を務めよう」


「えっ、マジですか? なら堅いこと言わずに一緒に遊びましょうよ! よろしくねキューちゃんとマリさん!」


「おおぅ、距離の詰め方がおいらには眩しすぎる……」


「おかきとは対照的だな、姉弟でこうも違うものか」


「あっ、そうだったそうだった! まず雄太の出店回りたいんですけど」


「私たちは構わないよ、どうせすべて巡るつもりだからね」


「んー、じゃあ雄太のところ起点に効率的なルート考えましょっか。 元気にしてっかなー私の弟は……」


――――――――…………

――――……

――…


「いらっしゃいませー! 現在アトラクション1時間半待ちです、入場希望なら整理券をお配りいたします!」


「カフェスペース満席です、優待券をお持ちの方は少々お待ちくださーい!」


「わあ元気どころかド盛況」


 そしておかきたちが経営する旧校舎にやってきた陽菜々たちがまず目にしたのは、朽ち果てた校舎の前に並ぶ長蛇の列と、途切れない客を必死にさばく生徒たちの姿だった。

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